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Experience Point  作者: にぃ
117/134

最終話 やりましょう! 経験値稼ぎっ!

本編最終話です。

最後だけあって長めです。

「先に帰っていてください。私は用事があるので電車で帰ります」


「そうかね。あまり遅くまで寄り道するんじゃないぞ」


 南校の先生方と別れ、玲於奈さんはクルリと反転し、こちらに引き返してきた。

 僕の眼前でピタっと止まり、目を細めて鬱陶しそうに言葉を掛けてくる。


「さぁ、来てあげたわよ」


 南校のアイドル。深井玲於奈さん。

 この間バイト先で合った時は切羽詰っていて分からなかったけど、改めて観察すると同い年とは思えないほど美人だった。

 こんな美人が僕なんかと話をしていること自体が不思議な感じだった。


「ちょっと玲於奈さんと話をしたくてさ。できれば人が居ない所で話したいんだけど……うーん」


「いいから早くしなさい」


 相変わらずせっかちだなぁ。この辺は中学の頃から全然変わっていない。


「んじゃ、着いてきて」


 せっかく校門まで来たのだけど、僕達は学校側へ戻っていき、只管上を目指した。

 『人が居ない所』といえばあそこが一番に思い浮かぶ。

 まー、月羽以外の人とあそこで過ごすのは気が乗らなかったが、他に思い浮かばなかったのだから仕方ないだろう。


「着いたよ」


 学校の最上階まで上がり、扉を押し開いた。

 見慣れた景色、だけど妙に懐かしさを憶える。


「屋上じゃない」


「うん。人居ないでしょ?」


「適当な空き教室で良かったじゃないの。面倒くさい人ね」


 言われてみればそうだった。

 僕がさっきまで居た旧多目的室でも良かったことに今気づく。


「それで話って何よ?」


「んー、過去のこととこれからのことについて?」


「……どうして貴方が疑問形なのよ」


「ちょっと格好つけた言葉を使ったけど、ただ確認したいことがあっただけだよ」


「そう。何かしら?」


 玲於奈さんはいつも僕と月羽が経験値稼ぎをしているベンチに腰を掛け、脚を組み直してこちらをジッと見つめてくる。

 これがモデル座りと言うやつか。


「結論から言うけどさ。玲於奈さん、僕のこと怖がっているでしょ?」


「……っ!!」


 結論から言って正解だった。

 この表情変化は彼女にとって致命的だ。

 僕の質問に対して肯定しているようなものだ。


「雑誌モデルしているんだよね。友達から聞いたよ。いつからやっていたの?」


 話題転換したように見えるかもしれないが、話に関連性はちゃんとある。

 たぶん、それこそが玲於奈さんが僕を怖がるキッカケだろうから。


「……二年位前からよ」


 『期待の新星』みたいに騒がれているらしいけど、デビューまで地道な芸能活動の道のりがあったみたいだ。

 それにしても二年前か。

 僕と玲於奈さんが付き合っていた時期とピッタリ重なる。

 ……やっぱりか。


「怖がっていたから僕を絶望させようとしていたんだね」


「…………」


「怖がっている玲於奈さんには悪いけど僕を買いかぶり過ぎだよ」


「……念には念を押す必要があったのよ」


 一言一言が短い玲於奈さんが静かに語り出す。

 その瞳はどこか吹っ切れたような、そんな切なげな表情で遠くを見ていた。







    【main view 星野月羽】



「(深井さんが一郎君を怖がっている? 一体どういうことなのでしょうか?)」


「(……ねー、月ちゃん。なんか私達凄くいけないことをしている気がしない?)」


「(……? 別に悪いことしていないじゃないですか。遠くから一郎君と深井さんの会話を盗み聞きしているだけですよ?)」


「(そんな心底不思議そうな顔をされるとは思わなかったよ)」


 一郎君を追ってみると着いた先はいつもの屋上でした。

 今深井さんが座っているベンチに私が居ないが何だか無性にザワザワします。

 心の底から黒い渦のようなものが沸々と……沸々と……むむむぅぅぅぅぅぅぅぅっ!


「(星野クン顔が怖いぞ)」


「(うひゃぅ!? い、池さん!? いつの間に!?)」


「(つーか、高橋の奴、ふつーに深井と話してやがんな。アタシですらちょっと委縮する相手なのに)」


「(青士さんまで!?)」


 気付かないうちに池さんと青士さんが背後に居ました。

 二人が突然現れるのはいつものパターンですが、この不意打ちはいつまで経っても慣れないです。


「(暇だからきた)」


「(たった今停学を言い渡されたばかりですよね!?)」


「(傷が治ったからきたぞ)」


「(包帯グルグル巻きで言うセリフじゃないません!)」


 結局全員集合してしまいました。

 四人でソーッとドアの隙間から二人の様子を覗き見る。


「中学の時、親が勝手に事務所に応募してね。どうしても子供をアイドルにしたかったみたいなのよね」


「事務所なんかに通わなくても玲於奈さんは皆のアイドルだったじゃん」


「……私自身もその頃は学園のアイドルで十分だったけど。だからせめてもの反抗でアイドルから雑誌モデルに転換してみたのだけど、それが案外面白かったのよ」


 深井さんの過去話に入っているようです。

 聞く限り、煌びやかな過去を語っているみたいに思えますが、深井さんの顔に一切の笑みはなかった。


「地道な営業、宣伝、売り込み、色々なことをやったわ」


「すごいね」


「ええ。ウチのマネージャーは優秀でね」


「……玲於奈さんがやったわけじゃないんだ」


「当たり前でしょう。十代の女の子が営業なんかできるわけないじゃない。常識で考えなさい」


「……どうして僕は怒られたのだろうか」


 何だか……一郎君と深井さん……楽しそう。

 楽しそう……楽しそう……楽しそう……


「(月ちゃん! 病まないでっ!)」


「(まっ、気にすんな。なんだかんだで男ってやつは美人に弱いっつーことで)」


「(うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!)」


「(青士さんっ! トドメ刺さないのっ!)」


 うぅぅ、一郎君が元カノさんと話をしています。

 どうして現彼女の私がコソコソしなければならないのでしょうか。

 うううぅぅぅ。


「私ね。今はこの仕事が楽しくて仕方がないの。高校卒業後は芸能一本で食べていくつもりよ」


「もう夢があるんだ」


「仕事に全てを賭けるつもりで居るわ。だから恋人も捨てた。業界の勉強もした」


「……恋人って中黒クン?」


「ええ。彼にも凄く悪いことをしてしまったわ」


 中黒さん。一度だけ喫茶魔王に来てくれた人。

 あの人が深井さんの恋人だったなんて。


「だからこそ貴方が怖かった。私の過去の行いを知っている貴方がどうしても邪魔だったのよ」


 仕事が楽しいから一郎君が邪魔だった?

 一体どういうことなのでしょう?

 先ほどから深井さんの話は要点が掴めない。一郎君は何かを悟っているみたいですが。


「売れてきた今だからこそ過去の失態を世間にバラされるのが嫌だったんでしょ?」


「……貴方結論をズバリと言うの好きね。その通り過ぎてリアクションが止まったわ」


「過程から述べると話が長くなるでしょ? 苦手なんだ、人と長く話すの」


「そういえばそんな感じだったわね貴方。中学の時と変わっていない所もあるのね」


「いやいや、これでも成長したんだよ。最初は5分話すだけでも苦戦したけど、今は彼女のおかげでそこそこ長く語れるようになったんだから」


 懐かしい。

 出会ったばかりの頃の一郎君。

 一番最初の経験値稼ぎのおかげで少しだけ異性との会話に慣れたあの頃を思い出しました。


「……第五の条件を言ってみなさい」


「懐かしいなぁ、それ。えっと……『僕が玲於奈さんをフッたことにする』だっけ?」


「それは第四の条件よ」


 大きなため息を吐く深井さん。

 『条件』ってなんのことでしょうか? また一郎君と深井さんだけが通じ合っていますし……


「(んだよ。『僕がフッたことにする』って。高橋が深井をフッたんじゃなかったのかよ)」


「(それすら中学時代の偽りの一つだったいうわけだな)」


「(酷いよ。それじゃあ高橋君が可哀想過ぎるよ)」


 確かにその通りです。

 一郎君が中学時代に迫害されたキッカケは『一郎君が深井さんをフッた』という話があったせいなのに、その根源すら偽りだっただなんて。


「そういえば懐かしいね。10日間だけ付き合っていたんだっけ。僕達」


「貴方、長話は苦手っていう割には話を脱線させるクセがあるわね」


「いや、どうしてもあの頃の僕の気持ちを伝えておきたくてさ」


 その言葉に私の胸は一瞬ざわついた。

 もしかして一郎君はまだ深井さんのことを……


「中黒君との仲直りの為にピエロを演じさせた恨みを聞かせたいってわけね。いいじゃない。聞いてあげるわ」


「……いやまぁ、確かに心のどこかでは玲於奈さんを恨んでいたとは思う。だけど――それ以上に――」


「それ以上に?」


「――嬉しかったんだ。クラスの中で浮きまくっていた僕なんかに話しかけてくれて」


「はぁ?」


「例えピエロだったとしても、それでも僕なんかを相手にしてくれて嬉しかった。それだけは本心だよ」


「…………」


 それは感謝の言葉。

 桃色っぽい感情じゃなくて、純粋な感謝。

 ……そうであると今は自分に言い聞かせることにした。


「そうそう思い出した。第五の条件ってあれでしょ? 『貴方はこれからも生きる価値ないまま変わらないこと』」


「正解よ。貴方は成長しちゃいけなかったのよ。私のキャリアを守る為に。周りの私の失態を言いふらすような度胸を身に着けてはいけなかったの」


「んー、そんなこと言われてもなぁ。そもそもその条件だけは最初から絶対に守らないつもりだったし」


「あらそう。貴方中学の時から結構良い性格してたのね」


 な、なんなのでしょう、その二つの条件は!

 生きる価値ないままってそんなのいくらなんでも酷過ぎです!


「貴方が絶望し続ければ私の勝ち。絶望しなければ負け。私は最初の方から詰んでいたというわけね」


「だから買いかぶりすぎだって」


「それで? 結局貴方の望みはなんなの? 私の破滅? 世間に私の醜態を晒しまくって、私に仕返しするつもりなんでしょう?」


「玲於奈さんの中で僕はとんでもない畜生になっているんだね」


「別に晒してもいいのよ? 貴方にはその権利があるわ。私が今まで貴方にやった分の仕打ちを今度は私が受ける番だもの」


 『諦め』。深井さんの表情にはその感情がただ一色に浮かんでいた。

 ここで私は一つの事実に気付く。

 深井さんはそれほど一郎君のことを知らないのだということに気付いた。

 だって、一郎君を少しでも知っている人は次に一郎君がどんな言葉を掛けるかすぐに分かるから。


「いやいや、世間に晒すとか、そんな行動力溢れること僕にできっこないよ」


 自虐しながら、サラリと優しい言葉を掛ける。

 そうです。これこそが一郎君。私が彼を好きになった部分でもあるのです。


「……仕返ししないというの? 私は貴方の青春時代をめちゃくちゃにした張本人なのよ?」


「別にそのことはどうでもいいんだ。それに僕の青春時代は中学よりも今だと思ってるから」


「じゃあどうして私をここに呼んだのよ? 仕返し以外に何か用事があるっていうの?」


 会議中はあんなに余裕に溢れた表情をしていたのに、今や彼女の顔には余裕なんて文字は一切浮かんでいない。

 未知の存在を見るような顔で一郎君を真っ直ぐに見つめていた。


「別に仕返ししたいなんて一切思っていない。だけど一つだけ許せないことがある」


「ホラ、恨んでいるじゃないの。当然よね」


「うん。恨んでる。僕を絶望させる手段として青士さんを退学に追い込もうとしたこと。それだけは絶対に許せない」


 強い口調で自分の気持ちをキッパリと伝える一郎君。


「(高橋……)」


 突然自分の名前を呼ばれて驚いたのか、青士さんが隣で目を見開いていた。


「……そう……ね……やり過ぎたとは思っているわ」


「そっか。玲於奈さんがキチンと反省しているならそれもいいんだ」


「(いや、よくねーよ!)」


 鋭いツッコミが青士さんの口から放たれる。


「私を……許すというの?」


「んー、許す……代わりに、今度は僕から一つ条件を出そうと思うんだ」


「……なるほど。それが貴方なりの私に対する仕返しってわけね。良いわ。なんでもいいなさい。どんな条件でも甘んじて受けようじゃないの」


 覚悟は出来ている。

 そんな雰囲気が深井さんから感じられた。


「僕が出す条件。それは――」


「「「…………」」」


 この場にいる全員が緊張に包まれる。

 一郎君がどんな条件を出すのか、私にも検討がつかなかった。

 そして一郎君の口からこんな言葉が吐き出される。


「もう二度と僕達には関わろうとしないでください」


「……了解よ」


 それは完璧なる絶縁宣言。

 深井さんはそれにアッサリ了承してくれた。

 これで、深井さんに振り回されることは二度となくなった。


「…………」


「…………」


 一郎君と深井さんは見つめ合ったまま動かない。

 互いに次の言葉を待っている感じでした。


「……早く第二の条件を言いなさいよ」


「ぅえ!? い、いや、僕から出す条件はその一つだけだけど」


「はぁ!? それだけだっていうの!?」


「う、うん。それだけなんだけど……」


「私は貴方に五つも醜い条件を出したのよ!? 最低でも後四つは条件出しなさい!」


「だからどうして僕は怒られながら命令されてるの!?」


「だって……それじゃあまりにも不平等じゃないの。貴方達だけ苦しい思いをして、私だけはヌルい処分を受けろっていうの?」


「その通り。僕的にはそれだけで十分なんだ。もう僕に――僕達に関わらないでくれ。それだけ叶えばもうどうでもいいんだ」


「……私、貴方のこと誤解していたみたいね」


「ちなみにどんな風に?」


「頭悪いって思っていたのが、超頭悪い人って言う風に認識を変えたわ」


「嫌な方に増長してる!?」


 深井さんはスタっと撥ねるようにベンチから立ち上がり、屋上の出口の方に顔を向けた。

 そのまま真っ直ぐ歩みを勧めながら、一郎君との会話を惜しむように言葉を掛けていた。


「じゃあせめてその条件だけは何が何でも守らせてもらうわ。この屋上から出た瞬間、私と貴方は他人同士。街でばったり出会っても声を掛ける理由もない。それでいいわね?」


「うん。ありがとう玲於奈さん」


「……お礼を言われるようなことは何一つやっていないのだけどね」


「それでも……ありがとう。仕事、頑張ってね。応援しているよ」


「……ふん。せいぜい彼女と仲良くね」


 その言葉を最後に深井さんは屋上から出て行こうとする。

 って、出口には私達がまだ!

 二人の会話に夢中になっていてつい逃げそびれてしまいました。


    ガラガラ


「「「あっ……」」」


 当然ながらバッチリ目が合ってしまう。


「…………」


 しかし、深井さんは何も言わずに階段を下りていく。

 『屋上から出た瞬間他人同士』。一郎君が出した条件を律儀に守ってくれている証拠でした。


 だけど――


「深井さん。一つ教えてください」


 だけど私は彼女にどうしても聞きたいことがありました。


「なに? 不自然なほど髪の長い女子Aさん」


 妙な呼称をされてしまいました。


「貴方は……今の一郎君と昔の一郎君、どちらが好みですか?」


「月ちゃん!? 何聞いてるの!?」


 小野口さんが隣で驚愕していますが、私は決してふざけて聞いているわけではない。

 一郎君の現彼女として元彼女の気持ちを知っておきかった。


「どちらの高橋君も好きじゃないわ」


 その答えを聞いてホッとしている私。

 でもそれだけでは足りない。


「どちらかと言えばどちらが好きでしたか?」


「やけに拘るわね」


 怪訝そうにしながら、言葉を返してくる深井さん。


「どちらかと言うと昔の彼の方が好きだったわ」


 その答えを聞いて今度は心の底からホッとする。

 良かった。深井さんへ最後にこの質問を掛けておいて。


「成長してしまった今の彼には何の魅力も感じないわ。一人では何もできずウジウジしていた頃の彼の方が何倍も使い勝手が良かったわね」


「つまり経験値610の一郎君より経験値0の一郎君の方が好きだったというわけですね」


「経験値? 610? 何を言っているのかよく分からないけど、そういうことね。あの人に貴方の言う『経験値』はいらなかったのよ」


 私と違う思考。


 でも私と同じ思考もあった。


「私も経験値0の一郎君大好きでした」


「あら。意見があったわね」


「私も経験値0でしたので、同士が居るんだって思えただけで安心しました」


「……前言撤回するわ。貴方、相当変な思考してるわね」


 呆れたような目でこちらを見てくる深井さん。

 小野口さん達は話に着いていけないらしく、終始不思議そうな表情を浮かべて続けていた。


「でも一郎君はあの通り、とても強い人です。だからこそ疑問だったのです。本当はあんなに強いのにどうして私と同じだったのかを」


「それで? 貴方は結局何が言いたいの?」


「一郎君が高校二年の春まで経験値がゼロだったのは、貴方の存在がストッパーになっていたのではないかと思ったのです」


 一郎君はやるときはやる人です。それはこの半年間十分に思い知ることができました。

 同時に疑問でした。本当は凄い人なのにどうしてこの人は私と同じだったのか。

 どうして私と出会うまで経験値0だったのかを。


「いつも貴方に対する想いや過去の恐怖があったから、一郎君は強くなかったのではないでしょうか?」


「例えそうだとしたら何だと言うの? 高橋君の代わりに貴方が私に復讐でもするつもり?」


「……いえ、感謝したいのです」


 私が妙な言い回しをしたせいで深井さんが勘違いをしてしまったみたいです。


「感謝?」


「一郎君を怖がらせたことは許せませんが、経験値0の一郎君と出会わせてくれて……ありがとうございました!」


 かなり深い角度で頭を下げる。

 だけど私の突然のお礼にも深井さんは動揺する様子はなく……


「たぶん、私の存在うんぬん関係なくあの人はあんな感じだったと思うわよ」


「えっ?」


「つまり、貴方も買いかぶっているということよ。彼のこと、それに私のこともね」


 言葉を放ちながらスタスタと階段を下っていく深井さん。

 踊り場まで降りた時点でクルッと顔だけこちらに向けてこんなことを言い残した。


「せいぜいあの人と仲良くね。彼女さん」


「はい! 言われなくても!」


 深井さんは一郎君にも掛けていた言葉を私にも投げてくれた。

 そしてすぐに深井さんの姿は見えなくなってしまう。

 深井さんは最後まで凛としていて、自分の生きざまを貫く人でした。

 私も経験値が4ケタくらいあれば、あんな風に夢に向けて一直線になれるのでしょうか。

 人に迷惑をかけてまで貫くつもりはないですが、深井さんから学ぶところも色々あったと思えます。

 今回の経験は本当に貴重でした。


「アタシも帰るか。停学の準備しなくちゃな」


「停学の準備って何さ!?」


「俺も帰るとしよう」


 青士さんに続き、池さんまでも屋上入口とは反対側を向く。


「二人とも一郎君に会っていかないのですか?」


「ああ。俺は校門で再会を果たしたからな。また今度ゆっくりイケメン談義でもするさ」


「右に同じく」


「そうですか……」


 つまり二人は一郎君と深井さんの会話を盗み聞きに来ただけと。

 たぶん、私と同じで深井さんと一緒だった一郎君が心配だったのでしょう。


「んじゃ、月ちゃん、一緒に高橋君に会いにいこー!」


 小野口さんに引っ張られ、屋上へ駆けだす。

 しかし、扉の目の前で青士さんに止められた。


「まてや小野口。空気読め。お前も帰るんだよ」


「えー!?」


「小野口クン。俺達と帰ろうか。そして空気を読もうか」


「なんか空気読めないキャラみたいにされている!?」


「んじゃ、星野。また今度な。『コレ』はアタシらが持っていくから」


「じゃあな星野クン。ゆっくりセカンドイケメンと話していくといい」


「は、はぁ……」


 なんか気を使われたみたいです。

 青士さん、池さんの二人は小野口さんの両手を引っ張っていくように階段を下って行った。


「うわーん! 私も高橋君とお話ししたかったのにぃぃぃっ」


 信じられないことですが、真ん中で引きずられている人がグループの中で一番の秀才なんですよね。

 池さんや青士さんが大人っぽすぎるせいで、小野口さんが妙に子供っぽく見えてしまいます。


「――皆帰っちゃったね」


「そうですね。久しぶりに全員でお話ししたか――って、一郎君っ!?」


 知らない間に一郎君が背後におり、その姿を確認した瞬間、髪の毛が逆立つ勢いで驚いた。


「うわっ、めっちゃ驚かれた!?」


「そりゃ驚きますよ! どうしてここに居るのですか!?」


「いや、どう考えてもこちらの台詞だよね。僕は普通に屋上での用事が終わったから戻ろうとしただけなんだけど」


 あっ、考えてみればそうですよね。

 深井さんと別れた以上、一郎君が屋上に留まる理由はない。

 だからいつまでも屋上入口で屯していれば鉢合わせするのは当然なわけで。


「もしかして僕と玲於奈さんの会話聞いてたの?」


「うっ……そ、その……すみません……」


 罪悪感に押し寄せられ立ち聞きしていたことを素直に謝った。


「んー、まぁいいんだけども……そうだ月羽」


「はい? なんですか?」


「せっかくここに来たんだから、久しぶりにさ――」


「あっ――」


 一郎君が言葉を言い終えるよりも先に次の言葉を悟る。

 それは私自身ずっと望んでいたことだから。


「やりましょう! 経験値稼ぎっ!」


 弾けるようなステップで、私は一郎君の手を引きながら、屋上の扉を潜った。


 一郎君と二人で来る屋上は本当に久しぶりで……


 少し肌寒い秋の風もとても心地良く感じることができました。







 きっとこんな風に私達は経験値稼ぎを続けていくのだと思う。


 高校を卒業しても……どんな苦難が待ち受けていようと……こればかりは止められない。


 世間からすればバカみたいなことをしている二人に映るのかもしれない。


 でもそれで良かった。


 大好きな人と同じ時間を生きて、同じ経験をして、同じ分だけ成長していく。


 それは私にとって夢のような時間。


 失敗しても笑いあえる。


 成功すれば経験値として数値が積み重なる。


 二人向き合って、手と手をぶつけ合うようにタッチをするのです。


 そして今日も放課後の屋上で、バチンっと大きなハイタッチ音が響き渡るのでした。


本編を最後まで読んでくれて誠にありがとうございます。

とりあえず今の率直な気持ちとしては『やっと終わったっ!』という達成感が強いです。

まさか最終章だけで23話分も使うとは思ってもいませんでしたし。シリアス続きすぎると僕自身が飽きちゃうんですよねw

個人的な反省点としてはもっと深井さんを有効活用したかったな、と。

やっと出てきたラスボスキャラが最後は小者チックになってしまった点だけが心残りです。


それにしても長かったっ!

第一話の投稿日から2年ですよ!2年!

完走できたことが一つの奇跡と言えるかもしれません。

何のプロットも無しに、思いつきの設定だけで書き始めたこの作品ですが、何故か書いている途中に後の展開が頭の中に浮かんでくるという感じでした。

沙織先生の授業特訓を書いている時に、次は海へ行かせる展開にしようと思いましたし、海イベントを書いている時は、次は告白イベントを作ろうみたいな感じで。

で、後の展開ばかり頭に思い浮かんでいるので今書いている所が疎かになっていくという悪循環にも見舞われて、そんな感じで完成したのがこのExperience Pointです。

キャラには特に思い入れがあります。

僕自身も重度のぼっちなので、高橋一郎というのはまさに僕の分身みたいなキャラでした。(勿論僕自身は高橋君みたいなセカンドイケメンではありませぬがw)

キャラ総括に関してはまた最後の最後に語らせてもらおうと思います。


この後の更新ですが、一応まだ続けるつもりです。

まずは前々から言っていた別キャラクターのスピンオフ。たぶん1キャラ1~3話くらいで終わるかと思います。

その後にエピローグを3話分くらいかけて、EXPは締めになる流れになるでしょう。

もしかしたら更新がかなり遅れることになるかもしれませんが、ここから先の更新は完全に蛇足ですので、期待せずにまったり待っていてくれれば幸いです。

ではまたスピンオフ更新で会いましょう。

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