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Experience Point  作者: にぃ
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7 point 私を……ぼっちにさせてください!

覚えている人はいるでしょうか?

かつてこのぼっち経験値稼ぎ小説を書いていたにぃと申します。

ふらっと現れたので番外編投下していきます。

 例の斉藤君騒動――別名『光の親衛隊騒動』が無事終焉し、僕にも再び平穏の日々が戻ってきた。


「よう、高橋。5限ってなんだったっけ?」


 何気無く話しかけてきたのは件の斉藤君。


「化学だよ。しかも小テスト有り」


「うげー! そうだった! くそだりぃ。ついでに移動教室もくっそだりぃ」


「あはは。面倒でも授業に出ないと本当に卒業できなくなっちゃうよ」


 このように僕にも教室内で会話をしてくれるクラスメートが出来たのは大きな変化だ。

 斉藤君だけじゃない。他のクラスメートとの会話も最近になって増えてきている。


「・・・・・・これが経験値4桁に達した男か」


 以前のぼっち大魔王だった頃の自分を回想し、ついつい小声で悦に浸ってしまう。

 そうそう、一つ変わったことと言えば昼休み中毎日僕の机の半分を占拠していた青士さんが最近になって来なくなっていたことだ。

 というのも別に悪いことではなく、自分のクラスで昼を過ごしているらしい。

 ……ようやく青士さんの免罪も済んだということかな。クラス内に居場所が出来たならそれに超したことはない。

 まぁ、一緒にお昼を食べる仲間が居なくなってちょっと寂しいけど。

 今度は僕の方からB組を訪ねてみるのも良いかもしれない。

 ――そんなことを考えていると……


「あ、あのぉ~、一郎先輩……お呼び頂いてもよろしいでしょうか?」


 教室の扉の前でおびえた小動物のように僕の名前を口に出す女の子。

 ――長谷川七海さんがビクビクしながら僕を訪ねてきたのだった。







「一郎先輩。私を弟子にしてください」


「……………………」


「どうして怯えた表情で後ずさっているのですか!」


「……いや、逃げようかと思って」


「逃げないでください! ていうかどこに逃げる必要があるの!?」


 急に訪ねてきて何事かと思ったら開口一番理解に苦し死ぬような意味不明なお願いをされてきた。


 長谷川七海さん。

 2-E所属。

 斉藤君騒動で知り合った後輩で、現学力テスト一位である長谷川佐助くんの妹だ。

 佐助くんとはあの騒動以来よく話す。なんかめちゃくちゃ馬が合うようで休日も家に遊びに行くほどの仲になった。

 親友と言っても過言ではないかもしれない。

 月羽が『私の親友のポジションがぁ~』と恨めしそうにする裏話もあるので、最近は彼女優先ということで佐助君と遊ぶことは自重している。

 つまり何が言いたいのかというと、僕にとって七海さんは『友人の妹』くらいの位置にしか認識していなかった為、僕は一対一で話しかけられたことにかなりの戸惑いを見せていた。

 そして会話が始まるとその戸惑いは増長する。


「えっと、長谷川さん頭は大丈夫でしょうか? よかったらワタクシめが保健室まで同行致しますが……」


「どうして超他人行儀になるんです!? 七海! 七海って呼んでって言ったじゃないですか! あっ、どうせなら呼び捨てにすることを推奨します♪」


「……七海さん。テンション高いっすね」


「そりゃあ、憧れの先輩を前にしているからね♪ ていうか先輩はテンション低すぎじゃないでしょうか?」


 この子こんな感じの人だっけ?

 いや、こんなにグイグイくるような子じゃなかった気がする。

 誰かに毒されて性格がねじ曲がったのだろうか。

 七海さんはグイっと顔を近づけて目をキラキラさせながら孟弁を語ってくる。


「一郎先輩。私は感動しました」


「そ、そう。その良かったね。じゃあ僕はこれで。七海さんも気をつけて帰ってね」


 背を向けてそそくさと帰ろうとする僕の襟をグイっと掴み、引き寄せられる。

 一瞬睨むような恐ろしい表情を向けてきたため、僕は萎縮するしかなかった。


「先日の一件――『斉藤先輩の乱』での一郎先輩……正直しびれました。格好良かったです。これは弟子になるしかないと思いました」


「いやいやいやいや、飛躍しすぎ。意味が分からないから。別に格好良いことした覚えもないから」


「いいえ! 先輩格好良かったです! 最初は私、先輩のことをのほほん無気力モブキャラ男子としか思っていなかったわけですが」


 とんでもなく第一印象が悪かったようである。


「でも斉藤先輩と対話する先輩は違いました。勇気があって物怖じしなくて堂々としていて、正直別人かと思ったくらい格好良かったです。」


 第二印象はものすごく良かったようである。

 いやぁ、そんな風に言われてしまうと照れてしまうではないか。しかも七海さんのように可愛い後輩に言われると余計に。


「そんな頼れる先輩に……その……相談したいことがありまして」


「はぁ……」


 どんな内容なのか知らないが最終的に弟子入り志願に行き着くのであればできる限りお断りをしたい。


「私のクラスにいる子の話なのですが、その子はいつも……その……言っては悪い気がするのですけど……えっと……一人で居ることが多い子がいるのです」


「ほほぉ!」


 思わず目を輝かせて身を乗り出してしまう僕。


「ど、どうして急に嬉しそうに顔を近づけるのですか?」


「あー、ごめんごめん。七海さんの口からまさか同胞の話題が出てくるなんて思わなくて、つい仲間意識が疼いてね。あっ、続けて続けて」


「は、はぁ。えっと、もちろんその子とは一年生の時から一緒のクラスなんですが、実は一度も会話したことないんです。いつも休み時間はどこかに行っちゃうし、たまに教室にいると思ったら読書を始めてしまうので邪魔しちゃ悪いと思って話しかけられないんです」


「なるほど。ト2ド8(とにどや)だね」


「と、トニドヤ? それは一体?」


「ごめんごめん七海さんには難しかったか。ト2ド8っていうのはぼっちの休み時間の行動比率を略した言葉なんだ。トイレ直行2、読書タイム8、略してト2ド8」


「ぼっち行動にそんな専門用語が!?」


 まぁ僕が勝手に作った造語だけど。実際に僕がそうだったのだから間違った知識ではない。


「で、でも、トイレと読書以外にも色々やっていて忙しそうなのです。特に昼休みはずっとノートに一生懸命絵を描いていたりして……」


「あぁ、Type2の方か」


「タイプ2!?」


「うん。クリエイティブスキルを持つぼっちだ。くそー羨ましいな。僕もどうせならType2のぼっちになりたかったよ」


「この人、本気で悔しがってる!」


 残念ながら僕の画力は幼稚園児レベル。

 ト2ド8ぼっちからすればType2は憧れの的なのである。


「私、どうしてもその子と友達になりたいんです! でもどうやって話しかければ良いのか分からなくて……そこで一郎先輩にご教授願いたいのです!」


「ご教授って言われても、僕に友達の作り方なんて教えられないよ。むしろ教えてほしい方だよ」


「いえ、友達作りは私の方で何とか努力します。その方法についてもある程度検討は付いています」


「えっ? そうなの? じゃあ僕に相談する必要なんて皆無なんじゃ――」


「いえ! 私はどうしても一郎先輩に教わらないといけないことがあるんです」


「そ、それは?」


 そこはかとなく嫌な予感に覆われながら七海さんの次の言葉を待つ。

 それは僕の予想をもしていなかった内容だった。


「私を……ぼっちにさせてください!」







 『ぼっち』。

 誰が言い出したのか分からないがそれは造語の一種である。

 実名は『ひとりぼっち』

 月羽と出会うまでの僕を示すのにぴったりすぎる言葉だ。

 だが一般的にはぼっちは良い印象を与える言葉ではない。

 むしろ友達多い人が所定の個人に向けて使えばそれは誹謗中傷となってしまう。

 世のぼっち諸君も進んでぼっちになろうとしてなったわけではない。

 色々な不幸な結果、ぼっちと称号を得られたのだ。

 だからなりたくてなれる……わけではないと思うのだけど。


 話が長くなりそうだから僕は七海さんを旧多目的室へ連れて行った。

 月羽へは経験値稼ぎを欠席する旨をメールで伝えてある。

 本来ならば経験値稼ぎは何よりも優先して行いたいものだけど、七海さんの真剣なまなざしは無視してはいけないと感じたのだ。

 そう――彼女は真剣にぼっちになろうとしていた。


「いや、訳が分からないのだけど」


「むぅ~。ですがら私をぼっちにさせてほしいんですってば。師匠にはぼっちの心得を教えてほしいの!」


「確かに事ぼっち事情に関しては僕以上に精通している人は居ないだろうけどさぁ」


 弟子入りってぼっち指南の件なのね。

 僕なんかが七海さんに教えられることなんて何一つ無い、と最初は思って断ったのだけど、ぼっち指南となれば話は別だ。彼女に色々教えてあげることは可能だ。

 可能だけどなぁ……


「ぼっちのクラスメイトと仲良くなりたいって話だったよね?」


「うん。そうですよ」


「それがどうして七海さん自身をぼっちに仕上げる必要が出てくるの?」


 当然の疑問を投げると、七海さんは不適に笑いながら含みを持たす。


「むっふっふ~、それが私の作戦なのだ~」


 なんか今の笑い方小野口さんっぽかったな。

 あの人、順調に七海さんを自分色に染め上げているようだ。


「ああいうタイプの方って警戒心が強いですよね?」


「そうだね」


 七海さんは言葉を柔らかくして友達志望の子を『ぼっち』と称さない。

 そういう所は素直に好印象だ。根本から良い子なんだな七海さん。


「伝説のぼっち先輩が認めるってことは間違いないか。やっぱり作戦立てておいてよかったなぁ」


「…………」


 僕に対してはガンガンいうのね。呼称『ぼっち』。


「あの子に警戒されない為にはどうしたら良いのか、それを考えに考えた結果――」


「なるほど、自分もぼっちになれば上手くいけば仲間意識を持ってもらえて警戒が解けるかもしれないと思ったんだね。色々合点がいったよ」


「急にものすごく察しが良くなりました!? 正解ですけど七海に最後まで言わせてほしかったですよぉ」


 唇を尖らせてすねるように唸る七海さん。

 

「残念ながら七海さん、その作戦、結構落とし穴があるよ」


「えぇ!? この完璧な作戦が!? どこにですか!?」


「穴は3つ」


「そんなにあるの!?」


「まず一つ目はその程度でぼっちは警戒心を解かないということ」


「私の作戦、根本から否定してません!?」


「まあ聞いて。七海さんの作戦自体は悪くないと思うんだ。だけど時期が悪すぎた。その作戦は入学して数週間後ならまだ有効だ。でも2年生のこの時期にやっても効果は薄い」


「うーん。そういうものかなあ?」


「うん。たぶんだけど相手は『陽の者が自分の真似をし出したぞ? 一体どういうつもりだ? ああやって自分の真似をして自分をからかうつもりだな?』と思うはずだ」


「陽の者ってなんですか!?」


「人間のオーラ、かな? 僕のようなA級ぼっちになると人のオーラの色が分かるんだ。自分と同じ色は『陰のオーラ』、それ以外は全部『陽のオーラ』」


「A級ぼっちって何!?」


「七海さんは陽のオーラを持つものだ。残念だったね」


「喜んでいいのか悲しんで良いのか全くわかりません!」


 七海さんの七色のツッコミが光る。

 うん、この勢いのあるツッコミ、ぼっちへの理解度の低さ、間違いなく七海さんは陽の者だな。


「二つ目、仮に警戒が解けたとしても決して向こうからは話しかけてきてくれないことだ」


「うーん。その辺は私も思っていました。でもご安心ください。話し掛けは私から行うつもりでしたから」


「そう、それが3つめの穴だ」


「へっ?」


 七海さんは色々分かっていない。

 ぼっちの面倒くささというものを。


「いきなり接点の無い人が話しかけてきたら、その時点で警戒度がフルMAXまで跳ね上がり、ぼっちは一気に心を閉ざすんだ!」


「警戒を解いた意味!?」


「そして最後の穴だけど……」


「落とし穴は3つじゃなかったの!?」


 七海さん、ツッコミ疲れて敬語が無くなってきた。まぁ、素で接してきてくれた方が互いに楽か。


「そもそも、陰と陽は混じり合わない運命なんだ!」


「うわーん! この人七海を全否定してくるよ~! ひどいー!」


 泣かれようが叫ばれようがこれはもう宿命だ。

 陽の者は陰の者にとってまぶしすぎるんだ。

 だからこそ何があっても警戒心は付いてくる。


「でも安心して七海さん。勝機はあるから」


「ほ、本当に? 嘘吐いたら刺すよ?」


「さらりと本性表してきたね。大丈夫嘘じゃ無いから。七海さんの努力次第で上手くいくから」


「やったっ! さすが師匠! ぜひその極意を私に教えて!」


 目を煌めかせて見つめてくる七海さん。

 七海さん背が低いから僕と目を合わせるときは自然と上目遣いになる。

 長いまつげ、若干垂れ気味な大きな瞳。

 うぅ、色々破壊力ある視線だな。下手するとときめくぞ。陽の者はこれを無意識にやってくるものだから油断ができない。


「さっき七海さんが行った通りだよ。七海さんには徹底的にぼっちを理解してもらう」


「で、でも、それだと穴があるんでしょ? 4つも」


「大丈夫。それを一気に解決できる作戦――その名も」


「その名も?」


 小首を傾げながら期待を込めて聞いてくる

 作戦名――考えてなかった。

 えっと……思いつかない。もういいや適当で。


「その名も――『七海さんの陽のオーラを真っ黒に染め上げてしまい陰の者一丁上がり作戦』だ」


「…………」


「…………」


「ごめん。もう一度作戦名考えてみるよ」


「私が黙った理由はそっちじゃないよ! なんですかその不安しか感じない極意は!」


「つまりはさ、七海さんが陽の者だから色々問題が出てくるんだよ。でも七海さんもこっち側の人間になればそのクラスメートとも友達になれるはずだよ!」


「うぅ~ん? 本当にそうなんですか? 信じるよ? 一郎先輩」


「うん。先輩に任せなさい」


「わーい! 先輩ありがとう! 大好きー!」


 満面の笑みで抱きついてくる七海さん。

 僕は瞬時に彼女を引き剥がした。


「はい、それアウト。それ『陽』の行動ね」


「急に何!? 私何か駄目だった!?」


「陰ぼっちは『大好き』なんて言わない」


「えー」


「その場合は感情を表情に出さず、無言で俯き加減に服を引っ張るのが正解だよ」


「抱きつくのも駄目なの!?」


「普通に駄目だよ。陽の者の中でもこうも恥じらい無く抱きつけるのは中々いないと思うよ。

ていうか普通に僕が照れるからやめて」


「照れたんですか?」


「まあね」


「私が抱きついたから?」


「まあね」


「…………ふふ~ん」


 あっ、これ、僕いらんこといった。

 このにやけたような笑みは小野口さんがよく浮かべる表情だ。

 よからぬ事を考えている小野口さんがよくやる表情だ。


「せーんぱい♪ もっと七海にぼっち指南してくーださい」


 言いながら今度は腕にがっしり囲むように抱きついてくる七海さん。

 くそー、この人僕が照れた表情を楽しむ気だ。

 しかもこれ、異性のぼっちがやられたら勘違いするタイプのいたずらだ。


「と、とにかく、これからしばらくの間、七海さんぼっち化計画を進めていくからね。それじゃ」


 無理矢理締めの言葉に入り、僕は逃げるように教室を出て行く。

 置いてかれそうになった七海さんは慌てて僕の後をついてくる。


「わー、待ってよ一郎先輩。もー、逃げなくてもいいじゃないのよ」


 こんなにも煌びやかな陽のオーラをこれから陰色に染め上げていかないといけないのか。

 これは骨が折れそうだなぁ。







 次の日の昼休み。

 僕と七海さんは再び旧多目的室に集合していた。


「ねえ七海さん。例のぼっち化計画だけど月羽にも協力してもらっていいかな?」


「月羽先輩に?」


「うん。ああ見えて月羽も陰の者なんだ。的確なぼっち指南もしてくれるはずだよ」


「う~ん……」


 僕がナイスなアイデアを出すと七海さんはなぜか考え込んでしまった。


「月羽先輩を呼ぶのは……その……ちょっと。この件は私と一郎先輩だけで進めたいのですが……駄目でしょうか?」


 そして以外にも提案拒否。

 なんだろう? 月羽がこの場にいると不味いことがあるのだろうか?

 彼女には彼女の何か事情があるのだろう。


「そんなに僕と二人っきりがいいのか。仕方ないなー」


「はい……その……すみません。そういえば私、お二人の時間も奪ってるんですよね。本当にすみません」


 からかい口調で和まそうとしたのだけど、七海さんは本気で申し訳なさそうに謝ってくる。

 うぅ、やだなぁこの空気。昨日の和やかな口調も失せて敬語に戻ってるし。

 これは空気を変えなければ。


「七海さん! それだよ! 今良い感じの陰のオーラ出てたよ!」


「えっ? ほ、本当?」


「早くも七海さんの陽の色が濁ったね。その調子だよ」


「うん!」


 このやる気があれば割と早い内に七海さんを陰色に染め上げることができるかもしれない。

 僕自身も早く終わらせて月羽と経験値稼ぎがしたい。


「そういえば聞いて居なかったんだけど、七海さんが仲良くなりたいぼっちクラスメートって男? 女? どっちかな?」


「あー、うーん……」


 なぜか言葉に詰まる七海さん。

 なんだ? 良い悩む質問ではないはずなんだけど。


「女の子一人、男の子一人、です」


「複数居たの!?」


 さらっと初耳の情報なんだけど。

 しかし、二人もいるとなるとこれめちゃくちゃ大変なんじゃ……


「あっ、大丈夫だよ。手伝ってほしいターゲットは女の子の方一人だけ。その子と仲良くなれたら後で私が勝手に男の子の方とも仲良くなりますので」


 つまり女の子の方と七海さんが仲良くなれたら一応僕のお役は御免ってことでいいのかな。

 しかし、相手は女の子ぼっちか。ますます月羽の力借りたかったなぁ。事情があるみたいだから仕方ないけど。

 

「ねえ七海さん。七海さんが仲良くなりたい女の子のこと詳しく教えてもらえない?」


「もちろんいいよ。じゃあ直接その子を見てみる? 移動しながらどういう子なのか話すよ」


「うん。お願い」


 作戦を立てるにもまず相手を知らないと。

 Type2のぼっち、という情報だけでは今後の方針も決められない。


「さっ、いこ。一郎先輩」


 右手を掴まれ七海さんに引っ張られるように旧多目的室を出て行く僕ら。

 だからこういうところだよ七海さん。

 僕は内心でため息を吐きながら彼女に引っ張られながら後を付いていった、







「あわわわわっ、ち、違う学年の教室って、き、緊張する」


「なんで下級生の廊下で緊張するんですか! もう」


 呆れ気味に半笑いの七海さんに引っ張られ、2年生の教室を超びびりながら横切る僕。

 渡り廊下を手を繋いで歩いていることが浮きまくっていることを彼女は気づいていないようだった。


「あの子だよ。先輩」


 小声で視線を向ける先に例の彼女は居た。

 佐波かなえさん。

 七海さんがお近づきになりたいぼっちちゃんの名前だった。

 座高からも分かるくらい背が高い。今時珍しい三つ編みでやや猫背だけどスタイルの良い美人だ。

 彼女は一心不乱に絵を描いている。


「……?」


 なんか違和感がある。

 それが何なのか具体的には分からないが、あの子の様子から引っかかるものを感じた。

 なんだ? ただ絵を描いているだけの様子なのに何かがおかしい。


「うぅ~、もうちょっと待っててね佐波さん。絶対近いうちに話しかけるんだから」


 隣で七海さんが胸元で両拳を握りしめ誓いを立てている。


「そういえば七海さんはどうしてあの子と友達になりたいって思ったの?」


 今更ながら僕は一番大切なことを聞いていなかったことに気づく。

 もし『いつも一人で可哀想だから』とか『クラスに溶け込みやすくするために』みたいな答えが返ってきたら、残念ながら僕は七海さんの頼み事を反故にするつもりでいる。

 ぼっちはそんなお節介を望んでいないのだ。


「今、佐波さんが描いている絵なんですけど……」


「絵?」


 言われ、佐波さんの方に視線を戻す。

 アレは……アニメキャラだ!


「ラブリーくりむぞんのミコトちゃんです」


「はい?」


「私、ある日不意に佐波さんの絵を描いている脇を通り過ぎたんです。そこで偶然目に入っちゃったんですけど、なんと佐波さんは私の大大大好きなラブリーくりむぞんの……しかも私の最推しのミコトちゃんの絵を描いていたんです!」


 ラブリーくりむぞん。

 少女達がバーチャル世界に閉じ込められ、その世界の中でアイドルライブを重ねると経験値が蓄えられ強くなっていくといった内容のアニメだ。

 小学生くらいの女児に人気のアイドルアニメである。

 困難、苦難、仲間との衝突、経験値によって得られるアイドルスキル、そこから生まれる格差、そして確執。

 ただの萌えアイドルアニメと思いきやしっかり見てみるとキャラクター同士のヒューマンドラマが面白い。隠れた名作アニメなのだ。

 なんでそんなに詳しいかって? もちろん僕も毎週チェックしているからだ。

 ちなみに七海さん最推しのミコトちゃんというのは主人公の女の子といつもベッタリ百合百合している幼なじみキャラのことだ。僕の最推しはライバルキャラのカミア様なんだけど……あっ、いや、その辺はどうでもいいか。


「これは友達になるしかないと思いました。この作品知っている人私の周りに一人も居なくて、ずっと語り合いたいと思っていたんです」


 なるほど。そういう理由ならぜひとも七海さんを応援したい。

 欲を言うなら僕もその話題に混ぜてほしい。


「オタクみたいだって思って引きました?」


「いや? むしろ七海さんの好感度上がったよ。ラブくり対談の為に絶対彼女と友達にならないとね」


「うん! ……あ、あれ? その略し方……もしかして先輩もラブリーくりむぞんを――」


「さっ、一先ず用は済んだし、僕は自分の教室に戻るね。それじゃ七海さん、また放課後に」


「あー! ちょ、ちょっと待ってよー! ねえー!」


 後ろで七海さんが名残惜しそうに叫んでいるが無視をして僕はさっさと教室に帰る。

 七海さん、ラブくり対談は僕とじゃなくて佐波さんとやらないとね。

読んでくれてありがとうございます。

後編も近いうちに投稿いたします。

また感想貰えると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今になって新話が読めるとは思ってませんでした。 ずっと好きだったのですごい嬉しくてテンション上がっちゃいました。 ラストも勿論よかったですけどまた一郎くん達に会えて嬉しいです。 今でも偶に…
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