Hyper Bonus Point +4 新しく友達ができただけの話さ
スピンオフ及び番外編最終章4/4
最後はやっぱりこの二人に締めて頂くとしましょう。
まずは月羽視点からです。どうぞ!
【main view 星野月羽】
結局みんなで3-Aへと向かうことになった。
一郎君は斉藤さんと話をつけるため。
他のメンバーは一郎君を見守る為。心の中で応援することしかできない集団です。
正直言って私達が着いてくる意味はまるでないのですが、一郎君を一人にしてはおけません。
それと沙織先生だけはこの場に居ない。
後に面談をするのだから今こそこそ嗅ぎまわるような真似はしたくないそうです。
「……ねえ月羽」
3-Aへ向かう途中、一番後ろを歩いていた一郎君は私だけに聞こえるような小声でこっそり話しかけてきた。
「なんですか? 一郎君」
「月羽にだけ正直に言うけど、実は今かなり緊張してる」
「…………」
今、とてもキュンとした。
これだけ大勢いる中で、私にだけ弱みを見せてくれる所がたまならく可愛かった。
相変わらず不意打ちでドキッとさせるんですからぁ。
「実は斉藤君とはほとんど話をしたことがないんだ。まぁ、クラスの人ほぼ全員とほとんど話をしたことがないんだけども」
「一郎君……」
私の場合クラスに居ても小野口さんが居る。青士さんも居る。私が一人ぼっちの時は二人が寄ってきてくれていた。
だけど一郎君は違う。
クラスに仲間は居ない。担任の沙織先生は味方になってくれるといっても、一郎君は学校生活において未だ一人で居ることが多かった。
そんな中、極めつけのように発生した今回の嫌がらせ事件。
皆の前では平然としていましたけど、内心不安で仕方ないということが私には分かっていた。
だから――
「つ、月羽!?」
そっと、手を繋ぐ。
「しっ。皆に気付かれちゃいますよ」
「で、でも……」
手を繋ぐくらい普段は何事もなく出来るのに、大勢の前だと途端にヘタレてしまう一郎君。
そういう弱さも好きなんですけども。
「じゃあ、こうしましょう。A組に到着するまで誰にも気づかれなかったら10EXP獲得ってことで」
「むむう……そう来たか」
「どうです?」
「……経験値稼ぎの誘いを僕が断るわけないじゃないか」
意外とノリノリの一郎君。
経験値稼ぎの始まりです。
「もしかしたら斉藤君とは会話にならないかもしれない。僕がキョドってしまうかもしれないし、斉藤君が話を聞いてくれないかもしれない」
「いいえ。大丈夫です」
「なんか即答で断言された!?」
「一郎君は自分を過小評価しすぎです。自信を持ってください。出来るはずですよ」
「そ、そうかなぁ?」
「そうです。経験値ゼロだった頃の私ですら初対面の一郎君を呼び出すことができたんです。だから経験値を積んだ一郎君なら絶対にできるはずなんです」
「……そっか」
「そうですよ♪」
繋ぐ手から一郎君の力みが取れて行くのが伝わった。
少し落ち着けたようです。
ならばもう大丈夫でしょう。
落ち着きを取り戻した一郎君は無敵なのだから。
「……月羽ありがとう」
「何がですか?」
「経験値稼ぎのおかげで――月羽のおかげでいつの間にか緊張は消えていたよ」
「ふふっ、一郎君の力になれて嬉しいです」
去年の4月から始まった経験値稼ぎ。
いつだって経験値は私達の味方でした。
経験値稼ぎを開始する前のワクワク感、経験値稼ぎをしている最中の緊迫感、経験値を獲得した時の達成感。
経験値稼ぎを始めて一年以上経った今でもその気持ちは変わらず持ち続けることが出来ています。
「一郎君。私達の経験値を……信じましょう」
「……うん。これまで稼いだ990の経験値を信じることにするよ」
「違いますよ、一郎君」
「えっ?」
「10EXP獲得です♪」
一郎君は気付いていなかったようですが、もう3-Aの教室はすぐそこまで近づいていました。
「いつの間に……」
「一郎君一郎君。これで累計1000EXP達成ですよ」
「本当だ。感慨深いなぁ」
約一年間で1000EXP。目標はあくまで100万EXPですから……えーと……このペースってどうなのでしょう?
「今回は500EXPの時と違ってキリが良い数字で良かったの?」
「……意地悪」
500EXPが近づいたあの時……一郎君に告白したあの時ですね。
懐かしいです。フラれた時の保険としてせめて経験値稼ぎだけは続けたいという気持ちが働いて遇えてキリの良い500EXPを飛ばしたんでしたっけ。
恥ずかしくて忘れたい事実を思い出させるなんて……うぅぅ。
「それじゃ、行ってくるよ」
言いながらスルリと一郎君の手が私の手から抜けた。
一抹の寂しさが襲う。
だから――
「一郎君、待ってください」
「ん? 何?」
「はい」
いつものように右手を胸の前に突き出す。
経験値を獲得した時の大切な儀式。
「そうだったね」
バチィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!
景気の良いタッチ音が廊下全域に響き渡った。
「な、なに!?」
「なんだ!?」
「月羽先輩? 一郎先輩?」
「……お前ら……何やってんだ?」
さすがにこのハイタッチ音には皆さんも気付いたようで、驚いた表情で一斉に振り返っていた。
「あはは~。気にしないでください。それよりも一郎君! ファイトです! 私達も見守っていますからね」
「うん。もう大丈夫だから。任せといて」
先ほどまでの不安そうな表情はいつの間にか消え去っていた。
いつもの可愛くて頼もしい顔の一郎君です。
「あの……先輩方……こんなに離れて見ているのですか?」
確かに少し離れすぎている気もする。会話も聞こえるかどうか……
「斉藤氏に我々の存在を気付かれるわけにはいかないからな。顔の割れているメンタルイケメンは特に」
「や、別に私は気付かれてもかまわねーのだが」
「セカンドイケメンが困るだろう。我慢してここから見るのだ」
「ちっ」
「……お前ら静かにしろ。一郎が斉藤と接触したぞ」
長谷川さんに指摘され、皆一斉に一郎君の方を見る。
そして微かですが一郎君達の声は聞こえてきました。
「さ、斉藤君。今時間大丈夫?ちょ、ちょっと話があるんだけど」
「……おいおい、一郎のやつ、声が震えているぞ。大丈夫か?」
「大丈夫です。震えているけどちゃんと声は出ていますよ」
なんたって今の一郎君には1000EXPが備わっているのですから。
経験値が4ケタ行った時の安心感は現実でも半端ないのです!
「って、あの人が斉藤さんだったんだね。ほらっ、お兄ちゃん、一郎先輩を探していた時ここで一番最初に尋ねた人だよ」
「あー……そうだったか? お前良く覚えているなー」
――『おーい。そこの男子生徒。ちょっといいか?』
――『ん? 誰だ?』
――『C組の長谷川だ』
――『そうか。僕は斉藤だ。それで僕に何か用か?』
そうだ。あの時の……
一郎君を根暗認定したあの人。
そういえばあの時名乗っていましたね。私もすっかり忘れていました。
「おいおいどうしたんだ? 高橋から俺に話しかけてくるなんて初めてじゃないか?」
「初めて……そうか……初めてだと……思われていたのか……」
「なんだよボソボソと。もっとはっきり喋ったらどうだ? そういうオドオドした姿ムカつくんだよ!」
「それはごめん。これでも昔よりはマシになったんだけど、まだまだ経験値が足りないかな」
「はっ? 経験値? 意味わかんねーんだけど」
「そんなことよりも斉藤君に聞きたいことがあるんだ」
……うん。やっぱり大丈夫です。
相手の暴言にも全然屈していませんし、会話の主導権は一郎君が握っている感じ。
「一郎先輩……すごい……全然物怖じしていない……」
「お前だったら『オドオドした姿ムカつくんだよ!』の時点でビビってたな」
「もう! お兄ちゃん黙ってて!」
「はいはい……」
七海さんが一郎君のいつもと違う姿に驚いている。また一人一郎君の凄さに気付いてもらえた。自分のことのように嬉しい。
小野口さんや池さん達は『そのくらい一郎君なら当たり前』みたいな表情でジッと成り行きを見守っている。
問題はここからです。
一郎君がどうやって斉藤さんが黒幕であることを探るのか……
難しいことでしょうが、でも一郎君ならばきっと――
「――なんで『光の親衛隊』なんて名乗って僕や青士さんに悪戯したの?」
「「「「直球!??」」」」
「……は、はぁ? おまえ、な、何言ってんの? そ、そんなの、お、おれ、俺の知るわけねーし?」
「「「「そして分かりやすっ!」」」」
一郎君も一郎君ですが、斉藤さんも斉藤さんです。
むしろ直球だったのが良かったのでしょうか? それが不意打ちになって斉藤さんの動揺を誘うのが一郎君の作戦だったとか。
「あのさ。僕にやった仕打ちはこの際目を瞑るとして、青士さんの本をバラバラにしたのはやり過ぎだと思うんだ」
「な、なんのことかわかんねーし? 俺かんけーねーし? ぴーひゃらら~」
斉藤さんが口笛を吹いて誤魔化しに図っている。
「あの人……口笛吹けてなくない?」
「あいつ、口で『ぴーひゃらら~』って言ってるぞ」
なんか、斉藤さんがどんどん残念な人になっていく。
見ていて悲しくなるところが私達と共通しているかもしれません。
「どうして僕らにこんなことしたのか教えて欲しいんだけど」
「し、しらねぇって言ってんだろ! もう出て行けよ!」
「や、僕もこのクラスだし、出て行く理由ないよ。お昼ももう食べ終わったし」
「はっ! また美しい彼女と仲良く昼食ってか! イラつくぜ!」
『また?』
私は一郎君と一緒に学校で昼食を取ったことはない。
あっ、もしかしてこれが青士さんを一郎君の彼女であると間違えた理由なのかも!
青士さん、いつもここで昼食を取ってますし、何も知らない人からすれば彼氏彼女に見えたのかもしれない。
……青士さんズルい。
って、変な嫉妬している場合ではありませんね。
一郎君もこのことに気付いてくれれば良いのですが……
「美しい……?」
どうしてそこに疑問を抱いているのですか!
「……うつくしい? う~ん」
ついには腕組みをして首を傾げだす一郎君。
「むぅぅぅぅぅぅっ!!」
「つ、月ちゃん!?」
「どうせ! どうせ私は美しくないもん! 美しさ皆無ですもん!」
「お、おちついてください月羽先輩! わ、私は月羽先輩のこと美しいと思っていますから! そ、その、髪とか!」
うぅぅ、七海さんがフォローしてくれますが、髪だけ褒められるのってどうなのでしょう。
それよりも一郎君の態度です! あれはきっと私のことを微塵も『美しい』と思ってないんです。悔しい。
「僕の彼女はどちらかというと可愛い系だよ」
!!
可愛い。
一郎君が可愛いって言ってくれた!
「うへへへへへへへへっ」
「月ちゃん! ニヤケすぎて変な笑い漏れてるよ!」
「……おっと!」
今度は嬉しくてつい変な声が出てしまいました。
周りに皆さんも居るし、表情には気を付けないと。
「比率でいうと、可愛い10、美しさ0かな」
ゼロ!?
「うぅぅぅぅぅ! ゼロって! 美しさゼロって!」
「今度は唸りだした!?」
「おい希。もう星野をどこかに連れてってくれ。一郎達の会話を集中して聞けん」
「ま、まぁまぁ」
斉藤さんとの会話の中で何故か私が一郎君にからかわれている気がする。
でも、それだけ余裕も出てきたってことでしょうか。
策士の一郎君のことだから、きっと今頃落ち着いて対話に臨んでいるんだろうなぁ。
【main view 高橋一郎】
失敗した。あー、もう、失敗だ。
自らが犯した失敗に気付き、僕の頭の中は半パニック状態になっていた。
「(場所……間違えたなぁ……)」
言うまでもなくここは昼休みの3-A教室。
もし放課後だったら別によかったのかもしれない。
だけど今は昼休み。人はわんさかいる。その全員の視線が今こちらに向いていた。
……当たり前だよなぁ。普段滅多に喋らない男子生徒が挑発的な口調でクラスメートに絡んでいるのだから。
でもいつものようにオドオドした様子だと相手にされなかったし。はぁぁ……どうせ後で陰口叩かれるんだろうなぁ。『珍しく高橋がクラスメートに絡んでた~』みたいな感じで。ぼっちはそういうの凄く嫌うんだけど。
場所移したいけど今更か。外には月羽達も居るし、斉藤君に青士さんを鉢合わせさせるわけにもいかない。
「(悔やんでいても仕方ないか)」
今は出来るだけ周りの視線は気にしないようにしよう。
この教室の中に僕と斉藤君しかいないと思い込むんだ。超難しいけどそうするんだ。そうするしかない。
「ていうか僕に彼女が居ること知っていたんだね。意外だった」
「意外だったのはこっちだっつーの! なんで! なんでお前みたいなぼっち野郎に彼女居るんだよ! 世の中おかしいだろ!」
うわぁ。嫉妬だ。
もしかして斉藤君が僕に悪戯を仕掛けてきた理由って……
「僕に彼女が居るのが気に食わなかったから……妙な悪戯を仕掛けてきた?」
「……そ、それは……」
図星だったのだろう。さっきみたいな変なごまかしはせず、ギクッといった表情で少し俯いていた。
「だ、だってよ! なんでおめーなんだ!? お前なんて一年の頃からずっとぼっちだったじゃねーか! そんなぼっち野郎にどうして急に彼女なんか出来たんだよ! おかしいじゃねーか!」
「んー、それだけの理由で悪戯しかけてくるなんて……結構幼稚だね、斉藤君」
「てめぇ!!」
激昂して胸倉をつかんでくる斉藤君。
もうここまで証拠が揃えば疑う余地はないだろう。
即ち、『光の親衛隊』と呼称して僕と青士さんに悪戯していたのは斉藤君だと言うことだ。
「お前なんて! お前なんてずっと底辺をやっていれば良かったんだ!」
なんか前にも誰かから聞いた言葉なぁ。
――『惨めで、可哀想な奴は星野だけで十分だっつーの!』
例のカンニング事件の時だ。
青士さん(悪)も同じこと言っていたっけ。もはや懐かしい。
「お前は……俺よりも幸せになってはいけなかったんだ! ずっと……ずっと惨めなぼっちで居やがれってんだ! だから俺はあの時お前に声を掛けなかっ――はっ!」
『あの時』?
もしかしてあの時というのは……
「一年の頃の……一学期の話?」
「…………」
沈黙。即ち肯定というわけか。
あの時……
一年の頃の一学期。
あの時のことは今でもよく覚えている。
僕が高校に入って初めて自分から声を掛けに言った人。
それが斉藤君だった。
――『はい、じゃあ二人組作って~』
高一の頃の体育。
ぼっちにとっては悪魔の言葉。
高校入学直後だけあって僕も斉藤君もこの頃は友達が居なかった。
だから僕はぼっち同士で仲間になろうと声を掛けた。
――『組まない?』
初めて出来た二人組。
この時点で友達になれていたら、今こんなことになって居なかったんだろうなぁ。
「斉藤君はさ、あの後クラスのぼっちを集めて仲間を作ったよね」
あの時、僕はどうして自分だけはぶられたのか、理不尽で仕方なかった。
だけど二年越しにその理由が解明できた気がする。
「僕に声が掛からなかったのは、『自分よりも下が居る』っていう安心感を得る為だったんだね」
「…………」
沈黙。これも肯定かな。
しかし、ますますあの時の青士さん(悪)と被るなぁ。
って、そうだ青士さんと言えば……
「勘違いしているみたいだから言っておくけど、僕の彼女は青士さんじゃないよ」
「なにぃぃぃぃ!?」
ずっと黙っていた斉藤君が不意に口を開く。
やっぱり勘違いしていたか。そんな気はしていたけど。
「言ったでしょ。僕の彼女は可愛さ10、美しさ0の子だって。青士さんの特徴と重ならないでしょ」
ていうか真反対だ。青士さんは可愛さ0、美しさ10だもんなぁ。
あの人にはもう少し可愛らしさを身に着けて欲しいもんだ。
「い、いつも仲良さげに飯を食っているじゃねーか!」
「うん。まぁ、仲は良いよ。友達だし」
友達……というか仲間と言った方がしっくる来るかもしれない。
「な、なに友達なんか出来てんだよ! ふざけんじゃねーよ!」
……どうしよう。こんな風に否定されるとさすがにどう返せばいいのか分からない。
これは説得難しいかもしれないなぁ。
「ど、どうせ同情に決まってる。ぼっちのおめーが可哀想だから仕方なく声を掛けてもらったんだ。へへっ、そうに決まってる。そうじゃなきゃ、誰がてめーとなんか友達になるかってんだ。へ、へへへ……っ」
「――心の底から一郎君と友達に……親友に……恋人になりたいと思ったから私から声を掛けたんです!」
「月羽!?」
結局出てきちゃったよこの子。
案外堪え性がないからなぁ。
「――貴方は知らないだろうけど、高橋くんってとっても魅力的な人なんだよ!」
小野口さん!? まさかキミまで……って!?
「――そうだ。キミは知らないのだろうな。セカンドイケメンがどれほど優れたイケメンだということを」
「――それによ、こいつは強ぇぜ。おめーなんかよりもな。だからこそ皆を惹きつけるんだ」
池君。
青士さんも……
「――俺は一郎と知り合って間もないが、素直に友達になれて良かったと思っているぞ。性格も良いし、波長も合いそうだしな。そんな奴がクラスでぼっちだったことが今でも信じられんほどだ」
「――そ、そうです! 一郎先輩は立派です。私の目標となる先輩の一人なんですから!」
佐助君。
七海さん。
「な、なんだよ? なんなんだよ? お前ら!?」
急に湧き出した僕の仲間達を見て怯えるように怯み出す斉藤君。
「可愛さ10、美しさ0の彼女です!」
なぜか半目で僕を睨みながら自己紹介をする月羽。
「高橋君の愛人の小野口希だよ」
月羽の睨みが更に怖くなるから変な冗談は止めて。
「そのお姉ちゃんの愛人である長谷川七海です」
余計ややこしくなる紹介はもっとやめて七海さん。
「希の友達で一郎の親友でもある長谷川佐助だ」
「私、友達ランクが高橋君より下だ!?」
佐助君の紹介になぜかショックを受けている小野口さんだった。
「俺は……ふっ、今更紹介するまでもないか。この学校に俺の名を知らぬ者はいないだろうからな」
凄い自信だ池君。
「んで、最後にアタシ。おめーに本をビリッビリに破られた青士有希子だよ! おら! アタシの本弁償しろや!」
「ひぃぃ!」
自己紹介ついでに脅すとはさすがだ青士さん。
ていうか結局全員出てきちゃったよ。こっそり見守る約束とはいったい……
「す、すみませんでしたぁ! ほ、本はこちらにありますのでぇ!」
言いながら自分のカバンから一冊の小説を取り出す斉藤君。
「ど、どうして破られた本が元通りでここにあるの?」
「そ、それは……他人の本を破るのはやっぱりやり過ぎだと思ったから手元に残しておくことにして……お、同じ本を買ってそれをビリビリに破ったんだ。ほ、本は後でこっそり返しておくつもりだった!」
わざわざ同じ本を買っておくなんて。
行動派なんだか慎重派なのか単なるビビりなのか、よく分からないなぁ。
「返せ!」
斉藤君から奪い取る様に本を手にする青士さん。
ちらっと見えた『ラブリィ☆にゃんにゃんの日常』というタイトルについて僕はツッコむべきなのだろうか……やめとこ。
「く、くそっ! 底辺のくせに他組や後輩に友達が居るなんて……」
「それの何がわりぃんだよ? 他組や後輩に友達が居るからなんだってんだ? あ!? それがてめーとなんの関係があるってんだ?」
「ひっ! そ、その……」
やばいなぁ。青士さんが若干(悪)モードになりつつある。
他の皆も怒りの表情を斉藤君に向けていた。
うーん。ここは僕が間に入らないとか。
「皆、その……来てくれたのは正直嬉しいし、心強いけど……さ。もう少しだけ斉藤君と二人で話させてくれないかな」
「一郎君……でも……」
「お願い。すぐ終わるからさ」
「……わかり……ました」
不服そうに一歩下がる月羽と皆。
「はん! 良かったなぁ。高橋よぉ。お前なんかを慕う奴も居るんだな」
うわぁ。僕と二人きりの対話となった途端、超強気な姿勢を見せ始めた。
「あの……さ。青士さんの本も無事に返ってきたし、僕が受けた悪戯も正直ちっちゃいもんだったし、もう二度と悪さしないっていうんだったら今までのことは水に流してもいいと思うんだ」
「な、なんだと? 南高の闇の親衛隊マニア黒田くんから聞いた悪戯がちっちゃい……だと!?」
驚くところそこかい。
斉藤君では結構デカいことをやっているつもりだったのかなぁ。
「まぁ、大きい、小さい、は良いとして、どうかな? もう悪さしない代わりに水に流す件。結構おいしい話だと思うよ」
「てめっ! 上から目線でっ!」
確かに今のはちょっと上からっぽかったな。
「じゃあ、下からお願いするよ。今までのことは水に流すからもう二度と変な悪さをしないでください。よろしくお願いします」
今度はなるべく下手で。きちんと頭を下げる。
これなら斉藤君も応えやすいだろう。
「はんっ。そこまで言うならその条件を飲んでやらないこともないぜ」
そして今度は斉藤君が上から目線になっていた。
まぁ、了承してくれたし、別にいいか。
「てめっ! おめーが全部悪いくせによくそんな態度取れるなぁ! あぁ!?」
「ひぃっ!」
「青士さん。もうちょっと黙ってて」
「ちっ」
なんだかんだで僕の言うことを聞いてくれる辺り従順だ。
(悪)の称号がついたままだったら、今頃斉藤君の顔はボコボコだったかもしれないな。
「斉藤君。僕はさ、運が良いんだ」
「運!? 運で友達や恋人が出来たっつーのか!?」
「そ。全部運。中学から高校一年の終わりまで運が良いとは言えなかったけど、高校二年の時、急に運気が上昇したんだ」
玲於奈さんに裏切られて全校生徒を敵にしていた中学時代。
斉藤君に裏切られてクラス内ぼっちが確定した高1時代。
すごく僕らしい悲惨さだと思った。
でも、人生悪いことばかりじゃなかった。
嫌なことがあった分、突然良いことが起こり始めた。
「二年の初め、僕なんかに月羽から声を掛けてきてくれた。それが一番最初の幸運」
「一郎君っ! そ、それは私がどうしてもやりたいことがあったから。一郎君以外の人に声を掛けるなんてことは絶対にありませんでした」
「分かってる。でも僕を見つけてくれたことも幸運に含まれてるんだよ」
あの時、月羽から手紙を貰っていなければ僕は不運なままだっただろう。
それにあの言葉――
――『じゃあ、私と一緒に……経験値稼ぎをしてください!』
あの言葉がなければ確実に今の僕は存在していなかっただろう。
だから僕は運が良いんだ。
「沙織先生がクラス担任になったことも大きかった。それが二番目の幸運だ」
沙織さんが担任だったから、僕の味方で居てくれたから、僕は孤独感を誤魔化せていた。
先生には個人的にもとてもお世話になった。
「月羽がピンチの時、小野口さんが助けてくれたこと。それが三番目の幸運」
「あ、あれは、あの時の青士さんはやりすぎだと思ったし、私も他人事じゃなかったから」
「はいはい。あの頃のアタシはやりすぎで愚かだったよ」
「そうだね。でも改心してくれた。また学校に来てくれて僕達の仲間になってくれたそれが四番目の幸運」
(悪)時代があったからこそ小野口さんとも知り合えた。
そのシナリオは僕にとっては追い風だったんだ。
「池君とのイケメンフリースロー対決でたまたま勝てたこと。それが五番目の幸運」
もし、あのフリースローで負けていたら、僕は『セカンドイケメン』称号は得られなかっただろう。
それに池君が今も仲間でいてくれるのはあの勝負で勝つことができたからだ。まぁ、ラケットすっぽ抜けは本当の本当に偶然だったけど。
「今回斉藤君が騒ぎを起こしたことも悪いことばかりじゃなかった。おかげで佐助君と七海さんと知り合えることができたしね。それすらも幸運だった」
「まー、俺は完全に巻き込まれただけだったけどな」
「もっと一郎先輩の力になれたら良かったのですが」
「十分力になってもらったよ。これからもよろしくね」
「もちろんだ」
「えへへ。こんな出来損ないな後輩ですけど可愛がってくださいね」
知り合って間もないのは事実だけど、もうこんなに気を許せる関係になった。
この兄妹とはこれからも長い付き合いになる気がするな。
「幸運に幸運が重なりまくった結果がこれなんだ。つまり僕が言いたいことは――」
僕は恵まれているということ。
今までの不運を軽く帳消しにできるほど今が幸せであること。
それらも伝えたかったけど、斉藤君には遇えて違う言葉をぶつけてみることにした。
「他人の運の良さに嫉妬するなんて、物凄くばかげているってことだよ」
「……!!」
「それってパチンコや競馬で勝った人を羨んで嫉妬するのと同じだよ? 超馬鹿らしいと思わない?」
「だったらお前の運を俺にくれよ! 俺はお前の運に嫉妬するぞ!」
「分け与えられるものなら分け与えるよ。でもそれってどうしようもないことでしょ?」
「まぁ……」
「だったら嫉妬するだけ無駄だと思わない?」
「……思う」
「でしょ?」
「思う。思う! あれ? 俺馬鹿みたいじゃね?」
「うん。気付いた?」
「俺! 馬鹿だ!」
「気付いて貰えてよかったよ。んじゃ、そういうことで。僕からの用事は終わりです」
「……待ったっ!」
早々にこの場から立ち去ろうと思った刹那、斉藤君の手が僕の腕を掴んだ。
「俺達……組まないか?」
「はっ?」
斉藤君が何を言っているのか分からず、呆けた声と共に首を横に傾げた。
「嫉妬するのは止めた。だけど俺はお前の運の良さが欲しい。だからもう一度俺と組んでくれないか? 俺と組んで……残り一年しかないけど、俺と喋って、遊んで、勉強して、俺と共に過ごして……お前の運を俺に分けてくれ!」
「なんて意味不明な理由!?」
斉藤君が……少し壊れた。
いや、もともとどこかおかしい人ではあったけど、論破した瞬間、さらにおかしなベクトルへと壊れて行ったみたいだ。
「ぼっち同盟……組もうぜ! 高橋!」
「あっ……」
高一の時、僕だけ除外されたぼっちの同盟。
でも高三になってようやく僕にも同盟の声が掛かった。
二年越しの誘いだった。
僕も心のどこかで彼からの誘いを待っていた気がする。
だから――
「まぁ、それもいいか」
そう。それもいいかと思う。
このクラスで過ごすのは残り約一年間。
経緯はどうであれ、この日、僕はようやくクラス内でのぼっちが解消されることになったのだ。
「えっと……つまり……どういうことなのでしょう?」
今まで成り行きを見守っていた一同も頭にクエスチョンマークを浮かべながら首と傾げている。
「つまり……さ。簡単にいうと――」
この事件は最初から事件なんかじゃなくて――
「新しく友達ができただけの話さ」
友達になる為のキッカケづくりに過ぎなかったんだ。
ただそれだけのこと。
パチパチ……パチパチ……
「「「「「「……!!!!????」」」」」
突然まばらに拍手の音が鳴り始める。
周りで様子を見守っていたクラスメート達が何故か僕らを囲うようにして両手で大きな音を鳴らしていた。
パチパチパチパチっ!!
なにその大団円的な拍手!?
なにこれ! 超恥ずかしい!
「いいぞっ! 青春!」
「やめて!」
クラスメートの山口くんが囃し立ててきた。
それに乗じて他のクラスメート達も祝福の声を上げる。
「友情の誕生だ!」
確かにそうだけど、黙って見守っていてほしかったっ!
「やべ! 俺感動したんだけど」
どこに涙を流す場面があった!? キミの涙腺どうなってんの!?
「斉藤×高橋くん……まぁ、ありね」
ねーよ!
「いえーい! 高橋くんいえーい!」
「騒ぎに乗っかって一緒に拍手しないの! 小野口さん! ……って七海さんも!」
「だってぇ……私も感動しちゃって……ぐすっ!」
キミも謎涙腺の持ち主かい!
「一郎」
「さ、佐助君。助けて」
「おまえってかなり恥ずかしい奴だったんだな」
「助けるどころか追い打ち!?」
どうして僕だけが恥ずかしい奴みたいになっているのだろう。
僕もある意味泣きたくなってきた。
「ここはアタシらも拍手しておくべきなんか?」
「うむ。セカンドイケメンの健闘をたたえる拍手をしようではないか!」
「しなくていいよ! ていうか絶対しないで欲しいんだけど!」
なんだこれ最悪の結果じゃないか。
囃し立てられるとは思ったけど、こんな風に称えられるとは思わなかった。
くそ~。だから場所を変えたかったんだ。
とりあえず僕だけでも退散――
「一郎君っ!」
ガバッ!
教室からこっそり去ろうと思った矢先、突然月羽が後ろから抱き着いてきた。
まさかの逃走阻止!?
「うぇぇぇん! 一郎君! 良かったです……ぐすっ! 同じクラスの友達が出来て良かったですぅぅ!」
感動してた!
いや、泣かれても困るんだけど。ついでに抱き着かれるのはもっと困るんだけど。
「ひゅーひゅー! 女を泣かせるなんてさすがマイソウルフレンド高橋だぜ。さすがの俺も恋人との仲には入り込めないな」
「今だけは入り込んできて! そして僕を助けて!」
初めてできたクラスメイトの友達は中々白状だった。
「いいなぁ」
「ラブラブだぁ」
「くそっ! 吾輩もいつかあんな恋人をっ!」
「ていうか高橋君って中々面白い人だったんだね」
「うんうん。なんか可愛い♪」
キミら、今まで僕に見向きもしなかったくせに、どうしてこんな時だけ興味持つの!?
今だけはいつものように無視しておいてほしかった。
「なぁ、高橋、俺とも友達にならないか?」
「両手をワキワキさせながら言われても返答に困るよ!?」
「高橋、俺と一緒にバレー部入らないか?」
「三年のこの時期に!?」
「高橋キュン。ファンクラブ作っていい?」
「どうしてこの流れでファンクラブ作ろうとなんか思ったのさ!?」
「高橋、パン買ってこいよ」
「どさくさに紛れてパシらせないで! 青士さん!」
おかしい。
昨日までぼっちの閉鎖空間に居たはずなのに、一転してこの謎の人気。
何がきっかけでこうなったのか、自分でも分からなかった。
「ふっ、これからが大変だなセカンドイケメン」
「ちっ、なまじ人気が出ちまうと昼休みにここへ来づらいじゃねーか」
「ていうか大人気だねー。つーきちゃん。しっかり捕まえておかないと真面目に高橋君取られちゃうぞ~」
「…………(ぎゅむっ!!)」
「痛い痛い痛いっ!? 小野口さん! この状況で変な事拭きこまないで! この子、マジにとらえちゃうから――って、痛い痛い! 本気で痛い! やばい!」
出たよ。たまに発揮する女の子離れした妙な怪力月羽さん。
もうこうなってしまうと気のすむまでやらせるしか僕に選択肢はなかった。
「……なんつーか。平和な事件だったな」
「ふふっ。でも一郎先輩にとっては重要な一日になったみたいだね」
呆れ顔で眺める佐助くんと、ニコニコ顔で僕らを見つめてくる七海さん。
彼らの言う通り、実に平和で、実に重要な一日がこうして過ぎていくのであった。
見てくれてありがとうございます!
やっぱりこの二人のメイン視点が一番しっくりきます。特に一郎君。キミの視点はこんなに書きやすかったか?と思うくらい執筆が捗りました。
そうそう。今回の話の中心人物である『斉藤君』ですが、新キャラではありませんよ?
ちゃんと第一話に出てきている既存キャラです。(本当は捨てキャラ予定だったのですが、無理矢理拾い上げたとも言いますw)
そしてスピンオフ+番外編は今回で終了です。
スピンオフ2本、番外編2本の計4作だったけど、まさか11話分も使うとは思いませんでした。つくづく自分は短編が書けないのだと思い知らされました。
今後のEXPですが、ラストにエピローグ的なモノを書きます。
たぶん3話前後使うかな? まだ書き始めたばかりなので何とも言えません。
それに今回も完結させてから更新するつもりですので、また間が空くかもしれません。
ついでに今から言っておきますが……このエピローグは本当に蛇足です。正直スピンオフ以上に蛇足です。ただ僕の自己満足の為だけに書きます。
そんなものでも良かったら、次の更新も楽しみにしておいてください。
獲得経験値:+10EXP
総経験値数:1000EXP