第百九話 要点はキチンと伝えたつもりです
今回は久しぶりに長いです。
7000文字オーバー。
「よっしゃ! やっと校門見えてきた」
家から出て学校まで信号待ち以外は全力ダッシュで足を動かしてきた。
「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」
運動部ばりの走り込みを実践し、息切れにプラスして軽く眩暈がする。
こんなに運動したのは生まれて初めてかもしれない。体力の限界はとっくに超えていた。
「だからおせーって。おめー女子に駆けっこで負けて悔しくねーわけ?」
「…………」
なんというか……全く悔しくない。
そう言い返そうと思ったけど、喋る気力すらなかった。
あの人、どうしてあんなに元気なんだ? 普通にアスリートになれるレベルの体力を持っているのではないだろうか? 僕なんて顔を上げることすらできないのに。
あれなら男子二人相手に喧嘩で完勝したというのも納得できてしまうなぁ。
「ちっ、とにかく先に行って――」
どうしたんだろう? 青士さんの言葉が途切れた。
顔を上げてみると青士さんは校門前で驚いた顔をしたまま硬直していた。
何かに動揺しているみたいだ。珍しい。
校門の先に青士さんを動揺させるほどの何かがあるということだ。
気になって、最後の力を振り絞るように彼女の元までたどり着く。
そして彼女と同じ方へ視線を向けると、僕も同じように硬直してしまった。
「マジかよ。本当にきやがった」
「つーか高橋だけじゃなくて、あの時も暴力女も一緒じゃねーか。ど、どうすんだよ」
僕と青士さんの視線の先――
そこには『彼ら』が居た。
どうして彼らが――相田君と鷲頭君が西高の校門に居るのだろう?
恐らく隣にいる青士さんも同様に思っているだろう。
だけど、動揺しているのは相田君達も同じのようだ。
彼も僕らを――というより青士さんを見て驚愕している様子であった。
「ど、どうしててめーらがここにいんだよ! わけわかんねーんだけど」
僕の疑問を青士さんが投げてくれた。
「な、なんでもいいだろそんなの。それよりも……だ。わりーがお前達を通すわけにはいかねーんだ」
「そうだ。今大事な会議をしてんだよ。おめーらにそれを邪魔させられるわけにはいかねーんだよ」
どうやら僕達を会議に出席させたくないみたいだけど、相変わらず疑問は残る。
どうして彼らは僕達に会議へ出席させたくないのか、そもそもどうして他校の生徒である彼らがウチの学校の職員会議のことを知っているのか、ていうかなぜ彼らがここに居るのかという根本的な疑問も解消されていない。
いきなりの意味不明な通せんぼを食らい、僕と青士さんは頭の上にクエスチョンマークを浮かべたまま首を傾げていた。
「――今日の職員会議には南校の先生方と、事件の当事者である彼らがゲストとして呼ばれていたのだ」
「「「「あっ――」」」」
相田君達の後方より見知った顔が現れる。
「池っ!」
「な、なんで復活してんだ、コイツ!」
「気絶させたはずなのに……!」
池君の登場に誰よりも驚いていたのは相田君と鷲頭君だった。
なんだろう。急展開すぎて全くついていけない。
「俺はイケメンだからな。イケメンは背後から殴られたくらいでは長い時間気絶したりなんてしないのだ」
相変わらず意味不明なイケメン特殊能力。
なんかいつもの池君で少し安心した。
「つーか、気絶とか言ってるけど何があったんだよ? 全然話についていけねーんだけど」
僕の気持ちを青士さんが代弁してくれていた。
「ああ。それは気にするな。不意を突かれて背後から鈍器で殴られただけだ」
サラッと言ってるけど、それかなりの大事件なのではないだろうか?
どうして被害者が何事もなかったかのように振る舞っているのだろう。
「大丈夫なの?」
「もちろんだ。HPが1削られたくらい別にどうってことはない。ショックで気絶してしまったのは俺の油断だったがな」
うわぁ。強がりなのか本当に余裕なのか分かりづらい。
まぁ、池君が大丈夫と言っているのだから大丈夫なのだろう。
「て、てめぇ……」
「虚勢張りやがってっ! ならもう一度寝てろっつーんだ――よっ!」
相田くんが振り返りと同時に堅く握りしめた拳を池君の胴元へ繰り出した。
「あっ!」
僕は思わず目を瞑る。
……が、パシィィィという乾いた音に驚いて反射的に目を開いてしまう。
目の前には余裕そうな表情でアッサリと相田君の攻撃を受けとめている池君の姿があった。
「キミ達の狙いは何となく察しは付く。俺を危険視した『誰かさん』が会議に出席させないようキミ達に頼んだのだろう? だから先回りして俺を気絶させようとした。違うか?」
「ぐっ……」
図星を突かれたみたいで表情が固まる二人。
「そ、そんなことの為に池君を襲ったの!?」
「つくづくどうしようもねークズだな。おめーら」
驚きと呆れの表情を向けられ、少し後ずさりする相田君と鷲頭君。
「ん? でも誰かに頼まれたってどういうこと?」
「ああ。今回の襲撃は彼らが独断でやったのではないはずだ。リスクが大きいことは彼らにも理解できるはずだし、普通に被害者として会議に出席していれば彼らの立場は安泰だからな」
つまりリスクを冒してまで会議を欠席し、池君を襲ったということ?
でもどうしてそんなことを……
「深井っつー女か」
「え?」
青士さんの言葉に池君は小さく首を縦に振る。
僕にはよく理解ができなかった。どうしてここで玲於奈さんの名前が?
「今日の職員会議にて俺はこの二人に事件の全貌を話させ、その矛盾点を付いていく作戦でいくつもりだった。しかし、深井嬢は俺の作戦を予め読んでいたのだろう。だから二人を会議から除外し、自分だけが出席した」
「同時に一番の邪魔者になりそうな池を除外できれば勝利は揺るぎねーってか。アタシがいうのもアレだけど、マジで性根が腐ってんなあの女」
「ちょ、ちょっと待って!」
推理ショーみたいなことを始めた池君と青士さんだったけど、そこに待ったを掛けたのは僕だった。
「な、なんで玲於――深井さんがそんなことを? 彼女がそこまでして青士さんを退学させたい理由はなんなのさ!?」
玲於奈さんはそこまで人の事情に介入したりする人ではない……と思っている。
だから彼女が相田君達の仇を取る為に青士さんを処分させようと頑張るなんて到底思えない。
「それについても検討は付いている。いや、彼らがここでセカンドイケメンを待っていたことで確信に変わったというべきかな」
「えっ?」
「彼ら――というより深井嬢の狙いは俺の除外だけではない。セカンドイケメン。キミも同じだったみたいだな」
池君の言葉の意味を考えてみる。
突然背後から襲われた池君。その理由は池君を会議に出席させない為。
池君を襲った後、何故か校門前で待っていた二人。それはどうしてか?
……ようやくここで察しがついた。
「相田君達は……僕達も襲うつもりだった……?」
「正確にはセカンドイケメンだけを止めるつもりだったのだろう。恐らくメンタルイケメンがこの場に現れたことは彼らにとって不覚の事態だったのだ」
そういえば相田君達は青士さんの姿を見て酷く驚いていたな。
つまり玲於奈さんは僕が現れることは予想していたけど、青士さんが登場することは想定していなかったということか。
「セカンドイケメンよ。実は俺達は事件の後一度だけ喫茶魔王へ集まったのだ。深井嬢に真相を聞く為にな。そこで彼女は君に対してこんなことを言っていた」
「えっ?」
「――『私がもともと彼に『絶望』してもらうためにここに通っていた』……とな」
「!!」
僕を絶望させるために喫茶魔王を通っていた。
玲於奈さんがそう言っていたという。
それを聞いた時、僕の中でも一つの確信が持てた。
玲於奈さんが今更になって僕に構う理由について。
「彼女の中で最高のシナリオは、メンタルイケメンが退学になり、そのショックでセカンドイケメンを再起不能なまで落ち込ませることなのだろう」
つまり玲於奈さんは僕を絶望させるために青士さんの処分を利用しようとしているというわけか。
そんなことの為にっ!
「ち、ちげー! 玲於奈は関係ねーよ!」
「そ、そうだ! これは俺らが勝手にやっただけだ!」
相田君と鷲頭君がここで否定の意を示し出す。
しかし、その焦りっぷりを見るに彼らの言っていることが嘘であることが一目でわかった。
だけど池君と青士さんは感心したように彼らを見る。
「ほぉ。深井嬢を庇うか。イケメンには程遠いが、キミらも『男』なのだな」
「いいじゃねーかその虚勢。嫌いじゃねぇ。その敬意に称して……おら、また相手してやんよ。来な」
青士さんは腰を少し落として臨戦態勢を取る。
挑発するように左手の中指をクイっクイっと動かし、相手の戦意を刺激する。
二人は過去のトラウマが蘇ったのか、若干顔が青ざめている。
「待てメンタルイケメン。ここでまた喧嘩なんてしたらさすがに弁護のしようがないぞ。今の自分の立場を考えろ」
「うっ……そうだった」
厳しい言葉を池君に突き付けられ、青士さんは静かに拳を引く。
「は……ははははははっ! こいつチキンだぜ!」
「ほぼ退学決定なのに処分が怖くて手が出せねーとか! ヘタレじゃねーの!?」
青士さんが手を出せないと見るや、途端に強気で挑発を始める二人。
うわぁ、この二人。知ってはいたけど……
「ふむ。聞いていた通り、どうしようもない下衆のようだな。一瞬でも彼らを見直した自分を恥じたい気分だ」
僕が思っていたことを池君が代弁してくれた。
「な、なんだよ。イケメン野郎。『聞いていた通り』ってどういうことだ?」
「言葉の通りだ。キミ達の噂は探偵から聞いている」
「た、探偵?」
「無論、あだ名だがな。本人は別に名を明かしても構わないと言っていたが、一応名前は伏せておく」
誰の事を言っているのか僕も検討が付かなかった。
池君は色々な伝手があるからなぁ。本物の探偵と知り合いでも全然おかしくない。
「キミらの過去の行いについても色々調べてもらった。セカンドイケメン、キミの過去にも大いに関係することだ」
「えっ?」
突然話が過去に繋がり、驚く。
驚いたのはこの二人も同じなようで……
「て、てめっ!」
「何言う気だ! おい!」
「キミらが今まで巧妙に隠していた過去の事実だ」
【main view 池=MEN=優琉】
昨日、南校にて中黒探偵より様々な話を聞けた。
――『まず一つ、『高橋が体育館に飾ってある横断幕に悪戯書きした』って噂は他に真犯人がいやがった。それを高橋のせいにして面白がっている連中が居たんだ』
――『生徒会長の腕章に悪戯書きしたのも数学教師のでっかい三角定規を叩き割ったのも別に犯人がいた。その阿呆らは『もう時効だろうし、話してやんよ』とか言ってベラベラ語ってくれたぞ』
――『元3-Cの……名前なんだっけな……まぁいいや。彼氏持ちの何とかって女子に高橋の宛名でラブレター書いたのも別の奴だった』
中黒探偵の素晴らしい情報力により、過去の事件の冤罪が明らかになった。
そして極めつけがこれだ。
――『あー、そうだ。大切なことを言い忘れてた』
そういって中黒クンが最後にもたらした情報。
これこそが確信に迫る情報であった。
「横断幕や生徒会長の腕章に悪戯書きしたのも、数学教師の三角定規を叩き割ったのも、セカンドイケメンの宛名でラブレターを勝手に出したのも他に犯人が居たという」
「「……っ!!」」
分かりやすいくらい相田氏と鷲頭氏の顔色が変わる。
セカンドイケメンもポカーンとしながら若干の驚愕の色が見える。
「俺が探偵から聞いたのはそれらの事件に関してのみだったが……他の冤罪も『全て』キミらが関わっていそうだな」
「うぐっ!」
「だ、だったらなんだっつーんだよ! 時効だ。そんなの!」
時効だと?
全くの反省の色無しということか。
「ふざけるな。貴様らのせいでセカンドイケメンがどれほど辛い思いをしたと思っているのだ!」
「池君……」
全てが冤罪だった。
だけどセカンドイケメンはその罪を甘んじて受けた。
その結果、こいつ等は調子に乗りすぎていき、今に至る。
「中学の罪の数々はキミ達の独断なのか、それとも裏に『彼女』の影が潜むのかは知らん。だが、どちらにしてもまずはセカンドイケメンに謝罪をするのが先――」
「はっ! 誰が謝るかっつーの!」
「つーかこんな人間の底辺に謝るなんてありえねーし。俺らにもプライドがあるんだよ」
何がプライドだ。
底辺なのはどちらだ。
「……セカンドイケメン、それにメンタルイケメン。もうこんな奴らに構う必要などあるまい。早い所、先へ進むが良い」
「なっ! てめ、なに勝手に話進めてやがる!」
「誰も通さねーっつーの。特に高橋、てめーは絶対に通さねえ」
相田氏の睨みでセカンドイケメンは少し怯んでいる。
ここまで頑なにセカンドイケメンの足を止めたいか。
つまり深井嬢はそれほどまでしてセカンドイケメンを会議に参加させたくないということか。
「大丈夫だ。此奴らは俺が足止めしておく。安心して校舎へ進むが良い」
「う、うん」
「んじゃ、お言葉に甘えっかな」
セカンドイケメンとメンタルイケメンは相田氏達を警戒しながら校舎へと歩み出す。
しかし、すぐに相田氏と鷲頭氏は二人の前に立ちふさがる。
だが、双方の間に割り込むように俺は身体を押し込んだ。
その際、背中越しに俺はセカンドイケメンに小さな紙切れを手渡した。
「セカンドイケメン、キミはその紙に書かれた場所へ向かえ」
「えっ? う、うん」
「メンタルイケメン、キミの向かう場所は……言うまでもないな?」
「当然。アタシはその為に来たんだ」
「よしっ、では……走れ!」
「うん!」
「おう!」
俺の合図と共に二人は校舎へダッシュしていく。
「待てっ!!」
相田氏達もすぐに追いかけようとするが、俺が二人の襟元を引っ掴み、追撃を許さない。
「キミらの相手はこのイケメンがしてやろう」
「てめっ! 放しやがれ!」
「また気絶させんぞ、こらぁ!」
足をブラブラさせながら必死に強がりを放つ相田氏達。
今日の主役はあの二人。
俺は露払いを勤めるとするか。
さぁ、いくぞ、セカンドイケメン、メンタルイケメン。
ここからはイケメン三人集の時間だ。
【main view 星野月羽】
「――以上、あの日、喫茶魔王で交わされた会話です」
15分は喋り続けたでしょうか。
あの日の会話を出来る限り細かく伝え終え、緊張と疲れと達成感が一気に私に押し寄せる。
そういえば最初の経験値稼ぎも『会話を持続させる』というのが目的でした。
あの時の経験値獲得があったからこそ今の私があるのかもしれません。
「貴方、あまり会話に慣れていないわね? 要領掴めないわ、沈黙あるわ、声が裏返るわで、何が言いたいのか伝わりづらかったわよ」
「うっ……」
開口一番、深井さんの一言で私の中に込み上げていた達成感は一気に霧散した。
確かにぎこちなかったのは事実です。一郎君の中学時代の噂とか、伏せておきたい所を省いたせいでしょうか。
さすがに容赦ないですね。でも負けるつもりはありません。
「でも要点はキチンと伝えたつもりです。相田さん達の暴言、それに怒った青士さん。青士さんが無意味に暴力を奮ったわけではないことは分かりましたでしょうか?」
「その三点だけで良かったわね。無駄な十五分間を過ごしたわ」
「…………」
わ、私の必死な頑張りを見事に一蹴する深井さん。
負けるつもりはないけれど、くじけそうになりました。
「しかし、話は分かりました。それが事実ならば処分を軽くすることも検討しても良いですな」
やったっ!
ついに南校の先生を妥協させることができました。
これで退学という最悪の結末は回避――
「それで深井クン。彼女の言っていることは事実なのですか? あの場に居たキミにも事実確認を願いたい」
「…………」
事実確認を問われ、何故かここで黙ってしまう深井さん。
そのまま数秒考える動作をした後、深井さんは不敵な笑みと共にこう告げた。
「さぁ? 忘れてしまいましたわ。一週間も前の出来事なんて覚えていられませんし」
「嘘だ! あの時深井さんもノリノリで皮肉っぽいこと言っていたじゃん」
小野口さんが深井さんの発言に不服を申し立てる。
「私、忘れっぽいんです。そもそも貴方、誰だったかしら?」
「急におとぼけキャラみたいになったっ! さっき自己紹介したばかりでしょ! ずるい! 酷い!」
「そもそも本人も暴力を認めているのでしょう? だったらここで温情を見せるわけにはいかないのではなくて? こういう輩は絶対に同じことを繰り返すわよ」
「青士さんはそんな人じゃない!」
「貴方の主観なんてどうでも良いと思いますけどね。要は本人に反省の意志があるかどうかですわ。でも本人は反省どころか大事な会議にも出席していない始末。自分のやったことなんてどうでもいいと考えていることが読み取れるわ」
「青士さんも反省しているよ! 本人と会ってもないくせに適当なことを言わないでよ!」
「そうね。本人も居ないのに推測でモノを言っても仕方ないわよね。お互いに」
深井さんと小野口さんの物言いは続く。
しかも深井さんが終始主導権を握っているように見えました。
やっぱりこの人を論破しない限り、勝ちは見えないということなのでしょうか。
ガラガラガラっ!
「――呼ばれた気がしたっ」
「「「「…………」」」」
それは本当に突然で、だけど計ったようなタイミングで会議室の戸が開き、その来場者に視線を集中させた。
約一週間ぶりのその姿は相変わらずで――
「うお、なんか視線集中しとるっ」
その頼もしさに妙な安心感を憶えたのも事実でした。
「「「青士さんっ!」」」
「おー、久しぶり……って、挨拶は後な。先にやんなくちゃいけねーことがあるんだ」
私達の驚きを余所に青士さんはマイペースに歩みを進める。
教室の丁度ど真ん中。
その場に立つと青士さんは南高の職員達と対面し……
唐突に姿勢を低くした。
「この度は……本っ当に! すみませんでしたぁぁぁぁぁっっ!!」
その声は広い会議室の隅々まで響き渡り、青士さんは一学期に私の前でやって以来一度も見せたことのなかった超低姿勢――土下座の姿勢を南高の先生方と深井さんに向けて差し出していた。
見てくれてありがとうございます。