第五話 ツ……ツナマヨ……です
今日の四限目は体育だった。
体育館の反対側のハーフコートでは他組の女子生徒が整列していた。
B組の女子生徒――体育着姿の星野さんの姿もそこにはあった。
どうやらこっちと同じく向こうでも球技をするようだ。
星野さんも僕の姿に気付いたみたいで、視線だけこちらに投げる。
僕も見つめ返した。
僕達の現経験値では『手を振る』どころか『会釈』すらもできない状態みたいだな。視線が合っただけなのになんかめっちゃ妙に気恥ずかしい。
しかし学内で会った知り合いに対して『視線を合わせるだけ』というのもどうかと思うし、いつかは気軽に声を掛けるくらいにまで成長したいものだ。
「はい。三人組を作って~」
悪魔を通り越して魔王の言葉を吐いたのは例によって体育教師。
二人組を作るよりも困難なのが三人組だ。
我が二年A組の男子は計二十一人。二で割り切れないが、三では割り切れる。
だからグループから漏れて先生と組む、みたいな展開にはならずに済むが、これはこれでやっかいなのだ。
そう――各グループ内で僕の押し付け合いが始まるのだ。
小学生時代の体育の時、二チームに分ける為に各リーダーがジャンケンをし、勝った方から好きな奴をチームに引き入れていく、という残酷極まりないチーム分けが存在していた。
当然僕は最後まで余る。ただでさえ人気はないのに加え、僕は極度の運動音痴なのだ。
それはクラスの皆も知っている。だからこそ最後まで余る。
いや、そこまではデフォだ。最後まで余っても人数が偶数ならば結局最後にはチームに入れてもらえる。
『偶数』ならば。
そう、やっかいなのは奇数だった場合。
その場合においては最後に余った一人を掛けてジャンケンが行われる。
僕の地域では『いる? いらない? ジャンケン』と呼ばれていた。
ジャンケンが勝った方が最後に残った人物(僕)をチームに入れるか否かを決められるのだ。
僕を入れれば数的有利になるというのに、大抵のリーダーは『いらない』を選択する。
理由は明らかだ。僕が邪魔なのだ。何にも役に立たない上に邪魔になり兼ねない存在。
チームに引き入れてもマイナスにしかならない存在。
僕はその『いる? いらない? ジャンケン』がトラウマになっていた。
そしてこの三人組のチーム分けでも似たようなことが起こってしまう。
どのチームも僕というマイナス要素を引き入れない為にさっさと三人組を作る。
しかし、全体人数が三で割り切れる以上、僕はどこかのチームに属することになる。
二人までは組めたものの三人目が見つからないチームだ。
そのチームメイトは決まって同じ反応をする。
「げっ!」
ほら、思いきり顔を顰めた。しかも今回は表情だけじゃなくて声まで外に漏らすタイプだったか。
つまりこのチームの特徴はたかが体育と言えど、負けは許さないというタイプだな。うん、面倒くさい。
体育が終わった後、このチームメイトに愚痴愚痴言われるんだろうなと思いながら、僕はチーム列の一番後ろに位置を取り、腰を下ろす。
ふと、後ろのB組女子の声が聞こえてきた。
「げっ!」
つい先ほど聞いた否定の意を示す呟きが向こうのコートからも聞こえてきた。
どうやらあちらもチーム分けをしていたようだ。
しかめっ面をしながら下品な呟きを漏らしたのは知らない女子生徒。なんかケバイ。ていうか体育の時くらい化粧落とせよ。
その女子生徒の前で萎縮している生徒は、案の定星野さんだった。どうやら星野さんも僕と全く同じ境遇であったようだ。
星野さんは少し泣きそうな顔をしながらチームの一番後ろに着いて、腰を下ろす。
この瞬間、僕は改めて確信した。
――ああ、この子はどこまでも僕に似ているんだなって。
放課後になり、僕は屋上へと走る。
星野さんとの待ち合わせ、そして例の経験値稼ぎの時間がやってきたのだ。
ちょっと試してみたいことがあった。
昨日の待ち合わせは星野さんが先に屋上に来ていた。
だから今日は僕が先に屋上で待っていようと思った。
ただそれだけ。
昨日は妙に緊張してしまい、それで足が重くなり不本意にも時間に遅れてしまったのだ。
特に屋上の扉に手を掛け、先に着いていた星野さんの姿を確認した時の緊張はやばかった。
ふっふっふっ、今日はその緊張を星野さんに味あわせてやろうというのが僕の計画だ。
なんか非常にちっちゃい野望な気もするが気にしないでおこう。
「あっ、お、おはようございますです。高橋くん」
――屋上へ着く前に星野さんと合流してしまった。
「星野さんって、すべてを台無しにするよね」
「会って早々なんですか!?」
「でも次こそは計画を実行して見せるからねっ!」
「計画ってなんです!?」
「まっ、とにかく屋上へ行こうよ」
「流したっ!?」
なんか屋上以外の場所で話すのってこそばゆいなぁ。
あそこ以外の場所だとこの会話も他人に聞かれていそうで怖い。
なんだかんだいって僕は屋上隅っこのあの場所が気に入っているのかもしれない。
そう思うと自然に早足になってしまう僕だった。
そして星野さんも同じスピードで僕に着いてきていた。
屋上に着くまでの間、二人の間に会話はなかった。
「経験値を積めばさ――」
屋上隅っこの木造ベンチ。
なぜかいつも空いているこの場所に腰を掛けた僕たちは、経験値に稼ぎに入る前に少し声を掛けてみた。
「経験値を積めば学内でも普通に声を掛けられるんだろうね」
僕と星野さんの会話は基本この場所でしか発生しない。
それが少し気になっていた。
「そうなんですよね。体育の時も高橋君に声を掛けたかったのですが、私できませんでした」
「……僕も」
その理由はたぶん互いに明白だった。
即ち、周りの視線だ。
普段ぼっちで滅多に言葉を発しない僕達が突然異性と親しげに話なんかしていたら確実に第三者は驚くだろう。
その驚愕と好奇心を向けられるのが嫌で僕達は校内で会話ができない。
別に無口でつまらない奴と見られ続けたいわけではないが、見方を変えられるのもまた辛いのだ。
「んー、ここで普通に会話できているのは周りに人が少ないからなんだろうね」
基本この屋上という場所は人が少ない。昼休みは弁当を食べる学生で賑わうが、放課後になってまでこんな場所にくる物好きは極小数なのである。
だからこそ僕は素のままで居られる。
あれ? 今考えればそれもすごいことなんじゃないか? 場所の効果があったにしたって、親類以外の前で素を出せるような奴だったか? 僕は。
もしかしてこれが経験値効果という奴か。侮りがたし、経験値。
「そ、それですっ!」
突然星野さんが閃いたような表情を僕に向けてきた。
これから何が『それ』なのか説明が入るだろうが注意しないとな。この子、要点省くから。
「い、今から学内へ戻りましょう!」
省きすぎじゃないかね? 星野月羽さんや。
「とりあえず落ち着いて。ね?」
「わ、私は常に落ち着いてます。ミス平常心と呼ばれたいほどでしゅ!」
ミス平常心ならきっと語尾を噛んだりはしないと思う。
「今日の経験値稼ぎは『校内で会話をしましょう』に決定しました!」
『今思いつきました』と言わんばかりの主張。
やっぱりこの人昨日の夜に経験値稼ぎの内容を考えてなかったな。
学食――
ご飯を食べる所――
うわぁ、人がいっぱいいる。放課後なんだから帰れよ、お前ら。
帰ってアニメ見るか、ゲームするかしなさいよ。
「…………」
「…………」
僕と星野さんは食堂の隅っこの方のテーブルに席を着け、お互いに俯きながら対面上に座っている。
チラッと辺りを見渡してみると、放課後の時間を満喫する学生達が楽しそうに談笑をしていた。
第二回経験値稼ぎ。
『学食で会話せよ』。
「…………」
「…………」
会話出来ていなかった。
この経験値稼ぎは思った以上に難易度が高いようだ。
昨日やっていた屋上での会話とは次元が違う。空間を移すだけでこんなにも人を変えてしまうのか。
頼むからウチのクラスの人間と顔を合わせませんように――
たぶん、星野さんも僕と同じことを考えているんだろうなぁ。
「…………」
「…………」
――って、これじゃ駄目じゃないか。
獲得EXPがゼロのままで終わっては今日という日が無駄になってしまう。
なにより、このミッションを提示してくれた星野さんに面目が立たない。
せめて経験値を「1」くらいは獲得しなければ駄目だ。
頑張れ男の子。頑張れ僕。クラスの連中に見られたってどうってことないじゃないか。むしろ奴等のことなんか気にするな。僕をぼっちにしたまま放置している奴等のことなんか気にするな。
「お、おにぎりの中身って何が好き……かな?」
学食ということから連想して食べ物の話題を出す。僕にしては話題のチョイスが素晴らしいのではないか?
「……あっ……うっ……えっと……」
普段の星野さんならきっと『おかか一択です!』と豪語するだろうが、なかなか言葉が出てこないようだ。
気持ちは分かる。
分かるから無理しなくてもいいんだよ、星野さん。
「ツ……ツナマヨ……です」
星野さんは声を絞り出すようにして言葉を外へ吐き出した。
たぶんだけど僕への対抗心からの頑張りだと思う。
僕が頑張ったから自分も頑張る――
もっと端的に言えば『置いて行かれたくない』。
いや、星野さん的に言えば『経験値に差を付けられたくない』かな?
そんな思いからきっと星野さんは頑張って僕の質問に回答したのだろう。
そしてどうでもいいけど予想外れたな。まさかのツナマヨかよ。いや、おいしいけどさツナマヨ。
「…………」
「…………」
ここが屋上ならば僕が見事な返しで会話を盛り上げるのだが――
……あっ、ごめんなさい。調子に乗りました。例え屋上でも盛り上げなんて僕には難しいです。
って、そうじゃなくて、やはり場所の効力が原因なのか、思うように会話が弾まない。
僕の秘奥義『会話が詰まりそうになったら瞬時に話題を切り替えるの術』も緊張で発動できない。
「――っ!?」
ふと、僕は側方から好奇の視線を向けられていることに気付く。
嫌な予感がしながら、ちらりとそちらに視線を向ける。
――斉藤君とその仲間達が珍しそうな顔でこっちを見ていた。
備考ながら説明すると斉藤君というのは同じクラスで、一年の頃体育の時間に一度だけペアを作ったことがある人物だ。
そしてぼっち同士で友達同盟を作ったリーダー。僕には話も持ち掛けなかったあの斉藤君だ。
もうクラスの人間に見つかってしまったか。経験値稼ぎへの思わぬ障害だ。
「……?」
ふと別の視線にも気づく。
斉藤君達以外に僕達を好奇の視線で見つめている者がいる。
ぼっちは視線に敏感なのだ。例え離れて僕の悪口を言っていてもこっちはそれに気づいてしまう。
――見つけた。
その顔に僕は見覚えがあった。
B組。星野さんのクラスの人。
体育の時間にも関わらずケバい化粧を落としていなかった女子だ。
「…………」
「…………」
お互いに黙りこくってしまう僕達。
なるほど。星野さんも自分たちに向けられていた好奇の視線に気づいているようだ。だから向こうから会話を振ってくることがなかったんだ。
見ると、星野さんは俯きながら少し瞳を潤ませていた。
これは駄目だ。
今の僕達のレベルでは太刀打ちできないミッションだったんだ。
少なくとも女の子には無理だ。
頑張る男の子である僕ですら逃げ出したいくらいだ。
――いや、ここは一緒に逃げるべきだ。
経験値獲得失敗は痛いが、星野さんをこの場に留めて置くのはもっと痛い。
僕は俯きながらコッソリ携帯を取り出す。
そして短文メールを打ち、それをこっそり送信した。
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From 高橋一郎
2012/04/25 16:38
Sub ツナマヨ最強
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今日は完敗だね。
悔しいけど今日の所は帰ろう。
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星野さんが不意にハッと身体を震わせた。
僕のメールが届いたようだ。
彼女のこっそりと携帯を開き、メールを確認している。
一瞬悔しそうな表情をすると、彼女は少し顔を上げ、僕の目を見つめる。
そしてコクリと小さく頷いた。
同時のタイミングで去るよりもお互い別々に席を離れたほうがいいだろう。
この場合、言い出しっぺの僕が先に離れるべきだ。
決断後の行動は早かった。
僕が先に席を立ち、帰る……フリをする。
実際の所、物陰で星野さんの様子を見守っていたのだけれど。
少し時間をおいて星野さんもカバンを持って席を立った。
そして俯きながら下駄箱の方へと向かう。
僕は星野さんの下校風景を眺めながら思う。
今回の経験値稼ぎの成果は言うまでもなくゼロだろう。
僕が失敗しただけなのなら全然ダメージはない。だけど星野さんも失敗したとなると話は別だ。
だって僕達がもっと強かったらこんなミッション簡単に乗り越えられたはずだから。
それがたまらなく悔しかった。