第二十二話 紅葉見にいこうよう
あの人の視点からスタートです。
キャラも増えてきたし、そろそろ久しぶりにキャラクター紹介回を設けるのもいいかもしれませんね。
むかつくっ!
久々に腹立った。
日々『むかつくー』という言葉をよく口にするが、心の底からむかついたのは久しぶりだった。
その理由は分かりきっている。
放課後に学食で星野と一緒に居た男、たしか高橋とかいう奴の態度のせいだ。
あんななよっちぃ奴に言い負かされた自分に腹が立つ!
「あああああ! くそっ!」
叩きつけるようにベッドにダイブする。
この12畳の部屋全体を揺らす勢いで飛び込んだ。
付け睫毛がどこかに飛んだ気がするけど気にしない。
「たかはしぃぃぃぃぃぃっ!」
ガン! ダンダンッ!
怒りをふかふかのベッドにぶつけまくる。
低反発マットがしっかりと衝撃を霧散させてくれていた。
「泣かすっ!」
悔しさを闘志に変えて、自らに誓うように天井へ向かって叫んだ。
「高橋も星野も……ぜってぇ泣かすっ!」
「やっぱり勉強というのは自分の家でやるのが一番だと思うんですよ」
学食での経験値稼ぎ失敗という苦い経験から一夜明けて、翌日、放課後の屋上。何の前触れもなく我らが月羽さんはそう言った。
って、これってもしかして……もしかしなくても……
「それってどちらかの家で勉強をするってこと?」
「いえ、両方の家でやります」
互いの部屋でのお勉強イベントがきたー。
唐突すぎる流れに戸惑いを隠せない。
「高橋君、パソコン持っていますよね?」
「え? え? あぁ、うん」
あれ? 話が急に変わった。
どうして突然パソコンの話になったの? どっちかの家に上がるという大イベントの話し合いじゃなかったの?
あとどうして僕がパソコン持っているって決めつけるように言ってきたの?
「ウェブカメラやマイクはお持ちですか?」
「……うん」
ああ。読めた。
この一言で月羽の言いたいことの趣旨が読めた。
「それぞれが自分の家で勉強して、分からない所とかはネットを通じて教え合うんだね」
「さすがです! 一郎君。私が趣旨を説明する前に察するなんて!」
なんというか月羽らしい発想だ。
互いの部屋に上がり込むなんて大胆なことを月羽が提案するはずもない。
そしてパソコンやマイクで繋がるという斜め上の発想が月羽そのものだ。
でも理に適っていると思う。
自分の部屋に女の子を呼んだり、逆に女の子の部屋に上がり込んだりしたら、緊張して勉強どころじゃないからな。
無料で通話できるアプリもあるし。ウェブカメラ使えば映像も出せるしね。
「というわけでこれが私のIDとハンドルネームです。帰ったら親友登録お願いしますね♪」
月羽から一枚の紙が渡される。月羽のパスワードとHNが書いてあった。
なんだ親友登録って? 友人登録の上位版? 普通の友達登録をしながらも自分たちは親友であることを忘れるなという恐喝? なにそれ怖い。
それになんだこのハンドルネーム。『ムーンフェザー』ってなんだ? 厨二か? あ、違う。『月』に『羽』を英語表記にしたのか。くそっ、格好良い。
「では一度解散です。また後で。チャットルームで会いましょう」
「了解。じゃあね」
言いながら帰宅を始める二人。
どうせ玄関まで一緒に行くというのに、ここで解散の合図を掛けてしまうところがまた月羽っぽかった。
さっさと帰宅し、パソコンを立ち上げる。
自分が学校に行っているとき以外、常にPCを起動しぱなっしなのは僕だけじゃないはず。
さて、このアプリを起動させるのは久しぶりだなぁ。
大規模無料通話高機能アプリ、その名も『アバタ―チャット』。
まず自分の分身をパーツを組み合わせるようにして創作し、友人登録したユーザーとチャットをしたり通話をしたり、ゲームをしたりして楽しめるというものだ。
でもコミュ力皆無件友達皆無の僕にはこのアプリは無意味同然の代物であり、起動させたのも実に2年ぶりだ。
さっそく月羽のIDを検索して友人登録をする。
数分後、月羽の方も承認してくれて彼女のアバタ―がディスプレイに表示された。
色白の小柄な女の子。
黒髪ロング。
ウチの制服に良く似ている服装。
なんというか月羽そのものって感じがするアバタ―だ。
彼女がSD化したらこんな感じではないだろうか? よくぞここまで自分に似ているアバタ―を作りだせたものだ。
ムーンフェザー{一郎君……ですよね?}
月羽のアバタ―『ムーンフェザー』がコミカルな吹き出しと共に話しかけてくる。
月羽に似ているアバタ―が首を傾げている。動きまで凝っているのがこのアプリの凄い所だった。
ICHIRO{そうだよ}
見事なブラインドタッチで返事をする僕。
ちなみに僕のアバタ―名は『ICHIRO』。いつぞやのクイズゲームと同じ命名をしている。
ムーンフェザー{なんでモヒカンで上スーツの下パジャマな格好なんですか!}
月羽もといムーンフェザーが僕のアバタ―の外見に対してツッコミを入れてくる。
ICHIRO{いや、ウケを狙って作ったんだ。吟味1時間の熱作だよ}
ムーンフェザー{ウケ狙いの為に1時間も要したんですか!?}
ICHIRO{まぁね。でも結局この姿を公開する友人が一人もいなかったっていうw}
ムーンフェザー{なんて無駄な時間!?}
ムーンフェザーの反応がまんま月羽だ。三等身のアバタ―を通じて月羽がすごく近くに感じられる。
ムーンフェザー{とにかく、通話しましょう}
ICHIRO{OK。マイクの準備するよ}
このスタンドマイクも買ったはいいものの、使うのは初めてだ。
慣れない動作でマイク設定を操作し、月羽と通話を繋ぐ。
『あ……あわわわ……』
イヤホンから聞き覚えのありすぎる女の子の声が聞こえてくる。
このキョドりっぷり。間違いなく月羽だ!
『も、もしもしです。つ、繋がってますか?』
『今日は英語をやろうか。基本5教科の中では結構得意な方だよ』
『一人で落ち着いて話を先に進めようとしないでください!』
『むしろどうして月羽は緊張しているの?』
『あっ、あぅぅ……そ、それは……』
『あっ、間違えた。どうしてムーンフェザーは緊張しているの?』
『どうしてわざわざハンドルネームに呼び変えたですか! 単に電話が苦手なだけです!』
ネット通話も電話っていうのだろうか? まぁ、1対1で通信しているという点は一緒だけど。
『大丈夫。僕も苦手だよ』
『全くそんな風に見えないです!』
『ただ月羽相手に緊張したら負けかなって』
『何と戦っているんですか! 失礼なことを言われているのか、光栄に思うべきなのか分かりません!』
いつもの月羽すぎて安心した。
むしろキョドっていた頃の方が新鮮味あった気がする。
でもまぁ、冗談じゃなく相手が月羽じゃなかったら僕もろくに喋れていなかったのだろうな。
『ねぇ、月羽。英語ってどういう勉強してる? 実はイマイチ英語の勉強法って分からなくてさ』
ICHIRO{アートネーチャー48}
『やっぱりまずは単語表作りから……って、通話と同時に意味のないチャット送らないでください!』
『いや、手元が暇だったからつい』
ICHIRO{林家㌻㌫↑}
『手元は勉強に集中してください! あと1行で笑わせにくるの禁止です!』
『わかったわかった。経験値の為だもんね。真面目に勉強するよ。月羽の言う通り、僕も単語帳を作ろう』
確か単語帳は……おっ、あった。高校受験前に大量に買い込んだけど、そんなに使わなくて結局机の奥に眠っていたやつが。
ムーンフェザー{冷やし中華、飲み干しました}
………………
…………
……
見なかったことにした。
『見なかったことにしないでくださいよ!』
なぜバレてるし。
『僕の中で今ムーンフェザーが大食漢キャラになったよ』
『しないでください! もういいです! 一郎君の真似しただけなのにぃ~!』
敬語を無くすほど悔しかったらしい。
『とにかく、勉強始めよう。埒が明かない』
『ぅ……正論です。でも一郎君にだけは言われたくなかったです』
しぶしぶと言った感じでお互い勉強を始める。
『…………』
『…………』
さすがに勉強中は互いに静かになる。
時々教科書とノートを捲る音がイヤホンから聞こえてくる。
静かな空間だ。つい雑音を入れたくなるほどに。
ICHIRO{次の世紀末を先取りしてモヒカンにしてきました}
『ぶふぅぅっ!』
月羽が噴き出す音がイヤホン全体に広がった。
『だ~か~ら~! 一郎君!』
『ごめんってば。もうしないから』
『もぅ』
とかいいながら許してくれる月羽。
たぶん向こうも楽しくなってきているはずだ。
だから恐らく数分後に向こうから反撃がくるだろう。
笑いを堪える準備をしておかなくちゃ。
『…………』
『…………』
二十分経過。
いい感じに集中し始めた時、月羽からの反撃がくる。
ムーンフェザー{紅葉見にいこうよう}
『…………』
『…………』
ICHIRO{紅葉を「もみじ」と読んでしまったのは内緒}
『ぶふぅぅぅぅっ!』
またも月羽が噴き出した。
カウンターパンチが見事に決まったようだ。
『もぅぅぅぅっ! 一郎君!』
『今のは月羽が悪いね、うん』
『悪くないもん! でもなんか悔しいですっ』
画面の向こうで月羽が悔しがっている姿が目に浮かぶようだ。
っていうか何をやっているんだろうか、僕らは。
無駄に楽しくなってきたっ。
それから僕らは夜遅くまで『勉強しながら互いを一言で笑わせる対決』を繰り広げた。
しかし、これテスト勉強的にはどうなんだろうか?
まっ、楽しければいいか。