Bonus Point +3 クリスマスプレゼントだよ
スピンオフ小野口希編3話目です
今回ももちろん長いです。
ていうか過去最長記録を叩きだしました。
15000文字の世界へようこそ
【main view 小野口希】
冬休みになり、私と長谷川君は図書準備室で待ち合わせをしていた。
と言っても一日中じっくり勉強するわけではなく、待ち合わせ時間を決めて数時間だけ勉強をする予定だ。
まー、もし勉強が捗れば夕方まで居ることになるかもしれないなぁ。
――なんて思っていたのだけど。
「到着っと。一番手だな」
「圧倒的に二番手だよ! ていうか遅刻だよ!」
「いやいや、まだ13時15分だろ?」
「そうだよ! 待ち合わせ時間から15分過ぎているんだよ!」
この男、いきなり遅刻してきやがったのだ。
しかもまるで反省の様子なし。
必ず待ち合わせ時間前に来てくれる月ちゃんや高橋君を見習ってほしいものである。
「今日は冬休み初日だからな。こんなもんだろ。明日の俺はもっと遅れるはずだ」
「自信持って遅刻宣言するなー! 女の子との待ち合わせは普通男が先に来るものなんだよ」
「常識の枠に捕らわれないことも大事だと思うんだ」
「思わないよ! この場合!」
無駄に屁理屈ばかり上手いんだから。
もー、調子狂いっぱなしだよ。
「まーまー。怒っていても何も始まらないし、早速勉強を始めるとするかね」
怒らせているのはどこのどいつだ。
……まー、いいか。冬休み初日だから許してあげよう。
今度遅刻したら頭でも撫でて苦しい目にあってもらおう。
「じゃあ今日は英語と日本史をやるよ」
「和洋を織り交ぜてきたか。いいぞ」
お互い腰を下ろし、教科書やノートを広げる。
「……よくない」
「え?」
「だからどうして離れて座るの!?」
今日も長谷川君は椅子4つ分離れて座っている。
昨日よりは椅子一つ分近くなったけどまだまだ遠い。
「ちょっとくらい離れた方が参考書も広げやすいし、その方がいいかなーっと」
「嘘付け! もー! 長谷川君は自分の体質を改善する気あるの?」
「……いや、正直無いけど」
「てぇい!」
ビシッ!
「うひょぃ!?」
私が長谷川君のド頭を助走付き脳天チョップ炸裂させると、妙に可愛らしい声を張り上げながら驚いていた。
この程度の接触でも反応するのか。その繊細さがなんだか可愛く見えてきた。
よし、この勢いに任せて隣に座ってやれ!
「…………」
「んー? どうしたのかなー? 長谷川君、急に黙っちゃったぞー?」
「い、いやいやいやいやいや。いくらなんでもこれは……その……近すぎじゃないかと……」
「別に普通の距離だよ。体質を改善する気になったら自由に私の頭を撫でていいからね」
「……いや、体質改善出来たとしてもそれは不可能な気がする」
うーむ。しかしこの女性不慣れ病はどう治していくものか。
突然手を握ってやったりしてやろうとも思ったけど、さすがにそれは今の彼にとってはハードモードすぎるだろう。
ならば彼に気付かれないように触れてみるのはどうだろうか?
……うん。それがいい。試験勉強の合間にこーっそりと腕や肩に触れてみよう。
それで彼が大げさな反応したら私の負け。反応が無かったら私の勝ち。
これは面白くなってきたぞ。
うーむ。この人、案外筋肉あるなぁ。
背も高いし、髪の毛もフワフワだし、手もゴツゴツしていて男の人っぽい。
こうして触れてみると意外な発見があるもんだなー。
まー何よりも意外だったのが――
「…………」
この人、集中すると例の発作が全然起こらないということだ。
つまり、私がどれだけペタペタ触り続けていてもまるで反応が無いないのだ。
希ちゃん、現在進行形で男の子の筋肉を堪能しまくっているのだけど、ここまで無反応だと全然面白くなかった。
「てやっ!」
ビシッ
「……うおっ!?」
さすがに頭部への攻撃には反応してくれた。
同時に椅子から転げ落ちそうになっているけど、ギリギリの所で止まったようだ。
「な、なんだよ! 小野口!? 急に……」
「いや、さっきから貴方の右腕は私に好き放題触られていたわけだけど、無反応過ぎてつまんなかったからさ」
「つまんなかったから何!?」
「構ってほしかったわけよ」
「…………」
「…………」
不思議そうな顔で見つめられてしまった。
「……どうして勉強していない?」
「いや、やってるよ? 右手で勉強しながら左手で遊んでいただけだよ」
「左手でも勉強しろ! シュガーっちと勝負受けて居るのは小野口だろうが!」
「そういう長谷川君は集中力凄いんだね。面倒くさがりのヤレヤレ系のくせに勤勉とは……ギャップ萌えかーこらー」
「別に俺ヤレヤレ系じゃないし。やれやれ」
……んー。ツッコミ待ちなのか分かりづらい。
長谷川君の場合、故意のボケはほぼないからなー。天然ボケを振り下げてツッコむのは可哀想か。
「って、どうしてさりげなく椅子一つ分遠くへ移動するのさ!」
「……知らない間に自分の身体を触られまくるのを避ける為さ」
んー、中々心の距離が縮まらないなー。
私から近寄ってもこんな風に逃げ出すしなぁ。
これは早期体質完全が必要だ。
「長谷川佐助くん」
「な、なんだ?」
「ん。握手」
「…………」
「握手」
「…………」
「あーくーしゅー!」
「……いや、突然何?」
「ほれほれー。女の子が手を握らせてくれるって言っているんだぞー。もっと喜べ―。はい。お手」
「……いやいや、だからなぜ?」
「もー、察し悪いなー。長谷川君の体質改善に協力してあげているんだよ」
「……それはありがたいけど……唐突だなー」
「唐突でもないよ。長谷川君、集中すれば女の子が触っても大丈夫ってことはついさっき実証されたわけだし。ちょっと集中して希ちゃんの手を握ってみ?」
「ま、マジか……」
長谷川君は椅子一個分の距離をおそるおそる詰め、差し出した私の手を文化遺産でも眺めるような瞳がマジマジと見つめてくる。
「…………」
「…………」
長谷川君の手がソーッと私の手に近づく。
ゆっくりと……スロー再生よりもゆっくりと。
「…………」
「…………」
私達の手の距離は確実に近づいてくる。
十数センチ……数センチ……数ミリ……3ミリ……2ミリ……1ミリ……
「…………」
「…………」
1ミリ……1ミリ……1ミリ……
…………………………1ミリ。
「器用に1ミリで止めるなぁぁ!」
「うおっ! ビックリした!」
耐え切れず私が大声でツッコミを繰り出すと、その反動で一瞬ながら私と長谷川君の手が触れた。
私からアクションを起こさないとお手すらできないのか、この男は。
「よしっ、触れた。体質改善計画完了だ」
「勝手に終わらせるなぁ! 今のほぼノーカンだよ。ほら、今度は長谷川君から触れてみて」
「……小野口先生、厳しいっすね」
「出来るまでやるからね!」
「……それよりもお前は勉強をすべきでしょうが」
はぁ……とため息一つ。
結局この日はろくに勉強も捗らず、長谷川君の体質改善計画は私の小指にチョコンと触るくらいまでは進むことができた。
そして夕方。
ついつい長谷川君の体質改善の方に気を取られ過ぎていて、日本史の勉強が全然捗らなかった。
これは私のせいでもあるんだけど。冬休み初日だからといってちょっと遊び過ぎちゃったな。
「んー! 今日はここまでだねー。長谷川君、お疲れ様」
「…………」
おぉ。集中してる。本当に凄い集中力だなぁ。学年三位なのも納得の勤勉っぷりだ。
でも無視されると希ちゃんは不機嫌になっちゃうのだ。
ツンツン。
ほっぺを二突き。
ズシャアアアアァァァァァッ!
椅子に座ったまま開脚後転を見事に決める長谷川君。
「お疲れ様。そろそろ帰ろ♪」
「……お、おぅ。もうそんな時間か」
よろよろと椅子を直しながら床に落ちた参考書を拾っている。
そのまま立ち上がって一緒にカバンを持つと、大きく伸びをしながら言葉を掛けてくる。
「んー。俺はもう少し学校に残るわ」
「えっ? そう? 何か用事? 付き合おうか?」
「いんや、いい。図書室で読みかけの本を見ていくだけだし」
「……もしかして私と一緒に帰るのが嫌とか?」
「それもあるけど、普通に本の続きも気になるしな」
「『それもあるけど』って言ったっ! 長谷川君、私と一緒に帰りたくないんだ!」
「今日何度も酷い目に遇わされたからな。んじゃ、そういうわけだから小野口、また明日な」
「もーーーーー!!」
それだけ言い残すと長谷川君はさっさと出て行ってしまう。
もしかしてあの人は私のことが嫌いなのだろうか?
むー、だとしたら無理矢理にも仲良くならないとなぁ。
明日はどんな手段でからかってあげようかな。
「むふふふふっ」
思わず笑みが毀れてしまう。
憂鬱だった試験勉強だったけど、先のことを考えると何故だか楽しくなってきた。
また明日……か。
早く明日が来ないかなぁ。
「一番乗りっと」
「それじゃ私はゼロ番乗りだ♪」
翌日。昨日と同じ時間に待ち合わせをし、今日も長谷川君との勉強会が始まる。
「マジか。早いな。今日はちゃんと二分前に来たのに」
「ふっふっふー。この部屋の主として先にくるのは義務みたいなものだからね。っていうか二分前でもギリギリだよ!」
「遅刻しないだけありがたく思うんだな」
「なんで上から目線なのさ!」
今日も会話が弾む。
あー、この会話の愉快感。なんか既視感を憶えるなー。んー、なんだっけ? まっ、いいや。
「それで今日は何を勉強するんだ?」
「えーっと……まず昨日できなかった日本史と……現国辺りをやってみようか」
「今日は和一色なのな。オッケー」
力が抜けるような返事をした後、長谷川君は早々と席に着き、ノートを広げる。
「……今日は椅子三つ分かぁ」
一日椅子一個分ペースで私達の距離は縮まっている。
うーん。私的には隣同士の席で勉強するのが理想なんだけど、ここは待ってみて向こうから近づいてくるのを待つべきだな。うん。
「さて……」
「……ぉい?」
「ん? どした?」
「いや、今日も近いなと思って……」
「をぉ?」
気が付くと私は自然と長谷川君の隣に座っていた。
んー。希ちゃん、つくづく待てない子。
「ふっふっふー。隙を見せたらバンバン触れていくからね」
「……だから勉強に集中しろってお前は」
呆れたため息を吐かれてしまうけど、彼の心境とは裏腹に私は内心のワクワクが止まらない。
いやー、今日はどんなふうにからかってみせようか。
言うならばアレだ。新しい玩具を買ってもらったようなドキドキワクワク感。
どういじってやろうか……一日が楽しみだなぁ。
長谷川君が教科書とにらめっこをしながら後ろ頭をボリボリと掻く。
「なー、小野口。暗記系の上手い覚え方って何かない? 俺理系っぽくて文系はどうも……」
「そうだなぁ。理系得意な人は歴史情景を映像のように思い浮かべながら勉強すると記憶しやすいって聞いたことあるよ」
「そっか。サンキュー」
「…………」
「…………」
「…………」
「……真面目かっ!」
「真面目だけど!?」
「せっかくだしもっとハジけようよー、つまんないよー」
「どうしてお前は勉強会で面白さを求めるんだよ」
呆れたようにため息を吐く長谷川君。
面倒くさがりの設定はどこへやら。一度集中し出すと一転して大真面目っぷりを発揮する。
無言タイムは希ちゃんの望むところではないのだ。
「長谷川君。膝枕してあげるよ」
「唐突になんだよ!?」
「おぉ。そのツッコミ。それを私は待っていた」
「せめて勉強に関係ある話題でツッコませろよ!」
長谷川君のツッコミのキレの良さを堪能しながら、私はスカートのしわを直し、膝元をパンパンと払う。
「よし! どうぞ」
「いや、しないから!」
「遠慮することないのになー。控えめ男子め」
せっかく準備万端なのに実行に移せないとはヘタレめ。
この辺りにも女性不慣れの影響が出ているとみた。
「女慣れしている奴でもそれは躊躇するレベルだと思うぞ」
……そうなのか。
男の子の気持ちって理解するのは難しいなー。
女の子から膝枕してあげるって言われたら、私なら喜んで飛びつくのに。
「とにかくそろそろ休憩しよ。疲れたよー」
言いながらそのまま横になり、ゴロンと転がりこむ。
「お、おーい……」
「んー? 何さ。人が気持ち良く寝ようとしている所に」
「……いや、寝るのも休憩するのも別に構わないのだけど、自然と俺の膝を枕にするのはどうなんだ?」
「長谷川君が私の膝に来ないなら私から行くしかないじゃない」
「……理屈が意味不明だ」
文句を垂れながらも無為に私の頭をどけようとしない。
一応受け入れてくれているのかな?
「あれ? そういえば長谷川君。例の拒否反応が出なかったね」
「んー……まー……拒否反応も出ないくらい不意打ちだったからな」
「ほうほう」
それは良いことを聞いた。
つまりは不意打ちだと長谷川君は私を避けたりしないという訳か。
ふっふっふ。不意打ちは私の得意分野なんだよね。
「悪戯っ子の顔をするな」
私の考えが先読みされてしまった。
顔に出やすいのは私の短所だなぁ。
「あっ、長谷川君、そこのクッキー取って」
「はいはい」
「……あーん」
「……自分で食え」
ポンっと私の手にクッキーが手渡される。
サービス悪いなぁ。
んー、それにしてもなんかココ居心地いいな。
「このままお勉強する」
「……お前は何を言っているんだ?」
「長谷川君教科書取って」
「あ、ああ……」
戸惑いながらも返事と共に私の席に置かれていた教科書を取ってくれる。
そのまま長谷川君の膝辺りに教科書を立てて、日本史の勉強を始めてみた。
「……その体制、絶対勉強できないだろ」
「ちょっと黙って。今集中してるんだから」
「勉強出来てやがる!?」
やっぱり勉強は極限までリラックスした体制で行うに限る。
何十分も張りつめているとそれだけで持続力持たないからね。
「集中している所悪いがやっぱりどいてくれ。緊張と膝の痺れで俺が勉強できない」
「…………」
「……本当に集中しているのか、遇えて無視されているのか、わからん」
「…………」
それから解散するまでの約二時間。
私はこの体制のまま日本史と現国の勉強をやり遂げたのだった。
あれから何日か過ぎた。
私と長谷川君は毎日同じ場所で次の試験に向けてずっと勉強し続けている。
その辺の受験生より勉強している気がするなぁ。
まぁ、長谷川君のおかげで勉強が苦痛じゃないからいいのだけど。
「今日も残っていくの?」
「ああ。まだ読書の途中だからな」
いつまで経っても一緒に帰ってくれない。
「そんなこと言いながら、本当に私と帰るのが嫌なだけだったりして」
「…………」
「無言の肯定やめてよ! せめてなんか言ってよ!」
「……さて、と。本が俺を呼んでいる」
「まてー! 図書室に逃げるなー!」
とまぁ、勉強会が終わると彼はこんな風に早々と行ってしまうのだ。
長谷川君の女性苦手病はそこそこ克服できていると思うんだけどなぁ。
最近は変に距離を開けようとしなくなったし、私の悪戯にも耐性が出てきたように見えた。
だけどなぜだかまだ距離がある気がする。
「……まぁ、休日返上してまで私に付き合ってもらっているんだもんね」
普通に考えればこんな無茶苦茶な申し出、断るに決まっている。
だけど彼は嫌そうな顔などせず――まぁ、たまに私の悪戯には露骨に嫌な顔してくるけど、それでも毎日付き合ってもらっているのだ。
「恩返し……ちゃんとしないとなぁ」
でも何をしてあげればいいのか分からない。
唐突なプレゼントなんかしてもクリスマスが終わってしまった今となっては変な話だし、うーん……
「そうだ! こんなときこそ頼れる月ちゃんの出番ではないか!」
ケータイのメール画面を開き、本文を打ち込む。
……よしっ! こんなものか。
――――――――――
From 小野口希
2012/12/30 18:01
Sub ☆(ゝω・) 相☆談
――――――――――
突然ごめんね 相談があるの!
今お世話になっている人にお礼が
したいのだけど 何をしてあげたら
いいのかわからなくて……
だから彼氏持ちの月ちゃんの意見を
参考に聞かせてくれたらなって
思います
-----END-----
―――――――――――
送信っと。
……あっ、これじゃあ『お世話になっている人』っていうのが男の子だってことに感づかれちゃうかも。
んー、まっ、いいか。送信ちゃったものはしょうがない。
ピピピッ
おっ、早速月ちゃんからの返信来た。
やっぱり持つべきものは可愛い女の子の友達ですな。
――――――――――
From 星野月羽
2012/12/30 18:03
Sub Re: ☆(ゝω・) 相☆談
――――――――――
全ての生徒はシュガー様の為に
-----END-----
―――――――――――
「まだ洗脳が解けていなかったっ!?」
もしかしてせっかくのクリスマスや年末が佐藤君の洗脳のせいでデートすら出来ていないんじゃ……?
やばい。私のせいだ。いや大元は佐藤君のせいなんだけど、半分くらい私も悪い。早々に何とかしないと。
「おのれ佐藤光。愛し合う恋人同士を引き離すとは許すまじっ!」
でもとりあえず佐藤君が全面的に悪いってことにして、私も図書準備室から退室することにしたのだった。
「うりゃー! 月ちゃーん!」
ビシっ!
12月31日。大晦日。
さすがに年末年始は図書室も締まっており、いつもの勉強会も中止しざるを得なかった。
代わりに私は月ちゃんを呼び出して、出会い頭にチョップをお見舞いしてやった。
「あぅ……と、突然なんですか? 小野口さん」
「洗脳解けろ! 洗脳解けろっ! 洗脳解けろー!」
ビシビシビシビシビシッ!
「あぅあぅあぅあぅあぅ…………はっ!?」
「洗脳解けた?」
「あ、あれ? わ、私は今まで一体何を……」
「洗脳が解けたキャラ独特のベタなセリフきた! お帰り月ちゃん!」
「た、ただいま……です?」
洗脳から解けたばかりの月ちゃんは、夢から無理矢理覚まされたような半寝の表情を浮かべていた。
「よーし! じゃあ次行くよ!」
「行くって……どこへ?」
「もちろん洗脳されたみんなを今の方法で覚まさせるんだよ!」
眠そうな月ちゃんを引きずるように私達はまず青士家へ向かった。
次に高橋家へ向かう。高橋君の家は月ちゃんが知っていたので助かったけど、誰も池君の家は知らなかったみたいなので、申し訳ないけど彼だけは新学期に蘇生させてあげるしかないだろう。
こんな感じで私の年末は洗脳された皆を呼び覚ます作業で終えることとなった。
要は力押しだった。
……もう二度とないだろうなぁ。こんな意味不明な年末の過ごし方は。全部佐藤光のせいだ。
はぁ……と大きなため息が出る。
もしかして私ってとんでもない相手を敵に回しているのではないかと改めて思うようになった。
「メリークリスマス! 長谷川君!」
「……あけましておめでとう小野口」
季節感に若干のズレがある挨拶だけど、今日は1月2日だから時間軸的には長谷川君が正しい。
ちょっと時期遅れな挨拶をした理由はちゃんとあるんだからね。
「突然だけどクリスマスプレゼントだよ」
「……なぜなんだ?」
「私の気持ちだよ」
戸惑いまくっている長谷川君を置いておき、私の気持ちが詰まった箱を唐突に取り出した。
洗脳が解けた月ちゃんと話しあった結果、気持ちを伝えるにはやっぱりプレゼントが一番だと聞いた。
過去に月ちゃんも同じように高橋君からブローチを貰ったり、バングルをプレゼントしたことがあるらしい。
そこで私は普段は隠していた女子力を発揮してみて、手作りのケーキなんぞを作ってみたりした。
「気持ち?」
「うん。勉強に付き合ってくれてありがとう♪ っていう気持ち」
「……わかった。わさび入りなんだな」
「人を悪戯の申し子みたいに言うな! 今日は本当に感謝の気持ちを表してみたの!」
「そ、そうか。それは……ありがとう」
「うん♪ さっそく食べる?」
「そう……だな。頂こう」
まだなんか疑っているなぁコイツ。
狼少年か私は。確かに毎日のように悪戯しまくっていたけれども。
この機会にちょっとは信頼を取り戻しておかないとなぁ。
備え付けのシンクの下の棚からプラスチック包丁を取り出し、ケーキを切り分ける。
「本当になんでもあるんだな。この部屋は」
「図書準備室なんだから包丁くらいあるよ」
「……その理屈はおかしい」
本当は刃の付いた包丁を置きたかったのだけど、さすがにそれは自重しておいた。
代わりに雑貨屋さんで見かけた可愛らしいプラスチック包丁を置いている。
って、それってやっぱりここを自分勝手に利用しているってことだろうなぁ。もっと色々と自重すべきなのかもしれない。
「ほい。切り分け終わり」
「ああ……って、小野口は食べないのか?」
「長谷川君の為に作ったんだから私が食べるわけにはいかないよ」
「そ、そうか……」
あからさまに警戒心を強める長谷川君。
この男、本当に私がわさびでも挿入しているのだと思ってるな。失礼過ぎる奴め。
「頂きます」
それでもちゃんと食す所が彼の優しさというか勇気というか。
作ったものを食べてもらえるのはこちらも嬉しかった。
「おお! 普通に美味かったっ!」
褒めてくれるのは嬉しいけど、『美味かった』ってなんだ。
マズイと思い込んでいたものが案外普通だった感じの表現はどうなんだ。
「でもどうして突然プレゼント?」
「だから言ったじゃん。日々の感謝の気持ちだよ」
「いや、俺そんな大それたことしてないけど」
「してるじゃん! 年末年始の休みを返上してまで勉強に付き合ってくれてるし、前の会議の時だって私を庇って発言してくれていたの知っているんだから」
「んー、それ結局シュガーっちに相手にされなかったけどな。それに勉強は俺の為にもなってるんだし、急にそんな畏まらなくていいんだぞ?」
イケメンな回答だなぁ。面倒くさがり設定はどこに行った?
でも長谷川君は自称面倒くさがり屋だけどきちんと気遣いのできるいい人だ。
身長は高くはないけど、顔は良い方だと思う。
「長谷川君は彼女とか居ないの?」
「……愚問にもほどがあるだろう。なぜ今更俺の傷を抉る?」
「いやいや、嫌味で聞いたわけじゃないよ。長谷川君優しいんだし、『例の弱点』を含んでも付き合いたいっていう女の子居るんじゃないかなって思ってさ」
「残念ながらそんな奇特な女子は今まで現れたことないな。別に自分が優しいとか思っていないし、『例の弱点』のマイナス印象はお前の思っている以上に厄介だと思うぞ」
「そんなものかねー」
どうして私の周りには自分に自信がない輩が多いのだろう。
長谷川君も高橋君も月ちゃんも青士さんも沙織先生も、彼らはもっと自分の凄さを自覚すべきだと思う。池君のように。
って、それは私も同じことが言えるか。むしろ私が一番自分に自信が無い思考の持ち主かもしれない。
「ねえ。どうしたら自分に自信を持つことができると思う」
「……お前、コロコロ話題変えるな」
「ねえねえ。どうしたらいいと思うの?」
「顔を近づけるな。俺の病気が発動する……そうだなぁ、とりあえずこんなに美味いケーキを作れるんだからとりあえずそれを誇ってみたらいいんじゃないか?」
「ケーキ作りなんて誰でもできることだよー」
「いや、誰でもできることじゃないと思うのだが……少なくとも俺には絶対無理だし、女子高生の中でこんなの作れる奴、そうはいないと思うぞ」
「そ、そうかな? えへへ」
こう真正面から褒められるとやっぱり嬉しい。
少し顔が紅潮してしまった。
「そんなに頭が良くて、人付き合いも良くて、友達も多くて、美味いケーキも作れて……こんなに多彩なのにどうしてお前は自分に自信を持てないんだ?」
心底不思議そうに訪ねる長谷川君。
なんか似たようなこと、誰かにも言われたことあったなー。
「私……行動力が全然ないんだよ」
「ダウト」
「嘘じゃないやい!」
「じゃあジョークか?」
「ジョークでもユーモアでもないの! 私ね、前に友達が困っている時、力になってあげようと思ったことがあったの」
「へぇ」
月ちゃんがカンニング疑惑を掛けられた時。
喫茶魔王で怖いお客様が来た時。
深井玲於奈さんとの対決の時。
「でも結局私は何もできなかった。それも一回だけじゃない。いつもいつも私は――私だけが役立たずになってしまう」
月ちゃんのカンニング疑惑を解いたのは高橋君だった。
喫茶魔王で仲間の過去を笑った二人を怒ってくれたのは青士さんだった。
青士さんの退学を最後に救ってくれたのは池君だった。
最後まで挫けず自分の出来ることを精一杯やり遂げたのは月ちゃんだった。
でも私はいつも足踏みをするように、いざと言う時何も出来ていなかった。
それは私が皆よりも行動力が――いや、勇気がなかったからだ。
「そうか。凄いな小野口は」
「えっ?」
「仲間のピンチをいつも助けようと動いていたんだろ? 凄いことだそれは」
「でも何も出来ていな――」
「それはお前だけがそう思っているんじゃないか?」
「私……だけが……?」
「今度その『仲間』に聞いてみりゃいいじゃん。『自分は足手まといだったのか?』って。たぶん全員が否定してくれると思うぞ」
「そ、そんなこと……」
「んじゃ賭けてやるよ。一人でも否定する奴が居なかったら本当にワサビ入りケーキを完食してやるから。その代わり、俺が賭け勝ったら小野口は自分に自信を持つんだぞ」
「長谷川君……」
「とりあえずこの美味いケーキは普通に完食させてもらうけどな」
。
うぅ。やばい。なんか希ちゃん今すごく泣きそうだ。
でも涙を見せるのも悔しいし、退席して一人でめそめそ泣くのもみっともない。
くそぉ。急に優しい言葉を掛けるのは反則だろう~! 照れやら嬉しさやらでまともに顔を見れないじゃないか~!
「御馳走様っと。ん? どうした? 小野口」
ケーキを食べ終えた長谷川君が私のおかしな様子に気づき、心配して顔を覗きこんでくる。
どうしてこういう時だけ例の発作が出ないんだ! 今は顔を見られたくない。
「な、なんでもないの!」
バシバシバシッ!
「うごふっ!」
ズシャァァァァァァァァァァァァァァァッ!
この場は長谷川君の背中をバシバシ叩き、無理矢理例の発作を起こさせて照れ隠しをすることに成功した。
火照りが収まるまで顔を見られないようにしないと。
豪快にヘッドスライディングを決めて丸椅子に激突している長谷川君には悪いけど。
1月3日。
場所はいつもの図書準備室……ではなく、私だけ隣の図書室に居た。
現在隣の図書準備室では長谷川君だけが勉強をしていた。
昨日のことがあって会うのが気恥ずかしいから、というわけではない。本当だよ。本当本当。
今日は私が冬季開放図書室の当番日なのだ。当番なら仕方ないね。うん仕方ない。
「しっかし……」
明日から元通りの希ちゃんになれるだろうか。
もしかして私はあの面倒くさがり男を意識しまくっているのはないのか。
高橋君を想っていた時だってこんなに逃げ回るような展開なかったのに。
ちょっと慰めてもらって、褒められただけでコレとか。私ってちょろいのではないか?
異性慣れしていないのは私の方ではないかと思えてくる。
でも素直にちょろイン化すると思ったら大間違いなんだからな。
明日からいつも通り私が主導権を握るんだから!
とりあえず今日は平静を取り戻す為に仕事に集中するとしよう。
……と言っても別にこれと言ってやることないんだけどね。
正月明けというだけあって図書室を利用している人も少ない。正直私要らないんじゃないかと思えるくらい暇である。
暇すぎるし、文庫の廃棄処理でもゆっくりとやっておこうかな。
「…………」
やっぱりちょっとだけ顔を出してみようか。
扉一つ隔てた先に彼が居るんだし、暇なんだからコッソリ様子を覗うくらい別にいいよね。
「……レッツスニーキング」
ボソリとミッション開始の合図を呟き、なるべく足音を立てないように図書準備室の戸に手を掛ける。
そのまま音を立てずに戸を少しだけ空ける。
その隙間から中をこっそり覗き見た。
「……あれ?」
しかし、長谷川君の姿は見当たらなかった。
もしかして反対側の扉から帰っちゃったかな。むぅ、だとしたら許せん。私に挨拶もしないなんて。
ぷんすか怒っていると、部屋の片隅に人の気配がすることに気付く。
「……あっ」
居た。
ソファに寝転んで仰向けに寝ている長谷川君。
なぜ図書準備室にソファがあるのかは……今更聞かないで欲しい。
でも珍しいな。長谷川君が居眠りなんて。休憩中は机に突っ伏すことすらしない人なのに。
さては私が居ないと思って悪戯されないと油断しているな~。ふっふっふっ、甘いぞ長谷川君。
どんな悪戯をしてやろうかと思考を巡らせてみるが、中々良い案が思い浮かばない。
むしろ思い出すのは昨日の出来事で……
「~~~~っ!」
駄目だ。
やっぱり今日は調子が出ない。
ここはゆっくり寝かせておいてあげて、私は委員の仕事に戻ろうかな。
「……ん~……」
長谷川君が寝返りをうち、寝顔がこちらを向いた。
「可愛い……」
長谷川君は高橋君と同じように、どちらかと言えば可愛い系に属する。
ただでさえ可愛いのにこの寝顔だ。思わず感嘆を漏らしちゃうのは仕方ないだろう。
「まー、委員の仕事は別に今急いでやる必要ないし……?」
そう自分に言い訳し、長谷川君の側に寄る。
そのまま膝を曲げ、目線を彼の寝顔の位置まで下げた。
眼鏡を付けたまま寝ているので、そっと取ってあげる。
「おおぉぉぉ」
眼鏡付けてない顔初めてみた。長谷川君のレア顔だ。
「う~む。可愛い」
再度同じ言葉を呟く。
だって本当に可愛いんだもの。
つんつん
頬を二突き。
長谷川君は全く反応なし。
むふふ~。寝ている隙に希ちゃんが触れまくっている事実を後で教えたらどんな反応をするのかな。
「ん……」
おっ、なんか起きそうな兆し。
ちょっと残念。悪戯タイムはここで終わりか。
「……あれ?」
ゆっくりと起き上がり、しばらくぼーっと虚空を見つめている。
「おはよう♪ 長谷川君」
笑顔で目覚めの挨拶をしてみた。
「……お?」
「お?」
「ぅおおを!? お、おおお、おおおっ!? …………おはよう」
不思議な反応をされた。
「……寝てたか」
後ろ頭をボリボリと掻きながらソファから立ち上がる。
若干フラフラしながら勉強席に戻った。
あっ、さりげなく私から距離を取ったな。
「小野口、いつの間に来てたんだ?」
「長谷川君が眼鏡掛けながらグーグー寝ている所からだよ」
「まー、それは何となく想像付くが……って、あっ、眼鏡……」
「ふっふっふー、コイツを返して欲しいかね?」
「返してほしいのだが」
「むふふふふー」
悪戯っぽい笑みを浮かべる。
いい感じにいつもの希ちゃんのペースになってきた。
「それがないと俺、何も見えないぞ」
再度立ち上がり、ゆっくりと私の持つ眼鏡に向かって歩み出す。
うわー、フラフラした足取りだ。アレ、裸眼だと私よりも視力悪そうだなぁ。
「うわっ!」
ついに足を絡ませ、こっちに盛大に倒れ込む長谷川君。
ん? こっちに……?
「「わぁぁぁぁぁっ!」」
押し倒される形となったが、後ろにソファがあったおかげで痛い思いはせずに済んだ。
でも――
「「………………」」
長谷川君に上に乗られたまま見つめ合う私達。
顔が紅潮していくのが自分でも分かる。
長谷川君も私と同じくらい真っ赤になっていた。
「「………………」」
十数秒……いやもしかしたら数秒かもしれない。
でも私はかなり長い時間見つめ合っているように感じた。
「……す……」
す?
「すまん!!!!」
慌ててバッと飛び跳ねるように離れる長谷川君。
こんなに動揺している姿は初めてみたかもしれない。
「い、いやぁ、別にいいんだよ。うん。いいんだよ、本当」
言葉が上手くでなかった。
動揺しているのは私も同じのようだった。
くそ~。いつものペースでいけると思った途端これだよ。
これは私も本格的に参っているなぁ。
「そ、それじゃあ私は委員の仕事が残っているからこの辺で」
「あ、ああ。そうか。頑張ってな」
そそくさと逃げに回る情けない私。
明日こそは……明日こそは本当に希ちゃんペースにするんだからね!
「あっ、そういえば眼鏡……」
「ん? ああ。返してもらったぞ」
「い、いつの間に……」
動揺している割にはその辺は抜かりない。
むむぅ。もしかして動揺しているのは私だけだったりする?
そうだったらちょっと腹立たしいぞ。
「それじゃあ長谷川君。また明日」
「ああ。また明日」
だけど、『また明日』と言い合える関係であることに少しほっとする私だった。
「冬休みも後三日か」
「休み明けの一週間後にすぐ試験があるんだよね。この学校って相当ハードスケジュールだよね」
結局冬休みは年末年始を除いて毎日長谷川君と一緒にここで過ごしたことになる。
毎日長い時間一緒だったから何だか学校が始まってしまうのが名残惜しい。
「もちろん学校が始まっても放課後や昼休み、付き合ってくれるよね?」
「えっ……?」
「なんだ嫌なのかー! こらー!!」
「べ、別に嫌というわけじゃないぞ。うん」
半ば強引に始業後の約束も取りつける。
とりあえず後一週間は一緒に入れるってことだ。うん。良きかな良きかな。
って、私、長谷川君と居られることに安心してる?
この気持ちの高鳴りは……アレだよなぁ。アレしちゃってるのかな私。
まー、それは長い目で考えるとして、今は残り少ない冬休みライフを楽しまなくちゃな。
「邪魔をするぞ。『間もなくシュガーの姓を持つ女神』よ」
「うげっ!!」
突如、聞きたくない声と共に見たくもなかった巨体が現れる。
ここしばらく姿を見て居ないから危うくこの男の存在を忘れるところだった。
「シュガーっちじゃん。あけましておめでとう」
「ふん。ランキング外の男には新年の挨拶をするギリはない」
普通に失礼なだけだぞそれ。まぁ、長谷川君は全く気にしていない様子だけど。
それと長谷川君はランキング三位――いや、もうツッコむのも意味がない気がしてきた。
「それよりマイハニーよ。相変わらず準備室を私物化しているな」
「な、何さ! 勝負が決まるまでは好きにしていいってそっちが言ったんでしょうが!」
「ああ。それについては別にどうでもいい。それよりも勝負が掛かっているというのに男連れとはな。俺はそっちが気になって仕方がない」
「それも私達の勝手だもん。佐藤君にとやかく言われる筋合いはないよ。それよりも何しにきたー? 帰れー」
「いきなり追い返すのは酷いだろう。俺様とキミの仲だというのに」
どんな仲だ。友達未満他人以下のくせに。
本当に早く帰って欲しいなぁ。
「俺は委員の仕事で来ているだけだ。ついでにマイハニーの様子を見ておきたいと思ってな」
「あーそー。見ての通り希ちゃんは元気だよ。はいさよならー」
「つれないな。しかしそれも今度の期末試験までだ。俺様の勝利は揺るぎ無いものになるとたった今確信したからな」
「むー。どういう意味さ」
ただの自信ならともかく『確信』と来たもんだ。
舐められているなぁ。前回は一点差だったくせに。
「俺様は毎日欠かさず試験勉強を行なっている」
「わ、私達だってやっているもん!」
年末年始以外は。
「ふん。同じ勉強でも濃度が違うだろう? 俺様の試験勉強とキミ達のお遊び交じりの勉強を一緒にしてもらっては困るな」
「お、お遊び~!?」
さすがにそれは聞き捨てならない。
私達の冬休みを馬鹿にされたように言い捨てるこの男に初めて怒りが沸いた。
「『勉強は皆でやると捗る』。大衆はそんなことを抜かすが実際どうだ? 2~3人集まるだけでまともに試験勉強などできなくなるのがオチではないか。正にキミ達がそうではないのか?」
「うぐっ! そんなことないもん!」
「『うぐっ!』と言葉を詰まらせた時点で現状が見えたな」
「そんなことない! 試験勉強だって順調だもん。絶対佐藤君に勝つんだから」
「ふん……そこのお前。長谷部だったか?」
「長谷川、な」
「うむ。長瀬。貴様もうここに来なくていいぞ」
「「えっ?」」
突然の佐藤君の命令に私と長谷川君の目が点になった。
「貴様は自分がマイハニーの邪魔になっていることを気付いているか?」
「…………」
「ちょっと! 佐藤君!?」
「俺様はマイハニーと血肉争うギリギリの勝負をしたいのだ。その為には貴様の存在をここから消す必要がある」
「…………」
「やめなさい! 佐藤君! 長谷川君は全然邪魔なんかじゃないよ!」
まさか長谷川君に飛び火が移るとは思わず、私は必死に佐藤光を止めにかかる。
だけど佐藤君の暴言は止まらなかった。
「そもそもお前、前回の期末試験の合計は何点だった?」
「840点」
「……ふっ! 俺様とマイハニーよりも20点以上離れているではないか。試験でいう20点差はフルマラソンと校内マラソンくらい距離差があるのだよ。そんな者と共に勉強したとしても成果は見込めるはずはない。はっきり言おう。キミはマイハニーの足を引っ張っているのだよ」
「そんなことないって言っているでしょう! 佐藤君いい加減にして!」
このままでは長谷川君が遠慮してここから出て言ってしまうかもしれない。
それだけは駄目。
絶対駄目。
駄目というより……嫌!
長谷川君が私の傍から居なくなるのだけは嫌だった。
「それはそれとして、シュガーっち。ここ教えてもらえるか?」
「ん? ああ。数学か。ここはこの公式を使ってだな……って、俺様の話を聞いていたか!?」
「いやー、俺暗記苦手だから」
「つい数秒前に言ったことすら暗記できんのか!」
「シュガーっちがフルマラソンに参加するって話だろ? それくらいはちゃんと覚えてるって」
「全く覚えていないではないか! ていうか貴様! 俺様の話を聞き流していたな!? フルマラソンの下りだけなんとなく覚えていたのだろう!」
「さすが学年一位だな。俺の思考を完璧に読み取ってやがる」
「俺様をおちょくっているのか!」
うわぁ。長谷川君のマイペースっぷりが凄い。
あの佐藤君すら押しているぞ。
「シュガーっち。無駄話多いなー。勉強の邪魔になるから出てってくんない?」
「おまっ! お……おおお……お前っ!」
「じゃあな。シュガーっち。また新学期に」
「こ、こら、押すな長谷乃! くっ、マイハニーよ! 勝負の時を楽しみにしているぞ!」
長谷川君に背中を押されながら何とか捨て台詞だけを残して図書室へ捨てられる佐藤君。
結構強引な所もあるんだなぁ、長谷川君。私と居る時もその強引さを少しは見せてもらいたいものだ。
「ありがとう長谷川君。アレを追い返してくれて」
「んー、まー、困っていたみたいだしな」
頬をポリポリ掻きながら照れ混じりで言葉を変えす長谷川君。
「結構頼りになるじゃない。このこの~」
「やめぃ。鼻を突くな。病気が再発するから」
んー。相変わらず初心な反応だなぁ。
ちょっと触るだけで顔を真っ赤にする辺りが可愛くて仕方ない。
「……なー、小野口。俺、本当に邪魔になっているようだったら……むぎゅっ!」
でもこういうところは可愛くない。
だから鼻を思いっきり摘まんでやった。
「本当に記憶力悪いなー。この勉強会は私から長谷川君に頼んだんでしょ」
「しょ……そうでひた……」
「だから堂々とここに居るの! 明日も明後日も新学期も! いいね! 絶対来るんだよ!」
「ひゃ……ひゃい……」
見てろよー、佐藤光。
絶対に二人の力で勝って見せるんだから!
見てくれてありがとうございます。
今回は日常編と言った感じですかね。最後に我らがシュガー様を登場させて少しだけ緊張感を持たせました。
次回で小野口さん編は完結です。是非見てください。