第三十話 月羽さん、変装バージョンです
さて……今回は9000文字オーバーなわけですが……
最近どうしても一話一話が長くなってしまいます。
それは本当に突然でした。
私の手元に一つのメールが届いた。
差出人は言うまでもなく一郎君だ。
不意打ち的なタイミングで届いたメールは、内容でも私の不意を打つことになる。
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From 高橋一郎
2012/06/04 16:58
Sub MUDAI
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月羽の家って学校から遠い?
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えっと……
このメールは私に何を伝えたかったのでしょうか?
とりあえず、正直に返答しておこう。
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From 星野月羽
2012/06/04 16:59
Sub むだい
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歩いて20分くらいで着きますよ
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なんでしょう。この気の抜ける感じのメール。
最近色々と思い詰めていたからこの感じホッとしますけど。
~~♪ ~~~♪
わわっ!
一郎君メール返すの早いです!
……心の中ではとても喜んでいるのは内緒ですが。
私は期待を胸に一郎君からのメールを開く。
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From 高橋一郎
2012/06/04 17:01
Sub ㋰㈹
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今から経験値稼ぎをするからいつもの場所に集合ね。
その際、中間試験のテスト用紙を持参のこと。
じゃ、待っているからね
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「え? え??」
どういうことでしょう?
経験値稼ぎ?
できることならばしたいです。
久しぶりの経験値稼ぎ、すごく素敵な響きです。
でも……学校か……
「どうしよう……」
経験値稼ぎはしたいけど、学校にはまだ行きづらい。
放課後とはいえ、クラスメートにばったり会うかもしれない、それが怖い。
でも……それ以上に一郎君に会いたい。
どうしたら――
「そうです!」
不意に一つの名案を思い付く。
私は早速準備を始めることにした。
月羽の席の机の中に答案は半分しかなかった。
僕の手元には小野口さんの答案5教科分と月羽の答案2教科分が存在する。
残りの3教科分のテスト用紙は月羽が自宅に持ち帰ったということだ。
これでは田山先生を納得させる材料としてはまだ弱いと思う。
完璧な形で勝利を掴むには残りのテスト用紙がどうしても必要なのだ。
だから僕は月羽を呼び出した。
まぁ、でも月羽は月羽で不安定な精神状態に居るだろうから無論強制はしない。
時間も遅いし、来られないのならば仕方ないと思っていた。
「ここで待つのも久しぶりな気がするな」
先週はここで何時間無駄に過ごしただろう。
僕が屋上で待っていた最中、月羽はチャットルームで僕を待っていたんだよな
変な入れ違いがあった。
だけど今日は待ち合わせ場所が明確になっている。
だからつい期待をしてしまう。
「さて、今日は何分待とうかな~っと」
最低でも二時間は待つ予定だった。
約30分後。
屋上の扉が開かれる。
ベンチで寝っころがっていた僕は慌てて上体を起こした。
視線を向けてみると、そこには遠慮がちに扉の前で佇んでいる女の子が居た。
「一郎君……お待たせしました」
なつかしいその声。
まるで何週間も聞いていなかったかのような懐かしさがある。
それほど僕はこの声を聞くことを欲していたのだろう。
「えっと……誰?」
しかし、声に聴き覚えがあってもその姿に見覚えがなかった。
その女の子は長い髪を左右に結んでいた。
長い前髪も掻き分けて、大きく綺麗な瞳がはっきりと覗かれていた。
髪留めに小さな月形のアクセサリーが付いていた。
「ぅうう……たった一週間会わなかっただけで忘れるなんて酷いです」
獣化。
不満そうな間延びした声。
やっぱりこの人は――
「月……羽?」
「はい。月羽さんです」
初めて月羽と出会った時の第一印象は、髪が長く、綺麗な瞳まで隠していて勿体無いなと感じた。
その長い髪を結んだり留めたりするだけで可愛くなる、とは常日頃から思っていた。
そして今日、不意打ち的に月羽が自身を飾ってきた。
……まさかここまで変わるとは思わなかった。
正直言って見惚れてしまった。
ただ髪を結んできただけに過ぎないのだが、正直どこの美少女かと思った。
髪型だけじゃない。綺麗な瞳が前髪で隠れていないおかげで彼女の可愛さが更に引き出されていた。
「えへへ。月羽さん、変装バージョンです。これならクラスメートに在ったとしてもバレません」
変装かよ。
オシャレ目的じゃなくて、人目を避けるために着飾る所がとても月羽っぽかった。
「そっか。すごく似合ってるよ。可愛い」
「――っ!」
僕が正直な感想を述べると月羽は酷く驚いた表情に変わり、そしてゆっくりと後退して扉を閉めた。
「って、いきなり帰らないでよ!」
「い、一郎君が変なこと言うからです!」
「言ってないよ!?」
「言ったんです!」
扉から半分姿を見せながら睨みを聞かせてくる月羽。
見かけは変わっても中身は小動物の月羽のままだった。
「いいからこっちに来なさい。経験値稼ぎするよ」
子供を呼ぶように手招きする。
だけど月羽ならば『わーい、経験値経験値~。ハァハァ』とか言いながら寄ってくるに違いない。
「け、経験値稼ぎ……」
ゆらり。ゆら~り。
怖っ!
なんか思っていたのと違った!
フラフラと揺れながら近づいてくる月羽は中毒者のソレだった。
一週間以上経験値稼ぎしないとああなるのか。なんか色々と末期だな、この子。
やがて月羽は僕の元までたどり着き、いつものベンチに腰を下ろす。
少し虚ろだが、期待するような視線を僕に向けていた。
うぅ。月羽の外見がいつもと違うからちょっぴりドキドキするではないか。
動揺を悟られないようにしないと。
「さて、今回の経験値稼ぎだけど」
「はい!」
今日一番の返事をされた。
思ったよりも元気そうで何よりだ。
「まだ、終わってない経験値稼ぎあったよね」
言いながら僕は数枚の用紙を取り出した。
中間試験のテスト用紙だった。
「あっ――」
月羽もようやく思い出したみたいだ。
――『平均点より10点高い点数を獲得せよ』(100以内に入ればボーナスポイント付き)。
色々あって流れかけていたが、この経験値稼ぎは進行中なのだ。
今日はその結果を発表し合う。
上手くいけば一気に140EXPも入る大ミッションだ。
「テスト用紙は持ってきた?」
「あっ……は、はい。あっ、でも私二教科分しか……」
「大丈夫。残り三つは僕が持ってるから」
「なんで一郎君が持っているんですか!」
「ちょっと月羽の机の中を漁っただけだよ」
小野口さんと別れた後、B組に寄り、誰もいない教室からコッソリ拝借してきた。
結構机の中が綺麗だったのでアッサリ発掘できた。
「全く悪びれずに言われました!? 女の子の机の中を漁るのは犯罪なんですからね」
「大丈夫だよ。月羽の机だし」
「どういう意味ですか!」
「まぁまぁ、とにかく今回の経験値稼ぎのおさらいをするよ」
二人とも平均点より10点以上高い点数を獲得すれば経験値獲得。しかしどちらか一方が目標点に届かなかったらその教科の経験値獲得は無しだ。
一教科に付き20EXP。中間試験は五教科あるので大量経験値獲得のチャンスなのだ。
それも今回はボーナスEXPがある。
それは二人とも学年順位が百位以内に入れれば40EXP獲得という大奮発だ。
つまり最大140EXP獲得しうる大ミッションなのだ。
僕らは一緒にテスト勉強を頑張った。
具体的にはボイスチャットでダラダラ話をしながらの勉強だったけど、それなりに効果的だったと思う。
事実、僕の方はその勉強方法で結果がついてきた。
「はい。月羽の答案返すね。でも、ごめん。その三教科の結果僕見ちゃった」
机の中を探る時、物を確認するためについ中身を見てしまった。
なるべく中身を見ないようにしたかったけど、でかでかと書かれている点数はつい目に入ってしまうのだ。
「それは構いませんが……じゃあ、一郎君もその三教科から見せてください」
「了解。じゃあ現国からね」
現国。平均点は70点。
つまり僕と月羽の両方が80点以上取れていれば20EXP獲得である。
「ちなみに私の点数は知っての通り84点でした」
淡々と言っているが、これはかなりの優秀点である。
月羽の方もしっかりと試験勉強の効果が出ているんだな。
「じゃじゃん。僕の点数は……これだ!」
セルフ効果音を鳴らしながら月羽の眼前に一枚の答案を突き付ける。
そのテスト用紙を見た月羽は目を大きく見開きながら驚いていた。
「きゅ……96点!?」
奪うようにテスト用紙を受け取る月羽。
だけどすぐに一つの事実に気が付いた。
「って、これ小野口さんの答案じゃないですか!」
「バレたか」
ちょっとからかってみただけだけど、比較的すぐに気付かれてしまった。つまらないなぁ。
でもさすが小野口さんというべきか。出木杉くんみたいな点数を軽々と取ってくれる。
青士さん曰く、クラス一番の秀才だっけ。でもこれは学年一番レベルじゃないか?
「でも僕も中々すごいよ。ほらっ、81点!」
胸を張りながら自慢気に見せつける。
しかし、月羽の反応はイマイチだった。
「なんか96点の答案を見せられた後ですと一気にしょぼく見えました」
「うっ……」
確かに月羽の言う通り、81点がしょぼく見える。
ていうか僕二人の女の子に負けたのか。地味にショックだ。
「でもどうして一郎君が小野口さんの答案を持っているんですか? まさか、小野口さんの机の中まで漁ったんじゃ――」
「そんなことしたら犯罪だよ! 女の子の机の中を漁るなんてとんでもない!」
「私だって女の子です!」
「月羽はいいんだよ、うん」
「なんか納得いきません!」
月羽からしてみれば僕が他人の答案を持っていることが不思議なんだろうな。
その辺の説明もキチンとしておかないと。
でも今は経験値稼ぎ中だから説明は後にしておこう。
って、そっか。早くも20EXP獲得したのか。これは幸先が良い。
「じゃあ次は化学だ。ちなみに僕の点数はこれね」
言いながら僕は79点のテストを見せる。
ちなみに平均点は69点。ギリギリ目標点に達した教科でもあった。
「うぅぅ……化学は苦手です。私が足を引っ張っちゃいました」
ちなみに月羽の点数は71点。苦手と言いながら平均点よりは上だった。
しかし、残念ながら化学での経験値獲得はなかった。
それと補足だが小野口さんは化学でも93点を取っていた。なんかこの人は次元が違う。
「どんどん行くよ。次は英語か」
「英語は得意です♪」
化学の時とは表情がコロっと変わって満面の笑顔を向けてくる。
くそっ、やっぱり可愛い。月羽さん変装バージョンの威力ぱねぇ。
「ここは僕が足を引っ張っちゃったな。英語は苦手だ」
英語……平均は66点。
月羽……80点。
僕……61点。
月羽は余裕で目標点に達していたが、僕は平均点にすら届いていなかった。
英語は本気で苦手だ。正直筆記体すら書けない。それに読めない。
インターネット翻訳並に危うい英語力なのが現状だった。
またまた補足だが、小野口師匠は英語でも91点を取っていた。秀才を超えて天才レベルじゃないだろうか、このお方は。
「じゃあ次は数学です!」
言いながら月羽は自分のカバンを漁りだす。
今日持参してくれたテスト用紙を取り出すのだろう。
ここからは僕も月羽の点数は分からない。
経験値獲得できるかどうかは未知だ。だからこそ面白いんだけども。
「よし、同時に答案を出してみようか」
「いいですねっ。ワクワクします」
「よし。じゃあ、行くよ。いっせーのーで!」
僕の合図を元に同時に答案を見せ合う二人。
ちなみに数学の平均点は71点なのだが……
月羽……70点。
僕は――
「99点!?」
大きな瞳が更に大きく見開かれる。
驚愕で月羽のツインテールもビクンと揺れた。
「って、だからこれも小野口さんの答案じゃないですかぁ!」
「いやぁー。なんというか数学の点数だけは見せるのだけは恥ずかしくて……」
「数学苦手なんですか?」
「うん。数学は足が20本ある害虫の次くらいに嫌いなんだ」
「……相当嫌いなんですね。恥ずかしがらずに見せてくださいよ~。私だって平均点より低いんですから」
「う、うん。じゃあ……はい」
観念して自分の答案を月羽に手渡した。
プリントの右上にデカデカと表示されている点数が虚しかった。
「59点……」
「うん59点……」
これはさすがの月羽も少し唖然としている。
フォローしようにも言葉がない様子だ。
「大丈夫。数学が出来なくても私は一郎君のことを見捨てたりしませんからね」
数学が原因で見放されたらたまらない。
とりあえず月羽との交友関係にヒビが入らなくてよかった。うん、よかった。よかったと思うことにしよう。
「気を取り直してラスト! 世界史行ってみようか」
「はい! じゃあまた同時に出しましょう……って、小野口さんの答案を出すのは無しですからね」
「はいはい。あっ、小野口さんの点数先に言っとこうか。あの人88点だったみたいだね」
「なんというか本来ならば物凄い点数なんでしょうけど、小野口さんが80点台を出すと低い点数のように思えるから不思議です」
「何かがゲシュタルト崩壊しているよね」
小野口師匠は現国96点、化学93点、英語91点、数学99点、世界史88点という驚異的な成績を叩きだしていた。なんというかワールドクラスだった。
ていうかマジで学年一位狙えるのではないだろうか。小野口さんより上の点数を取れる人間が居る気がしない。
「平均点は68点。というわけで見せ合うよ。せーの」
「はい!」
世界史。
僕、86点。
月羽、79点。
「って、一郎君もすごいじゃないですか! 小野口さんとほとんど変わらないじゃないです」
「実は歴史って結構好きなんだ」
世界史は面白い。
最近は特に歴史を再現したゲームが多いからもともと知識は持っているし、教科書というのはその知識を補うにはうってつけだったりする。
つまるところゲームをより楽しむ為に世界史を勉強したと言っても過言ではないのだが、それで点数が取れるのだからすごく美味しい教科だったりする。
とりあえず数学の汚名なんちゃらはできた。
「ということは……?」
「はい。今回は40EXP獲得ですね」
目標点を二人でクリアした教科は現国と世界史。
成果としては上々ではないだろうか。
「そうだ。ボーナスEXPなんだけど……」
「そうでした、忘れてました! あっ……でも私、自分の順位まだ知りません」
一応学年順位は出ているのだが、ずっと学校を休んでいた月羽が自分の順位を知りようがないだろう。
「大丈夫。僕に抜かりないよ」
その頼もしい僕の言葉に月羽の表情がパッと輝く。
「さすが一郎君です! 私の順位を事前に調べてくれたので――」
「はい。これが僕の学年順位」
月羽の言葉を遮って、小さい長方形の紙を手渡す。
そこに各教科の平均点と僕の学年順位が載っていた。
『2-A。高橋一郎。
現国 数学 世界史 化学 英語 合計
個人点数 81 59 86 79 61 366
平均点数 70 71 68 69 66 344
順位 117位 /280人
』
「というわけで月羽の順位を知るまでもなく、ボーナスEXPは獲得できなかったってことさ」
「ドヤ顔で言うことじゃないですよ。残念すぎる結果です」
「でも前回より23個も順位上げたよ」
「たしかに……あの勉強法ですごい成果ですよね」
あのグダグダな試験勉強でよく結果がついてきたものだ。自分がやればできる子なんだと勘違いしてしまうほどに。
それに今回の特徴として一つ面白い結果が出ている。
「なんかね、得意教科だけいつもより良い点数が取れて、苦手教科はいつも通りって感じだったんだ」
「なるほど~。私は対照的に全体的に点数の底上げがされたって感じです。全部70~85点でしたし」
「うーん。月羽の方がいい点数の取り方をしているなぁ」
「そんなことないですよ。長所特化の一郎君の方が私は羨ましいです」
となりの芝はなんたらって奴かな。
互いの特色が鮮やかに見える故に羨ましく思えてしまう。
「でもまぁ、この人みたいな点数の取り方が出来れば一番いいんだろうけどね」
チラリと小野口さんの答案に目を移す。
「ですよね……」
小野口さんの点数を前に自分のちっぽけさを再自覚してしまう僕と月羽。
思わずため息も出てしまう。
「それで、どうして一郎君が小野口さんの答案を持っていたんです?」
「ん? ああ。そのことか」
僕は月羽に今日在った出来事を鮮明に語り始めた。
月羽は黙って、そして真剣に僕の言葉に耳を傾けてくれた。
「――まぁ、事の顛末はそんな感じかな」
昼休みの青士さんとの対話のこと。放課後の田山先生との対決のこと。それと小野口さんとの会話のこと、色々と細かに話した。
語り下手な故に何か話し忘れがないか頭の中を整理してみる。
その最中、月羽はジッと僕の顔を見つめ続けていた。
「一郎君……」
心成しか月羽の目が潤んでいるように見える。
「ぅ……ぅ……」
って、本当に泣きだした!?
「わわ……そ、その……えと……ご、ごめんね……?」
女の子というのはどうして涙を流しただけで男を動揺させられるのだろう。
男が泣いても効果薄というのに。
とにかく泣き止まらせなければ。僕が何かしたのなら謝ろう。ひたすら謝ろう。
「一郎君……ありがとう……ありがとう……ございます……」
「えっ? えぇ?」
月羽が泣きながら謝っている。
なんだろう、この状況。突然すぎてわけが分からない。
ガシッ!
「ぉおう!?」
月羽が泣きながら謝って、更に僕の腕をガッシリ掴んできた。
なにこれ? ほんとなにこれ? 逃走不可能? いや、別に逃げるつもりなんて微塵もなかったけど。
「ありがとう……ございます……」
「ど、どういたしまして……」
そういうのが精一杯だった。
「…………」
「…………」
えっと、どうしよう。
僕から何か言うべきかな? 言うべきだろうなぁ。
でも何言えばいいんだろう?
泣きながら謝ってきて腕を掴んでくる女の子に何を言えばいいというのか……
「――本当なら」
「えっ?」
月羽が不意に言葉を出してくる。
「本当なら……私が……自分で……何とかしなければ……いけなかったのに……私、何もしないで……」
「もしかしてそんなことで泣いていたの?」
「そんなことってなんですか! 私のせいで一郎君が……大変な思いを……」
今度は泣きながら怒りだす月羽。
本当に喜怒哀楽が激しい子だ。そこが月羽の良い所なんだけどね。
「まぁ……その……泣かないで」
上手い言葉が見当たらない。
経験値が高い人ならばここで気の利いた言葉を言えるのだろうけど、所詮僕だからなぁ。
月並みな言葉しか見つからない所がいかにも高橋一郎らしい。
「うぅぅ……ごめんなさい……一郎君、ごめんなさいぃぃ」
グググッ
なんか徐々に掴まれた腕に力が籠ってきている気がするんだけど。
たまにパワープレイヤーになるな、この子。誰かタスケテ。腕痛い。
「ぼ、僕は大丈夫だからさ。泣き止んで。そして手を離し――」
「うぇぇえ……」
ギシギシッ
何か鳴っていけない擬音が響いている気がするんすけど。
月羽はもしかして経験値振り分けを全部パワーに充てているんじゃないだろうか。この小柄の身体のどこにそんな力が……
って、いいから早い所手を離してもらわないと。
女の子に腕を握ってもらってルンルン、って気分じゃない。下手すりゃ死ぬ。親友に殺される。
でもどうやって……
とりあえず月羽に落ち着いてもらわないと。
よし、久しぶりにやるか。月羽の絶対防御やぶり。
ポンッ。
「ふぇえ?」
いつぞやと同じように僕は月羽の頭に手を乗せる。
ただそれだけ。
しかし、それだけの行為なのに効果はすぐに表れた。
「……あ……ぁぅ……」
こっちを見ながら顔を赤くして硬直していく月羽。
涙は止まっていた。
だけど僕の腕を締め付ける月羽の右手はそのままだった。
彼女は力を籠めたまま硬直してしまっていた。
一番やばいパターンだった。
「…………」
「…………」
涙を溜めながら上目使いで僕を見つめる月羽。
いつもと外見が違うからドキドキする。
だけどいつ右手が潰れるか、違う意味でもドキドキする。
さて、どうしよう。
このままじゃ駄目だ。
でも『腕痛いから手離してね』なんて言ったらまた泣き出しそうだ。
仕方ない。恥ずかしいからあまりやりたくなかったけど、行動に移そう。
さすり、さすり。
「……!?」
月羽の頭の上に乗せた手を左右に振らす。
ただそれだけ。
別の言葉で言い表すと『頭を撫でている』という行為でもあった。
一生やるつもりなかったけど、まさかこんな所で実行することになろうとは。恥ずかしくてたまらない。
「……えへへ」
だけど確実に効果はあった。
月羽は完全に泣き止み、笑顔を向けてくれた。
そして僕の腕を締め付ける月羽の右手から力が抜けた。
助かった!
ようやく締め付けダメージが終了したようなので、僕も月羽の頭から手を離した。
「…………」
ギュムムッ!
再度締め付けられる僕の右腕。
「なんで!?」
「まだ足りないです」
「なにが!?」
「もう一度……してくれないと……離さないです」
どれだけ頭を撫でて欲しいんだ、この子は。
泣き疲れて幼児化してしまっているのだろうか。
甘えられるのは正直嬉しいが、ダメージ付きとなると遠慮したい。
とにかくこのままではHPがゼロになり兼ねないので、月羽の言う通り、彼女の頭に手を乗せた。
「うへへ……」
「…………」
「えへへへへ……」
「…………」
「てへへへ……」
いつまでやっていればいいの!?
とにかく月羽が満足するまで撫で続けるしかない。
撫でる腕が疲れるのが先か、月羽が満足するのが先か、負けられない戦いがそこにあった。
本当になんだ? この状況。
………………
…………
……
何分撫で続けただろうか。
「……すぅ……すぅ……」
寝てるよ、この子。
どこまで幼児化が進んでいるんだ。
とにかく今がチャンスなので僕はゆっくりと手を離す。
「…………」
よし。
腕を締め付けられない!
勝った! 月羽に勝った!
「…………」
なんて意味のない勝利なんだろう。
そしてなんて意味のない戦いだったんだろう。
「でもまぁ、楽しかったな」
久しぶりに月羽と話せて――
久しぶりに月羽と経験値稼ぎ出来て、すごく楽しかった。
やっぱり僕はこの時間が好きなんだと再自覚できた。
僕が今やろうとしているとはこの時間を取り戻すことなんだな。
「ぅう~ん……」
パワー姫が目を覚ます。
メインアタッカーのお目覚めだ。
「あれ……? ここ……」
「おはよう月羽」
「一郎君……おはようです」
まだ半分夢の中みたいだ。
しかし、そろそろ良い時間だ。周囲も暗い。
いい加減家に帰してあげないと。
「ねえ、月羽」
「……ふぁい。なんですか?」
「明日、絶対に勝つよ」
「…………」
「月羽?」
先ほどまで眠そうだった月羽だったが、急に頭が覚醒したみたいようで、しっかりとした視線を僕に向けてきた。
そしてゆっくりと僕に向けて手を伸ばしてくる。
あっ、これって――
「40EXP……獲得です」
「そだね」
パチィィィィィィィィィィィィンっ!
いつもの経験値獲得後の儀式が行われた。
この謎のハイタッチも何週間ぶりだろうな。
「一郎君」
月羽が真剣な顔を向けながら僕の名前を呼ぶ。
そして彼女は力強い言葉でこう言ってきた。
「明日は……私も一緒に頑張ろうと思います」