Last Point(後編) それじゃあ一郎君、また会いましょうね
エピローグ3部作後編。
作品的にもこれが本当の本当に最終回です。
――自分は幸せなのか。
いや、この場合、『自分は幸せだったのか』を考えるのが正しいだろう。
だって、私、ついさっき死んじゃったみたいですし。
うーん。ならばこの真っ白空間はなんだろう?
RPGでいう終盤に出てきそうな異空間ダンジョンみたいな不思議な場所は一体……
「ああ。夢なんですね」
しかし、死んでも夢なんてみるものなのでしょうか?
それともここは死後の世界だったりするのでしょうか?
どうせならもっとファンタジックな世界にして欲しかったなぁ。
というか誰も居ないこの不思議空間で私はどうすれば良いのでしょうか?
「――あーあ。月羽。もう来ちゃったんだ」
「……!?」
突然背後から聞こえてきた声。
懐かしい声。一年ぶりに……いや、何十年ぶりに聞いた声のようにも思える。
まさかと思いながらゆっくりと振り返ってみると、私の愛しい人が呆れ顔でフワフワ浮いていた。
それも見知った老男児ではない。嫉妬するくらい綺麗な肌、シワ一つない見事な童顔、懐かしいブレザーに身を包んだあの人は、私と初めて出会った頃の高校生の姿となって現れた。
「一郎! ショタ一郎です!」
「一年ぶりの再会で開口一番がそれ!?」
「どうしてショタなんですか! ズルいです! 私だけお婆ちゃんなんて悲しいです」
「ショタ言うのやめてくんない!? せめて『学生時代の姿』って言ってよ」
「ズルいですズルいです~! 私も若いころの姿がいい~!」
「……うわぁ、駄々捏ねる老婆って見てると辛いものがあるなぁ」
「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
「ごめんごめん。大丈夫。月羽も姿を変えられるよ。ここは夢の中のようなもんだから。自分の姿なんて思い通りに変えられるんだ」
最終回になって途端に都合の良い世界設定になりましたね。
でもどんな姿にも変えられるのでしたら、やっぱり私も……
「…………ど、どうです? 私の姿も変わりました?」
「うん。ロリ月羽だ」
「ロリじゃないもん! 失礼です!」
一郎に合わせて高校生の時の姿に変えられたみたいだ。
なんだか気持ちまで若返った気がする。
「ていうかさ。月羽、こっちに来るの早いよ。僕が逝ってからまだ一年くらいしか経ってないでしょ?」
「そうですね。一郎が居なくなったせいで私の衰弱はハイスピードで速まったんですよ」
「……なんか僕のせいみたいになっているけど、結局の所老衰でしょ?」
「はい。まぁ、90歳近かったですし、寿命としてはこんなものなのではないですか?」
「んー、まっ、そんなもんか」
「はい♪」
ああ、一郎だ。
私の愛した旦那が今目の前に居る。
それだけで私の心は満たされていくみたいだった。
「でもやっぱり私は一郎が居ないとダメだったみたいです」
「そうだね。見ていて痛々しいほどの無気力っぷりだったよ」
「見ていたのですか!?」
「和葉にも迷惑かけて……月羽らしくなかったよ」
「うっ……それは……反省しています」
生前で唯一後悔があるとすれば和葉ちゃんに迷惑かけてしまったこと。
誰にも迷惑かけずに死ぬ予定だったんだけどなぁ。
「で、でも! 元はと言うと一郎が悪いんです! 私より先に逝くなんてズルいです!」
「先に死んだことでズルいなんて言われても、理不尽以外の言葉が出てこないよ」
「もし先に逝ったのが私だとしたら、きっと一郎もあんな風に無気力になっていました!」
「……まぁ、それは否定できないかな」
困ったように笑う一郎。
ああ。愛おしいなぁ。
高校生の時の姿だから懐かしさも込み上げて、会話しているだけで泣きそうになる。
「あー、月羽。さっきから微妙に気になっていたんだけどさ。せっかく互いに高校生の姿に戻ったのだから呼び方もあの時と同じようにしてみない?」
「呼び方……あっ――」
そうだった。
今でこそこの人のことを呼び捨てにしているけれど、あの時はもっと違った敬称で呼んでいたはずだ。
そう、あの時は――
「高橋君♪」
「戻りすぎじゃない!? 初期の初期じゃん! 親友以前の関係の頃の呼び方だよそれ! ま、まぁ、別にいいけども……」
若干拗ねたように語尾が凋む一郎。
やっぱりこの頃の一郎はからかうと可愛さ倍増です。
久々にキュンとしちゃいました。
「冗談ですよ。一郎君」
「……うん。まぁ、この姿だとその呼び方が一番しっくりくるよ、うん」
途端に嬉しそうになる一郎……一郎君。
この呼び方、本当に久しぶりだ。何十年ぶりに君付けで呼んだのだろう。
「……ん? 月羽、さっきから何握ってるの?」
「えっ?」
一郎君に指摘され、私はずっと何かを握りっぱなしだったことに気付く。
手を開けた瞬間、ひらひらとそれは落ちて行った。
どこまでも……落ちていく……
「って、月羽。ここ不思議空間だから拾わなきゃ一生落ちていっちゃうよ!」
「そ、それを早く行ってください!」
言われ、初めて地面が無い空間だったことに気付く。
私と一郎君は慌てて落ちて行ったものを追いかけていった。
しかし、不思議な空間です。
暗いわけでも明るいわけでもない。暑くもないし寒くもない。あんなに痛かった腰も全然痛くないし、こんな風に自由に宙を泳げます。
「一郎君。改めて聞きますけど、ここは何なのですか?」
「さぁ? 死後の世界と言う割には閑散としすぎだよね。やっぱり夢なんじゃない?」
「一郎君は私がここに来るまでずっとここにいたのですか?」
「んー……どうなんだろ? 居た気もするし、居なかった気もするし。死んでからは僕も記憶曖昧なんだよね」
まぁ、死んでから記憶更新されること事態、人類の驚愕事項だと思うのですが。
このユルさ、まんま学生時代の一郎君だなぁ。
「ただ一つ分かることがあるんだけど、あそこに扉があるでしょ?」
「あっ、本当です」
この空間に際立って存在感のある青色の扉。
あの扉を見つめていると、何だか不思議な感覚が身体全体に伝わってくるようでした。
……なるほど。なんとなく理解しました。
「……あの扉を潜ると……もう私達は存在することができなくなるのですね」
「……そうだね。あの扉を潜った瞬間、『高橋一郎』と『高橋月羽』は完全に無になっちゃうのだと思う」
それは絶望なのか、それとも救済なのか。
終わりを知らせる扉……かぁ。
「よ……と!」
彼是考えている内に私の落し物に追いつき、一郎君が見事なフライングキャッチを決める。
「ナイスキャッチです!」
「全盛期の僕の手に掛かればこんなものさ」
全盛期の一郎君はフライングキャッチが出来たみたいです。驚愕の事実でした。
「あっ……コレ……」
「あっ……」
一郎君が手にしている私の落し物。
それは逝く直前、偶然部屋のタンスから見つけた懐かしい代物でした。
「懐かしすぎるんだけどこれ。100EXPの時に撮った奴じゃん」
「そうですよ。ぼっちの集合写真です」
「本当……懐かしい……」
声に湿りを伴しながら、約70年前に記憶を思い起こす一郎君。
私もつられて目頭が熱くなりました。
「……はは……すごいことが書いてあるや。見て」
「私の……文字だ」
シールの下半分を埋め尽くすような勢いで書いた大きな文字。
あの時、何気なく書いた決意の表れ。
――『目標EXP100万pt』
あはは。一郎君が言う通り、本当にすごいことが書いてありますね。
「ねぇ、僕らの総EXPいくつだったかな?」
「うぅ。99980EXPです」
「あと90万と20EXPかぁ。果てしない目標だねぇ」
「一郎君……意地悪です」
そう。結局私達は目標の10分の1も達成できていなかった。
途中、かなり経験値のインフレしたはずなのですが、まさか10万EXPにも届かず逝ってしまうとは思わなかったなぁ。
「でも……まぁ……生前に悔いがあるとすれば目標経験値に達せなかったことだよなぁ」
一郎君も私と同じく、経験値稼ぎが止まっていることに憤りを感じていたみたいです。
ならばやることは一つです。
「じゃあ、やりましょうよ。経験値稼ぎ」
「ここで!?」
私の申し出が心底意外だったらしく、珍しく大げさに驚く一郎君。
「まぁ、ここでやっても良いのですが……それだとやれる経験値稼ぎに限りがあるじゃないですか」
ここで出来ることと言えばせいぜい会話系の経験値稼ぎくらいな気がする。
それでも楽しそうだけど、その内物足りなくなりそう。
「じゃあどうするの? ここで経験値稼ぎをしないとなると……」
だから私は提案する。
最高難易度の経験値稼ぎを。
「一郎君。次の経験値稼ぎの内容を発表します」
「あっ、その言い回し、高校時代の月羽っぽい」
「えへへ。なんか本当に気持ちまで若返った気がします」
「それで次の経験値稼ぎの内容って?」
「はい。『再会』するんです」
「さいかい? 経験値稼ぎを再開するってこと?」
「そっちの『再開』ではありません。私達、再び会うんです。あの扉を潜って」
この空間に浮かぶ圧倒的な存在感を示す扉。
たぶん、あそこを潜った瞬間、私は私じゃなくなる。
消滅……いえ、この場合成仏って言った方がいいのかもしれません。
正直、あそこを潜るのは怖い。
でもいつまでもここに留まるわけにもいかなくて……
だからこそ私はこの経験値稼ぎを提案した。
「あの扉を潜って……生まれ変わりましょう。そしてまた二人巡り合うんです」
「あっ……」
「生まれ変わった私達はきっとまた再会し、そして私はまたこう言うんです。『私と一緒に経験値稼ぎをしてください』って」
「……そっかぁ。それはとても楽しみだ」
「はい! ですから再会出来たら20EXP獲得ってことでどうですか?」
「果てしなく難しい経験値稼ぎの内容の割には獲得EXPショボイねぇ」
「でも総EXPがちょうど10万になります。キリの良い数字にすることに意味があるんです」
「そういうもの?」
「はい! なんか強くてニューゲームっぽくていいじゃないですか?」
「強くてニューゲーム! それいい!」
「でしょうでしょう! 生まれ変わった私達は気付かないうちに経験値をたくさん持っていて、それを知らぬまま経験値稼ぎを始めているんです。すごい運命的ですよね!」
「さいっこうだよ! 月羽!」
「えへへ」
嗚呼。楽しい。
経験値稼ぎを始めた時のワクワクはこんなにも生気を震わせるものなんだ。
この気持ちを忘れないまま、終わりに――じゃない、始まりにしたい。
「じゃあ、一郎君。逝きましょう。今度は一緒に」
「うん。絶対に今回の経験値稼ぎ、成功させようね」
「当然です!」
力強い返事で返す私。
手を固く繋ぎながら、一歩、また一歩と扉へ向かって歩んでいく私達。
今度こそ高橋一郎と高橋月羽は終わりを迎えるというのに、今の私達には一切の恐れもなかった。
それどころか二人の表情は晴れやかで……
「ふっふーん。またぜーったいに一郎君の生まれ変わりを見つけ出してみせるんだから」
「いやいや、むしろ僕の方が先に見つけちゃうかもね」
扉にゆっくり近づきながらいつものような軽口を叩く私達。
この何気ない会話も今の私達には大切で、記憶の宝箱に刻み込むようにこの瞬間を噛み締める。
「しっかし、目標経験値に達する為に何回生まれ変わる必要があるのやら」
「いいじゃないですか。何回でも生まれ変わって経験値稼ぎやりましょうよ」
「安定の経験値脳だね。まっ、勿論僕はそれで構わないけど」
「一郎君だって立派な経験値脳ですよ」
そんな他愛ない会話に幸せを感じる。
「(……あっ、私、幸せだったんだ)」
一郎君が逝ってから自分が幸せだったのかをよく考えていた。
今思えばなんて馬鹿らしいことを考えていたのだろうと思う。
一郎君が居なくても私はたくさんの人に支えられていた。
だから私は幸せだった。
そして一郎君が一緒にいると、私は更に幸せになれる、
超幸せだ。
私は超幸せなまま生まれ変わることができるんだ。
なんて贅沢なんだろう。
そんな風に幸せについて考えている間にも、私達は扉の目の前に到着していた。
あと一歩でもう扉の向こうだ。
その最後の一歩を踏み出す前に、私達は向かい合い、そして誓った。
「それじゃあ一郎君、また会いましょうね」
「うん。次合う時は経験値10万からスタートだからね」
そのまま私達は強く抱き合い、数年ぶりに口付けを交わした。
二人、微笑み合う。
「それじゃ、最後の一歩は同時に踏み出そうか」
「最後……じゃありません。最初の一歩です」
そう――この一歩は最初の一歩。
強くてニューゲームを始めるための儀式の一歩なのです。
「それじゃ……いくよ――」
「はい――」
まだまだ経験値を稼ぎ足りない。
だから私達は繰り返す。
きっと、生まれかわっても一緒になれるって信じているから。
「「せーの――!!」」
両足で力強くジャンプして、二人は同時に扉の先へと飛び込んだ。
その瞬間、『一郎』と『月羽』は今度こそ居なくなる。
でもまだ経験値稼ぎは終わりじゃない。
『一郎』じゃなくなっても、『月羽』じゃなくなっても、私達は経験値稼ぎを続けていくのだから。
さて、その為にまずはしっかりと『再会』して20EXPを獲得しなければいけませんね。
よし! 『次』も頑張るぞっ!
――Experience Point [完]――
見てくれてありがとうございます。
そしてこの作品を最後まで見てくれて本当に感謝しております。
最終回にして微ファンタジーとなりましたが、夢の世界での出来事ということで許して下さい。
人生を全うした二人は今までの経験値を身に宿したまま生まれ変わる……まさしく【強くてニューゲーム】が始まろうとする……僕が書きたかったのはそんなラストでした。
俺TUEEE系の作品は前世の記憶を引き継いだりするパターンがありますが、この二人はどうでしょうね。そもそもこの二人の生まれ変わりにTUEEEが出来るのかどうかw
すぐにでも続編が作れそうな終わり方ですが、僕が書くEXPの物語はここで終了とさせて頂きます。
この後、すぐに後書きを更新しますので、良かったらそちらも覗いてみてください。