第二十五話 経験値稼ぎは・・・もう終わりにしましょう
地味に何時間も屋上で待っていられる高橋君ってすごいと思うんだ
5月31日木曜日。
放課後。
屋上。
ベンチ。
「…………」
居ない。
当たり前だ。月羽は火曜日から学校に来ていないのだから。
「…………」
何やっているんだろうなぁ、僕。
どうして来るはずもない人を待っているんだろう。
「…………」
知るか。
僕以外の誰かに聞いてくれ、僕。
……………………
…………………
………………
……………
…………
………
……
…
「……?」
冷たい風に頬を撫でなれ、不意に顔を前に上げる。
なんだ、妙に空が暗いなぁ。
今何時だ?
僕は携帯のディスプレイに視線を移す。
19時02分。
もう3時間が過ぎたのか。
最近時が経つのが早すぎる。
でも僕的には丁度いい。
僕には一人で考える時間が必要だった。
月羽は今日も来なかった。
6月1日金曜日。
今日も僕は机に突っ伏しながら一言も発することなく、ただ時が過ぎるのを待っている。
当然いつものように周りの喧騒が雑音のように耳に入ってくる。
そして最近多いのはこの話題。
『ねぇ、B組のカンニングの子。なんて言ったっけ?』
『さぁ。名前知らない』
『まぁ、いいや。その子の処分が来週決まるんだってさ』
『どうなるかな?』
『まっ、普通に停学っしょ』
『ていうか、すでに自主停学中だろ?』
この話題が多いのは大体青士さんのせいだ。
彼女が乗り込んできた時に堂々と言っていたからなぁ。
それに彼女の行動自体も目を引くものがあったし、A組の中ではその噂を知らないものはいないみたいだった。
不愉快だった。
無駄に腹が立った。
でも怒りをぶつけるわけでも発散させるわけでもない。
ただ静かに気を静め、そして心の雑音を消す。
これでゆっくりと考えることができる。
僕には一人で考える時間が必要だった。
放課後。
屋上。
ベンチ。
「…………」
どうしても放課後はこの場所に来てしまう。
知ってはいたけど、今日も月羽は来ていない。
それでもこの場に来ずには居られなかった。
「…………」
いつものベンチに座り、机で取っているポーズと同じような姿勢で俯き、目を閉じる。
もう、一週間も経験値稼ぎやってないんだな。
……………………
…………………
………………
……………
…………
………
……
…
風が冷たい。
そういえば今日は衣替えの日だったか。
あれ? そういや僕まだ冬服じゃん。
はは……
「…………」
60分が過ぎていた。
僕には一人で考える時間が必要だった。
……………………
…………………
………………
……………
…………
………
……
…
初めてやった経験値稼ぎは何だっけか……
ああ、そうだ。『会話を5分以上続けることができたら経験値獲得』だったな。
もう1ヶ月以上前の出来事なのか。
あの時は5分間会話することに必死だったっけ。
それを考えると今は凄い進歩だよな。5分どころか5時間だって彼女と話し続けられる自信がある。
まぁ、最近は5日間以上話してないんだけどね。
あはは……
…………はぁ。
「…………」
120分が過ぎていた。
僕には一人で考える時間が必要だった。
……………………
…………………
………………
……………
…………
………
……
…
「…………」
本当、僕何をやっているんだろう。
無人の屋上で何やっているんだろう。
何分……何時間……ここでこうしてきたのだろう?
――僕は何がしたいんだろう?
「…………」
何がしたい?
そんなの分かりきっている。
僕は――
「また経験値稼ぎがしたいだけなんだ」
ただ経験値稼ぎがしたかった。
だから屋上に何度も足を運んだ。月羽が居ないと分かっていながらこの場に赴いた。
楽しかったんだ。
僕が僕らしくあることが許された空間が心地よかったんだ。
――じゃあ、私と一緒に……経験値稼ぎをしてください!
この言葉が始まりだった。
この訳の分からない言葉を信じることから始めることにした。
あの時に彼女を信じた自分を全力で褒めてやりたいほど、月羽との一時は楽しかった。
できることなら、ずっと彼女と経験値稼ぎをして過ごしていたかった。
月羽を……助けてあげたかった。
「…………」
だけど終わってしまったことを覆すほどの力は――僕なんかにあるはずがない。
いくら変わろうと努力しようと……いくら経験値を積もうと……高橋一郎という、ぼっちで、コミュ症で、全てに至って人より劣っている存在であることは変わらなかった。
僕には月羽を……助けてあげる力なんて――
~~♪ ~~~♪
「――!?」
不意にケータイが鳴り出した。
驚いた。驚きまくった。心臓が飛び出るかと思った。さすがにそれは言い過ぎた。
だって、もう二度となることのないと思っていたから。
届いたのはいつものようにメール。送ってくれたのは……いつもと同じあの子。
僕は期待と不安の両方を心に抱きながら、ケータイを開き、メールを見た。
――――――――――
From 星野月羽
2012/06/01 19:10
Sub 今更ですが・・・
――――――――――
経験値稼ぎは・・・もう終わりにしましょう。
――――――――――
『経験値稼ぎは終わりにしましょう』――か。
なんかメールを送ってくるタイミングが神掛かってる。
僕達は同じ時間の中、同じことで悩んでいたのか。
終わり――か。
もう終わりなのかな。
月羽がそう望んでいるんであれば、僕はそれに従うべきなのだろう。
あーあ。
唐突に終わってしまった。
僕の第二の高校デビューもアッサリと終ってしまったようだ。
結局この高校デビューは成功だったのか? それと失敗だったのか?
失敗とは思いたくない。だけど成功とも思えなかった。
とにかく月羽から終了宣言を言い渡されてしまったのであれば、僕も答えを返さなければならない。
これが……最後のメールになっちゃうのかな。
「……?」
月羽に返信しようとしたその時、ふと違和感に気が付いた。
――――――――――
From 星野月羽
2012/06/01 19:10
Sub 今更ですが・・・
――――――――――
経験値稼ぎは・・・もう終わりにしましょう。
――――――――――
もう一度メールに目を通す。
やっぱりだ。
このメール、文末の『-----END-----』の文字が……ない?
それってどういう――?
「……!!」
気付いた。
気付いてしまった。
このメールは……一行メールではなかった。
――――――――――
From 星野月羽
2012/06/01 19:10
Sub 今更ですが・・・
――――――――――
経験値稼ぎは・・・もう終わりにしましょう。
(;_:)
-----END-----
―――――――――――
一行メールと思いきや、二行メールだった。
二行目。
月羽が初めてメールの中で顔文字を使ってきた。
でもその顔文字は泣いていた。
泣いていることを悟られないように改行を積んできているが、僕はその顔文字を発見してしまった。
泣いているのか。
月羽――泣いているのか。
「…………」
僕が屋上に来てから約200分が過ぎた。
僕には考える時間が必要――
「――ねーよ」
うん、ない。
考える? 何を? 衣替えによる制服の事を? 過去の経験値稼ぎの内容を? それとも自分には何の力もないことをウジウジ悩むことを?
アホじゃなのか? 僕。
他に考えること……あるだろうに。
考えてわからなければ……さっさと動けばいいだろうに!
「うわぁ、この結論に至るまで1週間も時間使っちゃってるよ」
その要領の悪さもまぁ僕らしいということで。
「僕のやること――か」
やりたいことは先ほども言った通り、僕の中で答えは出ている、
また、月羽と一緒に経験値稼ぎがしたかった。
月羽を助けてあげたかった。
泣いている月羽を僕が救ってあげたかった。
――終わってしまったことを覆す力は僕にはない?
「まだ何もやってないのに何を偉そうに結論出してるんだ?」
――いくら変わろうと努力しても、人より劣っている存在であることは変わりない?
「知ってるよ。だからなんだ。さっさと動け、ヘタレ一郎」
――いくら経験値を積もうとも、もう無理なんだ?
「現EXP200の高橋一郎を――なめるなよ!」