第三十二話 今日は青士さんどうされたか……ご存知ですか?
今回はたったの6000文字オーバー程度です。
……最近何かが崩れてきている気がする。
ぅう、緊張します。
一週間も勝手に休んでいた私が悪いのですが、久々の登校というのは心臓に悪いです。
私は2年B組の教室扉の前から動けないでいました。
ここを開けたらクラスメートの冷ややかな目が迎えることはすでに見えてます。
たぶんカンニング疑惑の件で、陰でヒソヒソ言われるのでしょう。ぅぅう、逃げたいです。
逃げ――
って、駄目です!
一郎君はもっともっと怖い思いをしたのに、私だけこの程度なことで逃げてなんかいられません!
私だって一郎君に負けていられないんですから。
経験値240の力を見せる時です!
……ガラ……ガラ……
これぞ秘義『なるべく音を出さずに教室の戸を開ける』の術です。
私が十年以上掛けて編み出した秘義です。これならば誰にも見つからずに教室に潜入できます。
「おっはよ~! 星野さん!」
バンッ!
「はぅぅっ!」
いつのまにか後ろに立っていた小野口さんが私の背中を威勢よく叩いた。
私の秘義が早くも破られました!
しかもこの人、今気配が無かったです。まさかこれが本場の『気配を消すオーラ』ですか!?
試験結果を見た時から思っていましたが、やはりこの人は侮れないです。
「うへへ……星野さぁん♪」
スリスリっ
「ひゃわぁぁぁぁっ! な、なななな、なんですか!?」
「いや、朝の挨拶は頬ずりに決まっているでしょ?」
さも当然と言わんばかりに言われました。
小野口さんレベルの才女ともなると常識のレベルが計り知れません。
「と、とにかく離れてください」
「………………ぇー」
「なんで物凄く残念そうなんですか!」
って、しまったです。
クラス中の視線が私に注がれています!
目立たずに進入する私の計画がっ。
「…………」
「な、なんですか?」
急に静かになった小野口さんが私の顔をじーっと見つめたまま、止まっている。
つられて私の思わず見つめ返してしまう。
小野口さん、やっぱり綺麗です。程よい長さの髪はサラサラで肌も白くて、眼鏡が似合っていて……
って、私何見惚れているんでしょう!
「ねぇ、星野さん」
「は、はい。なんですか?」
「月ちゃんって呼んでいい?」
「急になんですか!?」
天才さんの思考は凡人の私には訳が分かりません。
どうしてこんなにころころ話を変えられるのでしょう。
キーンコーンカーンコーン。
「あっ、月ちゃん、チャイム鳴ったよ。早く席につこ」
「その呼び方すでに決定なんですか!?」
この人、一郎君並にツッコミが追いつかない人です。
そういえば小野口さんいつの間にか一郎君と仲良くなっていましたし、気が合いそうです。
小野口さんと……一郎君……
「月ちゃん? 早く席に着きなよ~」
「言われなくても分かってます!!!」
「なんで急に怒り出したの!? ビックリした」
「なんでもないです!!!」
なぜだかわかりませんが心がムカムカします。
あとなんかモヤモヤします。
はっ! これが若年性心労ストレスというものですか。
「もしかして、私、病気なんですか!?」
「いいから席に座りなよ、月ちゃん」
促され、席に着く。
ストレスという病魔と闘いながら。
……って、このムカムカ本当にストレスなんでしょうか?
今の私にはそれがよく分からなかった。
思っていたよりも今日一日無難に過ごすことができました。
非難するような視線に当てられることもなく、カンニングについて言及されることもなく、普通の学園生活の一日として終えることができました。
「じゃあね、月ちゃん。明日また頬ずりさせてね」
「させません!」
それもたぶんこの人のおかげでしょう。
小野口さんはたぶん私の置かれた状況に気を使ってくれて、一日中私の隣に居てくれました。
そのお陰で私も気が楽になりました。
でもおかしいです。
今日だけは絶対に私は非難させられると思っていたのに……
あの人に――
「あの……小野口さん」
「なに?」
「その、今日は青士さんどうされたかご存じですか?」
「わからない。授業には出てなかったけど……休みじゃない?」
「でもカバンあります」
つまり学校には来ているはずです。
単に授業だけサボられたのでしょうか?
「置きカバンは基本だよ? 私もたまにやるし」
「それでどうしてあの点数取れるんですか!?」
「授業聞いてれば試験問題もわかるでしょ? 普通」
「テストで悩んでいる全国の学生に謝ってください!」
青士さんのことは気になりますが、それ以上に小野口さんの頭脳ソースが気になりました。
本当に何者なんでしょう。この人は。
―****―
暑い。
まだ6月の初めだと言うのに、この暑さはやばい。
さすがに今日は夏服で来たけど、それでも滲む汗は止まらない。
特に僕は机に突っ伏すのが日課なのだけど、この姿勢、暑さが大敵なんだよな。
でもまぁ6限は良く寝れた。待ちに待った放課後だ。
しかし、月羽今日は学校来てるかな? 来てるよね。昨日も放課後来ていたし。そう信じたい。
まっ、屋上に行けばはっきりするか。
「行くか」
「――どこによ」
僕の独り言にまさかのツッコミが入った。
低い女子の声。僕の苦手な声。
まぁ、来るとは思ったけどさ。前みたいに昼休みの乗り込んでこられるよりはマシか。
「さようなら。青士さん」
「いや、待てや。なにいきなしガン無視してんの? ちょーしぶっこいてんじゃねーよ」
こええ。
この人、一々言動が挑発的だから威圧されるんだよなぁ。
ある意味田山先生よりやりにくい相手かもしれない。
「ちょっとアンタに話あんだけど」
「…………ぇー」
「嫌そうな顔してんじゃねーよ!」
「す、すみません」
思わず謝ってしまった。
なんかこの間より言葉が乱暴な気がする。
機嫌が悪そうだ。
こういう人の相手って本当に苦手だ。
感情的になって暴力を奮ってこられたら瞬殺されるのは僕の方だ。
相手するにしても慎重に言葉を選ばなければ。
とりあえず怒らせないように。
「青士さん。今日は化粧のノリがいいね。いつもより肌が黒く見えるよ」
「ああん!? いきなり挑発とはやる気じゃん、高橋」
違うんです。褒めたつもりなんです。挑発とか全然そんなんじゃないんです。
くそー。月羽辺りなら今の言葉でバンザイしながら喜んでくれるんだけどなー。たぶん。
「昨日の放課後、緊急職員会議があったみたいんよ」
怒ったかと思えば急に真顔になって話題を変える青士さん。
感情変化のタイミングがよく分からない人だ。
しかし、緊急職員会議とは初耳だ。
昨日の放課後ってことは僕達が田山先生と対談した後に行われたんだよね。
ってことは、その会議の内容って――
「アンタ、昨日田山に何言ったよ?」
「…………」
何故か青士さんに昨日の対談のことがバレているようだ。
いや、何を言ったか聞いてくるってことはその内容まで知らないのか。
んー、下手なこと言うと怒られそうだし、上手いこと言っても怒られそうだし、どうしよう。
「その職員会議で二つのことが決まったみたいんよ」
「二つ?」
「ああ。一つは星野月羽の処分検討取り消し」
おお!
やった!
青士さんの前だからなるべく顔には出さないでいるけども、喜びのあまりジャンピングバンザイしたい気分だ。
何にせよ昨日の間に全ての決着が着いていたのか。田山先生、しっかり証言してくれたんだな。
いやー、良かった。これで心労も無くなってゆっくりでき――
バンッ!
「ああん? なに笑ってんだてめー。まだ私の話終わってないんだけど」
「ご、ごめん」
知らない間に顔がにやけていたみたいだ。つくづくポーカーフェイスが苦手だな、僕って奴は。
「で、二つ目なんだけど」
「うん」
バンバンッッ!
うぉぉう!?
この人机叩くの好きだな。心臓ドキドキするからやめて。
「アタシが停学三日間の処分を下されたんだよ!」
シンッ
青士さんの叫びの後、一瞬教室内がシンと静まる。
またも教室中の視線が僕らに集まっているのを感じる。
いつぞやの再現みたいだ。
「昨日の夜、アタシの家に電話がきた。そこで処分のことを聞いた。明日から土日を挟んで月曜までアタシは自主休業だとよ」
「…………」
何と言えばいいのかわからない僕はとりあえず黙って青士さんの次の言葉を待つことにした。
この人、急に叫びだすから心の準備しておかないと。
「アンタが田山に余計なことをチクったんだろう!!」
ほら、叫んだ。
そして心の準備しておきながら超ビビった。青士さんの威圧ぱねぇ。
「証拠は?」
「田山が言いやがったのさ、『星野の友人がカンニング疑惑の真相解明をした』って」
「匿名じゃん」
「『星野の友人』なんてアンタ以外いねーだろうが!」
何気に失礼なこと言われてるよ、月羽。
そして反論できないこの痛さ。
匿名の無意味さが虚しかった。
「どうしてくれんの? ねぇ、どうしてくれんの? 停学だよ? アタシ停学だよ」
僕にどうしろと?
「停学なのにどうして学校に来ているの?」
「処分は明日からだっつーてんだろ!」
青士さんが叫ぶ度に肩が震える。
んー、この場合は青士さんに胸の内を全部吐き出してもらって満足してもらおう。時間が経てばその内帰ってくれるだろう。
「大体なんで処分下されるのがアタシなわけ? はっ? 意味ワカンネ。アタシが何したつーの? ねえ、アタシ何した? そんな悪いことした?」
悪いことしたから停学になったんでしょうが。
まるで反省していないのかよ。
「あっ? なにその目。なんか文句ありげじゃん? いいよ、言いなよ。オラ。遠慮せずに言ってみろよ」
おっとまた顔に出てたか、我慢我慢っと。
僕が変に反論しなければ青士さんはその内帰ってくれるんだ。
「んだよ? その目ムカつくんだよ! アンタ、今アタシのことを可哀想な奴って思ってんだろ!」
青士さんがヒートアップして訳の分からないことを言いだした。
や、結構最初から訳分からなかったけど、妄想が増長して脳内で渦巻いているようだ。
「惨めで、可哀想な奴は星野だけで十分だっつーの!」
……ん?
「アイツ、一年の頃から根暗野郎で、ずっと友達居なかった」
まぁ、それは知ってる。ていうか僕もそうだし。だから気が合って経験値稼ぎしているんだ。
「二人組のペアを作るときも一人ぼっち、化学の実験の時も何もせずに見てるだけ、体育の気に至ってはチームに入ると邪魔扱いさ」
なんという僕。
「その様子を指さして見るのがアタシは愉快でたまらなかったのさ」
……知ってはいたが性格悪いなこの人。
ぼっちは指さされるのが大嫌いだというのに。むしろ放っておくのが優しさだというのに。この人は遇えてその逆をやっているんだ。
「化学の実験の後、体育の後、『おめー、やる気あんの?』っておちょくるだけで涙目になるんさ。それも毎回! マジでウケる。自分の無能さをキチンと理解している辺り、大ウケ」
それも毎回かよ。
イジメの一歩手前の行為じゃないのか? それ。
「だからアイツには何をやってもいいんよ。だって結局自分の無能さが悪いんだから」
……
「今回もそうなるはずだった」
…………
「アリもしないカンニングの罪を着せるくらいいつものことじゃん! でもなんで今回だけ反発したわけ? マジうぜぇアイツ」
………………
「アイツは一生アタシの笑い道具になってればいいんだ! ずっと一人ぼっちで、クラスの足を引っ張って、邪魔者扱いされている所を皆で大笑いしてやるのがアイツの存在意義なんだ!」
……………………
「そもそもアンタみたいなツレがいること自体おかしいんだよ! そのせいでアイツは最近楽しそうだ。死んだ魚みたいな目をしなくなった! なあ、おい! どうしてくれんだ!?」
…………………………
「星野は人並みな学園生活を送っちゃ駄目なんだ! 壊れた人形みたいに無表情じゃなきゃツマンネ―んだよ!」
………………………………
「おい! 聞いてんのか! たかは――」
ボガンッ!!!
「「「――!?」」」
突如、木霊した大音に再び教室中がシンっと静まる。
今度は一瞬だけではなく、少し長い時間静寂が流れた。
なんてことはない。
さっきと同じだ。
さっきと同じように机を叩いただけだ。
――僕が。
それも下から蹴りあげるように。
全力で蹴りあげたせいか、引き出しスペースがへこんでしまっていた。
でも今はそんなことどうでも良かった。
「可哀想なのはそっちだ」
もう我慢できなかった。
「んだと?」
言いたい放題言ってもらって帰ってもらう予定だったけど、それは変更だ。
「人の不幸を笑って喜んで何が楽しいの?」
「へっ、アンタなんかにはわかんねーさ」
「いや、大体分かるよ。青士さんはただ自分より無能な人が居ることが心地よかったんでしょ?」
「……!?」
「どんなに嫌なことがあっても『アイツの境遇よりはマシか』と思って自分を慰めていたんだ」
「てめっ! そんなちっぽけなことじゃ――」
「でも月羽が僕と楽しそうに話をしている所を見て、青士さんは急に不安になったんだ」
「だから、そんなんじゃ――」
「もし月羽が青士さんの言う『人並みの学園生活』を送り始めたとしたら、惨めなのは自分だってことに気付くから」
「……!?」
人は本能的に自分よりも弱い他人を見て安心し、蔑んでしまう生き物だ。
無論、皆がそうだとは言わないが、青士さんは特にその傾向が強い人なのだろう。
だからこそ、自分よりも弱いと思っていた人が強さを見せた時、焦ってしまう。
その人を蔑むのと同時に、その人には絶対に負けたくないという気持ちも芽生えているはずだから。
「青士さんさ。友達居ないでしょ?」
「はぁ!? 何言ってんの? 居るに決まってーんしょ。アンタもこの間見たろ? アタシの席の周りの奴等」
「あぁ、青士さんがカリスマ見せびらかしてくっ付いてきている金魚のふんのこと?」
「てめっ――!」
「残念ながらああいうのは友達って言わないと思うな、僕は」
「何が言いてえんだ! てめぇ!」
「たぶんだけど青士さん。停学明け後、その金魚の糞みたいな連中、居なくなっていると思うよ?」
「はっ?」
「今まではお遊びですんだかもしれないけど今回はやりすぎだ。クラスメートを陥れて停学になるような奴になんか誰も着いてこないさ」
「そ、そんなこと――」
「ない、とは言い切れないんじゃない? まっ、それはただの僕の推測なんだけどさ」
もしかしたら一人か二人くらいは青士さんにくっ付いてくる人もいるかもしれない。
だけど絶対に数は減る。
停学になった時点で青士さんのカリスマは大きく損なわれたのだから。
「停学明け後……私が……ぼっちになる……?」
「ぼっちとまでは言わないさ。みんな余所余所しくなるかもしれないけど」
「それをぼっちって言うんだよ!」
青士さんの表情が一転して真っ青になっている。
たぶん僕に言われたことをリアルに想像しているのだろう。
「お、おい、アタシ……どうしたら……どうしてこんなことに……アタシ……何もしてないのにっ! 星野をちょっとからかっただけなのに……こんな……」
ついには震えだす。先ほどまでの迫力が完全に霧散してしまっている。
しかし『ちょっとからかっただけ』か。
その『ちょっと』がどれほど月羽を苦しめたと思ってるんだ!
「ねぇ、青士さん。停学は三日だったっけ?」
「そ、そうだよ! ちくしょう!」
「その程度で済んで良かったね。やったことを考えるともっと重い処分を下されてもおかしくなかったのに」
「んだと!? 全部……全部てめーのせいじゃねーか! アンタが余計なことをチクんなければこんなにことにはならなかったんだ!」
再び青士さんの沸点が高まってくる。
でもその怒りには明らかに未来への『恐怖』と『戸惑い』が見えていた。
今がチャンスだと思った。
「青士さん、これだけは言わせてほしいんだ」
「な、なんだよ!?」
だからこそ僕は言う。
これは『怒り』を増長させるためではなく、『恐怖』と『戸惑い』を増長させるために言う。
あと、個人的な感情も混ざっているが勘弁してほしい。
この言葉でカンニング疑惑事件は終焉だ。
「ざまぁ」