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Experience Point  作者: にぃ
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第五十五話 普通泳げませんよね?

新章への序章といった回です。

 現国、数学、世界史、化学、英語、家庭科、保険、日本史、美術。九教科もある。馬鹿じゃないの?

 一日三教科ずつ、つまり三日間使って試験を行う。

 初日の今日は家庭科、美術、英語の三教科の試験が実施された。


「ねーねー、さっきの英語どうだったー?」


「超激ムズー。アタイ赤点確実だわ」


 僕の後ろの席ではそんな会話が繰り広げられている。

 茶番はテスト前だけではなく、テスト後にも行われるのだ。

 恐らく彼女らは明日も同じようなやり取りを行うのだろう。







 二日目。


「ねーねー、さっきの数学どうだったー?」


「超激ムズー、おいどん赤点確実だわ」


 ほらやっぱり。

 茶番は連日行われるものなのだ。

 ていうかセリフまでほぼ一緒じゃないか。唯一違うのは女生徒の一人称くらいか。

 恐らく彼女らは最終日も同じようなやり取りを行うのだろう。







 三日目。


「ねーねー、さっきの日本史どうだった?」


「武士達の心意気が文章を通して伝わってくるようだったっ! 江戸時代に生きる武士(もののふ)の生き様、それに室内での戦闘が強いられた室町時代。同じ武士でも二つの時代でこうも違いがあるとは……誠に興味深い。やはり日本史は深い! それを学べる拙者達は幸せ者だ。試験中も拙者は幸福を感じていたっ!」


 後ろの生徒は妙に日本史推しが強かった。

 ちなみに二人とも昨日、一昨日と茶番をしていた二人だったが、うち一人はキャラが安定していないようだ。一人称が日ごとに変わる女子生徒ってどうなんだ?

 何はともあれ、無事に期末試験は終了した。

 試験中の描写は特に書くこともないのでカットされるようだった。







「やっ。終わったね。試験」


 旧多目的室を訪れた僕は、開口一番解放感溢れる言葉で挨拶を繰り出した。

 だけど、この場に居たのは月羽だけだった。

 他のメンツはまだ揃っていないのか。


「お疲れ様です、一郎君。疲れましたね」


 ちっとも疲れた顔をしないまま、月羽が労いの言葉を掛けてくれる。


「結果を見るのは怖いけど、経験値稼ぎ的な意味では返ってくるが楽しみだね」


「ですね♪ ですね♪ 試験結果が全部帰ってきたらまた屋上に集合ですよ♪」


 月羽の中では経験値稼ぎ会場は屋上がベストのようだ。

 まー、ここじゃちょっと経験値稼ぎはしにくいからな。


「ていうか、もしかして今日この場に来た意味ないんじゃない?」


「……そういえばそうかもです」


 そもそも僕らが旧多目的室に集まった理由は西谷先生の授業特訓と自分らの試験勉強だった。

 そのどちらも終わった今、ここに集まる意味はすでに無くなっていた。

 つい習慣的に足を運んでしまった。

 現在この場に二人しか集まっていない理由もそれか。


「どうする? 月羽。帰る? それとも屋上で経験値稼ぎする?」


「け――」


    ガラっ!


 月羽が間髪入れず『け――』と口にした同じタイミングで勢いよく教室の戸が開いた。


「いやっほぉぉぉぉぉい! 高橋君! 月ちゃん! テスト終わったね! 解放感半端ないね! 無意味にテンション上がるね! ひゃっほぉぉぉぉぉい!!」


 アホな子みたいにテンション上がっている秀才が入ってきた。

 この人の場合、いつもとテンションが大きく変わっていてもキャラがブレているように見えないのが不思議だ。


「小野口さん、テストの手ごたえはどうだった?」


「バッチシっ! 私、今回は上位を狙っているからね♪」


 学年20位ではまだ満足していなかったのか。

 意外と野心家なんだな。


「小野口さんなら学年一位も取れそうな気がします」


「ありがと月ちゃん! キスしていいかな?」


「いけません。それより小野口さんも今日はどうしてこの場に? 試験も終わったのに」


 やんわりとそれでいてさりげなく小野口さんの求愛を拒否した月羽。

 そのさりげなさを維持したまま月羽は小野口さんに質問を掛けた。


「なんでって、ほらっ! その……アレだよ! その……あれ? なんでだろう?」


 小野口さんのテンションがゆっくりと通常のものへと移行していった。

 つまりの所、小野口さんも習慣的にこの場に足を運んでしまったのだろう。


「つい、この場に来ちゃったみたい。池君もそうなの?」


「ふっ、俺の場合はイケメンの共鳴と言うべきか。俺とセカンドイケメンとシンパシーが呼び合い、俺をこの場に引き寄せたのさ」


「「うわぁ!?」」


 後ろを振り返ると、いつの間にここに居たのか、池君がさりげなく会話に混ざってきた。


「ぷっ、だっせーの! 全員試験終わったこと忘れて来てやんの。笑える~」


「「「うわぁぁぁっ!?」」」


 更に後ろを振り返ると、またまたいつの間にここに居たのか、青士さんがさりげなく会話に混ざってきた。


「ふ、二人ともいつの間に!?」


「残念! 三人でした! 私も居るわよ!」


「「「「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」」」」


 更に後ろを振り返ってみると、そこには教壇前で頬杖ついている西谷先生が居た。

 三人とも一瞬の隙に登場しやがった。忍者か、この人達は。


「いや、なんつーか、ついここに来ちまったんだわ」


「私もそんな感じね。試験の採点が面倒くさくてサボってきちゃった♪」


 青士さんの理由はともかく、先生の理由は如何かと思う。

 でも結局の所、全員が何となくこの場に集まってしまったということか。


「どうする? テストの答え合わせでもやる?」


 小野口さんが提案する。

 確かにテスト後の茶番の一環として『ねーねー、最後の問題答え選択何にしたー?』、『俺は(ア)にしたぜー』みたいな流れが存在する。

 だけど――


「そんなの無意味じゃね? ここで答え合わせしてもただの自己満足にしかならねーよ」


 そうなのだ。

 相手と答えが一緒なら一時の安心感は得られるが、それが正解なのかは分からないし、相手と答えが違えば多大な不安を得ることになってしまう。

 故にメリットはあまりないのだ。

 いや、もちろん復習的な意味はあるけれど、今くらいは勉強のことを忘れたいという意志が強かった。


「じゃあさ。夏休みの計画を立てよう。一度くらいは全員で遊ぼうよ」


 小野口さんがピョコピョコ跳ねながら提案する。

 そういえばこのメンバー全員が集まって遊びに出かけたことってなかったっけ? 女子だけで出かけたことはあるみたいだけど。


「いいね! いいね! ねね、どこ行く? どこに遊びに行こうか!?」


 その提案に超がっついてきたのは西谷先生だった。


「「「…………」」」


 まさかこの人が一番乗ってくるとは思いもしなかった。

 唖然とする一同。


「な、何よ? いいでしょ、先生だって遊んでも!」


「悪いとはいいませんが……その……いいんですか? 遊び相手が僕達で」


 年が近いとはいえ、西谷先生の場合は生徒と遊ぶよりは教職員同士とかの方が見合っていると思う。先生も大人の付き合いの方が良いに決まっているだろうし。


「もちろんよ! ていうか他の先生と遊ぶとか考えられないわ。気を遣うだけの会合なんかよりも皆と一緒に居た方が楽しいわ。だからお願い! 先生も遊びの仲間に入れて! ね?」


「は、はい。もちろん良いですけど」


 前言撤回。

 この人、身体は大人でも中身は僕達と変わらない年頃の女子みたいだった。


「夏と言えばイケメン。イケメンと言えば海。即ち夏と言えば海だ。海しかない」


 どうしてこの人はいちいち『イケメン』を挟むのだろう。

 確かに海とイケメンは絵になるけど、普通に夏と言えば海! でいいのではないだろうか。


「海! いいんじゃない。健全っぽい夏休みの過ごし方だよ!」


「ああ、いんじゃね? 化粧無しで黒くなることができそーだし」


 女性陣も概ね賛成のようだし、海で決まりそうだ。

 しかし、このコミュ症ぼっちの僕が友人と海に行くなんて去年までは絶対に考えられないことだった。

 これも4月から経験値稼ぎを始めたおかげなんだろうなぁ。


「海ですかぁ。楽しそうですね。私、泳げませんけど」


「そうだね楽しそうだ。海なんていつ以来だろうか。僕、泳げないけど」


「変な所でシンクロしている人達がいるっ!」


 さすが親友。弱点までも一緒とは。

 最近に限ったことではないけど、僕と月羽の共通点が多すぎな気がする。

 まぁ、それが妙に心地良かったりするんだけど。


「普通泳げませんよね?」


「うん。泳げる方がおかしいよね?」


「こらっ! そこ! まるで自分達が正常であるみたいに頷きながら顔を見合わせない!」


「まー、いーじゃんよ。アタシも泳げネーし」


「貴方もかい!」


 意外と青士さんもこちら側の人間だったみたいだ。


「あっ、ごめん、そういえば私も泳げないんだった」


「先生も!?」


 青士さんに続くように西谷先生も思い出すように言った。


「6人中4人が泳げないってどんな奇跡だよぉ!」


 意外に仲間はたくさん居たようだ。

 なんとも水に弱いメンバー達であった。


「いーじゃんよ。泳ぐ以外にも楽しむ方法あるだろうし」


「まぁ、そうだけど……」


 泳ぐ練習をする、という概念は心の隅っこにも存在しないらしい。僕もだけど。


「海ならもちろん泊まりよね?」


 西谷先生が不意にとんでもないことを言ってきた。


「泊りがけで海に遊びに行くとか……それって漫画だけの話じゃなかったんですか?」


 海と言えば日帰り、という常識が僕の中にあったもんだから、この提案には本気で驚いた。

 他の皆も同じような表情で先生の顔を見ていた。


「先生が学生の頃はよく泊りがけで海に遊びに言ったわよ? もちろんホテルじゃなくて旅館だけどね。意外と安いのよ? 海辺の旅館って」


 そうなのか。全然知らなかった。

 しかし、旅費が安いとはいえ、一学生が払える金額ではないのでは?


「うーん、私、ちょっと金欠気味だからなぁ……」


「アタシもカネねー」


 小野口さん達も渋るような表情を浮かべている。

 さすがに泊りがけはキツイか?


「もー、学生なんだから夏休み中くらいバイトしてみたら? 一度くらい社会経験してみなさい」


 バイト。

 バイトとな?


「先生、僕の――僕と月羽のコミュ症っぷりを甘く見ないでください。僕らにバイトなんて勤まるわけないじゃないですか」


 さりげなく月羽を混ぜたことにツッコまれると思いきや、彼女も僕の意見に同意するように首を縦に振り続けて、無言で先生に何かを訴えていた。


「自信満々に言わないの! 特にキミらは絶対に一度バイトしてみた方がいいわ! 短期でいいからやりなさい!」


 なぜか命令されてしまった。

 いくらこの学校がバイト禁止されていないとはいえ、先生の立場で堂々とバイトを勧めるのは如何なものかと。


「ふっ、いいんじゃないか? 俺がバイト紹介してもいいぞ。人手を欲しがっているイケメン店主に知り合いが居るのでね」


「「「…………」」」


 池君の紹介か。ただただ不安だけが脳裏を掠る。


「まー、いいんじゃない? 大まかだけど夏休みの予定が決まったね」


「……ちっ、しゃーねーか」


 えっ? 海とバイトは決定事項なんですか?

 つい僕は月羽と顔を見合わせてしまう。

 月羽も僕と同じように戸惑いの様子だった。

 さっきも言ったけど、コミュ症の僕らが社会経験なんて勤まるのだろうか? キョドって仕事ミスりまくる未来が早くも霞んで見えているというか……


「海は夏休み後半にしましょう。それまでは皆アルバイトを頑張る様に! 以上!」


 先生が勝手に締めに回り、本日の集会は解散のようだった。

 夏休みの間、皆と連絡できるよう一応電話番号とアドレスを交換し合う。

 四件しかなかったアドレスが一気に八件に増えた。めでたい。


 しかし、皆ある程度この内容に納得しているみたいだけど、月羽だけは終始不安げな表情を浮かべていた。

 いや、たぶん僕も同じような表情を浮かべていることだろう。


 ヘタレ一郎とヘタレ月羽のバイトデビューは近い。

 何だか夏休みの訪れが急に不安いっぱいになってしまった。


見てくれてありがとうございます。

初アルバイトは本当に緊張します。

ていうか経験値が高くなければバイトをしようという気すら起こらないですよね。

総経験値370の彼らはどこまでできるのか……

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