第百七話 主導権を握ろうかなと思いまして
最近4000文字以内の更新が続いていますが許して下さい。
それ以上書いてしまうと更新期間が一ヶ月くらい空いてしまう気がしまして……
「くそっ! 信号うぜえな!」
赤信号で足止めを喰らっている中、青士さんは足踏みをしながら今か今かと信号の色が変わるのを待っている。
一方僕はというと……
「ぜぇ……ぜぇ……はぁ……ちょ……青士さん……足早すぎ……」
「いや、家出てまだ10分くらいしか経ってねーじゃん。なんでそんなにバテてんだよ?」
「はぁ……はぁ……いやいや、異常なのは青士さんで……僕は……高校生の中でも平均体力だから……」
「ぜってー、おめーが運動不足なだけだっつーの」
青士さんの言う通り、元々体力が無い上に一週間以上引きこもっていたからな。
正直ちょっと歩くだけでも筋肉痛になるような気がする。
「そういえばさ。青士さんは結局どうしてウチに来たの?」
「あ? 普通におめーを迎えに来ただけだけど?」
それが不思議で聞いたんだけどなぁ。
「気が変わったんだよ」
「えっ?」
「小野口のせいでもうちょっとだけガッコーに通いたくなった。それだけだ」
どうやら小野口さんとの間で何かあったみたいだけど、結局質問の答えにはなっていない。
「よくわからないけど……そこでどうして僕を迎えにくることになるの?」
その質問を青士さんに繰り出すと、彼女は口元で小さく笑みを浮かべ、不敵にこう答えた。
「どうせなら完全勝利してーじゃん?」
「え? ……うん。まぁ……それで?」
「いや、そういうわけだけど」
僕の質問に対して青士さんの回答が噛みあっていない気がする。
お互いの頭の上にクエスションマークが見える。
「つまり、アタシの為に戦力になれっつーこと」
ああ、そういうことか。
つまりは総力の底上げということか。
「僕に出来ることなんてほぼ無いに等しいと思うけどなぁ」
事件があった時、僕は中黒君と二人きりだったわけだし、証言としては一番説得力がない。
それどころか真面な発言ができるかすら怪しい。
「だいじょぶ。だいじょぶ。何だかんだでおめーが一番つえーんだから何とかなるだろ。ていうかおめーさえいれば何とかなるって思ったから迎えにきたわけだし」
出た。久しぶりに出た、謎の過大評価。
ただ、こうして面として言われるとさすがに照れてしまう。
でも――
「青士さん。それは違うよ」
「褒めてやってんだからわざわざ否定すんなよ。面倒くせー男だな」
「いや、事実なんだ。グループの中で確実に僕より強い人、知っているからさ」
謎の過大評価を抜きにすれば、僕はグループの中で一番の弱虫だ。
そして過大評価を含めても僕はまだ『彼女』には届かないことを知っている。
「誰よ? なんか心当たり多すぎておめーが誰のことを言ってんのかわかんねーんだけど」
まぁ、そうだろうな。
小野口さん、池君、沙織先生、それに目の前にいる青士さんも、僕の周りには経験値が高い人が揃い過ぎている。
だけど、そんな特殊面子の中に紛れても、『彼女』の潜在能力は秀でていると僕は思っていた。
『彼女』っていうのは、もちろん――
「月羽のことだよ。月羽はいつも僕の数歩先に進んでいるんだ」
「へぇー。星野がねー。まー、何となく分かる気もすっけど、なんつーか、おめーが星野をそんなに評価していたことが意外だわ」
一緒に経験値稼ぎをして気付いたことがある。
僕と月羽は性格が似ているけど、能力面では似ていなかった。
試験の順位はいつも月羽が上だったし、経験値稼ぎの内容の提案率も月羽の方が高い。
告白だって月羽の方が早かった。
学力、積極性、行動力、彼女はいつも僕の一歩先に居た。
それに、決め手は最初の一言だった。
――『じゃあ、私と一緒に……経験値稼ぎをしてください!』
このセリフを聞いた瞬間、彼女はすでに僕の数歩前に居る人間だと悟った。
だって、いくら経験値稼ぎをやりたかったと言えど、見ず知らずの人間を呼び出してこんな言葉を吐けるものだろうか?
それが本能的に出た言葉だとしても、僕にはどうあがいても出来ない芸当だ。
生まれながら持っている力っていうのかな? 言い換えるならば潜在能力の差が僕達の間には確かにあった。
潜在能力で負けている分、僕が彼女のように成るには時間が掛かるだろうなと思ったのも事実だった。
「(だから僕は必死になったんだ)」
今までの経験値稼ぎの中で、僕は自分の力を超える働きをしたことが数々あった。
でもそれは無理をして自分の限界以上を引き出していたに過ぎない。
これ以上、差を付けられない為に僕は必死だったんだ。
「仮に僕らが会議に間に合わなかったとしても大丈夫だと思うよ。なんたって月羽が味方なんだ。勝訴は約束されたようなものだよ」
「……おめー、アイツのことをめちゃくちゃ評価してんのな。ちょっと引いたわ」
うーん。青士さんには月羽の凄さが上手く伝わらなかったみたいだ。
「まあね。でも僕だって月羽を追いかけてばかりじゃないからね」
せっかく復学を決意したんだ。
だから今日くらいは月羽に負けないくらい頑張ってみようと思った。
【main view 星野月羽】
「(沙織先生、小野口さん。どうしましょう。どうしたらいいんでしょう。池さんが居ないですし、相田さん達も居ないですし、会議始まってしまいましたし……ぅぅぅ)」
想定外の事態に頭が真っ白になっている私。
先生方も落ち着きのない私を不審そうに見つめている。
田山先生だけはいつものように淡々とした表情でノートPCを開き、電源コードを繋いでいた。
「(星野さん。ちょっと落ち着きなさい。こうなった以上、私達で何とかするのよ)」
「(そうだね。ガンガン発言していくよ。まずは主導権を握るの!)」
両サイドの二人は私と違って冷静でした。
さすが沙織先生と小野口さんです。頼りになります。
よしっ。主導権主導権……
「えー、議題は今月初めに起こったテーマパークでの喧嘩騒ぎについてですが――」
「せ、先生! テーマパークではなく、『ミニ』テーマパークです!」
教頭先生の発言ミスを即座に訂正する。
教頭先生は一瞬ポカンとした表情浮かべると、困惑した面持ちでこちらを見る。
「あー、そ、そうですか。えっと……ではミニテーマパークでの喧嘩騒ぎについてですが……」
「(ほ、星野さん。今の訂正に何の意味があったの!?)」
沙織先生が耳打ちをしてくる。
「(そ、それは……その……主導権を握ろうかなと思いまして)」
「(はっきり言うけど全く意味なかったわよ)」
で、ですよね。
いけません。頭が真っ白のまま、思考が止まっているようです。
「(んーん。月ちゃん、それでいいんだよ。今のは結構ナイス発言だったぞー)」
今度は小野口さんが耳打ちをしてきた。
「(えっ? そ、そうなんですか?)」
「(主導権を握るっていうのは存在感を示すって意味でもあるの。どんな無意味な発言だっていい。まずはその調子でガンガン喋って、この会議室の中で最も存在感のあるトリオになろう)」
なるほど。
小野口さんの発言でほっとしたのか、ようやく落ち着きが取り戻せた気がします。
「報告によると登校の2年生である青士有希子さんが南高校の相田流くんと、鷲頭俊之くんに暴力を奮っていたとありますが――」
「違いますっ! 青士さんを暴力魔みたいに言わないでください!」
「しかしだね、現に怪我をした生徒も居るのは事実であるし、青士有希子さん本人も認めています。そうですよね? 田山先生」
「……本人からはそのように報告を受けています」
珍しく田山先生が沈痛な表情で答え辛そうに言葉を放つ。しかしそれ以降反論もしようとはせずに手元のPCへと顔を隠すように視線を落としていた。
しかし、すかさず小野口さんが声を張り上げる。
「男子二人が女子一人に対して暴力を奮われたって報告に何の違和感も無かったのですか?」
「……むむっ。しかしだね――」
「しかしも何もありません。確たる情報もないまま一人の生徒に無情な処分を下そうというのですか?」
「そういうわけではない。だからこそ南高校の皆様も本会議に招いてだね――」
「――いい加減になさい、高橋君の彼女さんとそのお友達。貴方達がいちいち口を挟むせいで会議が進まないじゃないの」
痺れを切らしたらしい深井さんがついに口を挟んできた。
ついに来ましたね。ジョーカーさん。彼女の重圧に流されては駄目です!
「えへへ。一郎君とお似合いなカップルだなんて。照れちゃいます」
「高橋君の愛人だなんて、やっぱりそう見えちゃう~? いっそ正妻狙っちゃおうかな」
「何を照れているのよ。妙な風に言葉を改ざんしないで。私は怒っているのよ」
深井さんの視線から放たれる怒気にオーラ。
溢れ出る大物感に先生方まで恐縮している。
「まーまー。深井さんは美人なんだから、喋らない方が更に美人に見えると思うな」
「そうですよ。寡黙な美人。すごく絵になると思います」
「……遠まわしに黙ってろっていうことかしら? なかなか挑戦的ね貴方達」
冷たい目で私達を睨む深井さん。
私と小野口さんは苦笑いを浮かべながら必死に目を合わせないようにしていた。
目を合わせたらそれで最後。一気に深井さんのペースに包まれそうな気がしたから。
「あー。コホンっ。最後にちゃんと質疑応答の時間を設けますので、まずは事件の詳細を伝えることから始めます。キミ達も合間に口を挟まないように」
「「はい」」
先生に注意され、素直に頷く私と小野口さん。
とりあえず出足は悪くない……はずです。
「(やったね月ちゃん。今この会議室の中で一番目立っているのは私達だよ)」
「(は、はい。この調子……ですね)」
当初の目論み通り、主導権は握りつつあります。
今の所、深井さんにも恐れずに立ち向かえている、そんな手ごたえは確かにありました。
――この時までは。
見てくれてありがとうございます。
高橋君視点で言っていましたが、過去を見返してみると微妙に月羽の方が優秀な描写が数々あります(二メートル泳げるようになった一郎と五メートル泳げるようになった月羽等)五十歩百歩ですけどねw