Last Point(中編) ずっと続きますように……
本編から70年後の月羽さん。
急展開はまだまだ続く。
「もぅ、お母さんったら。また食べてないじゃない」
「……食欲ないの」
「栄養取らないと起き上がれなくなっちゃうよ」
「……ごめん。和葉がせっかく作ってくれたのに。でも本当に食べられないの」
「……そっか。一応まだここに置いておくからお腹が空いたら食べてね。それと後でお医者様も来てくれるから」
そう言いながら和葉は部屋から静かに出て行った。
和葉にも迷惑かけているなぁ。でも嫌な顔一つせず私の介護と看病に尽くしてくれている。
私にはもったいないくらい出来た一人娘だ。
恩返ししないとなぁ。
でも……
「(やる気が……でない)」
起き上がった所でやることはない。
数年前までなら暇さえできれば経験値稼ぎをやっていた。老後の唯一の趣味だったかもしれない。
でも経験値稼ぎは一人ではできない。
あの人と二人でやるから私は心の底から笑えていたんだ。
「ぅ……」
また涙が出てきた。
でも枯れたような涙しかでない。
それが非常にむなしく感じる。
「…………」
一頻り泣いた後、気まぐれに布団から出て座布団に座ってみる。
しかし、座るだけ。
テレビを付けるわけでもない。PCを立ち上げるわけでもない。本を広げるわけでもない。
ただ……座るだけ。
何もする気が起きない。
真夏なのにエアコンを付けるのすら面倒。
なんか……眩暈がする。
「……寝よう」
結局起き上がった時間は5分にも満たず、真夏の暑さを鬱陶しがりながら布団に戻る。
まるで猫のような生活。
起きている時間よりも寝ている時間の方が長かった。
それどころか、最近は起き上がると具合が悪くなってすぐ寝てしまう。
そういえばお医者様に入院を勧められたっけ。
入院は……やだなぁ。
この場所から離れたくない。
あの人と共に過ごしたこの部屋から……この家から……出たくない。
あの人が無くなって一年経った今でもその温もりが残っている気がするから。
だから私はこの場所でもう一度夢を見る。
幸せだった記憶をなぞるように。
「――やはり入院すべきなのですが」
「――でも母が頑なに入院を拒むので……私も出来れば母の願いの通りここに居させてあげたいです」
「――そうですか。では引き続き訪問看護の徹底と定期健診という形で継続していきましょう」
声が聞こえる。
和葉の声と……ああ、病院の先生の声だ。
お医者様がくる時間なのに私起きられなかったのか。
「――でも、もしもの時のことを……覚悟しておいてください」
「――先生! それって……っ」
ああ。やっぱりもうすぐなんだ……
お婆ちゃんだなぁ私。日に日に衰弱していっているのが自分で分かる。
あの人も逝く間際はこんな体調だったのかな。
とりあえずこのまま寝たふりしておこう。
私に聞かれたくない話だろうし、空気を読んでこのまま起き上がらないでおこう。
「……あれ?」
寝たふりのつもりが、私、本当に寝ちゃっていたみたいだ。
「ごほっ……こほっ……」
起きた途端に咳込んでしまう。
お医者様からのクスリ飲まなきゃ。
「よい……しょっと」
立ち上がった時、軽い眩暈に襲われてふらついてしまう。
杖を手に壁伝いにゆっくりと歩む。
えっと……いつものお薬はタンスの下から二番目に……
「……ないなぁ」
和葉ったらまた薬の置く場所間違えたなー。
そそっかしい所は父親譲りですね。
お薬……探さなきゃ……
タンスの上の方から順に探してみる。
「……あった」
下から三番目の引き出しからお薬を発見する。
薬袋を引っ張り出すように取り出した。
ひら……
「……?」
薬を出した表紙に小さな紙切れのようなものが落ちた。
不自由な腰を下ろし、なんとかそれを拾い上げてみる。
これは……!
「あの……時の……っ!」
それは懐かしい代物だった。
懐かしすぎて涙が出た。
緩い涙腺から一度熱いモノが零れ落ちると、そのまましばらく止まらなくなった。
しわしわの手のひらに包まれた小さな紙。
奇跡的に保存状態がよかったのか、色褪せはそれほどしていなかった。
こんなところにしまっていたことすら忘れていた。
今日は良い日だ。
久しぶりに笑った気がする。
本当……良い日だ。
「この良き日が……ずっと……ずっと続きますように……」
続き……ますように……
……………………
………………
…………
……
「――さん! お母さん!」
――あれ? 和葉の声がする。
「お母さん! しっかりして!!」
――でも声が遠い。
――それに何だか地面が揺れているような。
「くっ! これほど衰弱していたなんて……早く病院に運ばなければ!」
――先生の声も聞こえる。
――なぜか目を開けられない。
――少し……苦しい気がする。
「しっかりしてください! もうすぐ病院に着きますからね!」
――ああ。わかった。救急車の中なんだ。
――私、また倒れちゃったんだ。
――また……迷惑かけちゃったなぁ。
「お母さん! お母さん!!」
――和葉。
――泣き虫な和葉ちゃん。
――しょうがないなぁ。和葉ちゃんは。
――大きくなっても……子供の頃と変わらないんだから。
「お母さん!!」
――大丈夫。和葉ちゃん。
――貴方は強いんだから。
――大丈夫……だよ。和葉ちゃん。
「いかん! 脈拍が!!」
――お母さん……ね。貴方が大好き。
――和葉ちゃんとずっと一緒に居たい。
――だけど、そう思い通りにいかなかったみたいだね。
――お母さん。いかなきゃいけないみたい。
――お父さんの所へ……
「くっ! 脈と呼吸が……しっかりしてください! 高橋さん! 高橋月羽さん!!」
……一年遅れになりましたが、追いかけますからね。
……一郎。
先に逝ってしまったことに……文句言ってあげるんだから。
「高橋さん!? 高橋さん!!」
「お母さん!!」
……ああ。やっと会えるんだ。
……一年ぶりに再会できるんだなぁ。
……楽しみだ。
……楽しみがまた一つ増えた。
今日は……なんて……良い日なんだろう……
【Another View】
「お母さぁぁん!」
「…………」
「先生! お母さんがっ!」
「…………」
「先生!!」
必死に母と医師に呼びかける和葉。
医師は残念そうに顔を伏せると、ちらりと手元の時計に目をやった。
「8月1日。午前0時ちょうど……ご臨終です」
「……っ!!」
その言葉を聞き届けた瞬間、和葉は崩れ落ちるように膝を付いた。
「……ぅっ」
静かに涙を溢す和葉。
覚悟していたこととはいえ、実際に大切な人が無くなってしまい、耐えられなくなったのだ。
「8月1日。旦那さんが亡くなったのと同じ日です。87歳……大往生でしょう」
「……ありがとう……ございます。先生……」
「このまま病院へ行き、死後の処置に入ります。娘さんもご一緒致しますか?」
「……はい。もう少し……お母さんと一緒に居たいです」
「わかりました」
和葉は母の手を包み込むように握った。
最後の母の温もりを求めるように。
「あれ?」
母の手がやけに強固に握られていることに気付く。
何かを大事そうに握っているみたいだった。
和葉は悪いと思いながら指を解くように母の手を開いた。
「あっ……」
母の手から小さな紙が出てきた。
いや、紙ではない。シールだ。
正方形のシール。
昔流行ったプリント式の写真シールだった。
そこには若い男女が写っていた。
緊張した面持ちで棒立ちになっている一組の男女。
これは……
「若いころの……お父さんと……お母さん?」
昔、父と母から聞いたことがあった。
初めて父一郎と母月羽がゲームセンターでデートした時――もとい経験値稼ぎした時に撮った一枚のプリントシール。
二人とも目線が変な所を向いており、後に夫婦になる男女に見えないほど緊張した面持ちであった。
たぶん、恋人になる前の二人なのだろう。初々しさが伝わってきてなんだか微笑ましかった。
「それに……この文字……」
シールは二種類ある。
それぞれ、デカデカと文字が描かれていた。
一枚は『五月三日 現獲得EXP100pt』と書かれている。
経験値が100EXPになった時記念に撮ったのだろう。
和葉は直観でこれは父が書いたのだと思った。
この汚い字は絶対父だ。昔から字が汚かったのかと少し苦笑してしまった。
そしてもう一つのシールにも文字が書かれている。
几帳面な性格が伺えるデジタルみたいな文字は母が書いたのだろう。
そこには父にも負けないくらい大きな文字でこう書かれていた。
――『目標EXP100万pt』
随分と高い目標を掲げたものだ。
その無邪気さに微笑ましさを感じ、和葉は母の顔を見ながら小さな微笑みを送った。
「お母さん。やっとお父さんと経験値稼ぎを再開できるね」
一年間、母は経験値稼ぎをずっと我慢していた。
その我慢の日々も今日で終焉した。
和葉は小さな宝物を再び母の手に握らせ、もう落とさせないように強く握らせた。
「あっちで仲良く二人で経験値稼ぎするんだよ」
あれだけ愛し合った二人なのだから、死後に同じところに行かないわけがない。
和葉は父と母の一年ぶりの再会を願って、病院に付くまでの間、ずっと黙とうを捧げ続けたのであった。
見てくれてありがとうございます。
主人公、ヒロインの老後の姿なんて見たくなかったかもしれませんが、このエピローグはかなり前の段階から絶対書こうと思っていました。
今回のキーアイテムとなったプリクラも第十三話に登場していますが、この時からこのエピローグを書くことは決定していた気がします。
一郎と月羽の一人娘である和葉ですが、後書きでキャラクター紹介しようか迷ったのですが、見送ることにしました。
僕がキャラクター紹介書くと絶対どこかギャグっぽくなるしw このまましんみりとしたままエピローグ最終話を迎えたいと思います。
では次回の更新と後書きでEXPは本当にラストです。
やっとここまで来たなぁ(しみじみ