第九十八話 もしかしたら、一郎君も
イケメン。イーケメン。イーケーメーン!
【main view 池=MEN=優琉】
放課後、俺はファンの子に捕まる前に早々と学校を出た。
向かうべき場所は南高校。電車で一駅分、バスなら数十分といったところか。
交通費の出費は痛い所ではあるが、幸いにもバイト代はまだまだ残っている。
しかし、そう何日も通ってはいられないな。今日こそは深井嬢に会えれば良いのだが……
「きぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁ! イケメンが今日もやってきたわぁぁぁぁぁぁん!」
「後光が! イケメン特融のキラキラオーラがワタクシを失明させるっ!」
「ふむ。西のイケメンこと池=MEN=優琉であるな。ファンの数は星の数という。実は小生もその一人であるのだがな」
「「「イケメン。イーケメン。イーケーメーン!」」」
南高校に着いた途端、いつものようにイケメンコールが鳴り響く。
俺のイケメンさが引き起こすコール現象。俺がここに通い始めてから毎日この状況が続いていた。
「(これはいかんな……)」
このまま取り巻きに囲まれてしまっては今日も深井嬢に会うことはできなくなってしまう。
何か手を打たねば。
そうだ。アレを試してみるか。
沙織さん。少々技を借りるぞ。
「秘義、チョークスロー! イケメンの舞!」
懐から携帯チョークを取り出し、それを天に向けて思いっきり投げた。
沙織さんの鋭い投擲には遠く及ばないが、一同の視線を逸らす役目としては十分だった。
皆が天に放られたチョークに目が奪われている間に俺は自慢の俊足を発揮して包囲を潜り抜ける。
「い、イケメンが消えた!?」
「これが噂に聞くイケメン神隠しよ! 一説によると、彼のイケメンっぷりに美の神様が嫉妬し、池様の存在を消し去ったという」
「なんと! では彼は神と戦っているというわけか!? ぐぬぬ……信じがたい話とはいえ、池殿ならばありえそうだ」
「神との戦いの一抹を覗いてしまったというわけか。私達もまた神々との戦いに関わった一人になってしまったのね」
「イケメンよ。生きて帰ってくるのだ。また我々の前にその凛々しい姿を見せてくれ」
「「「イケメン、イーケメン、イーケーメーン!」」」
南高校校門にて再度イケメンコールが鳴り響く。
俺の帰りを真摯に願いながら。
まぁ、当然ながら神々に喧嘩を売るつもりなんてないのだが。
むしろ俺がこれから対峙する相手は神よりも手ごわい気がしてならない。
さて……と。深井嬢はどこにいるのやら。
ここは誰かに尋ねるのが得策だな。
しかし、女子に見つかるとまた足止めを喰らってしまいかねん。
大人しそうな男子生徒に聞くとしたい所だが。
「むっ?」
俺の目の前を歩く男子生徒。
その姿には見覚えがあった。
「ふむ……」
この学校に在住だったのか。
『大人しそうな男子生徒』という類からは外れていそうだが、彼に話を聞くというのも充実した情報を得られそうだ。
「そこの男子生徒。ちょっといいか?」
「…………」
聞こえていないのか、自分が呼ばれたと思っていないのか、まるで気に留めない様子。
確かセカンドイケメンは彼のことをこう呼んでいたな。
「中黒君……だったかな? ちょっといいか?」
「んっ? 誰か呼んだか?」
「ああ。このイケメンが呼んだが」
「…………」
「なぜ無言で去ろうとするんだい?」
「突然物陰から出てきた他校の奴に呼び止められ、しかもそいつは何故か俺の名前を知っていて、更に自分のことを『イケメン』呼びする男が出てきたら普通に逃げるのが賢い選択だと思うが」
「ふむ。意外とシャイなのだな」
彼はもっと熱血漢の者と思っていたが、こう見ると冷静な面もあるのだな。
それは少しやりづらいな。
「もういいか? 俺は帰ってじゃがいもスターの再放送をみたいんだが」
「じゃがいもスター再放送が始まるまで2時間半ある。ちょっと俺と話をしていかないか?」
「いかねぇ。じゃあな。不審者。教師には突き出さねーでやるから。もう俺には関わるな」
いかん。話すら聞こうとしてくれない。
こういうヤレヤレ系のキャラは本当に興味のあること以外食いつきが悪いのが難点だ。
仕方ない。やや不本意だが興味を引くために親友の名前を借りさせてもらおう。
「俺の友人、高橋一郎が今不登校になっている。その理由の一端をキミは知っているのではないか?」
「……なに?」
思った通りの反応を見せる。
しかし、この驚いた顔は少々意外だ。中黒氏が直接の原因ではないのか?
そうするとやはり原因は深井嬢の方か。
「お前、高橋の知り合いか?」
ふむ。この様子、あの時喫茶魔王に俺も居たことを憶えていないか。
無理もない。立ち寄った喫茶店の店員の顔など普通は覚えていないものだ。それが例えイケメン店員であってもだ。
ここは自己紹介をしておくとしよう。
「俺の名は池=M=優琉。気軽にイケメンと呼ぶが良い」
「なんだその不自然過ぎる名前は!? なんだ『M』って!?」
「ミドルネームだ。性格には池=MEN=優琉だ」
「ミドルネームにしても『MEN』はねーよ!」
久しぶりにミドルネームに関してツッコまれた気がするな。
この反応がなぜだか懐かしい。
っと、自己紹介はこの辺でいいか。本題に入ろう。
「セカンドイケメンは今週に入ってから一度も学校に来ていない。そう、キミと会ったあの日の翌日からな」
牽制するような物言いになってしまったが、この相手には強気な姿勢で話の主導権を握っておきたかった。
「セカンドイケメン? なんだそれ?」
「同士高橋の呼び名だ。こまかいことは気にするな」
深井嬢と似たような反応だな。
いつかセカンドイケメンという呼び方を世界に定着させてやりたいな。
「なぜ高橋が不登校になるんだ? あの野郎。何を考えてやがる」
「それはこちらの台詞だぞ。キミは――いや、キミ達はどうしてそこまでしてセカンドイケメンを追い詰める?」
「……何をいってやがる? 中学の時、傷心中なのを良いことに、玲於奈と付き合ってやがったのは高橋の方じゃねーか。そのせいで俺も色々とモヤモヤした気持ちになって――」
「それが不自然だとなぜ気付かないのだ?」
「……なんだと?」
「まず一つにセカンドイケメンが傷心中の女性に付け込むようなことはまずしない」
「はんっ! お友達補正掛かりまくりの意見だな。だが実際あったことなんだよ。元南中の奴なら誰でも知っている。お前が奴を信じていよーが、それは事実なんだ」
「セカンドイケメンが注目を浴びだしたのはその頃だったか」
「そうだ。奴の悪行はそこから始まったんだ」
「ならばそれまでは全く注目もされていなかったわけだな」
「その通りだ」
「今まで注目もされなかった者を学園のアイドル的存在である深井嬢が果たして相手にするだろうか?」
「……!! そ、それは、傷心に付け込まれて……っ!」
ようやく能面が崩れてきたか。
この調子で冷静さを欠いてくれることが理想の展開ではあるが……
「俺は先週の日曜日、深井嬢と少しだけ会話をした。その印象は凛としてブレのない志の強い女性のように感じた。もし中学時代からその性格が変わっていないのならば……なにがあったのかは知らぬが、傷心したくらいで果たして付け込まれるものだろうか?」
「ぐっ……」
「キミや南中の者達の知り得ぬ――それこそセカンドイケメンと深井嬢しか知らない真実がその背景にあると考えた方がよほど自然ではないか?」
「それこそ根拠のねー話だ。俺的には高橋クズ説の方がしっくりくるけどな」
「そうか。ならば仕方ない」
相容れなかったか。
話が平行線になってしまいそうなのでもうこの場に居ても仕方がない。
「……まてよ。自称イケメン野郎」
「なんだ? 中黒クン」
「そこまで言うなら俺も調べてやる。高橋の過去。玲於奈の過去。お前の知りたいこと全部な」
「……ほう?」
これは思いもよらぬ展開だ。
まさか中黒クンからそのようなことを言ってくれるとは。
「中学時代の知り合い全員に昔の噂について聞いてやる。そこで少しでも矛盾が見つかればお前に知らせてやるよ」
「それは非常にありがたいことだが……良いのか? どうしてキミがそこまでしてくれる?」
「別に……過去を引きずっているのは高橋だけじゃねーんだ」
この言い方……彼にも何かあるのだろうか?
それを聞くのは失礼だとは思うが……しかし――
「もし良ければ教えてくれまいか? キミとセカンドイケメンの関係について。それとキミと深井嬢の関係について」
「……まぁ、いいか。俺と高橋は中学が一緒だけだ。玲於奈の件が無ければ会話もしなかった間柄だった」
つまりほぼ他人であったわけか。
それが深井嬢を取り巻いただけであそこまで険悪になれるとは。
「俺と玲於奈の関係についてだが……一言で言えば恋人だ」
「ふむ」
まぁ、想像はついていたが。
そうでなければ色々とつじつまが合わないからな。
しかし、彼が次に出した言葉は衝撃だった。
「元……な。玲於奈は俺の元カノなんだ」
【main view 星野月羽】
放課後、池さんが南高校へ出向いている間、私は昨日と同じように高橋家へ向かっていました。
ちなみに小野口さんはと言うと……
『深井さんを探ることも大切だけど、今日は青士さんの家に行ってみる。本人がどんな様子なのか知っておかなくっちゃ』
そう言い残し、青士さんの家に向かっていきました。
なぜ青士さんの家を知っているのか、少しだけ疑問に思いましたが、『まぁ、小野口さんですから』という回答で自己解決済みです。
今日の結果は夜にメールか電話で報告し合うことになっています。
青士さんのことも心配ですが、そちらは小野口さんが頑張ってくれています。だから私も今は一郎君を復帰させることだけに集中しましょう。
高橋家に到着し、昨日と同じようにチャイムを鳴らす。
お邪魔するのが二回目であるためか、昨日ほど緊張せずにチャイムを押せました。
「あらあらホシーノさん……じゃなくて星野さん。いらっしゃい。待っていたわよ」
一瞬ホシーノ設定を継続させようとした辺り、さすが一郎君のお母様と言うべきでしょうか。
「こんにちは。お、お邪魔します」
二回目と言えど、全く緊張しないわけではないです。
基本的にビビりな性格故に中々肩の力が抜けない自分が煩わしかった。
「お茶出すわね。リビングへ上がって」
「あっ、おかまいなく」
連日の訪問にも関わらず歓迎をしてくれる。
その心遣いが嬉しかった。
ちなみにお母様が出してくれた紅茶は昨日よりも甘みが強く、とても飲みやすかった。
「あの……今日も一郎君は?」
「ええ。相変わらず部屋に引きこもりよ。しかも物音ひとつ聞こえないのよ。ゲーム音でもすればまだ安心できるんだけど、ほぼ無音なのが逆に心配なのよね」
「物音ひとつしない……ですか」
それは確かに妙です。
一郎君は部屋で一人っきり一体何を?
もしかして部屋に居ない可能性も……
――いえ、それはないです。昨日、私が部屋の前に行った時、確かに微かな物音が聞こえました。
「あの、今日も一郎君の部屋に行かせてもらっても良いですか?」
「もちろんよ。なんなら扉を破壊してでも会っていってもらっても構わないわ」
「い、いえ。さすがにそこまではしませんけども……」
発想がとても豪快でした。
それだけ一郎君のことを心配しているとも取れますが……
「それでは二階へ行ってまいります」
ペコリと一礼し、二階奥の一郎君の部屋の前へと移動する。
ノックをする前にドアの前に耳を着けて音を聞いてみる。
「…………」
本当に物音ひとつしません。
一郎君。何をしているの……?
出てきて……聞かせてくださいよ……
コンコン
控えめに二回ノックする。
「…………」
やはり返事はありません。
「一郎君。月羽です」
……ガタッ
昨日と同じように微かな物音が鳴った。
お母様には悪いですが、私が来たことで反応してくれることが嬉しかった。
「一郎君。そろそろ経験値稼ぎしたいんじゃないですか?」
「…………」
返事は……ない。
「ていうか私がしたいんですけどね。えへへ」
「…………」
返事はなくても、私は言葉を止めない。
「休日におでかけするのもいいですね。経験値稼ぎ抜きにしたデートももっともっとやりたいです」
「…………」
――私の胸の内を曝け出すことで……
「恋人っぽいこともまだまだやり足りないですね」
「…………」
――何とかなるキッカケになるって信じているから……
「また、手を繋いで出かけましょう。今度は5時間以上に挑戦です」
「…………」
――昨日は失敗した……
「キ、キスも……その……一回だけじゃ……その……足りません……し」
「…………」
――今日も失敗するかもしれない……
「って、そうでした。あの日は4、5回キスしましたっけ。で、でも、まだ足りませんよ」
「…………」
――けどそれが何?
「そういえばキスした日以来屋上に行っていませんよね? 知ってました? 最近は日が落ちるのが早くなってきて、綺麗な夕日が眺められるんですよ」
「…………」
――明日も再チャレンジすればいいだけの話……
「ほーら。屋上に行きたくなったでしょう? 行きたくなりましたよね?」
「…………」
――前向きに行く……
「もし、行きたくなったら……いつでも来てください。いつものように待っていますから。先に屋上で待っていますから」
「…………」
旧多目的室での小野口さんの言葉が私に勇気をくれた。
「……また……来ます……」
一郎君と会話した、というより私が一方的に言いたいことを語っていたという感じでした。
ドアとお話ししていた気分です。
でも私の言葉がキチンと届いたと信じるしかありません。
ゆっくり階段を下る。
「そういえば……」
一学期の中間試験の時、カンニング疑惑を着せられたことがショックで自分が不登校になっていたことをふと思い出しました。
あの時、私は今の一郎君と同じように部屋に閉じ籠って絶望していた。
いえ、私の場合は単に拗ねていただけなのでしょうね。
クラス中から白い視線を受けるのが嫌で部屋に閉じ籠って。
経緯は違えど、あの時と今の状況は似ている。
私と一郎君の立場が逆になっただけであの時と同じ。
ならばあの時一郎君がしてくれたように、今度は私が助ける番。
「あれ……?」
そういえばあの時、私は自分の部屋で何をしていたんでしたっけ。
約三ヶ月前の自分の行動を振り返る。
私は部屋に閉じ籠った。
閉じ籠って……それから……
「あっ……」
思い……だした。
私はあの時――
「もしかしたら、一郎君も……」
可能性は……ゼロじゃない。
もし今の状況があの時と立場が逆なだけだとしたら……
一郎君はたぶんあそこに居る。
「待っていてください。一郎君」
今、迎えに行きますから。
見てくれてありがとうございます。
すでに気付いている人がほとんどだと思いますが、ここまでの最終章の展開はカンニング疑惑事件と対になっています。
一郎と月羽の立場が逆になったバージョンって言うべきですかね。
もし良かったら最終章の予習感覚でその辺りの話を見てくれると光栄です。
一郎が今何をしているのかもその辺りの話から推理できますので。