7 point お願いだから七海を置いて行かないで!
7 point 完結編です。
今回は会話メインです。
不要な地の文は最小限にして会話のテンポメインで書いてみました。
「七海さん。これから 数問の出題をするね。ぼっちの気持ちになって応えてほしい」
「う、うん。師匠!」
放課後の旧多目的室。僕は教卓に立ち七海さんへぼっち指導を開始した。
「問題1,ぼっちが嫌いな授業は次のうちどれ? 1:家庭科。2:体育。3:化学」
「むむぅ、いきなり難問ですね。えっと……2の体育かな?」
「不正解! 正解は全部!」
「なんですか! それは! 理由を教えてよ」
うーん。陽の者が聞いても理解してもらえるかなぁ。
おっと、理解してもらうのが目的だったか。
「まず家庭科は調理実習がある。ぼっちは調理実習中に調理器具を持つことも許されないからね。苦痛なんだ」
「あ、あの、別にそんなことないと思うのですけど。協力して調理するのが目的の授業でしょ?」
「そう! だからこそぼっちは『ここは自分が出しゃばってはいけない。野菜の皮むきや炒め物なんて楽しそうなこと自分がやってはいけないのだ!』と思う」
「なんで!?」
「そういう生き物だからだよ」
「納得できないよ~! うぅ、でももしかして佐波さんもそうだったのかな。気づかなくてごめんね佐波さん」
なるほど。七海さんは陰の者への配慮ができる陽の者だったみたいだ。
こういう存在は陰の者に取っても結構助かったりする。
「ふふん。少しは七海さんもぼっちの気持ちが理解出来てきたようだね」
「納得はいってないからね! それで、体育が嫌いな理由は?」
「もちろん団体競技があるからだよ。ぼっちはあの言葉を聞くのは何よりも嫌うんだ」
「あの言葉って?」
「『お前のせいで負けたんだ』、『ぎゃあああ、こいつと同じチームかよ!』、『はい二人組作ってー』」
「最後の以外普通に暴言だ! そんな酷いこと言う人なんていないよー!」
「例え声に出していなくてもぼっちには心の声が届くんだよ」
「ただの被害妄想だよね!? その回答一郎先輩以外の同類の方にも本当に当てはまっているの?」
「当然。月羽も僕と全く同じ経験あるって言ってたし、それは佐波さんも同じのはずだ」
「うぅ~、気づいて上げられなくて本当にごめんね佐波さん」
「最後に化学。これが嫌いな理由はなんだと思う?」
「う~ん……化学は別に集団で何かをするわけでは――あっ! 分かった! 実験だ!」
「その通り。強制的に班分けをされ、授業の半分は実験で時間を費やす化学はぼっちには苦行そのもの。当然皆がわいわい実験している中を邪魔してはいけない。だからこっちは気を遣ってあえて『何もしない』のに最後には必ず出てくるこの言葉――『おまえも何かしろよ、クソが』」
「それも被害妄想だよね!?」
「……だったらどれほど良かったか。化学の実験はね、体育や調理実習ほど楽しくないから何もしない人へのアタリが何よりもきついんだ。だからぼっちはいつも祈っているよ。『次の化学の時間は移動教室じゃありませんように!』って」
「本当の本当に気づいてあげられなくてごめんね佐波さ~~~ん!!」
これで問題の傾向は分かってもらえただろう。
この問題集は如何にぼっちの気持ちに寄り添えるかが重要なのだ。
そしてこの問題集全てを解いて得られた先にあるのは真のぼっちの領域だ。
七海さんはその領域に今片足を突っ込んだのだ。
「じゃあ2問目いくね。ぼっちが昼休みに行う汎用的な行動は何か? 答えてみて」
「うぅ、選択問題ですら無くなったね。でもこれには私も自信あるよ。お絵かきだよね!」
「0.2点」
「配点厳しくない!?」
「模範解答じゃないからね。それにその答えは希少種ともされているType2ぼっちの行動例だ。ト2ド8ぼっちの例で考えてみて」
おそらく七海さんは普段の佐波さんの行動パターンを見て答えたのだろうけど、そんな上位種ぼっちの凡例を当ててもこの場合の趣旨と異なる。
ぼっちを理解するのは僕ら下位のぼっちを基準に考えてもらわねばいけないのだ。
「う~ん……寝て過ごす?」
「0.3点」
「厳しい!!」
でも不正解ではない。昼休み5分前くらいのぼっち行動としてはギリ正解だ。
だけど昼休みの大半は僕らぼっちは教室以外の場所で過ごしている。
「わかんないよですぉ~。一郎先輩正解教えて」
「正解は図書室の隅の方の席で気に入った小説を周回して読む、だよ」
「なんか色々突っ込みたいことがある!」
「大丈夫。全部説明してあげるよ。まず昼休みという長い時間、教室に居続けるのは苦痛でしかないんだ。なんていうかな……せっかく皆が楽しい時間を過ごしているのに僕みたいな陰の者が同じ空間に居ることが罪というかさ……わかるでしょ?」
「全然わからないよ!? 罪って一体!?」
「陰ぼっちは陽の者からすれば存在自体が罪だからね。だから消えるのさ僕らは。そして赴くんだ。同じオーラを持つ者が集う図書室に!」
稀に図書委員が図書室を開放していない昼休みがある。
その時は殺意を憶える。
陰の者にとって図書室開放の有無は死活問題なのだ。
図書委員の人はそこのとこ理解して欲しいよなぁ。
「陽の人も昼休みに読書くらいすると思いますけど」
「だからこそ『隅っこ席』へ僕らは行くんだ。中央席は陽の者に空け渡す為にね」
「妙な気遣い!」
「そして僕ら陰の者は周回して同じ本を読む。なぜだと思う?」
「単純にその作品が好きだからじゃないんですか?」
「おしい。もちろんそれもあるけど。実は僕らは図書室に本を読みに来ているわけじゃないんだ」
「何言ってるの!?」
「僕らは『時間を潰す』為に図書室へ行っている。その時間を潰す材料は本しかないわけだけど、つまらない本を引いてしまうとただでさえ憂鬱な昼休みが更に落ちてしまう。だからこそ安定して面白い本を何回も読みまくって少しでも幸せ気分を得ようとする習性があるんだ」
「嘘です! 絶対諸説ある解釈だよ!」
「七海さんも図書室隅にいる陰の者を観察してごらん。同じ本を何回も読んでいるから」
「うぅ、確かめたいようなそうでもないような」
僕ら陰の者は時間つぶしの天才とも言える。
皆が楽しく過ごすであろう時間を僕らは一人で過ごさなくては行けないのだから。
だからこそ陰の者は各々の時間つぶし術を次々に編み出せる。
周回読書然りトイレ周遊然り屋上昼寝然り。
学校にはきっと僕すらも気づいていない時間つぶしスペースが存在しているのだ。
「じゃあ第三問、テーマは班分け」
「テーマを聞くだけで悲惨なのが見える!」
「七海さんも少しずつ分かってきたね。そう、班分けはぼっち永遠の悪夢。そこから問題だよ。ぼっちにとってダメージが深い班分けは次のうちどれ? 1:二人組。2:三人組。3:男女二人組。4:クラス半数分け」
「クラス半数分けって何ですか?」
「1クラスの人数が40人とすると、20人対20人でわけることだよ」
えらく限られた班分けではあるが、以外とそういう機会ってあるのである。
「なるほどですー。私の予想だと1か3だと思うんだよね。大人数の班分けは別にそれほど苦行になることはないし……でも意地悪な一郎先輩のことだからまた全部正解ってことも~~?」
表情から内心を伺うように下からのぞき込むように僕の顔色をうかがう七海さん。
しかし、僕はポーカーフェイスを崩さない。
「全部だ! また全部正解のパターンでしょ!? そうなんでしょ!」
「な、なんで分かったの? 僕の完璧なポーカーフェイスが!」
「全然ポーカーフェイスじゃなかったよ! 私が目を合わせたら全力で逸らしたでしょう!」
「そ、そうだったの!?」
「自分で気づいていないよこの人!」
ぼっち特有のキョロ充が出てしまったか。
単純に美少女が急に見つめてきたから照れくさくて目を逸らしただけかもしれないが。
どちらにしろ彼女持ちがする反応じゃ無かったな。反省せねば。
「とりあえず表情見て正解伺うの無しね」
「ちぇー。はーい」
「でも人をよく見ているのは美徳だよ」
「本当! 褒められた。普通に嬉しい」
七海さんが嬉しそうに表情を和らげる。喜怒哀楽が激しい子だ。やっぱり陽の者だな七海さん。陰は『怒』と『哀』しか持ってないから正直眩しい。
「休み時間に寝て過ごすぼっちの基本は『人をよく見る』ことなんだ。七海さんぼっちの素質を持っているのかもしれないね」
「寝て過ごすのに『よく見る』って何!?」
「言葉通りの意味だよ。僕クラスのぼっちになると机に突っ伏しながら教室全体を見渡すことができるんだ」
「バトル漫画の異能力みたいな力に目覚めてる! なんか一周回って格好よく思えてきました」
もちろん多少盛っているが、100%嘘と言うわけでもない。
なんとなくだけど、分かるのだ。
隣の席の人が言っている僕への悪口だったり、寝ている様子の僕にいたずらを仕掛けようとする作戦会議だったり、班分けで運悪く僕と一緒になった人たちの悪意の言葉だったり。
それらの言葉は全てぼっちの耳には届いていたりする。
「(たぶん佐波さんもそうなんだろうな)」
僕と同族である佐波さん。
休み時間はさぞ苦しいだけの時間に違いない――
「――あれ?」
僕は先ほど2年生の教室で見た佐波さんの様子を思い出す。
「…………!」
そして至る。先ほどから感じていた違和感の正体に。
「どうしたのですか? 一郎先輩」
気づくと七海さんが心配そうな表情で僕の顔を覗いている。
おっと。ついつい考え事に意識を向けすぎていた。今は七海さんのぼっち訓練に集中せねば。
「ごめんごめん。なんでもないよ。それじゃあ次の質問いくよ」
「はい!」
七海さんとのぼっち特訓は日が沈むまで続いた。
今日一日だけで七海さんは相当ぼっちスキルを身につけたと思う。
身にまとう陽の者のオーラは変色しなかったが、ぼっちの真似事くらいなら今の七海さんならできるだろう。
「ありがとう一郎先輩! 私、早速明日佐波さんに近づいてみるよ」
「う、うん。頑張って」
七海さんが何をするつもりなのか分からないが、明日には決着をつけるらしい。
だけど、僕は思う。
僕が感じた違和感の正体が間違いなければ――このぼっち特訓自体あまり意味がないものになるかもしれない……と。
翌日。
七海さんの様子が気になった僕は昼休みの時間を利用して彼女の様子を見に行った。
一人で下級生の廊下を歩くことに足を震わせながらも震える足を鞭打って七海さんの教室にたどり着く。
七海さんにバレないように教室の後部ドアを開けて中の様子をのぞき見る。
まず目に入ったのはターゲットの佐波さん。
昨日と同じように一心不乱にノートに絵を描いていた。
肝心の七海さんは――
「(おぉふ)」
その様子を見て僕は思わず感嘆の声を上げそうになった。
ぼっちの基本所作。寝たふりの構え。
七海さんは佐波さんの隣の席で机に突っ伏し、見事なまでの仮想ぼっちを作り上げていた。
陽の者がただ寝たふりをしているのではない。陽のオーラを完全に消し去り、稀に彼女の背中から陰のオーラも作り出されているではないか。
どっからどう見てもぼっちだ。女の子ぼっちの仕草だ。完璧だ。たった一日であれほど体現してみせるとは、思った通り七海さんはただ者では無かった。
隣でここまで完璧にぼっちの仕草をマスターした子が居たら、気になって仲間意識を向け出さずには居られない。
「…………」
七海さんへ無言のままガッツポーズを向ける僕。
「…………」
七海さんの右手親指が小さく立っている。
どうやら僕の気配に気づいていたみたいである。
彼女的にも手応えを感じる寝たふりの構えなのだろう。
「…………」
一心不乱に絵を描き続ける佐波さん。
「(やっぱり……)」
佐波さんの様子を見て僕は確信した。
佐波さんはどうやら隣で陰のオーラを放つ七海さんに気づいてすらいない様子だったのだ。
これはいけない。
これでは七海さんがいくら頑張ってもまるで意味が無い。
いや、最初から頑張るベクトルがずれていたのは七海さんの方。
それを察知した僕は教室に入室し、七海さんの机の前まで歩いて行った。
「(七海さん、七海さん)」
僕は小声で彼女を呼びながら七海さんの肩を揺らす。
彼女のクラスメート達が奇異の目で僕を見ているがそれを気にしている場合ではないのだ。
「わ、わわ。一郎先輩! な、なんですか、今良い所だったのに」
「いいからっ、ちょっとこっち来る。ほら」
手を差し出すと七海さんは頭に『?』マークを浮かべながら僕の手を握り返し素直に付いてくる。
彼女のおでこに微妙に机の後で赤く染まっている。まだまだだなぁ、七海さん。プロのぼっちならばそんな痕残さず寝られるというのに。
そんなことを思いながら僕は七海さんを引っ張ったまま教室を後にした。
「一郎先輩、大胆ですね。大衆の面前で女の子の手を取って引っ張っていくなんて」
「無自覚だろうけど、キミも先日同じ事していたからね」
「そうでしたっけ? ですがこの長谷川七海、不覚ながらドキドキしてしまいました。どうしてくれるんですか?」
「どうもしないよ。まぁ敢えていうなら作戦の練り直しはするよ」
「と、いうと?」
不思議そうに七海さんは首を傾げている。
七海さんが考案した『自分もぼっち化計画』、それに僕が考案した『七海さんの陽のオーラを真っ黒に染め上げてしまい陰の者一丁上がり作戦』、この二つが合わされば陰のオーラを持つ佐波さんと友達になれることは可能だと思っていた。
だけど僕は気づいてしまった。
この作戦は根本が間違っていることに。
「七海さん、ごめん。違和感に気づいた時にさっさと言うべきだった」
「えっと……何をです?」
「佐波さんは恐らくユニークスキルを持っている人なんだ!」
「またラノベみたいな設定が飛び出してきた!」
「あれほど見事に『混ざっている』人は初めて見たね」
「先輩! 置いていかないで! お願いだから七海を置いて行かないで!」
ここからは七海さんにも分かるように伝えなければなるまい。
僕らぼっち族に伝わる『イレギュラー』の存在を。
「陰の者には二つのタイプがあることを昨日教えたよね」
「はい。ト2ド8とType2ですね。前者が一郎先輩。後者が佐波さん。ふふん、ちゃんと復習したんですから。褒めて。撫でて」
「それは佐助くんにやってもらって」
「……えー」
本気で嫌そうな顔をしている。兄妹仲はそんなに良くないのだろうか。
「話を戻す前に……七海さん、僕はこれから衝撃発言を繰り出す。心して聞いて」
「は、はい」
僕の真剣な表情に引きずられてか、七海さんの表情も一気に強張る。
「佐波さんは……Type2じゃ無いんだ!!」
「……はぁ」
「意外と冷静だね。いや、驚きすぎて言葉も出ないって感じかな」
「いえ、話についていけなくて言葉が出ないって感じです」
どうして分からないのだろう?僕それほど支離滅却なことを言ってないのに。
「えっと……じゃあ佐波さんはどういうタイプの陰の方なんです?」
「うん、それなんだけど――」
言っても良いものか一瞬悩む。
昨日と今日の七海さんの努力を全否定するかもしれないからだ。
でも真実に気づいてしまった宿命だ。ここではっきり告げるのがやさしさなのだろう。
僕は七海さんの両肩をガシッとつかんだ。
「よく聞いて七海さん」
「お……をぉ!?」
突然肩を掴まれて狼狽える七海さん。
目が陰の者みたいにぎょろぎょろ動いていた。
僕はそんな瞳をまっすぐ見つめながら……真実を告げた。
「佐波さんは……陽の者だったんだ!!」
「をををっ!?」
七海さんの驚愕がはっきりと表情に浮かぶ。
彼女の黒目は相変わらず慌ただしくうごめいていた。
「思えば初めて佐波さんを見た時から違和感があったんだ」
「をぉをぉ」
驚きのあまりオットセイみたいな声しか出せなくなったか。可哀そうに。
僕は心の中で哀れみながら話を進める。
「佐波さんは教室のど真ん中の席で絵を描いていた」
「……」
目をパチパチさせながら今度は言葉もなくす七海さん。
僕は構わず話を進める。
「それだけなら普通のType2のぼっちだ。でも一つだけその特徴から外れる行動を彼女はとっていた」
Type2の基本信念は目立たずひっそりとクリエイトすることだ。
だけど佐波さんは……
「佐波さんは自分が創作活動していることを全く隠そうとしていなかったんだ。教科書でバリケードも張らず、誰かが通りすがっても両腕で隠そうともせず、それはもうオープンに!」
まるで自分の絵を見てくれ、と言わんばかりに大主張をしていた。現に廊下から覗いていた僕ですら佐波さんのノートの内容を見て取れたのだから。
そんなオープン思考、陰の者にあるわけがない。
故に僕はこの結論を導き出した。
「つまり佐波さんは陽の者だ。それも自分の趣味を全開にできる鋼の心を持った……ね」
絵を描くこと自体は陰の者でも陽の者でもやっている。
しかし、佐波さんは陽の者の中でも特殊な例といえよう。
陽の者は流行り物の絵だったり、大衆向けの作品のトレースだったりよくするのだが、佐波さんは陰の者が好みそうな超どマイナーなアニメキャラの絵を堂々と見せていたのだ。
つまり佐波さんは心は間違いなく陰寄りだけど、行動力は間違いなく陽の者だった。
故に佐波さんは『混ざっている』のだ。
僕が絶対に交じり合わないと断言した『陰』と『陽』が。
陽の者が陰の者を真似ることはよくある。
例を出すと『あたしって超オタクなんだよねー』などとほざくけど、超大衆向けのアニメを数話しかみたことのないだけの奴が正にそれだ。
でも佐波さんは真逆だ。
自分の趣味はドマイナーなんだけど、別に隠したりせずオープンにするよ? 的な思考。
陰スタートの陽ゴールを切る極稀な例が佐波さんなのだ。
「だから七海さん、無理して陰の者の思考を極めても今回の場合は無意味なんだ」
だって、佐波さんは陽の者なのだから。
どんなに七海さんが陰のオーラを発していてもたぶん佐波さんは気づいてくれない。
「…………」
そういえば七海さんがやけに静かだ。
熱弁を語りすぎて途中から彼女の存在を忘れかけていた。
改めて七海さんの顔を見る。
――なぜか顔から火が出そうなほど真っ赤だった。
「うわっ! 七海さんどうしたの!? 尋常じゃないくらい顔色悪いよ!」
そんなにショックだったのか。佐波さんが陽の者であったことが。
「こ……」
「こ……?」
「この肩に置いたままの手はなんなんだぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
顔を真っ赤にしながら七海さんが高らかに叫んだ。
そういえば七海さんの肩に手を置きっぱなしだった。
「あれ? どうして僕七海さんの肩に手なんかおいているんだろ?」
「それを私が聞いてるんじゃあああああああああああああ!!!」
「えっと……そうだそうだ。これから僕が衝撃発言をするから七海さんに気を強くもってもらおうと力強く肩を引き寄せたんだ」
「不意打ち過ぎて話が全然入ってこなかったよ!」
「え……それはひどいなあ。七海さん、先輩の言うことはきちんと聞いたほうがいいよ」
「会話どころじゃない行動とった本人が言う!? 先輩に肩を掴まれてから七海の心拍数は150bpmを超えだしたよ!」
フルマラソンでもしたのだろうか、彼女は。
「あはは。大げさだなぁ。僕なんかに触られたくらいでそんなに心拍数上がったりしないでしょう。ユニークだなぁ七海さんは」
僕はその場で大笑いをすると、七海さんは恨めしそうに僕の様子を伺っていた。
「……もうちょっと先輩は自分が格好いい男子であることを自覚するべきです」
「うはははははははははははははははははははははっ!」
「今まで聞いたことないくらい馬鹿笑いしてる!?」
「僕が格好いいとか……うぷぷ……あー、笑った笑った。今年一番笑わせてもらったよ。七海さんって本当に面白いね」
「七海もまさか大笑いされるとは思いませんでしたよ! ええ!」
佐波さんが陽の者だと知って七海さん落ち込んでいると思いきや、全然そんなこと無さそうだ。
超特大ギャグを繰り出せるくらい絶好調のようだ。
「……先輩って彼女持ちなんですよね?」
「どうしたの? 突然。まあ一応そうだけど」
「そっかそっか。うーん。惜しいなぁ。そうじゃなかったら私先輩に猛烈アタックかけていたのになぁ」
「うはははははははははははははははははははははははははははははっ!」
「さっき以上に笑ってる! もう今年一番の笑いを更新しちゃったよ! あとその馬鹿笑いはさすがに失礼じゃないかな!? ねえ!」
「ごめんごめん、七海さんみたいな可愛い人が僕みたいな陰の者日本代表に猛烈アタックっていうのが……非現実的過ぎて……うぷぷ……つい」
「~~~~っ!」
七海さんは再び顔を真っ赤にしながら怒ったような照れたようなよくわからない表情をしている。
コロコロ表情が変わる所は陽の者って感じで少し羨ましい。
キーンコーンカーンコーン
僕と七海さんの談笑の最中に昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。
僕も自分の教室に戻らなければ。
「じゃあね。七海さん。そういうことだから。佐波さんと仲良くなれることを祈っているよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 結局七海はどうすればいいの!?」
「七海さんは陽の者。佐波さんも陽の者。だから、さ。普通でいいんだよ。普通に話しかけて、普通に自分もラブくりが好きなことを伝えて、普通に友達になってみるんだ」
陰の者では到底できないそんなやり取りを陽の者同士ならできるはずだ。
共通の好きなものがあればきっと……
「わ、わかったよ。先輩を信じてやってみる。もしダメだったら月羽先輩と別れて私と付き合ってね」
さらりととんでもないことを言ったな。
って、これも七海さん的ジョークか。面白いなぁ。
「大丈夫大丈夫。成功は保証するから。また放課後に進捗を聞きに来るよ」
それだけ言い残すと、僕はその場を急いで後にする。
最後にちらりっと七海さんの様子を覗き見ると、やる気の満ち溢れた表情で小さく『よぉし』と気合を入れていた。
僕が数年かけてもできなかった友達作り。それを今七海さんはあっさり成功させようとしていた。
「先輩、この2日間ありがとうございました。おかげでかなえちゃんと親友になれました」
一瞬誰のことだ、と思ったが、そういえば佐波さんの下の名前がかなえであることを思い出す。
ていうか距離の詰め方早すぎない? 陽の者の行動力って本当に半端ないな。
「いえいえ。全部七海さんが一人で頑張ったことだよ。結局僕のアドバイスは全部無駄だったしね」
今回に限っては全く持って『陰』の知識はいらなかった。
最初から正攻法で行けば成功していた案件なのだ。
「いいえ。先輩と過ごした2日間は私にとって刺激的でした。私の知らないこと先輩はたくさん知っていて勉強になったよ」
おぉ、ええ娘じゃ。
この人はこんなに気を使える後輩だったんだな。
「そういえばターゲットはもう一人いるんじゃなかった? そっちは大丈夫そう?」
七海さんが仲良くなりたいのは佐波さんの他にももう一人男子が居たはずだ。
異性と仲良くなるのはこれ以上のないハードルの高さだけど……
「ああ、そっちの方はもうとっくに仲良くなっていますので大丈夫ですよ」
「いつの間に!?」
どうやら七海さんは僕の知らないところで勝手に行動を起こしていたらしい。
この短期間に二人も友達を作ってしまうなんて末恐ろしい子だな。
「ちなみにその人はどんな人? 同じクラス?」
「違いますよ? クラスどころか学年も違います」
七海さんすげえ。
学年違いの男を胸中に収めたのか。僕の知らない間に。
僕が心底驚いていると、七海さんは妙な含み笑いをしながらその人の特徴を申し上げてきた。
「その人はですね~、一つ上の学年で、陰の方です」
「陰の者と友達になれたの!?」
交わることのない陰と陽。
まさかその説がこうも簡単に覆ってしまうとは。
「その人はお兄ちゃんの友達で、希お姉ちゃんとも友達で、第一印象はまったりとした大人しそうな先輩だなーって感じだったのですが、本当はとてもとても頼りになる人だってことがわかって、ずっと気になっていたんです。でもその人ってば家に来てもお兄ちゃんとばかり遊んでいて七海のことはまるで視界に入っていなかったんですよ。それがなんか猛烈に悔しくて今回友達計画を考案したんです」
「七海さん、その人って……」
「はい」
「もしかして僕も知っている人かな!?」
「はい!?」
「佐助くんと小野口さんの共通の友達でしょ? だったらワンチャン僕も知っているんじゃないかなって思ってさ。しかも陰の者かぁ。僕も友達になれたりしないかな?」
期待に胸膨らませて七海さんを見るが、なぜ七海さんは目を吊り上げてこちらをにらんでいた。
「『なれたりしないかな?』じゃないですよ! どうして気づかないんですか! その男の人っていうのは一郎先輩のことですよ!」
「ええええええええええええええええええええええっ!?」
「驚きすぎでは!? いいじゃないですか、私が一郎先輩と友達になりたいって思っても!」
「今年一番驚いたよ」
「七海は何回先輩の今年初めてを奪ってるの!?」
「でも、そうか。七海さんと友達か、うん」
「何!? 嫌なの!?」
「め、滅相もございません」
確かに今まで七海さんとの接点はほぼなかった。
それ故に七海さんがどういう人なのか知らなかったし、たぶん知ろうともしていなかった。
知る機会をくれた七海さんには素直に感謝している。
「てことでこれからはお兄ちゃんとばかりじゃなくて七海とも遊んでね。一郎先輩にその気があるんでしたらデートしたっていいんですよ」
「うははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!」
「今年一の笑いありがとうございました! 全くもう!!」
笑い声響く2年生の渡り廊下。
佐波さんを巡る友達計画は今日で終了だけど、七海さんとは今後も話す機会が増えてくるだろう。
七海さんが再び3年の教室に訪ねてくる日をのんびりと待っていよう。
その時は佐波さんも交えてラブくり対談するのもいいかもしれないな。
僕はそんなことを考えながら2年の廊下を離れ、約3日ぶりの屋上経験値稼ぎへと赴くのであった。
御読み頂きありがとうございます。
あの一郎君が後輩女子の面倒を見ている……
感慨深くなってしまいますね。
それにしても七海さんは非常に使いやすいキャラであることに
今更気づかされました。
またいつか別の番外編でも登場させたいなぁ
―――――――――
宣伝失礼します。
新作【転生未遂から始まる恋色開花】の投稿を始めました。
もしよければそちらもご覧いただけると幸いです。
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