第二十九話 それで……いいわけ……ないじゃないですか
今回も余裕の7000文字オーバー。長いです。
月羽視点からスタートです。
今頃、一郎君はカンニング疑惑の真相解明をしてくれているのかな?
うん。絶対にしてくれているのだろう。一郎君はそんな人だ。
他人の為に全力で頑張れる人だ。
たとえ自分がどうなろうが、他人の為に動ける人であることを私は知っている。
なのに私は何をしている?
一郎君が自分の為に一生懸命頑張ってくれているのに私は何をしている?
勝手に卑屈になって……
勝手に一郎君を遠ざけて……
勝手に経験値稼ぎを辞めちゃって……
今も私は何もせずにただ部屋の隅っこで縮こまっているだけ。
それって私がヘタレうんぬんで済ませられるレベルの問題ではない。
人に迷惑だけ振りまいている最低最悪の女だ。
私に降りかかったカンニング疑惑。
それ自体は理不尽な冤罪ではあるのだが、私は抗うことをしなかった。
でも変わりに一郎君が一生懸命抗ってくれている。
私の代わりに抗ってくれている。
でも、それって本当は私がやらなければいけないことなのです。
抗うことはとても大変なこと。
抗うことはとても苦しいこと。
大変さ――苦しさ――それを全て一郎君が私の代わりに担ってくれている。
だから私は何の苦しみも背負わずに済んでいる。
自分のダメージを一郎君が代わりに受けてくれているのだから――
「それで……いいわけ……ないじゃないですか……っ!」
本音を言うと傷つきたくなかった。
ただ傷つきたくないだけだった。
だったら逃げ続ければいいと思っていた。
――先週までは。
今は――
今の私は――
「一郎君っ!」
一郎君のダメージを癒してあげたい。
一郎君と一緒に戦いたい。
一郎君の頑張りに答えてあげたい。
でも――
「今の私に……そんな資格……あるのでしょうか……」
6月4日月曜日
放課後。
本来ならば火曜日にやろうと思っていたことを先通しでやろうと思う。
青士さんとの対談だけで今日の予定は終えるつもりであったが、それは昼休みの段階で終了してしまった故に放課後を有効活用しようと思ったのだ。
青士さんとの対談はもうできない。録音機の存在がバレた後に有力な証拠を口漏らすとは思えないし。
だから今からやろうとしていることは教師との対談だ。
カンニングが冤罪であることを全力で伝えなければいけない。即ち、ミスは許されないのだ。
そういった意味では昼休みより緊張する。
ちなみに今から対談しようとしている教師は2年B組の担任である田山先生だ。
田山静一先生。見た目40代くらいの貫録溢れる男の先生だ。
田山先生は学年主任も務めている。しかも自分のクラスで起こった不祥事だ。職員会議でも発言力があるに違いない。
だから田山先生を納得させられれば月羽に処分が下されることは無くなるだろう。
大丈夫。以前月羽との経験値稼ぎの中で西谷先生の説得は成功しているんだ。田山先生もきっと納得させることができる。
200EXPの経験が僕を助けてくれる。
よし、行こう!
「すみません。田山先生。ちょっと話したいことがあるのですが……」
「今、忙しいんだ。後にしてくれ」
おうふ。
この人、いきなり生徒の相談を断ってきやがった。
青士さんとは別の意味でやりにくい人だ。
でもめげない。
「例のカンニング事件についての話なんですが……」
「忙しいと言ったはずだ。早く帰りなさい」
うわぁ、うわぁ。
ヤダこの人。うまく言えないけど超ヤダこの人。
でもめげない。
話を聞く気もないと言うならば勝手に話始めればいいだけの話だ。
「月――星野さんが犯人扱いされてますよね? でもそれ誤解なんです。星野さんは何もやってなくて――」
「…………」
視線も向けず、無言を貫く田山先生。
本当に聞いているのか不安になるが、僕にできることは真相を伝えるのみ。
「星野さんと同じクラスの青士さんっていますよね。彼女が嘘の証言をしたせいで星野さんが被害を被ったんです」
「…………」
聞いてる……よね?
聞いていると信じて話を続けよう。
「青士さんは言っていました。同じクラスの小野口さんの答案を見ていたって。なら小野田さんのテスト用紙を借りて星野さんの答案を照らし合わせればいい。それで星野さんの冤罪が証明されます」
「…………」
言葉が喋れないのか? この先生。
しかし、参った。僕の言いたいことはほとんど言い終わったんですけど。
クラスメートから無視されることは慣れているけど、教師から無視され続けるのはさすがの僕も初めての経験である。
「……いいたいことはそれで終わりか?」
続く沈黙に困っていると、田山先生の方から口を開いてくれた。
どうやら無視されていたわけではなさそうだった。
「はい。ですので先生に職員会議で真実を伝えてもら――」
「言いたいことが終わったのなら早く帰りなさい」
え――?
あれ?
なんか僕が期待していた反応と違う。
「で、では会議でちゃんと今の話を伝えてくれるんですね?」
「いや、私は何も聞かなかったことにする」
「は?」
「当たり前だろう。突然『星野は無実だ』なんて言われて誰が信じるか。彼女の友達が温情処分を請いに来ているだけにしか見えん」
「い、いや、ですから、小野口さんと星野さんの答案を照らし合わせれば――」
「その二つの答案をお前は今持っているのか?」
「い、いえ……」
「では話にならんと思わんか? 星野が小野口の答案を覗き見ていないという物的証拠すらないと来たもんだ」
「…………」
確かに先生の言う通りだ。
田山先生との対談に挑む前に二人の答案を用意してくるべきだった。
自分の準備の薄さに思わず俯いてしまう。
「そもそもなぜ他所のクラスの生徒がこの問題に関わってくるんだ? 何か言いたいことがあるのであれば『本人』が申し出てくるべきではないのか?」
こ、この男――
月羽が不登校になっているのを知っていてそう言ってきている。
彼女が心に傷を負っているを知っていながらよくもそんなことを言えるものだ。
この男は本当に担任なのか? 月羽は被害者なんだぞ? 生徒の気持ちをまるで考えていないように思えてならない。
「もう一度言う。早く帰りなさい。これ以上にここに居られても私は何も聞くつもりはない」
「…………」
駄目だ。
先生の言う通り、ここに居ても不毛なだけだ。
くそっ!
「……また来ます」
ただ無言で帰るのは悔しかったので僕はそう言い残す。
諦めない。
諦めてたまるか!
明日、意地でもこの先生を納得させてやる!
しかし、このまま明日を迎えても今日の二の舞になることは目に見えている。
やはり証拠が必要だ。
それも録音なんてみみっちい証拠ではなく、物的な証拠が。
それを用意できればいくら田山先生でも目を向けてくれるだろう。
つまり、今必要なのは小野口さんと月羽、二人分の答案用紙だ。
だけどそれを手に入れるのは至難の業だ。
もし月羽の答案用紙が机の中に入っていなければ――月羽が自宅にそれを持ち帰っていたとしたら、入手はかなり難しくなる。僕、彼女の家知らないし、取りにもいけない。
それに小野口さんに至っては話すらもしたことない人だ。そんな人に突然『冤罪を証明したいから答案貸して』なんて言っても『はい、どうぞ』なんて言ってくれるはずがない。
でも、それでも二人の答案を手に入れなければいけない。
他に物的証拠もないし、冤罪を証明するにはこれが一番うってつけなのだから。
まずは、小野口さんを訪ねてみよう。
もう放課後だし、帰っちゃったかもしれないけど、まだ教室に居てくれることを祈って僕はB組へ向かった。
こっそりとB組の教室内を覗き見る。
「――ぎゃはははっ! まじうけるー! まじウケるんですけどー! バカウケ! ギガウケるー!」
何かにウケまくっている青士さんがいた。
って、青士さんのことはどうでもいい。今は小野口さんだ。昼休み、青士さんが指さして示してくれた女生徒が小野口さん。顔は覚えている。
だけど――
「いない……か」
さて困った。
小野口さんの件もそうだけど、教室内に青士さんが残っているとなると月羽の答案の有無も確かめられない。
しかたない。教室に誰も居なくなった頃合いを見計らってもう一度来るしか――
ちょん、ちょん。
不意に肩を指先で突かれる。
突然でしかも油断していたので思わず声を上げそうになったが、喉元で堪えることができた。
慌てて振り返る。
「あ、あの、お昼に来ていた人……だよね?」
肩に掛かるくらいの黒髪、銀淵の眼鏡。色白でちょっと小柄な女生徒がそこに居た。
って、この人は!
「小野口さん!?」
って、やば。大きな声を上げると青士さんに気付かれる!
「うん。そうです。えと、ちょっとお話があるんだけどいいかな?」
「も、もちろん! その……ぼ、僕もキミに……その……は、話があったんだ」
超ドモる僕。
やはり月羽以外の生徒と会話するのはまだ難しいみたいだ。コミュ症は中々治らない。
「じゃあ、場所を変えよ。ここでは……その……話しづらいことだから」
小野口さんはチラッとB組の扉を流し見て言う。
どうやらクラスメートに聞かれたくない話題みたいだ。
「そ、そうだね。えと、じゃあ、んー」
どこに場所を移そうか考えるが、つい悩んでしまう。
何となく屋上へは月羽以外の人と行きたくないし、かと言って食堂だと人が多すぎる。青士さんがその場に来てしまう可能性もあるし。
僕がひたすら悩みまくっていると、小野口さんがクスッと口元で笑いながら場所の提供をしてくれる。
「なら図書室にいきましょう」
図書室。
本を読むところ。
そしてぼっちの逃げ場所。
ぼっちを経験したことがある人ならば無意味にこの場所へ通い詰めてしまったことがあるのではないだろうか?
僕も中学時代はとてもとてもお世話になった。
「私、図書委員なんだよ」
なるほど。だから話し合いにこの場所を選んだのか。放課後ならばここも人は少ないし。
「座って。ええっと、名前、高橋君でいいんだよね?」
「う、うん。僕は高橋です」
不自然極まりない自己紹介をこなす。
小野口さんが口元で小さく笑みを零す。
「そんなに緊張しなくてもいいよ。同じ二年でしょ。私のことも呼び捨てでいいからね」
「了解。き、緊張しないように頑張るよ、小野口……さん」
「う、うん。まぁ、その、無理しないで」
「う、うい」
駄目だ。どうしても声が震えてしまう。
他人が苦手なうえに異性というのはもっと苦手だからなぁ。そう思うと月羽や青士さんとの接し方は無緊張すぎて自分じゃないみたいだ。
って、ドギマギしている場合じゃない。僕はこの小野口さんからどうしても答案を借りないといけないんだ。
「お、小野口ひゃん! 実はお願いがあるんだ! ……です!」
噛んでないよ。
語尾迷ってないよ。
小野口さんは再び小さく笑うと、少し頷いてから自分のカバンの中を漁りだす。
そして数枚の答案を僕の目の前に置いた。
――って、えぇっ!?
「これ必要なんだよね? 星野さんを助けるために」
「う、うん」
「いいよ。持っていって」
「あり……ありが……え? でも……えぇ? な、なんで?」
「動揺しすぎっ。私だって星野さんを助けたいの」
うわぁ、この人いい人だ!
めっちゃいい人だ。
故に前言撤回する。
B組全員屑みたいなこと思ってごめんなさい。
『全員青士さんの言いなりになってんじゃねーよ、ごらぁ』みたいに思っちゃってごめんなさい。
「青士さんのことは前々から良くは思っていなかったけど、今回はやりすぎだよ」
顔を伏せながら小野口さんは胸中をポツポツと語り始めた。
「少しでも自分に不都合なことがあると徹底的にいじめ抜く。青士さんの悪い癖だよ。でも誰も逆らえないの。みんな怖がっちゃって」
なるほど。
その言葉だけで彼女の胸中が理解できた、気がする。
青士さんが悪いと分かっていながら何もできない。
その理由はたぶん――
「てめっ! チョーシに載んなよ! あたしの人脈ぱねぇって前言ったよな? あたしがちょっと頼み込めばフルボッコだかんな! フルボッコ!」
「ひっ!」
「――っていう青士さんの得意文句が怖いんですね」
「う、うん。お、驚いたぁ。心の臓が激しく上下運動をやり出したよ」
目をぱちくりさせながら、額の汗を拭う小野口さん。
脅かすつもりはなかったけど、女の子を怖がらせてしまった。これはいけない。
「ご、ごめんね。青士さんの物まねがプロレベルに上手かったせいで脅かしちゃって」
「謝りながら自賛してるっ!?」
「自賛するついでに謝ったんだ」
「尚悪いよ!」
月羽並の良いツッコミである。
文学少女の印象が在ったけど、中々ノリの良い子みたいであった。
「でもさ、あんなの青士さんの過剰な挑発でしょ。深く考えないで軽く流すくらいがいいと思うよ」
現在版のガキ大将のよく使う手だ。一々怖がる方が馬鹿らしい。
「で、でも、やっぱり怖いよ。青士さん取り巻きが多いし、カリスマはあると思うんだ。やっぱり目を付けられたくないって思っちゃうよ」
『友達』じゃなくて『取り巻き』という言葉を使う辺りが秀逸だった。
今日の昼休みも彼女の周りには人が居た。
恐らく彼女達は青士さんに気に入られることで自身を守っているのだろう。ジャイアンの腰ぎんちゃくをしているスネ夫みたいなものだ。
「だから全く臆していなかった高橋君は凄いなぁって。あんなに堂々と青士さんと渡り合っている人、初めてみたよ」
「い、いやぁ、あんなの全然。ホント僕なんて全然全然」
「でもなぜか私には挙動不審なんだよね。いい加減緊張するのやめようよ~」
それは難しそうです。はい。
「ねぇ、高橋君は青士さんが怖くないの? フルボッコにするぞーなんて言われて、本当に冷静で居られたの?」
「んー、青士さんのことは怖いよ? できることなら絶対に関わりたくないタイプだ」
「やっぱり高橋君も怖かったんだ……」
納得したように表情を曇らせる小野口さん。
「だけど、例の『フルボッコうんぬん』は特に何とも思わなかったな」
「う、嘘だよ!」
「本当だよ。小野口さんは聞いたことある? 青士さんが人脈を使って本当に誰かをボコボコにしたって噂」
「う、ううん。ないけど……」
そりゃ、そうだろう。
もし実際誰かをボコったのであれば実行犯はとっくに処分を下されているはずだ。
学校組織というのは問題ある生徒を全力で追い出しに掛かるものなのだ。
でもそんな処分が下されたという噂一つ聞いたことない所を見ると、青士さんの言葉がハッタリという事実を裏付けている。
「それにさ、実際に僕がフルボッコにされたとしても、それはそれで事態を好転に運べるはずなんだ」
「えっ?」
「だって、そうでしょ。それこそボコボコにされた傷を田山先生に見せれば青士さんの立場はどん底だ。青士さんの悪質性を示せれば月羽への冤罪も信頼性が増す」
「で、でも、そういうケースって『先生にバラしたらもっとひどい目に遇わす』って言われるのがセオリーだよ?」
「あはは。バラさなくてももっとひどい目に遇わされるよ。仮に二度三度ボコボコにされたとしても僕はやられた回数だけ先生にチクリ通すよ」
「…………」
小野口さんが口を開いたまま唖然としている。
僕、そんなに変なこと言ったかな? 一般的な意見を述べたつもりだけど。
「やっぱり高橋君はすごいよ。うん。きっと誰にも真似できない。そんな強さを持っている人だ」
「や、ほめ過ぎほめ過ぎ。照れるからやめて」
少し顔を赤く染めながら手を顔の前でブンブン降りまくる僕。
褒め慣れていないからどんな反応すればいいのかわからない。
そんな僕の不慣れな反応を小野口さんは愉快そうに笑っている。
「ねね、さっき星野さんのことを名前で呼んでいたよね? もしかしてそういう関係なの?」
急に話題が変わった。
そういう関係?
なんだ、バレていたのか
僕と月羽が親友同士であることに。
「あー、うん。誰にも言ってないけど僕と月羽はそういう関係なんだ」
「きゃー! きゃー!」
小野口さんがなぜか黄色い声を上げる。
なぜそんなにテンション上げているんだろう?
男女の親友がそんなに珍しいのかな?
「そっかー。だから高橋君はそんなに頑張れているんだね。星野さんの為に」
「……? う、うん。まぁ。僕が頑張っているのは月羽の為だよ」
「うわぁー。ロマンスだぁ」
ロマンス?
なぜ今そんなメルヘンチックな言葉が出てくるんだろう?
「う~~! 色々と話を聞きたいけど、今それを聞くのは不謹慎なんだろうなー」
拳を胸の前に作り、なんか悔しそうに表情を歪ましている小野口さん。
「とにかくっ! 私は俄然二人を応援したくなったよ! 高橋君っ。絶対絶対星野さんを助けてあげてね」
「う、うん」
よく分からないけど、応援してくれる人がいるというのはそれだけで心強い。
いや、単に応援してくれるだけじゃない。小野口さんは逆転必殺アイテムを提供してくれた心強い助っ人なんだ。
この答案と月羽の答案があれば、勝利は近くなる。
「って、そうだ。月羽の答案も回収しなきゃ」
小野口さんとの対話でまったりとしすぎていて忘れていた。
僕は慌てて立ち上がり、図書室から出て行こうとする。
「待って高橋君」
しかし、小野口さんが呼び止めた。
振り向くと彼女は真剣な表情を向けながら、一つ重要な言葉を投げてきた。
「今回ね、青士さんは一つ重大なミスを犯していたの」
「えっ?」
「そのミスがあったから、星野さんは青士さんにハメられたことに私も気付けた。そのミスのことを高橋君は知っておくべきだと思う」
青士さんのミス?
それは一体――?
「結論からいうとね、星野さんが私の答案を盗み見るなんて行為、絶対に出来ないはずなの――」
小野口さんは語りだす。
そしてその内容こそが真の勝利への鍵になりえるのだと、僕は半ば確信した。