第百一話 何を当たり前なことを言っているんですか
すーぱー深井嬢タイム
【main view 星野月羽】
喫茶魔王の店内は閑散としていた。
普通の喫茶店と違い、喫茶魔王はあくまでもテーマパーク内の施設の一環であるので、夕方から夜の時間帯はなかなか集客が伸びないのが現実です。
その分、まったりとした時間を提供できるのですが、今日は一際存在感の強いお客様がカウンター席に座っています。
深井玲於奈さん。
同い年のはずなのに魔王様と変わらぬ貫録を持っているので、場は妙な緊張感に包まれていました。
「久しぶりだな、深井嬢」
そんな緊張感に包まれた中、池さんはいとも簡単に深井さんに話しかけていた。
私と小野口さんは池さんのやや後方で立っているのが精一杯でした。
「池君……と他二人だけ……か。久しぶりね」
深井さんは池さんと私達の顔を一瞥した後、微かに笑いながら挨拶を返していた。
笑った……?
あの無表情美人だと思っていた深井さんが確かに小さく笑っていた。
「我々三人だけだ。セカンドイケメンが居なくて残念か?」
「相変わらず高橋君を変わった呼び名で言うのね。まー、別にガッカリなんてしてないわ。むしろホッとしているくらいよ」
ホッとしている?
一郎君が居ないから先ほど深井さんは笑ったというのでしょうか?
「深井嬢よ。今の発言も含めて色々聞きたいことがある。少し時間良いか?」
「いいわよ。でもその前に私の質問に答えてもらうわよ?」
「むっ? キミから俺らに聞きたいことがあるとはな。質問を聞こう」
深井さんの言い回しから察するに、彼女も私達に会うためにここへ通っていたということでしょうか。
色々な考えが胸中を渦巻く。
「別に難しい質問じゃないわ。高橋君の近況を聞きたいだけなの。答えられるわよね?」
やっぱり一郎君のこと。
当然ですよね、この中で深井さんと繋がりがあるのは一郎君だけなのですから。
「……キミに隠しても仕方ないか。セカンドイケメンはここ一週間学校へ来ていない。所謂登校拒否をしている状態にある」
「あらそう」
「思ったよりも軽い反応だな。セカンドイケメンは今軽い鬱状態になっているのだぞ」
「軽い反応? そんな風に見えたかしら?」
「まあな」
「そう。でもそれは間違いよ」
「そうか。安心した。キミなりにちゃんとセカンドイケメンのことを心配し――」
「安心したわ。高橋君がキチンと絶望してくれていて」
この人は――
――今、なんて言ったのだろう?
「それだけ聞ければ私は満足なの。後は貴方達の質問とやらを聞いてあげるわ」
「ちょっと待ってください!!」
今までずっと黙って成り行きを見守っていましたが、今の深井さんの一言には叫ばずには居られなかった。
だって……だって……!
「『安心』したってどういうことですか! 一郎君の不幸を貴方は……貴方は……!」
「何を熱くなっているの? 別に私が彼をどのように思っていようと私の勝手でしょ?」
「貴方は一郎君の不幸を望んでいたというわけですか!?」
「つ、月ちゃん! ちょっとっ!」
「星野クン。少し落ち着くが良い」
頭に血が上っている私を小野口さんと池さんが二人で制止してくれる。
二人の声が耳に入り、少しだけ落ち着けた気がした。
だけど――
「貴方、少し勘違いしているんじゃない?」
「えっ?」
だけど……っ!
「私がもともと彼に『絶望』してもらうためにここに通っていたの」
「「「……っ!!?」」」
この一言だけは――
「今週に至ってはそれを確認するためだけにこの店に通っていたの。なのに高橋君の現状を知っている貴方達が中々現れないもんだからそろそろ痺れを切らしていた所よ。まぁ、今日会えたからもう来ないつもりだけど」
黙って聞いていられなかった。
「なんですかそれ! じゃあ貴方のせいで一郎君は苦しんでいるっていうんですか!? 貴方は一郎君に何をしたの!? 一郎君に……何を言ったのですか!!」
「月ちゃんっ!」
「答えてください! どうしてそんな酷いことを一郎君にするんですか!? 答えて!」
「それが貴方達が欲しがっていた質問なの? そんなもの聞いたところでどうしようもないと思わない?」
「いいから答えてください!!」
「いや」
「ふざけているんですか!?」
「貴方の態度が感に触った。だから帰らせて頂くわ」
「待ってください!」
「待たない。バイバイ」
「――いや、キミは待つべきだ」
私の制止の声はまるで聴こうとしなかった深井さんだけど、池さんからも制止の声が飛ぶと、彼女はドアの手前で足を止めた。
「俺達はキミの質問に答えてやった。だがキミはまだ何も答えていない。だから待つべきだ」
「…………」
「待て」
「……分かったわ」
池さんが睨みを効かせると深井さんは観念したようにため息を吐き、もう一度元の席へと座り直した。
「でも一つよ。私が求めた回答は一つだけなのだから、貴方達も私から聞きだせる情報は一つだけ。ゆっくり考えて質問を――」
「それならとっくの昔に決まっている。俺達が聞きたいことは一つ。セカンドイケメンに関する中学時代の噂は真実なのか否か……だ」
「それが貴方達の訪ねたい質問でいいのね?」
「ああ。それを聞くために今日俺達はここへきた」
「その質問に対する私の答えだけど、『わからない』わ」
「「はっ?」」
深井さん以外の一同の言葉が重なる。
この回答は誰もが予想外でした。
「高橋君は中学時代数々の悪行が囁かれていたけれど、現行犯で目撃したことはないわ。だけどそれを冤罪と証明する証拠も私は持ち合わせていない。だから私の答えは『わからない』なの」
「しかし、俺達よりは事情に詳しいはずだ。そもそもそのような戯言が噂として流れ出したのはキミと付き合いだしてからだろう? ならばキミが一役絡んでいるのは確かだ」
「そんなこと言われても知らないわよ。時期なんて偶然重なっただけよ。それに私は『フラれた側』なの。言いたいこと、分かるわよね?」
つまり、自分はあくまで被害者であって、その後の噂に関しては関係ない。深井さんはそう言いたいのでしょう。
「そもそも一郎君がフッたというのは本当なのですか? ……いえ、そもそも貴方達は『本当に付き合っていた』のですか?」
「…………質問が二つにも三つにもなっているわよ。これ以上は答えない。帰るわ。じゃがいもスターの再放送を見なければいけないの」
「待ってください! まだまだ聞きたいことが……っ!」
バタンっ
私の制止の声を無視して、深井さんはスッと立ち上がり早足で出て行ってしまった。
質問にも曖昧な答えしか返ってこなかったし、これじゃあ……全然進展がないじゃないですか。
「どう思う? 池君」
「小野口クンも気付いたか。あの不自然な『間』に」
「えっ?」
「俺からの質問にはすんなり答えた深井嬢だったが、星野クンの質問に関しては次の言葉が出るまで妙な間があったのだ」
「それに明らかに表情がいつもと違っていたね。肩が一瞬上がった所を見るにアレは『焦り』と見て間違いないんじゃないかな」
「えっ? えっ?」
私が一人で項垂れている間に、池さんと小野口さんが常人には理解しがたい推理ショーを繰り広げていました。
間? 肩? 焦り?
どういう観察眼を持てばそんなところに気付けるのでしょう。
「まぁ、なんにせよ――」
「うん。少しだけ事態は進展しそうだね」
改めて思う。
この二人は本当の意味で『秀才』であるのだと。
活路が見えてきたと仰るお二人。
あれから今後について会議をしようという提案を受けたのですが、私は一足先に退出させてもらっていた。
だって、先約があったから。
昨日、アバタ―クエストの中で約束した通り、私は高橋家へ赴いていた。
「一郎も幸せね。三日も連続でこんなに可愛い女の子が心配して来てくれるんだから。ねぇ、星野さん、本当に一郎でいいの? 貴方ほど性格が良くてかわいい子なら引く手数多なんじゃない?」
高橋家へ着いた途端、一郎君のお母さんに褒めちぎられました。
こんな風に褒められたことないので、困惑してしまいます。
「い、いえ。私なんて気味の悪くて要領悪いだけの女子ですから。こんな私と付き合ってくれてこちらこそありがたいというか……その……」
「しかも謙虚! 一郎にはもったいないくらい良い子ね! むしろ私の嫁にならない?」
お母様の嫁って……一体どういう理屈なのでしょうか?
「そ、その、今日も一郎君の部屋の前まで行かせてもらっていいでしょうか?」
「もちろんよ。星野さんだったらドアを蹴り破って侵入してもらっても構わないからね」
「い、いえ、色々な意味でそんなことできませんから……」
日を追うごとにお母様のテンションがおかしくなっていっている気がします。
歓迎されている、というのは素直に嬉しいですが。
「さて……と」
本日の目標。
その1、一郎君の声を聞く。
その2、一郎君の姿を見る。
その3、一郎君を抱きしめてあげる……できれば抱きしめてもらいたい所ではありますが。
中々に厳しい目標ではあるけれど、是非とも達成したい目標でした。
その為に秘策も用意しています。
「一郎君来ましたよ。そしてごめんなさい! 予告通り謝らせてください!」
「――いきなり謝罪してきた!」
ドアの向こうから一郎君の声が聞こえてきた。
約十日ぶりに聞いた、男性としてはやや高めの可愛らしい声。
何だか一ヶ月ぶりくらいに聞いた気がします。
だけど――
「目標その1、達成しましたっ!」
「――なんのこと!?」
キレのあるツッコミ。
些細なボケにツッコまずにはいられない一郎君の性格を利用した巧妙な作戦。
それが恐ろしいくらいハマってしまった。
「次は直接姿を見ながら謝りたいです。一郎君、ここを開けて私を中に入れてください」
「……そ、それは……」
「お願いします。今度は作戦とかじゃなくて、心から謝りたいんです」
「…………」
一郎君の返答が無くなってしまいました。
まだ、会うのは難しいのでしょうか。
「一郎君……」
「…………」
「まだ……会ってはくれませんか?」
「…………」
やっぱり今日も駄目みたいでした。
でも目標その1だけでも達成できただけ一歩前進と言った所でしょうか。
「…………月羽は、さ」
「は、はい!」
突然自分の名前を呼ばれ、やや甲高い声が出てしまった。
「まだ……僕のこと……好きでいてくれるの?」
「何を当たり前なことを言っているんですか。ずっと好きです。一生好きです」
「…………」
「…………」
またお互いに黙ってしまう。
というより、私の方は質問の意図が読めず困惑しているだけなのですが。
「……ありがとう月羽」
「……? 私は何もしていませんが……」
「……僕を嫌わないでくれて、ありがとう。月羽」
「私が一郎君を嫌いになるなんてありえませんよ」
「……ありがとう」
小声だけど、確かに一郎君のお礼が聞こえました。
「月羽。何とか今月中には復帰して見せるから」
一郎君が自ら復帰して見せると言ってくれた。
私はこの言葉を今度こそ心の底から信じなければならない。
一郎君を少しでも疑ってまた傷つけてしまうのだけは嫌だから。
でも――
「一郎君。できれば……今週中には復帰……できませんか?」
「……今週……」
一郎君の迷いが見える気がした。
だけど私の方も急がなければならない理由がある。
「実は……一郎君には余計な不安を与えない為に黙っていたのですが……青士さんが今大変なことになっているんです」
「……青士さんが?」
一郎君には青士さんが退学寸前まで追い込まれていることを話してはいなかった。
だけど、青士さんを救うためには一郎君の力も必要だと思ったから。
『それって、一郎君の中学時代の噂話を先生方に聞かせるってことですか? それって……そんなのって……』
日中に私が叫んだ言葉が不意にフラッシュバックする。
一郎君が更に傷ついてしまう結果になってしまうかもしれない。だけど、それでも一緒に青士さんを救ってあげたいと思ったから。
だから私は言った。
「青士さん、先週に相田さんや鷲頭さんと喧嘩をしていることがバレて……今週の職員会議でその処分が決まってしまうんです」
「相田君に……鷲頭君と……喧嘩?」
「はい。実は色々あって、一郎君の過去の噂話を聞いた時、一郎君の為に怒ってくれた青士さんが報復をしたんです」
「……僕の為に……」
「だけど、他校の生徒との喧嘩で……しかも勝ってしまって……更に面倒なことに青士さんが一方的な加害者として学校側が見ているんです。だから……その……」
「……僕が……職員会議で証言すれば……青士さんは僕の為に怒ってくれたんだって証言すれば……青士さんは助かる……」
「勿論確証はありません。それどころか一郎君の立場まで悪くなってしまうかもしれません」
「…………」
「だから、どうするかは一郎君が決めてください。例え一郎君が協力できないとしても……私が頑張ります。池さんや小野口さんだって付いてます。きっと、なんとかなります!」
「…………」
「ごめんなさい。混乱させるようなことを言って。でも一郎君にも現状を知っておいて欲しかったんです。後から一郎君が立ち直った時、全て手遅れな状態になっていたくないから」
「……少し……考えさせて……欲しいかな」
「分かりました。私は、一郎君の答えを待っています。どんな答えでも私だけは味方ですからね!」
「…………」
一郎君を励ましにきたはずなのに、余計混乱させてしまった。
恋人……失格なのかもしれません。
どうして……どうして一郎君や青士さんばかり辛い目に遇うの?
私に出来ることは……本当はまだまだあるのではないでしょうか。
「…………」
一郎君は考える時間が欲しいと言った。
私も……考える。
一生懸命考えて考えて考え抜いて最善の策を捜索する。
青士さんの処遇を決める会議はすぐその日まで近づいているのですから。
見てくれてありがとうございます。
最終章は月羽主人公と以前記しましたが、こうしてみると池君が主人公みたいですね。
一郎君とは違う万能系の主人公を書いているみたいで僕も新鮮でした。