Bonus Point +4 ちっちゃい女の子が大好きなお姉さんだよ♪
小野口希編最終話です。
ここにきてまたもや新キャラ登場です。
【main view 小野口希】
新学期。
征服の上にコートを着込み、手を磨って寒さに耐えてながら登校する。
いやー、冬休み明けだというのに全くそんな気はしないぞ。ほぼ毎日図書準備室に通っていたから当然といえば当然か。
結局月ちゃん達とはほとんど遊べなかったけど、こんなに充実していた長期休みは初めてな気がするな。
おっ、噂をすればパートナー発見。
「長谷――」
「ちょっとぉ。背中丸めないでよみっともない」
「いいだろ別に。俺はこの体制こそが基本姿勢なんだよ」
あのだるそうな後ろ姿は間違いなく長谷川君だった。
しかし、私はつい挨拶しそびれてしまった。
「腰痛めちゃうよ。もぅ」
長谷川君の隣に見たことのない女の子が一緒だったからだ。
月ちゃんよりも小柄な体格。童顔でショートヘアな小さくて可愛い女の子。
あれ? なんだこれ? なんだそれ? なんで? なんなの?
――なんだろう……
――なんで……身体が痺れたようになって動けないのだろう。
「…………」
呼び止める体制のまま硬直した私は、楽しそうに会話をしながら去っていく二人の後姿をボーっと見つめながら見送ったのだった。
「ういーっす、小野口。ついに来週試験だな」
「…………」
「なんか無言で睨まれた!?」
放課後、長谷川君はいつものように集合時間ギリギリにやってきて、慣れた席に着こうとするが、私の睨みが効いたようで摺り足で後退していた。
「ど、どうしたんだ? 小野口。別に遅刻してないだろ」
「…………」
「ちょ、超怖ぇ……」
自分でも気づかなかったけど、今の私は相当怖い顔をしていたみたいだ。
つまり、それくらい希ちゃんの心は不安定という訳で。
「な、何怒っているんだよ?」
「……なんで怒っていると思う?」
「いや、検討もつかないから聞いているんだが……」
「…………」
検討もつかない?
ならどうして……
「キミの女性苦手症はもう治ってたの?」
「んなわけないだろう。たった二週間くらいじゃあまだ無理だ」
「彼女は居ないっていうのはどうなの?」
「どうなの? ってなんだよ。別にどうもなってないけど」
「ダウト!」
「何がっ!?」
長谷川君が嘘を吐いていたから私が怒っているのだ。
だけどこの男は私の怒りの理由がまだ分かっていないらしい。
「あーあ。いいよねぇ。可愛い彼女が居る人は」
「本当に何の話だよ!?」
まだ白を切るらしい。
ふーん。あくまでも嘘を吐き通すんだね。
「女の子が苦手とか言っておきながらあんなに可愛い彼女が居たなんて、希ちゃんビックリだよ」
「いや……だから……」
「そうだよねー、長谷川君優しいし、面白いし、話しやすいし、眼鏡男子だし、そりゃあモテるよね。あのショートヘアの可愛らしい女の子もメロメロになっちゃうよね」
「ショートヘア……? もしかして七海のことか?」
「ほほぉ。七海ちゃんっていうんだ。年下? 今度あのかわいらしい彼女を紹介してよ」
「ま、まぁ、年下だが……でも、アイツは――」
「さすがに彼女に対しては名前で呼ぶんだね。そうだよねー。私なんかじゃいつまで経っても『小野口』呼ばわりなわけだよね」
「な、なんか変に卑屈になってないか? ていうか名前で呼んでほしかったのか……?」
「そうだよ! って、それよりも私なんかとこうして会っていていいの? 放課後くらいは彼女とデートでもしてあげなさいよ」
「だーかーらー! 彼女じゃなくてアレはただの妹! いーもーうーとー!」
「…………」
「…………」
不意に沈黙が流れる。
細めていた目が自然と大きく見開いていく。
「い……」
「い?」
「妹なら妹とさっさとテレパシーで教えなさい!」
「無茶苦茶なキレ方された!?」
なんだ妹さんだったのか。なんてベタな勘違いをしてしまったんだ。
そっかー。妹か。妹さん。身内なら例の病気が発生しないのも納得だ。
つまり長谷川君は何も嘘を吐いてなんかいないと。
それどころか希ちゃんの理不尽な怒りを浴びせられた被害者というわけかー。
「ごめんなさい!」
どう考えても私一人が悪かった。
「い、いや、つーか、なぜ怒られたのか終始謎だったのだが……」
「なんでもないの! 私のただの勘違いだから気にしないで。勘違いオブジョイトイなの」
「さらに訳の分からなさが広がったが……とにかく俺は気にしなくていいのか?」
「気にしないでくれると嬉しい!」
「りょ、了解」
「うん……」
「…………」
「…………」
何とも言えぬ空気が二人の間に流れてしまった。
んー、今日はもう解散すべきかなぁ。とてもこれから勉強始められる雰囲気じゃないし。
「あっ、そうだ」
「……ん? どした?」
「名前……」
「名前?」
「名前……で呼んでほしいんだったよな。んと……希」
「~~!!」
確かに勢いで名前で呼ばれたい~みたいなこと口走ったけど、こんなにも唐突に呼ばれるとは思わなかった。
気恥ずかしさと嬉しさが同時に込み上げてくる。
「んと……よ、ようやく名前で呼んでくれたか! よしよし。その調子で精進してくれたまえ。佐助くん」
「ま、まぁ、頑張ってみるさ」
う~。世の男女友達はこんなにも気恥ずかしいイベントを越した後に名前呼びをしているのだろうか?
後味の良さと悪さが入り混じって、更に妙な空気になってしまったぞ。
「んじゃ希。今日の科目は?」
「あ、えーっと、んーと……じゃあ英語と家庭科で」
「お、おう。了解だ」
勉強会の中止を考えていた中、長谷――じゃなくて佐助くんの方から勉強の提案をしてきてくれた。
良かった。これで今日も一緒に勉強ができる。
「えへへ」
「なにを笑っているんだ?」
「んふふ~。秘密だよ」
「怒ったり笑ったり忙しい奴だな」
うるさいやい。その原因であるキミが言うな。
それにしても今回の怒りは……アレだよなぁ。『嫉妬』とか言う感情な気がしてならないんだよなぁ。
もしかして私って独占欲が強いのだろうか? 佐助君が私以外の女の子と仲良くしている光景を見ただけでここまで自分が暴走してしまうなんて思わなかった。
これはもう自分の気持ちに嘘を吐く必要ないよね。
きっと……
私は……
長谷川佐助君に恋しちゃっている。
ごめん。やっぱりちょろインだったみたい。私。
「お兄ちゃん。今日は早起きだったね」
「まぁな。俺はやればできる奴だから」
「知ってるよ。でも明日からやらないんでしょ。面倒くさがりだから」
「よく分かっているじゃないか妹よ」
翌日。長谷川兄妹が仲睦まじく登校する朝の風景がある。
なんとも微笑ましい光景だろう。一人っ子には目に毒な程だ。
「……ところでお兄ちゃん」
「どうした、七海?」
「……さっきからずっと私の頭を撫でているこの人は誰なのかな?」
「……気付いてしまったか妹よ」
困惑する七海ちゃんに対し、呆れ果てた表情でため息を吐く佐助くん。
「気付いちゃったかー。七海ちゃん」
「5分以上も撫でられて気付かない人が居たら病気です! 本当に誰なんですか!」
うーあー。可愛い。この生き物可愛い。月ちゃんとは違った良さがあるよ~!
「ただのちっちゃい女の子が大好きなお姉さんだよ♪」
「……どうしようお兄ちゃん、犯罪のかほりがするよ」
「大丈夫大丈夫。それほど害はない奴だから」
「佐助君! これ欲しいよ!」
ギュムッ!
「大丈夫な要素が一切見当たらないっ!? お兄ちゃん~! 助けてよ~!」
むむむっ、なんだか本気で嫌がられている空気。
でも抱擁はやめられないとまらない。
やめてはいけないという使命感が私を襲っているのだ。
「希。本当に止めてやれ。七海のやつマジに怯えているから」
「むぅ……仕方ないなぁ」
佐助君に説得され、抱擁は止めてあげた。
でも頭を撫でる作業は止められていないので続行する。
「のぞみ……さんって言うんですか? お兄ちゃんのお友達でしょうか?」
「うん! そして七海ちゃんの友達でもあるよ!」
「知らないうちに私友達が増えた!?」
「気軽に『お姉ちゃん』って呼んでね!」
「そして姉も増えた!?」
七海ちゃんの困惑が膨れ上がる。
驚きながら戸惑っている姿がまた可愛い。写真撮りたい。飾りたい。
「えっと……希――お姉ちゃん。お兄ちゃんに御用ですか?」
「七海ちゃんに用があったんだよ」
「私……ですか。なんでしょう?」
「昨日通学路で七海ちゃんを見かけた時から抱き着きたいと思ったんだ」
「……お兄ちゃ~ん」
涙目で佐助君に助けを求めるが、面倒くさがりなこの男は外方を向いて救援に気付かないふりをしていた。
それから学校へ着くまでの約10分間、七海ちゃんの初々しい反応を楽しみながら私達は3人そろって仲良く登校した。
放課後。私は佐助君と共に七海ちゃんを迎えに行き、図書準備室へ招待した。
ちなみに発案者は私。
ちょろイン発覚した直後だけあって二人きりの桃色空気に耐えられる自信がなかったという裏事情もちょっぴり存在する。
「図書……準備室ですよね?」
「そうだよー。あっ、七海ちゃん~、バナナケーキとパインケーキのどっちがいい?」
「……図書……準備室?」
「希~。俺いつものな」
「ほいよ。イチゴショート。プラスあんま~~い紅茶」
「ナイス!」
「…………図書……もういいです」
なぜかここに初めて来る人は同じリアクションを取る。
だからこそ佐藤光は問答無用で私の城を潰そうとしているのだろうけど。
「それでそろそろ教えてくださいよ。お兄ちゃんと希お姉ちゃんはここで何をやっているのですか?」
「くぅぅ~! 自然に『お姉ちゃん』って言ってくれるところが萌えるよ! あっ、七海ちゃん、私には敬語要らないからねー」
「は、はぁ。それで結局何をしているのですか――何をしているの?」
「普通に試験勉強だよ」
「試験勉強!?」
なぜか大げさに驚かれる。
図書準備室で試験勉強をすることのどこに驚く要素があるのだろう?
「それってお兄ちゃんも一緒に!?」
「う、うん。冬休み前からずっと一緒に勉強をやっているんだよ」
「う……嘘……」
震えながら信じられないと言った表情と共に佐助君を見る七海ちゃん。
「あの……あの面倒くさがりなお兄ちゃんが……試験勉強!!??」
そこかい。
佐助君の面倒くさがりは妹に戦慄させるほどだったみたいだ。
試験勉強をするだけでここまで驚かれるってよっぽどだぞ。
「さて、今日も兄者は試験勉強に勤しむかな」
自分の勤勉さを見せつけるようにワザとらしく勉強を始める佐助君。
その姿を見て七海ちゃんの震えは更に加速する。
「こ、こんなの……お兄ちゃんじゃないっ!」
真面目な姿を見せられてそれを否定される佐助君って。
家ではどれだけダラけているんだ。
「これはお兄ちゃんの偽物なの。ドッペルゲンガ―なの。ゴーストライターなの。じゃなきゃ……やだもぉぉぉぉぉぉぉんっ!」
ダダダダダダっ!
七海ちゃんが半泣きで叫びながら図書準備室から飛び出して行った。
「好かれているねぇ。佐助くん」
「……まぁ、嫌われてはいないとは思うけど」
「グウタラなお兄ちゃんが放っておけないんだよ。理想の妹だ」
「俺はあまりやる気を出すべきではないのかもしれないな」
お兄ちゃんは複雑な妹心を掴むのに必死なようである。
良い兄妹だなぁ。本当に羨ましい。
「お姉ちゃん」
「ズッキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!」
「わわっ! ど、どうしたの!?」
翌日の昼休み。いつものように図書準備室でお昼を食べようと思って移動していると、突然七海ちゃんに話しかけられた。
「妹萌え~!」
「本当にどうしたんですか!?」
七海ちゃんに自然な感じで『お姉ちゃん』と呼ばれたことで私の中で何かが目覚めていた。
「ごめんごめん。七海ちゃんが可愛いから悪いんだよ?」
「よ、よく意味がわからないのだけど……」
「いいのいいの。気にしないで。それでお姉ちゃんに何か用?」
「あっ、そうだった。ちょっとお兄ちゃんのことでお話ししたいことがありまして。あっ、でもこれからお昼だったかな?」
「んーん。平気だよ。じゃあこっちこっち。一緒に図書準備室でお昼食べよ」
「はい」
「あっ、でもこの時間だと私の友達も一緒だけどいいかな?」
「は、はい。私の知らない先輩ですか。何だか緊張します」
「んー、緊張しなくても大丈夫だと思うよ。私以上に先輩っぽくない人だから」
お昼はいつも図書準備室で月ちゃんと二人で食べている。
月ちゃんが相手なら七海ちゃんも恐縮しないで済むだろう。
そう思っていたのだけど――
「こ、こここここんにちはっ!」
「わわわっ。え、ええええっととと……こ、こここここんにちはっです!」
「は、ははは、初めましてっっ! はせぎゃわにゃなみと言いますっ!」
「にゃなみさん……ですか。わ、私は、その、ほ、ほほほ、星野ちゅきはです!」
「こ、この度は突然お邪魔しちゃって……その……」
「こ、こちらこそっ! 私なんかが居ちゃってごめんなさい!」
「そ、そんなっ! ちゅきは先輩は何も悪くないです」
……似た者同士か。キミらは。
史上最大に合わせてはいけない組み合わせだったのかもしれない。
「二人とも落ちついて。月ちゃんごめんね。この子は……えっと……」
長谷川佐助君の妹さんだよ、と言いかけて止める。
そういえば月ちゃんに佐助君の紹介や説明をしていなかった気がする。
仕方ないので私は互いの自己紹介をすると共にこれまでの経緯を説明した。
「そうだったのですか。C組の方と試験勉強を」
「そうなんですよ月羽先輩。あの面倒くさがりなお兄ちゃんが勉強なんて信じられなくて」
「でも学年三位の方なんですよね。面倒くさがりなのは表の顔で、裏では凄い努力家な方だったりするんじゃないですか?」
「ないない。それはないですよー。兄を買いかぶり過ぎです」
……なんか物凄いスピードで仲良くなったなぁ。
似た者同士だけあってどこか波長があったのかもしれない。
「ところで七海ちゃん。何か私に話があるって聞いたけど?」
「あっ、そうなんですか? なら私は席を外しますね」
「いいですいいです。月羽先輩も居てください。突然お邪魔しちゃったのは私ですし、聞かれて困ることでもありませんので」
「そうですか? ありがとうございます七海さん」
「わわっ、私に『さん』付けなんていりませんよ~! どうぞ呼び捨てにしてください」
残念ながらそれはしない子なのだよ七海ちゃん。私にも未だに名字呼びだし、恋人にも『くん』付けする人だから。
「それで、兄のことなのですが、お姉ちゃんはお兄ちゃんのことをどれくらい知っていますか?」
意味深な聞き方をする。
そういう言い方をされると、まるで佐助君に超能力的な特殊能力が隠されているみたいだ。
「えっと……優しくて、面白くて、頼りになって、気が利いて、面倒くさがりで、でも私の我儘に付き合ってくれて、超が付くほどお人好しで、あとあと――」
「も、もういいよお姉ちゃん。なんか濃厚なのろけ話を聞いている気分になった」
うーむ。まだまだ言い足りないのだけど止められてしまった。
「お兄ちゃんは本当に面倒くさがり屋です。たぶんお姉ちゃんの思っている以上に。世の中に『面倒くさがり屋選手権』があったら間違いなく優勝候補筆頭です」
その選手権はどうやって競うんだろう。
しかし、七海ちゃん、どうしても佐助君を面倒くさがり屋の権化にしたいみたいだ。
本当にグウタラ兄貴好きの妹さんなのかもしれない。
「でもそんなお兄ちゃんが今回の試験勉強だけは積極的なの」
「あっ、それは私の我儘に付きあわせちゃったせいで」
「ううん、だとしても不自然だよ。お兄ちゃんの面倒くさがり屋はそんなものじゃない。怠ける為なら平気で仮病すら利用する人だもん。私がお願い事してもいつもお兄ちゃんは全力で拒否するんだから」
「そ、そうなんだ」
恐るべき長谷川佐助の面倒くさがり。
こんなに可愛い妹のお願いも聞けないとはけしからん。
「……たぶんお姉ちゃんだから」
「え?」
「お姉ちゃんのお願いだから、お兄ちゃんは頑張っているんだと思うの」
「それって……どういう……?」
「どうもこうもそういうわけだよ♪」
「…………」
そういうわけ……って……もしかして……い、いやいや……で……でも……
「そのことをお姉ちゃんに知っておいて欲しくて今日はここに来たんだよ」
すごく意味深な言葉を言い残し、七海ちゃんは撥ねるようにソファから立つ。
そのまま戸の前まで歩き出し、七海ちゃんは出ていく前に顔だけをこちらに向けて可愛い笑みを浮かべた。
「そうそう。それともう一つ――」
いい笑顔を浮かべたまま、七海ちゃんは最後に衝撃的な事実を言い放つ。
それが学期末試験前日に起こった出来事だった。
試験当日。
冬休み前からの勉強の成果が試される日。
そして私の運命を決める日でもあった。
即ち佐藤光との勝負。
勝敗は後日に張り出されるランキングによって付けられる。
今回こそは意地でも佐藤光より上に名前を載せなければならない。
大丈夫。自信はある。
私は佐藤光と違って一人ではないのだから。
「小野口さん、頑張りましょうね!」
月ちゃんから励ましを受ける。
「うん!」
「仮に負けても心配すんな。そんときはアタシがアイツを締めてくるから」
青士さんからも励まし(?)を受ける。
「う、うーん……」
相変わらず暴力的な思考だけど、残念ながらまた洗脳されて帰ってくる未来しか想像できなかった。
ブルブルブルッ!
カバンの中でケータイが静かに震えた。
見ると、メールが三件も届いていた。
――――――――――
From 高橋一郎
2013/1/16 8:20
Sub いよいよ
――――――――――
今日が勝負の日だね
応援しかできないけど頑張れ!
-----END-----
―――――――――――
高橋君……
こういうほのかな気遣いが本当に嬉しい。
ありがとう。頑張るよ。
――――――――――
From 長谷川佐助
2013/1/16 8:31
Sub 無題
――――――――――
勝負とか気にせずにいつも
通りにな
いつも通りの希ならきっと
大丈夫だから
-----END-----
―――――――――――
佐助君……
一緒に試験勉強をした私の相棒。
昨日の七海ちゃんとの会話が脳裏に蘇り、少し赤面する。
私の為に死力を尽くしてくれてありがとう。
絶対に……勝とうね!
――――――――――
From 池=MEN=優琉
2013/1/16 8:35
Sub Re: ( -`д-´)
――――――――――
全ての生徒はシュガー様の為に
-----END-----
―――――――――――
忘れてたっ!!
時は戻って、前日の昼休み。
七海ちゃんは図書準備室を去る際に言った。
「お兄ちゃん、最近いつも帰りが遅いんです。お姉ちゃんが帰った後も一人で勉強を頑張ってたみたいで」
一人……で?
確かに佐助君は私が帰った後も図書室へ直行しているけど、それは読書の為であって――
いや、実際に読書している姿を確認したわけじゃない。
「私の親友も図書委員なんです。お兄ちゃんは誤魔化していたけど、その子が『七海のお兄ちゃんが閉館過ぎてもずっと勉強しているから困ってた』って言っていました」
閉館ギリギリ……まで……
確か図書室が閉まるのは19時だったはず。
つまり佐助君は私が帰った後、続け様に二時間も勉強していたってこと?
「ど、どうして……?」
今回私が勉強を頑張っているのは佐藤光との勝負の為。
言うならば佐助君は関係ないのに私に巻き込まれただけだった。
つまり佐助君が独自で勉強を頑張る必要なんてないはずなのに……
「お兄ちゃん、言っていました――」
「えっ?」
「『この勝負には穴がある。シュガーっちは致命的なミスをした』って」
「ど、どういう……?」
「私にもよく分からないけど、お姉ちゃんなら分かるんじゃないですか?」
「そ、そう言われても……」
勝負の穴?
一体佐助君は何に気付いたのだろうか?
「それでは私はお先に失礼します。お姉ちゃん、月羽先輩、お昼の途中にお邪魔してすみませんでした」
「う、ううん」
「七海さん。今度一緒にお昼食べましょう♪」
礼儀正しく一礼をする七海ちゃんを笑顔で送り出す私と月ちゃん。
七海ちゃんが去った後もポカーンとしてしまう私。
「可愛らしい人でしたね七海さん」
「うん。私の妹だからね」
「お、小野口さんの妹ではなかったような……?」
「それよりも月ちゃん、七海ちゃんの言っていたこと理解できた?」
「はい」
「……えっ?」
まさかの即答に驚き、一瞬硬直してしまう私。
「私ですらすぐに察することが出来ました。ですので七海さんが言っていたように小野口さんが気付かないわけないです」
「そ、そんなこと言われても……」
「……その長谷川さんという方は良い人なんですね」
「う、うん? そうだよ?」
「小野口さん。私、応援しています」
月ちゃんが勝手に話を進めまくっているおかげで全然付いていけない私。
応援……というと例の勝負のことだろうか?
「私が一郎君に告白できたのは沙織先生と小野口さんのおかげでした。だから今度は私が小野口さんに出来る限りのことをさせて頂きたいです」
「な、何を言っているの? 月ちゃん」
話がコロコロ変わる。
でも、実は言うと、月ちゃんが言いたいことは何となく察しがついていた。
要は私がそれを認める――というか信じられないだけであって。
「私で良かったらいつでも相談に乗りますからね。力になれるかは分かりませんが……770の経験値を全て注いででも力に成ります!」
「あ、ありがとう……?」
それだけ言い残し、月ちゃんもこの場から去って行った。
少し一人になって考えたいという私の気持ちを察してくれたのだろう。いい子だ。
「さて……」
いつのように紅茶を入れ、一息ついてから再度考える。
七海ちゃんが言ったこと。
月ちゃんが言ったこと。
そして、私と佐藤光の勝負の穴というやつを。
冷静になって考える。
「あっ、そっか……」
冷静になった途端、佐藤光との勝負の穴についてすぐに気付くことができた。
それは『学年三位』という彼だからこそ付け入ることができる落とし穴。
それを私の為にしてくれているんだと思った途端、顔の紅潮が止まらなくなって私は再び冷静さを失うのであった。
「ば、馬鹿な……っ!!」
試験から約二週間後。
学年掲示板の前で生徒達が群がり、その群衆の中に私達は居た。
その先頭に立つ佐藤光が順位の書いた張り紙の前で両膝を付いて絶望していた。
そう――
それこそが勝負の落とし穴。
まず結果を見て頂こう。
1位:長谷川佐助 888点
2位:佐藤光 868点
3位:小野口希 867点
4位:ジョン=妖精王=フレサンジュ 840点
5位:SUZUKI 837点
:
:
:
20位: 池=MEN=優琉 819点
結局私は今回も一点差で佐藤光には勝つことはできなかった。
死力を尽くしたつもりなのに負けた。
つまりそれが私と佐藤光との埋められない実力差なのだろう。
でも――
「さて……シュガーっち」
「は、長谷川……佐助っ!」
「おっ、やっと名前を憶えてくれたか。まぁ、それは良いとして。勝負の条件を憶えているよな?」
「条件……だと?」
勝負の条件。
佐藤光はこの時点でミスを犯した。
自分と私が一位二位を取る物だと決めつけていたことだ。
「『一位だった者が二位の者に黙って何でも一つだけ言うことを聞かせる』だったよな」
この条件が致命的なミスを生んだ。
佐藤光は『自分とお前、勝った方が負けた方に言うことを聞かせる』と条件付けるべきだった。
だけど今回の場合、一位は佐助くん。そして二位が佐藤光となってしまった。
すなわち――
「つまり、俺がシュガーっちに何でも言うことを聞かせる権利を手に入れたわけだ」
「くっ……!」
佐藤光も自分のミスを認識し、意外にもそのことに関して言い訳をしたりはしなかった。
「その前に……一つ聞かせろ、長谷川佐助」
「なんだ?」
「貴様……今までの試験では本気を出していなかったな?」
「んー、そうかもな」
佐助君の特徴はなんと言っても面倒くさがり屋にあること。
今までも面倒臭がってろくに試験勉強をして居なかったのだろう。
そう――『ろくに試験勉強をしていない』にも関わらず今までランキング三位に名前を連ねていたのだ。
だからこそ本気になった佐助くんがここまで差を付けて一位になれることは何ら不思議な事ではなかった。
「今まで俺様は試験においては敵無しだった。しかし、ここ最近はマイハニーの健闘のおかげで僅差の戦いを繰り広げることができた。俺達が頂点の争いをしていると思ったさ。だけど皮肉にもまだ上が居たということか」
「悪いな。別に舐めていたわけじゃないんだ。俺が面倒くさがっていただけでシュガーっちを馬鹿にしていたわけじゃない。怒ったか?」
「いいや。嬉しいさ」
不敵にも口元で笑う佐藤光。
その表情からはっきりと『喜び』が浮かんでいた。
「これでやっと俺も『追われる立場』から『追いかける立場』になれる。待っていたんだ。俺様は。この時を」
この言葉を聞いて私は悟った。
今まで佐藤光が必要以上に私に突っかかってきたのは、敵の居ない寂しさからだと。
同等な争い――いや、自分よりも遥かに学力を凌ぐ人と出会って、存分に力を奮いたい。そんな感情が読み取れた。
「まぁ、それはそれとして。いいかな? 例の権利、俺が発動させても」
「かまわん。男に二言はない。何でも言いつけるが良い」
「んじゃ。俺の願いは一つだけ。金輪際、希には近づくな。ただそれだけ」
「――えっ?」
佐助君がどんなお願いを佐藤光にするのか見物だったのだが、私の予想とは少し違っていた。
図々しいけど、てっきり図書準備室の現状維持をお願いしてくれるとばかり思っていた。
「希とは誰だ?」
「こらー! 私! 小野口希っ!」
「おお。マイハニー。そんな名前だったのか」
「ここにドデカく名前乗ってあるでしょうがっ!」
「和名には興味ないと言っただろう」
こ~い~つ~は~!
散々、マイハニーだの、婚約者だの言ってきた割に名前すら覚えていないとは何事だ。
本当にこいつは私の『学力』にしか興味なかったんだなぁ。
「んで。どうなんだ? 俺のお願いきちんと聞いてくれるのか?」
「もちろんだ。これからは俺様の方から小野口希に近づくことはせん。不本意にすれ違っても声を掛けたりはしない」
そう誓ってくれるのは正直ほっとするけど、だけどそれだと公的な会議で決定されている図書準備室の件を覆すことができない。
んー、でも諦めるしかないか。図書準備室の件と佐藤光とのお付き合い解消。選ぶならば私も後者が大事だし。
――なんて思っていたのだけど。
「それじゃあ必然的に図書準備室も現状維持という訳だな」
佐助君が不敵に笑う。
「なっ!? ど、どういうことだ!? それは会議で決定したのであってっ――!」
「たった今誓ったじゃないか。『小野口希には自分から近寄らない』って。つまり、放課後や昼休みに希が準備室に常駐していればお前はそこに近寄ることもできない。物置代わりに使いたくてもお前から部屋に入ることは許されない。そういうことだ」
「ぐっ……! な、ならば他の委員や業者が――っ!」
「他の委員に仕事を押し付けて自分は様子見か? そんな横暴に委員が従うもんか。業者だって委員長の付き添いなしに動くわけがない」
「だが、図書準備室の件は公的に――!」
「なら、また勝負しようじゃないか。別に俺は次の中間試験でまた勝負してもいいんだぞ?今度は俺とお前の一騎打ちだ。正直面倒だが、勝った方が図書準備室を好きにしても良いって条件でどうだ?」
「グッ……! りょ……了解だ! 次こそは貴様に勝つからな長谷川佐助! それまで図書準備室は貴様らに預けといてやる!」
小者みたいな捨て台詞を吐きながら、佐藤光は去っていく。
私に目線すらあわせなかった所を見ると、きちんと今回の敗北条件は守ってくれているみたいだった。
「ってなわけで希。次の中間試験でシュガーっちと勝負することになっちまったよ……その……また協力してくれるか?」
後ろ頭をボリボリ掻きながら遠慮がちにお願いをしてくる。
その姿をちょっぴり可愛いと思ってしまった私は、口元で小さく笑って頷いた。
「仕方ないなぁ。それじゃあまた明日からいつもの場所で勉強だよ♪」
嬉しい。
佐助君が私の為に頑張ってくれたことはもちろんだけど、また明日から佐助君と過ごせることが嬉しかった。
「ところで佐助君。もしかして私が佐藤光に負けるって確信してたのかな~?」
今回の件は佐藤光が私より順位が上だったから上手くいった。
だけどもし私と佐藤光の順位が逆だったら?
「うぐっ! そ、そんなわけないじゃないか。俺は最後までお前を信じていたぞ」
「嘘付けっ! じゃあもし私が二位だった時はどうするつもりだったのさ!」
「……ま、まぁ、そうなった時はその時考えたさ」
「ほらー! 佐助君は私を信じてなかったんだ! 佐藤光が絶対に二位になるって思ってたんだー。わ~ん!」
「急に泣きだしたっ!? ほ、ほら泣くなって。次は希もシュガーっちに勝てるから。うん。きっと。たぶん。おそらく。もしかしたら……」
「だんだん弱気になっていくなーーーー!」
げしぃ! と背中を強く平手で叩く。
同時に佐助君はいつもの発作が発動し、頭から勢いよく床を滑っていた。
「い、いきなり叩くやつがあるか! まだ女子への苦手意識は克服できていないって言うのに」
「じゃあ、また女の子に慣れるための特訓が必要だね」
「そ、それもやるのか……」
心底憂鬱そうな顔をする佐助君。
これはちょっと強引な特訓も必要になってくるかなぁ。
「ほら。立って。まずは握手くらい出来るようにならないと」
言いながら手を差し出す私。
佐助君は恐る恐る自分の手を差し出し、包むような感じで私の手を握り返した。
だけど私は彼の手に握られた瞬間、彼を自分の方に引きつけて、他の誰にも聞こえないように耳打ちをする。
「……最終的にはキスができるくらいまで特訓してあげる♪」
「キ――っ!!?」
「ほら。早速いくよ。今日も良い勉強アンド特訓日和だ!」
今日も、明日も、明後日も、私は佐助君と一緒に面白おかしく過ごしていくのだろう。
それが楽しみで……嬉しくて仕方ない。
まだ図書準備室の危機は免れて居ないけど、私達二人ならきっと何とかできるだろう。
今回は佐助君に助けてもらったけれど、今度は他力本願じゃなくて、自分の力で何とかしたい。
そうすれば今度こそ自分に自信を持つことができると思うから。
そして自信を持つことが出来たら、もっともっと積極的に佐助君へアタックしてみようと思う。
この朴念仁が心を開くには時間が掛かるような気もするけど……
まぁ、なにはともあれ――
私達の戦いはこれからだ!
見てくれてありがとうございます。
長谷川佐助編――じゃなく小野口希編は如何だったでしょうか? 長谷川君が主人公っぽいのは気にしないで頂けると嬉しいですw
結局この話の中で僕が書きたかったことって、誰かと小野口さんが青春している場面だったんですよね。正直佐藤光との勝負は蛇足でした。
そういう意味ではBonus pointの+3、+4の出来は個人的には満足です。
ただ一つの誤算はこんなに長くなるとは思わなかったことですw
スピンオフ4話分全て合わせると文字数46000ですよw ナンテコッタイ
さて、次回のスピンオフですが、一応は書き始めています。
ですが、時間を空けての更新になりそうな気がします。小野口編もそうでしたが、スピンオフは本当にゆっくりまったり書いていますのでw 忘れたころにきっと更新致します。
最後に……本編中にも後書きで書いたことがあるのですが……
信じられないことに、こいつら、付き合っているわけじゃないんですぜw