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Experience Point  作者: にぃ
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第百六話 これから凄く卑怯なことを言います

久しぶりの更新ですが短いです。

『えー、こほん、星野月羽です。星野月羽です』


 録音機『じゃがいもスター11号』のスピーカー部分より、僕の彼女が何故か二回自己紹介をしていた。

 このぎこちなさが凄く月羽っぽい。


『最初に言っておきます。私、これから凄く卑怯なことを言います』


 挨拶の後の不穏な前置き。

 再度、嫌な予感が背筋を奔る。

 一旦再生を止めたい気持ちにも駆られたが、この消耗品録音機は一時停止すら不可能なできそこないであることを思い出した。


『青士さんが南高の相田さん達と喧嘩をして、退学の危機にあることは先日話した通りです』


 青士さん……

 玲於奈さんが喫茶魔王に来た日、相田君達も店に来ていたらしい。

 そこで一悶着があり、殴り合いの喧嘩という最悪の結果に結びついた。

 いや、月羽の話だと青士さんが一方的に殴っていたという。


『明日、私は……私達は職員会議に参加して、何としても退学を食い止めるつもりです』


 明日――つまり今日か。

 この録音は昨日行われたのか。

 たぶん、僕の家に来る前に。

 あっ、だから昨日は到着が遅れていたのか。

 嫌われかけていたからじゃなかったんだ。

 ……良かった。


『私は一郎君にもその会議に参加してもらいたいと思っています』


 思いの内を月羽は躊躇わず言ってきた。

 会議に参加するということ――つまりは『いい加減引きこもるのを止めて学校へ出てこい』と同義。

 月羽の想いがその一言で二重に読み取れた。


『一郎君も今様々な葛藤があるのはわかります。それが私の不本意な一言のせいであることもわかっています。だから今まで一郎君に無理をさせたくはありませんでした』


 月羽が家に通い始めてから月羽の言動が少しずつ変わってきていたことには気づいていた。

 思い返してみる。


 ――『一郎君。できれば……今週中には復帰……できませんか?』

 ――『だから、どうするかは一郎君が決めてください。例え一郎君が協力できないとしても……私が頑張ります』

 ――『分かりました。私は、一郎君の答えを待っています。どんな答えでも私だけは味方ですからね!』


 これが一昨日以前の月羽の台詞。

 僕のことを気遣って無理をさせたくないという気持ちが読み取れる。

 でも昨日は少し違った。


 ――『青士さんの処分を決める職員会議は明日なんです! 一緒に青士さんを助けましょう』

 ――『一郎君。今日中に復活してもらいますよ』

 ――『一郎君。学校で……待ってます。またあの屋上で一緒に経験値稼ぎしましょうね』


 多少言動が強引になっていた。

 強引にでも僕を外へ連れ出そうという意図が見えた。


 そして今日。

 録音越しの月羽は更に強気な姿勢を見せようとしていた。


『それを全て分かって言います。一郎君。今すぐ学校へ来てください』


 録音機を隔てての月羽は『できれば』とか『例え』とか弱気な単語は付けていなかった。

 命令形に近いその力強い言葉。

 それが意外過ぎて僕の心にドンッと響いた。


『そして私と一緒に青士さんを助けましょう』


 だけどそれが月羽の本音。

 この力強い言葉こそ月羽の内心であることが感じられた。


『一郎君の力が必要なんです』


 僕の力――

 僕なんかにそんな大それた力があるとは思えない。

 だけど……

 だけど――っ!


『それが私からのお願いです』


 今までここまで直接的に月羽からお願いされたことはなかった。

 非力を理解しながらも自分の力で何とかしようとする子だったから。

 そんな月羽が……僕にお願いをしてきたのだ。


『お願いされたら断れない、そんな優しい一郎君の気持ちを利用した卑怯な私を許してください』


 ここで録音機のランプが消える。

 再生が終わった合図だ。

 ――許してください……か。


「許すっ!」


 彼女にここまでされて、こんな素直な気持ちを聞かされて、引きこもってなんかいられない。

 むしろ今飛び出さなければ、後々絶対に後悔することは明らかだった。


 大好きな彼女からお願いごとをされた。

 そんな些細なことが嬉しすぎて仕方なかった。

 それに全力で応えたいと思った。

 月並みだけど、ここで応えなければ男じゃないと思ったんだ。


 ベッドから勢い良く立ち上がり、クローゼットの中から制服を引っ張り出す。

 勢いそのまま僕は階段を駆け下り、母さんに声を掛けることも忘れて、バンッと音を立ててながら玄関の扉を開いた。


「――うぉ!? ビックリしたっ!」


「……えっ?」


 玄関先に居たのは意外過ぎる人だった。

 一週間以上顔を見てなかったっけ。妙に久しぶりな気がする。


「よぉ。高橋。なんだ、一人で引きこもり克服してんじゃねーか。無理矢理にでも引っ張ってこようと思ったのによ」


「青士……さん?」


 どうして彼女がここに?

 って、なんで住所知ってるの?

 というか、学校は?

 そもそも今日が職員会議でしょ?

 その主役がどうして僕の家の前に?

 突然の来訪者を前に様々な疑問が脳裏に渦巻いた。


「色々言いたいこともあるし、聞きたいこともあっけどよ、とにかく急ごうぜ。後一時間もすると会議が始まっちまうしよ」


 青士さんに腕を掴まれ、学校の方向へと駆けだす僕。


「うんっ!」


 なんだかよく分からないが、とにかく優先すべきことは学校へ向かい、職員会議に出席すること。

 ここから学校までは結構遠いが走れば十分間に合う距離だ。

 約一週間ぶりの外は日差しが強く、やや肌寒かったが、気持ち良い風が頬を刺していた。







    【main view 池=MEN=優琉】



 準備は完了した。

 テストプレイも万全だ。

 後は会議の時を待つのみ。あと15分で会議開始か。

 ……いや、待つのは時だけじゃない。

 役者の到着も待たなければならない。

 『主役』と『切り札』の二人がまだ到着していなかったな。

 まぁ、きっとすぐ来てくれることだろう。

 俺は俺で二人の到着を信じながら全力を尽くすのみだ。


「そういえばもうすぐ南校の面々が到着する頃か」


 中黒探偵の情報では本日会議に参加する一同は六限の途中から抜け出して車でこちらに向かってくるらしい。


「せっかくだから出迎えてみるか」


 本日の敵の観察と深井嬢へのけん制。

 勝負に勝つには先制攻撃が必須だ。

 だから勝負の前に主導権を握っておきたかった。


    ブゥゥゥゥゥゥン。


 良いタイミングだ。

 あの無駄に高級そうな車。いかにも深井嬢が乗っていそうだ。

 さて、どのように牽制を掛けてやろうか――


    ガサッ!


「――なにっ!?」


 不覚を取った。

 エンジン音に紛れて異質な音が迫っていたことに気付かなかったとは。


    ガゴンっ!


「ガハッ――!」


 背部を堅い物で叩かれ、目の前が一瞬で闇色に染まる。

 マズイ……堕ちる。

 会議はこれから始まるというのに……


    バタッ。


「――おー、案外アッサリ上手くいったじゃん?」


「――安心している場合か。誰かに見つかる前に人の居ない所にコレ運ぶぞ」


 聞き覚えのある二つの声。

 ……なるほどな。この二人だけ先回りしていたのか。

 彼らの狙いは……考えるまでもないか。

 俺……か。


「…………」


「――な、なぁ、相田。これちょっとやべえんじゃね?」


「――び、ビビってんじゃねーよ! 鷲頭! だからおめーはチキンなんだよ」


 会議が始まるまで後13分。

 ……悪いな星野クン、小野口クン。

 俺は会議に出席できそうにないみたいだ。


見てくれてありがとうございます。

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