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Experience Point  作者: にぃ
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第百話 ここに居ない一郎君と青士さんの分まで

ついに百話まできました。長かった。

こんなに長く続けられている事実に僕自身が驚愕しています。

飽き性でもやればできるものですね。

 9月6日、土曜日、正午。

 待ち合わせ時間の1時間前ですが、私はすでに駅前に到着していました。

 池さんも小野口さんも時間より早く来そうな予感がしましたので、私もそれに合わせて早めに家を出たのですが……

 さすがにこれは早すぎでしたか。一郎君とのデートの時の感覚でついつい先に待っているくせが出来てしまったようです。


「やっほー。早いね月ちゃん」


「さすが星野クン。待ち合わせの一時間前にくるとは」


「…………」


 なぜこの人達は私よりも先に来ているのでしょうか?

 いつから待っていたのか、気にはなったけど、なんだか聞くのが怖い気がして二人の前で沈黙してしまう私でした。


「月ちゃんも来たことだしさー、教えてよ、池君。深井さんに関する有力な情報を得たってメールに書いてあったけど」


「まぁ、急かすな。とりあえずバスに乗ろうではないか。移動中に話そう」


「だったら急ぎましょう。確か11分に出発するバスがあったはずです」


 池さん、小野口さん、そして私の順番で一列になって、バス停へと駆ける。

 向かうはミニテーマパークネメキ、喫茶魔王。

 思えば喫茶魔王は私達五人にとって全ての始まりとなった場所でした。

 楽しいことの始まりも、辛いことの始まりも、みんなあの場所から始まった。

 だからと言って嫌いなわけではありません。

 いつかまた五人であの場所で働きたいなぁ。


「小野口クン、星野クン、これをやろう」


 バスに乗り込むと池さんから長方形の小さな紙を渡される。


「これは……回数券ですか?」


「ああ。たくさんあるからな。それに俺はイケメンだからバス代くらい難なく奢れるのだ」


「そんな、いいよー! 移動代くらい自分で出すよ」


「そうです! こんな高価なもの受け取れません!」


「……いや、全然高価でもないのだが。うーむ。キミ達に物を奢るのは相変わらず難しいな」


 なんていいつつ、さりげなく私と小野口さんに回数券を渡してくれる。


「わ、わわ、良いですって!」


「まぁまぁ、イケメンからの好意は受け取っておくものだぞ」


「な、なら、お金払います!」


「そうだよ! お金払えば問題ないよね! 月ちゃん、グッドアイデア!」


 私と小野口さんは急いで財布を取り出し、回数券の金額分を池さんに握らせた。

 これで万事解決です。


「難攻不落だなキミ達は」


 池さんは何故か残念そうにしていますが、私と小野口さんはほっと胸をなでおろし、二人用席に並んで着席したのでした。







「さて……と。どこから話すかな」


 バスでの移動中、ようやく池さんが本題を語ってくれた。


「まず、昨日、俺が深井嬢を探りに南高校へ出向いている、ということは話したな?」


「はい。それは聞きました」


 途中、私が泣きだしちゃって話が流れてしまったけれど、池さんも頑張っていることは昨日聞きました。


「昨日の放課後もいつものように南高校へ行ったのだ。そしたら――」


「深井さんに会えたの?」


 小野口さんの問いかけに池さんは首を横に振る。


「残念ながら深井嬢には会えなかった。だが、代わりに有力な情報を持っている人間と会えた」


「誰ですか?」


「中黒氏だ。先週の日曜日、深井嬢が店へ来るちょっと前にセカンドイケメンを外へ連れ出した男さ」


「あっ……」


 深井さんの印象が強すぎて忘れていましたが、確かにあの方も一郎君と関係が深そうでした。

 一郎君と仲は良さそうには見えませんでしたが。


「あの時の彼が深井さん達ともつながっていたの?」


「まぁな。深井嬢の元彼と自ら告白していた」


 その言葉に驚きで目を見開く私と小野口さん。

 そういえば深井さんも言っていた。『彼氏と喧嘩し、傷心していた所を一郎君に付け込まれた』と。

 その『彼氏』さんがあの時店に来ていた男の人だったってこと……?


「と言っても、彼は深井嬢の味方、というわけでもないらしい」


「どういうこと?」


「……まぁ、彼のプライベートなことだから秘密にしておこう」


 事情はよく分かりませんが、池さんの言い方から察するに中黒さんという方は悪い人ではないらしいです。

 そもそも今回の騒動に関して悪い人なんて居るのでしょうか?

 ちらっ、と小野口さんの方を見る。


『どうしても悪者が居なければいけないとすれば……それは全ての原因を生み出した人じゃないかなと思うんだ』


 小野口さんは全ての元凶が深井さんにあると思っています。

 私の考えとしては、一郎君に変な冤罪を広めた人が一番悪いと思っています。

 それが深井さんの仕業なのか、それともまだ私達の知らない事実が背景に潜んでいるのか、今の所その手がかりすらありません。


「心配するな星野クン。上手く行けば今日中には過去の南中で何があったのか、はっきりする」


「えっ?」


「中黒氏が教えてくれたのだ。最近の深井嬢の動向を」


「……まさか!」


「??」


 小野口さんは何かを察したみたいですが、私には理解が追いつきませんでした。

 これが秀才と要領悪い子の差でしょうか。悲しいです。


「深井嬢は未だ喫茶魔王へ通い続けているらしいのだ」


「喫茶魔王へ?」


 先週、魔王様も同じことを言っていました。

 一郎君に会う為に通い続けている女性客が居ると。


「彼女にどんな事情があるのかはわからん。しかし、喫茶魔王へ行けば確実に彼女に会えるという訳さ」


「なるほど。それで今日私達を集めたのですね」


「ああ。その通り。仮に深井嬢が今日に限ってこなくても皆で話し合う必要があろう」


「……そうだね。高橋君のこと、それに青士さんのこと」


「それにお店にご迷惑をかけてしまったお詫びもまだしていませんし……」


「ああ。それについては問題ない。店員が未成年の場合はそれなりに事態収拾も楽なのだ。それに風評被害もないし、営業もすでに再会している」


 そういえば忘れがちになっていましたが、ミニテーマパークネメキは池さんのお父様が経営している会社でした。

 つまり間接的に池さんにもご迷惑をかけたことに間違いないわけで。

 それなのにこんな風に大したことないように言ってくれるのは池さんの優しさでしょう。


「それでもお詫びしなければいけません。ここに居ない一郎君と青士さんの分まで。私が――」


「私達が、だよ」


 言葉を遮る様に小野口さんが私の肩に手を置いて、にっこり笑ってくれる。


「全く、キミ達という奴は」


 呆れたようにほくそ笑む池さん。

 何はともあれ、方針は決まった気がします。

 まず魔王様に謝り、深井さんから一郎君に関する過去の噂についての真相を聞く。

 そして青士さんの退学を取り消す方法を皆さんで探すんです!

 それに今もずっと部屋に閉じ籠っている一郎君。

 今も苦しんでいるであろう私の恋人は、私自身の力で助けてあげたかった。







「別に謝る必要などないのだがなぁ」


 頬をポリポリ掻きながら困惑そうに頭を下げる私達を眺める魔王様。


「でも、魔王様不在の間に起きた不祥事ですし……」


「気にすることはない。それに監視カメラで映像を見たが、どう見てもあのチャラい客二人が悪い。ワシがあの場に居たとしても鉄拳制裁を行っていただろうな」


 そんな風に言ってくれますが、誰よりもお客様第一に考えているのは当然魔王様です。

 たぶん魔王様があの場に居てくれたら大人の対応で対処したことでしょう。


「それに聞いたぞ! 悪いのは奴等なのにスノコが相手側の学校から訴えられたそうじゃないか! 来週にもワシが直々に学校へ出向いてやろうと思っていたところだ! 戦争じゃ!」


 ……お、大人の対応で……なんとかしてくれた……はず?


「魔王様。気持ちはありがたいですが……その……」


「逆に面倒なことになりそうですから、ここで大人しくしていてくださいね」


 私が言い渋っていると、小野口さんがズバリ言ってくれました。


「むぅ、そうか。しかし、幹部のピンチに上司が何もしないというのもだな……」


「その心遣いだけでもありがたいさ。いざという時は切り札として助力願います」


「うむ。いつでも頼ってくると良い」


 たまに乱暴な考えをする方ですが、やっぱり魔王様はとても良い方です。

 大人の人が味方ってとても心強いです。


「ところでここ最近も深井嬢が来ているというのは本当ですか?」


「深井嬢? ああ。あの監視カメラに映っていた常連のオナゴか。たしかにずっと来ているな。追い返すのも不自然だし、普通に受け入れてはいるが……」


 監視カメラを見た、ということは魔王様も一郎君の過去話を知っているということ。

 その辺り、魔王様はどう思っているのかなぁ。


「いつもは夕方に来る。まぁ、土日は分からぬが、今日の所はまだ来店されてないぞ」


「そうですか……ふむ。まだ時間はあるな」


「なんだか知らぬが深井というお客様を待っているらしいな。奥の休憩室で待っていても良いぞ」


「いえ、魔王様のお手伝いします」


「接客でもお皿洗いでもなんでもやっりまっすよー♪」


「料理だけはメンタルイケメン抜きの面子では出来ないが、それ以外ならば何でも言いつけてください」


「そうかそうか。ワシも良い幹部達を持ったもんだ。それでは皆には食器洗いを免じよう。昼ピークが過ぎたばかりだから洗い物が溜まってしまってな」


「「「はい!」」」


 今日は本音を言うと働く予定は無かったのですが、魔王様のお気持ちが素直に嬉しかった私達はお手伝いという形で返すことにした。

 約一週間ぶりに袖を通す幹部衣装。

 だけど五人そろって魔族の格好を出来ないのはとても寂しかった。







「……これは宛てが外れてしまったかもしれんな」


 お手伝いを始めて数時間後、池さんが不意に虚空に向けて独り言を漏らす。


「深井さん……来ませんね……」


 その独り言に答えを返すように私も虚空に向けて言葉を放つ。

 魔王様はいつもは深井さんが来店されるのは夕方だっておっしゃっていましたが、今日に限って一向に姿を現さない。

 日ももうすぐ沈み切ってしまう。


「平日にくるべきだったのかなぁ」


 洗い物や掃除はとっくに終えて、冷蔵庫の中の整理すらも終えた小野口さんも退屈そうに言葉を放つ。


「仕方ない。休憩室で今後のことについて話し合おう」


「話し合うっていっても……」


 渋る表情の小野口さん。たぶん私も似たような表情していることでしょう。

 話し合う必要があることは重々承知ですが、深井さんが現れなかった以上、新たな情報も得られなかったわけで。

 現状手詰まりであることも変わっていない。


「いいから休憩室へ行こう。メンタルイケメンの件に関しては俺に良い考えがあるのだ」







「そもそもメンタルイケメンが起こした喧嘩は退学になるような行為ではないはずだ」


「そ、そう……でしょうか?」


 青士さんが喧嘩を起こしたのは一郎君を侮辱した鷲頭さんと相田さんに腹が立った為。

 でも暴力を奮ったのは事実ですし、先生達を納得させるのは難しいのが現状です。


「本当にそうか? 男二人対女子一人の喧嘩だぞ? 至極客観的に見れば男二人が女子を虐めているように見えるのではないだろうか?」


「確かに……そうかもしれませんが……」


「喧嘩の正当性を示すってこと? 無理だよそれは。面倒なことに青士さんが自分の暴力を認めちゃっているんだ。担任の田山先生にも正直に事実を伝えているみたいなんだよ」


 私も知らない新情報をサラッと言い放つ小野口さん。

 どうして小野口さんはそんなことまで知って――いえ、『小野口さんだから』の一言で答えが出る疑問は考えない方がいいですね。


「そうだとしてもまだ希望はある。さっき魔王様が言っていただろう? 『監視カメラの映像を見た』と。つまりだ。あの時に起きたことは全て監視カメラが捕らえているのだ」


「それを先生達に見せるの? うーん……」


「メンタルイケメンが激昂したのは友の為、という事実を教師に察せれることが出来るだけで少なくとも退学は逃れるのではないか? 現状を見ると、どうも教師たちは『理由も無しにメンタルイケメンが一方的に暴力を奮った』と思われているように見える」


「確かにそうだね。んー、まぁ、それで万事うまくいくとは思えないけど、出来ることはやっておくべきだよね。じゃあ、早速魔王様に頼んで監視カメラの映像を――」


「ま、待ってください!」


「ん? どうしたの、月ちゃん」


 確かに監視カメラの映像を見せて、あの時の会話を先生方に聞いてもらえれば青士さんの処分は軽くなるかもしれません。

 でも……

 それって――


「それって、一郎君の中学時代の噂話を先生方に聞かせるってことですか? それって……そんなのって……」


「「あっ……」」


 それって、一郎君だけが一方的に不快な想いをするのではないでしょうか。

 それに先生方が一郎君を見る目が変わってしまったりする可能性だってあります。

 もし沙織先生まで一郎君を見損なうような目で見られることになったりしたら、一郎君はまた傷ついてしまいます。

 そうなったら一郎君はもう二度と学校に来なくなってしまいそうで……


「すまない星野クン。俺としたことがそこまで考えが至っていなかった」


「そうだよね。本人の許しなしに自分の過去のことを他人に話されるなんて嫌に決まっているよね」


 沈むように俯く池さんと小野口さん。


「他に……他に方法はないのでしょうか!?」


「それは……」


「…………」


 三人で俯いたまま黙ってしまった。

 私も必死に考える。青士さんが助かって、一郎君も傷つかない方法を。

 仮に私達が青士さんの起こした喧嘩の正当性を訴えたとします。

 ……それで信じてもらえるようならここで悩んではいないですよね。

 やはり正当性を示すには監視カメラの映像を見せるしかない。ですが、それは一郎君の為にやりたくない。

 他に……何か他にいい方法が……私の発想を超えた案がきっと……


「…………」


 小野口さん、黙ったまま口を開かない。

 いつものように秀才染みた発言は聞かれなかった。


「…………」


 池さんもいつものような余裕が一切見受けられず、険しい顔をしたまま口を開かない。

 どうしよう……このままでは何の対策もないまま来週には職員会議が開かれてしまう。

 私達に現状を打開する情報があまりにも少なすぎることを改めて実感した。


「どうしたのだ? 皆暗い顔をして」


 私達が三人で俯きながら黙り込んでいると、突然魔王様が休憩室の襖を開けてきた。


「お疲れ様です魔王様。休憩ですか?」


「いや、お客人が見えたので皆に知らせにきたのだ」


「お客人って……まさかっ!」


「ああ。キミらが会いたがっていたお嬢さんがお見えになっている。今カウンター席についてもらっているが……」


 情報が少ない中、唯一多くの情報を持っているであろうお方――深井さんが現れてくれた。

 この出会いが幸いか災いになるかは私達と深井さん次第。

 私達三人は逸る気持ちを抑えきれずにホールのカウンター席へと駆けていった。


見てくれてありがとうございます。

たまたまですが今月は何故か7の付く日に更新が重なりました。

次回の更新も7の付く日までには上げたい所です。

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