第百十一話 ど、どこにいるのですか!?
『旧多目的室へ急げ。
全ての準備は済ませてある。
by 世界一のイケメン』
池君から渡された紙にはそれだけが書いてあった。
旧多目的室。以前皆で沙織先生の授業特訓をした思い入れの強い場所だ。
会議室とは真逆の方向にあるけれど、僕は池君の指示に素直に従い、青士さんとは別行動を取っていた。
家から全力疾走してきたせいでかなりヘロヘロ状態になってはいるが、最後の力を振り絞って旧多目的室まで到着する。
ガラガラっ
放課後だけどドアにカギは掛かっていなかった。
無人の教室が僕を出迎える。
「アレは……」
教室に入ってすぐに目に止まったものが二つある。
教卓の真ん中に置かれたノートPC、小型スピーカーと卓上マイクまで付属されている。
その真後ろの黒板にデカデカとこんなことが書かれていた。
『緑色のボタンをダブルクリックしろ。
それで会議室のPCとリンクし、通話が可能になる。
キミはここから心の内を深井嬢にぶちまけると良い
by世界一のイケメン』
なるほど。
これなら会議室へ入らずとも会議に参加できるということか。
「それでは早速……と」
深く二回深呼吸をし、緊張を和らげる。
そしてマウスカーソルを緑色のアイコンの上に置き、意を決してダブルクリックをした。
するとアプリは静かに立ち上がり、僕が操作するまでもなく、ディスプレイには『TAYAMAと通話中』の文字が現れた。
『TAYAMA』って誰だっけ? なんか聞いたことある名前だけど……まぁ、いいか。
「あー、あー……ん? これでいいのかな?」
ちゃんと繋がっているのか分からないが、とりあえずマイクに向かって喋ってみる。
『い、一郎君!? ど、どこにいるのですか!?』
『何かね? この声は』
『田山先生のパソコンから出ているようですが?』
ちゃんと通じていたようだ。
会議室の混乱の様子がスピーカーから流れてくる。
特に月羽の声がやけに大きく聞こえるなぁ。相手側のパソコンの近くにいるのかな?
「えーと、二年の高橋です。僕も一応事件当時現場に居た一人だったりします。はい」
『この緊張感の欠片もない声は……間違いなく高橋君だ!』
小野口さん。聞こえているからね。
「えっと……こんな感じで申し訳ないですが、僕も会議に参加させてもらえますか?」
『いや、そんなこと言われても……』
『どうして通話で参加なのだ?』
『会議に参加したいのなら直接くれば良いではないか』
うーん。案外否定的な意見が多い。
まぁ、それも当然か。向こうからすれば突然の乱入だもんな。
でもどうにかして説得しないと……
『問題ないでしょう。この生徒が問題になる発言を申すようであれば私が独断でPCを閉じます。それに証人は多い方が良い』
『しかし、こんな特例を認めてしまっては……』
『一人くらい出席者が増えた所で問題はないと思いますが? それにこの高橋と言う生徒、中々確信めいた発言をする生徒です。話を聞く価値はあると思いますが?』
思い出した。TAYAMAって田山先生のことか。
しかし、意外過ぎる。まさか田山先生が助け船を出してくれるなんて。
かつての敵が味方になるという激熱な展開が会議室で繰り広げられている。
なんか僕、だだっ広い教室で一人きりなのが寂しくなってきた。
『学年主任の田山先生がそうおっしゃるなら……』
凄いな田山先生。
こう言っちゃアレだけど、たかが学年主任の立場で教頭先生を説得するなんて。
怖い物しらずなのか、度胸に溢れているのか。
何はともあれ田山先生のおかげで会議への参加が認められたみたいだ。
「ありがとうございます。えっと……でもその前に確認しなければいけないことがありまして」
『確認?』
「はい。深――玲於奈さん。その場に居ますよね?」
突然の指名に会議室のざわつき音をマイクが拾う。
『……居るわよ』
やや遅れて玲於奈さんが返答する。
「久しぶりだね」
『……ええ……先々週……ぶりね……』
歯切れが悪い玲於奈さん。
やっぱりそうか……この人は……
「これから青士さんの弁護の為に僕の中学時代のことを全て話すけど、構わないよね?」
『…………』
「構わないよね?」
『……好きにすると良いわ』
玲於奈さんの了承を取れた。
――【二つ、貴方から私に話しかけてこないこと】
――【三つ、質問は一切受け付けません】
僕はさりげなく玲於奈さんが出した五つの条件の内、二つを破って見せた。
別にこれから発言することに玲於奈さんの許可なんて必要ないのだけど、僕の思惑は他にあった。
彼女が今の僕に対し、どんな反応をするのか確認しておきたかったのだ。
そして予想通りの委縮した反応に安心する。
深井玲於奈さんは僕の出現によって発言力を失っていることを確信した。
「ではさっそく語らせてもらいます。あの日青士さんは暴言を浴びせられた僕の代わりに怒ってくれたのですが、その具体的な暴言の理由は僕の中学時代の噂に直結します」
僕は今まで誰にも語る気もなかった中学時代を今初めて自分の口から周囲に語る。
周りに誰も居ない教室に居るおかげか、僕にしては饒舌に言葉を紡ぐことができていた。
【main view 池=MEN=優琉】
「オラァッ! 10発目っ!」
ゲシィっ!
頬を拳で殴る良い音が校門全域に響き渡る。
相田氏と鷲頭氏の攻撃の数が二桁に到達したようだ。
俺は若干ふらつきながらもしっかりと両足で踏ん張りながら立ち続けている。
ここで膝をついてはいけない。今は奴らの攻撃の手を休ませないことが重要だった。
「いやぁぁぁぁっ! 池きゅんがっ! アタシの池きゅんがぁぁぁぁっ!」
「お、おい、おまえら、いい加減に――」
下校中の生徒達にも動揺が走っている。
「――いいんだ!!!!」
だけどここで邪魔をされるわけにはいかない。
だから俺は全力で制止の言葉を叫んだ。
彼らには黙って見てもらうのが現状のベストなのだ。
「へぇ。さすがイケメンだなぁ。俺らの喧嘩に他人を巻き込みたくねーってか?」
「すげーじゃん。正義の味方じゃん。まるで俺らが悪役みてーじゃねーか」
俺の行動に相田氏と鷲頭氏がニヤケながら声を掛けてくる。
俺も負けじと笑みを浮かべながら言葉を返した。
「今まで気付かなかったのか? 誰がどう見てもキミらは三下の悪役なわけだが?」
「んー、まー、そういうことになるべ?」
「んじゃー、悪役らしく……暴行を怖え続けるとするかねっ!」
ゴッ!
11発目の攻撃が俺の腹部に命中する。
さすがに俺も胴のダメージには堪える。
堪える……が堪えきれない程ではなかった。
「うらぁっ!」
バチンっ!
12発目は平手打ち。地味に痛みが長引く攻撃が俺の顔に当たる。
頬がヒリヒリする。これは痕になっているな。
「きゃぁぁぁぁぁっ! 池様の顔にまた傷がっ!」
「もう止めてよぉ……誰が止めてよ……ぐすっ……」
「ふっ。誰が止めるかよ。まだまだ後50発は殴らせてもらうぜっ!」
ゲシッ! ゲシィっ!
相田氏と鷲頭氏の両サイドからのハイキックが二の腕に命中する。
ほぉ。たかがチンピラ生徒のくせに案外足が上がるじゃないか。感心する。
でもこれで……計14発攻撃されたわけだ。
「まだまだぁぁぁぁぁぁっ!」
相田氏が続けざまに拳を唸らせ、俺の顔面に向けて攻撃を繰り出してくる。
しかし――
バチィィィィィンっ!
――相田氏のパンチは俺の手のひらによってアッサリと防がれていた。
「あっ?」
「おい。何防いじゃってんの? ちゃんと当たってくれないとダメじゃん?」
俺の当然の防衛反応に相田氏達含めギャラリー全員に動揺が走る。
俺は相田氏の拳をサイドに弾き飛ばし、首をコキコキ鳴らして間を取った。
よしっ、ダメージは大きいがキチンと身体は動く。
これならば……イケる。
「悪いがお前らの攻撃を受ける義理はもう無くなった」
「はぁ?」
「スカしてんじゃねぇっつーのっ! おらぁ!」
バチィィンッ!
今度は鷲頭氏が蹴りを繰り出してくるが、またも俺の左手によってアッサリと防がれていた。
「だから義理はなくなったと言っているだろう」
「なっ……」
「こいつ……突然動きが……っ!」
「やられたらやり返す。そんな言葉があるが、その逆も大切だと俺は思っている」
「な、何を言って……」
「殴ってしまったら同じ分だけやり返される、それも必要なことなのだ」
「はぁぁっ!?」
「13発……だったよな? あの日、キミ達がメンタルイケメンに殴られた回数は」
「「……っ!!」」
あの日、怒りに身を任せたメンタルイケメンは一方的に相手を殴ってしまった。
相手にも悪い所があったとしてもそれはいけない。
しかし、メンタルイケメンは仮にも女性だ。女性に傷を負わせるわけにはいかない。
だから俺が精算した。
「あの日キミ達が殴られた回数は13回。そして今キミ達が殴った回数は14回」
「て、てめぇ、そんなことの為にワザと殴られたってーのか!?」
「まぁな。イケメンは律儀なのだよ」
「こ、このやろっ」
「おっと、そういえば俺を気絶させた一撃をカウントしてなかったな。つまりキミ達が殴った回数は15回という訳だ」
「そ、それがどうしたってんだ!」
「分からないか? キミ達は2回分多く殴ったのだ。つまり俺は2回――いや一発ずつ殴る権利を得たということだ」
少し腰を下ろし、両の脚に体重を掛ける。
拳を少し引き、いつでも攻撃を繰り出せる体制を作り上げた。
「い、一発ずつ殴れるからなんだっていうんだ? そんなんでビビったりなんかしねーよっ! ウラァッ!」
バチィっ!
鷲頭クンの拳を左手で受け流す。
同時に俺も彼の懐内へ踏破し、彼の胴元へ潜る。
固く握りしめた右の拳。
空気中に轟音を鳴らす勢いで、鷲頭君の腹に俺の拳を命中させた。
「ゲハァァァァッ!!」
攻撃を受けた鷲頭クンは目を大きく見開きながら、受けたダメージの大きさに耐え切れず地面に堕ちる。
「わ、鷲頭っ!」
突然の出来事に相田クンが狼狽する。
しかし、俺はすでに次の行動へ移っている。
相田クンに驚きに浸らせる暇を与える気はなかった。
「ハァァァァッ!」
気合い一閃。
鷲頭氏に与えた攻撃と全く同じものを相田クンの腹にもお見舞いした。
「ガ……ハァ……っ!」
鷲頭クンとは対照的に相田クンは早々に地面へ落ちた。
おそらく二人とも意識はあるだろうから、俺は二人に決め台詞を投げてやった。
「キミ達を倒すなど、一発ずつあれば十分だったというわけだ」
聞こえているのかいないのか、二人からは返事はない。
やり過ぎたとは思っていない。俺は殴られた分を殴っただけなのだから。
「うぉぉぉっ! 池が! 池が勝ったっ!」
「きゃぁぁぁぁぁっ! 池きゅぅぅぅん! 素敵! 顔に傷があってもイケメンよぉぉぉぉっ!」
俺の勝利をファン達が祝福してくれる。
「みんなっ! よくぞ我慢して見守ってくれた。心から感謝する」
「「「イケメン、イーケメン、イーケーメーンっ!」」」
いつものように俺へイケメンコールを掛けてくれる一同。
やはり味方が居ると言うのは良いものだな。
「さぁ、みんな。俺の勝利に祝福をっ! 学校全域に届くくらい、俺へのコールを掛けてくれっ!」
「「「「「「イケメン、イーケメン、イーーケーーメーーンっ! イケメン、イーケメン、イーーケーーメーーンっ! イケメン、イーケメン、イーーケーーメーーンっ!」」」」」
過去最大級のイケメンコールが大合唱のように辺りへ広がっていく。
さぁ、みんな届けてくれ、このコールを。
会議室へ居る頭の固い大人達へ聞こえるようにコールを届けるのだ。
「さぁ、戦いも大詰めだな」
及ばずながら俺も後押しをさせてもらうぞ、皆。