第百十話 そんなに頭を下げなくても……っ!
【main view 池=MEN=優琉】
「くそっ! 高橋達に逃げられたっ!」
セカンドイケメン達の姿が見えなくなると、ようやく追撃を諦めたようでこちらに向き直す。
その顔色は当然怒気に染まっていた。
「あーあ。どうすんの? どうしちゃってくれてんの? せっかくの玲於奈姫の頼み事だったのに見事に失敗しちゃったんだけど。なぁ、どうしてくれんの?」
「いきなり開き直ったな。先ほどの深井嬢への忠誠心はどこに消えた?」
「もうそんなことどうでもいいんだよ。玲於奈にとって無能=不要だからな。一度ドジっちまったら一生口聞いてもらえねーの」
なるほどな。
――『ち、ちげー! 玲於奈は関係ねーよ!』
――『そ、そうだ! これは俺らが勝手にやっただけだ!』
つまりこの二言は深井嬢を庇う為と言うより、自分達が深井嬢のいう『無能』になりたくなったのだな。
よほど深井嬢に心酔しているのだな。
一途と言えば聞こえがいいが、ここまでくると不遇に思えるレベルだ。
「俺というイケメンを抑えることは成功したが、セカンドイケメンを止めることはできなかった。更にメンタルイケメンという誤算まで送り込むことになった……と。これは無能だな」
「全部お前のせいだろうがっ!」
「登場人物に『イケメン』が多すぎて誰が誰だかわかんねーよ!」
騒ぐ無能二人組。
見る限り、完全に吹っ切れているように見える。
こういう連中は何をし出すか分からないが、俺ほどのイケメン頭脳を持つと何をしそうなのか予想することはできる。
「ここまでイラついたのは久しぶりだわ。なぁ、鷲頭こういう時は――」
「そうだな。早急にストレス解消する必要があるよなぁ」
二人は口元でニヤリと不敵な笑みを浮かべると、まるで最初から打ち合わせていたかのような動きで俺を前後に取り囲む。
まぁ、そう来るだろうな。
毎度、予想通りな二人組だ。たまにはセカンドイケメンを見習って俺の予想を凌駕する行動を起こしてほしいものだ。
「俺らの手でてめーの顔を更にイケメンにしてやんよ!」
ゴッ!
「ぐッ……!」
相田クンの拳が轟音を唸らしながら俺の顔面に着弾する。
鼻の横辺りに激痛が奔った。
「んだよ! 大物ぶってる割に大したことねーじゃん」
「全くだ。あの化け物女の仲間とは思えねえ雑魚っぷりじゃねーか」
先ほどまで怒気に包まれていた顔に若干の余裕が浮かんでいる。
どうやらアッサリ攻撃が通ったことで彼奴らは自信を持ったらしい。
「おいおい、殴るなら場所を選んだ方が良いのではないか? こんな正門のど真ん中で暴力など目立って仕方ないだろう」
「どうでもいんだよ! そんなこと!」
ゲシッ!
「俺らはもともと停学上等だっつーの。っつーか、玲於奈姫に相手されないんだったら学校行く意味ねーし」
ガンッ!
前から後ろからと場所もお構いなしに半ばヤケクソになって暴力を奮ってくる二人。
無能になった二人は完全にただの暴徒と化していた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「お、おい! アレ、池君じゃねーか?」
「いやぁぁぁぁぁっ! イケメンのっ! イケメンの顔に傷がぁぁぁぁぁぁっ!」
早くも人が集まってきた。
「……ほら、どうする? ギャラリーも集まってきたぞ?」
「んだよ! かんけーねーって言っただろうが! あぁん!?」
「お前ら何見てやがんだよ! 散れっ!」
「「「「…………」」」」
相田氏と鷲頭氏の暴力的な言葉に一歩引いて黙り込むギャラリー。
まぁ、そうだろうな。いきなり他校の生徒が学校一のイケメンに暴力を奮っている図を見せつけられては誰もが硬直してしまう。
それに教師は職員会議中だ。大人を呼びにいくのは難しい状況でもある。
「何見てんだよ!? おめーらもイケメンにされてーか?」
「俺ら停学覚悟で喧嘩してっから。その覚悟があるやつは何人でもかかってこいや!」
いかんな。相田クン達も見境なしになってきている。
というより、軽い混乱状態になっているな。ここは一つ冷静になってもらわねば。
「おい無能達よ。お前達程度の相手はこのイケメン一人で十分だ。さっさと続きをやろうではないか」
「「ああんっ!?」」
効果抜群の煽りだったみたいだ。
これで彼らの標的は俺一人に定まったはず。
これでいい。
「それじゃあお望み通り――」
「俺達の憂さ晴らしに付き合ってもらうぜ! イケメン野郎がっ!」
ゲシッ! ゲシッ! ガンッ!
「ぐはっ……!」
煽りが利き過ぎたのか、彼らの攻撃は更にエスカレートする。
俺はそれをひたすら耐えるのみだった。
【main view 青士有希子】
人に頭を下げるのは嫌いだった。
常に人より優位に立っていたかったアタシは、自ら遜るような真似は絶対にしなかった。
何よりプライドが許さなかった。
……数ヶ月前までのアタシだったら。
一学期の中間テスト、アタシは罪を犯した。
安っぽいプライドを守る為に、クラスの最底辺に居た星野を見下して、見下しまくって、無意味な満足感に浸っていた。
あの頃はクラスの奴等もアタシに逆らおうとはしなかったし、自分がクラスの中心だと信じて疑わなかった。
アタシは強い。
だからアタシが頂点だった。
だけど、それは全部アタシの勝手な妄想で。
アタシは全然慕われていなかったし、クラスの中心でもなかった。
何より、アタシは強くなどなかったんだ。
それを最初に分からせてくれたのは高橋だった。
アイツの出現によって、アタシのクラスでの地位が崩れ落ちていった。
星野と同じようにオドオドナヨナヨした雑魚……それが高橋の第一印象だった。
でも違った。
アイツは決してアタシに臆さなかった。
それが気に喰わなくて、中間テストの時、アイツの友達だった星野に冤罪を被せた。
だけど、それがアタシ自身の首を絞める羽目になり、アッサリと停学となった。
停学明けに一度だけ学校に顔を出したことがあった。
その時のクラスの奴等の顔は今も忘れられない。
犯罪者を見るような嫌悪な表情。
その時思った。
『あぁ、これこそがクラスの最底辺へ居る奴に向ける表情なんだな』と。
この日から、アタシはクラスに居場所を失った。
学校へも行かなくなっていた。
二度と学校へは行かないつもりだったけど、アタシを連れ戻したのも高橋だった。
仇敵だったはずなのに、アイツはアタシに復学を提案した。
――『もう一度、よく考えてみなよ。自分がどうありたいのか。何をしたいのか――を』
この言葉があったから、今のアタシがある。
自分が何をしたいのか……だって?
そんな難しいこと、アホの私に問いかけるなよ。
その答えは今もアタシの中で保留されている。
だけど、何をしたいのかを考え、真っ先にすべきことが一つ思い浮かんだ。
それは過去の私が決してしなかったこと。
プライドが邪魔して自分が一番したくなかったこと。
なのに不思議と真っ先にそれをしたいと思った。
その時の気持ち、今の気持ち、それがピッタリと重なって、アタシは自然とこの言葉を職員達の前で叫んでいた。
「謝って済むとは微塵にも思ってねぇ……いません……けど……それでも謝りたいんだ! ……です! この度は本当に悪かった! ごめんなさい! すみませんでしたぁっ!」
あの時、星野の前でやったように、南高の職員達前で土下座をする。
床に頭突きをする勢いで何度も何度も頭を下げた。
プライド? んなもん、一学期に停学した時に全部消滅したっつーの。
謝罪に邪魔なもんは必要ねえ。悪いことをしたのだから頭を下げる。
本当なら本人達の前でやらなければいけないのだけれど、アイツら凝り性も無く悪さ働かせていたからなぁ。つい喧嘩腰になっちまった。
その分、今ここで私は全ての謝罪の意を籠めて、頭を下げまくることにした。
「あ、青士さん。そんなに頭を下げなくても……っ!」
「そ、そうだよ。相手の暴言も悪いんだし、そんなに謝ることも――」
星野と小野口がアタシの側に駆け寄って何か言ってるが、アタシは下げた頭を上げる気はなかった。
「どんな理由があるにしても、先に手を出したのはアタシです。アタシが馬鹿でした。愚かでした。世界一の阿呆と言ってくれていいです! でも……でも……アタシはまだ退学したくねーんです。だから――っ!」
以前、星野の前で土下座してからアタシの世界はガラリと変わった。
高橋、星野、沙織サン、池。面白すぎる連中とつるむようになって、アタシは自然に笑えるようになった。
それに、あんなにアタシを嫌っていた小野口がアタシを復学させるために毎日部屋まで通っていた。
コイツの頑張りを無駄にしねーために、もう一度笑う為に、この土下座は絶対必要な行為なんだ。
退学なんて……してられっか! こんなにオモシレ―場所、離れてたまるもんかよ!
「と、とにかく頭を上げなさい。キミの気持ちは十分に分かったっ! ど、どうでしょう。先生方。彼女も充分に反省しているみたいですし、ここは……」
「そ、そうですな。女子生徒が土下座までして謝ってくるなんて、見ていて可哀想な気持ちになってきました」
相手高のセンセーが困った顔で話し合いを始める。
土下座の効果が早くも出始めていた。
「本人もしっかり反省しているみたいですし、ここは一つ処分を軽くして――」
「――軽く? こんなのどう考えてもその場凌ぎの演技じゃない」
……来た。
そうだよな。お前が黙っているわけないよな。
深井玲於奈。
「信じてくれ。アタシは心の底から反省しているんだ!」
でも誰が刃向ってこようと関係ねー。
アタシに出来ることは謝罪のみ。
校門前のアイツらと時みたいに絶対に喧嘩腰にはなってはいけない。
「バレバレの嘘ね。この場さえ凌げれば安泰なものだから、今だけ恥を捨てて頭を下げているだけでしょう」
くそっ! どんなに誠意を見せてもこの女だけは納得してくれねぇ。
池や小野口が警戒するわけだな。真面目にラスボスレベルの脅威じゃねーか、この女。
どうする? 土下座以上に誠意を示す方法なんてアタシ知らねえぞ?
「――来たか」
その声はアタシの背後から聞こえた。
聞きなれた中年の声。毎日聞いていた事なかれ主義のオッサンの声。
アタシ達の担任、田山サンが小さく呟きを漏らしていた。
「田山先生?」
その呟きを間近で聞いた星野や沙織センセーが首を傾げながら田山を見ている。
「如何なさいましたか? 田山先生」
「……いや、私は別にどうもしていない」
「はぁ……?」
「話があるのは『彼』の方です」
言いながら田山は手元のノートPCの画面を南高の奴等に向ける。
ついでに付属スピーカーも同じ方向へ向けた。
『あー、あー……ん? これでいいのかな?』
スピーカーからまたも聞き覚えのある声がした。
「一郎君!?」
その声色に真っ先に反応したのはやはり星野だった。
……へっ。さすがアタシだ。
コイツを引っ張ってきて、本当に良かった。
突然会議室に鳴り響いた高橋の声が誰よりも頼もしく聞こえた。
「……高橋……くん……っ!」
ちらっと顔を上げてみると、深井の表情がかなり豹変していることに気付く。
鎮痛とも怒りとも見える表情に、アタシは戦慄を憶えたのだった。