表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Experience Point  作者: にぃ
101/134

第九十七話 私の些細な一言のせいで

遅くなって申し訳ありません。

    【main view 星野月羽】



 あれこれ考えている内にいつの間にか夜が明けていた。

 結局具体策は思いつかないまま、私はいつものように登校をする。

 途中、A組を覗き見ますが、やはり一郎君の姿はありませんでした。


「おはよう月ちゃん」


 私が挨拶をするよりも先に小野口さんが寄ってきておはようと言ってくれました。


「おはようございます」


「……月ちゃん。声が少し枯れてるよ?」


「そ、そうですか?」


 睡眠時間を削ってしまったせいか、翌日に少し影響が出てしまったみたいです。


「何かあったの?」


 心配そうな顔と共に聞いてくる小野口さん。

 よく見ると小野口さんの眼鏡の奥の瞳も微かに隈が出来ていた。

 小野口さんも色々心境複雑であまり眠れていないのかもしれません。


「実は昨日――」


 余計な心配を与えてしまう可能性もあったけど、私は包み隠さず昨日の出来事を小野口さんへ伝えた。







「なるほど……ね。高橋君の家に行ってみたわけだ」


「はい。でも会ってもらえませんでした」


「……そっか。月ちゃんはこれからどうするつもり?」


「私は……会ってもらえるまで放課後に一郎君の家に通い続けるつもりです……でも――」


「でも?」


「青士さんのことも……心配で……」


「…………」


 青士さんも一郎君と同様に今週に入ってから一度も学校へ来ていませんでした。

 担任の田山先生は『風邪』とだけ伝えていましたが、しかし――


『――青士有希子は、今度こそ『退学』でしょうな』


 先生方の思惑は昨日たまたま耳にしてしまった。

 青士さんを退学にすることにより、相手側の学校へ示しを付けること。

 そちらの件もどうにかしなければいけませんでした。


「月ちゃん――」


「はい?」


 思考に耽っていると小野口さんの声で遮られた。


「青士さんの件は……私に任せてくれないかな?」


「えっ?」


「私だって……力になりたいんだよ。皆の為に何かせずにはいられないの」


「は、はい。でも……」


 小野口さんの気持ちはすごく分かります。私も同じ気持ちだから。

 だけど青士さんに対しての事案にはそれほど積極的に関わってこないと思っていました。

 だって最近の小野口さんは青士さんのことをまた怖がっていたと思っていたから。


「よし、メンタルイケメンのことは小野口クンに任せよう」


「「わぁぁぁぁぁぁっ!!」」


 不意に背後から聞きなれた男子生徒の声が掛かり、いつものように飛び上がるように驚愕する私と小野口さん。


「い、池さん……いつもいつも驚かさないでください」


「どうしてキミはいつも登場が突然なのかなぁ。もぅ」


 言っていることは正論ですが、小野口さん、貴方にも同じことが言えますよ。


「悪い悪い。どうしても近況をキミ達に伝えておきたいと思ってな」


 そういえばここ一週間、池さんとも全く会っていませんでした。

 池さんのことですから事情は知っているとは思うのですが……


「俺は今週に入ってから毎日南高校へ出向いている」


「南高校へ? どうしてですか?」


「ちょっと調べものをな」


「調べもの? 別高校に行かないとできないことなの?」


「ああ。調べたいことを知っている人物は南高校に居るからな」


 つまり誰かに会いに行っていたということ。

 南高校に関係する人と言えば……


「深井……玲於奈さんですか?」


「それってこの前お店に来た、あの美人すぎる女子高生さん?」


「そうだ。彼女にどうしても聞きださないといけないだろう?」


「えっと……何を?」


「何をって……あのセカンドイケメンに関するありえん噂について詳しくだ」


「「あっ……」」


 『ありえない噂』。

 確かにその通りです。

 深井さんがおっしゃっていた過去の一郎君の噂は、今の一郎君を見ると『ありえない』話でした。


「しかし、俺が南校へ出向いても未だ深井嬢には会えていない。校門で張り付いて待っていてもすぐに女子達に囲まれてしまうしな。自分のイケメンっぷりが憎い」


 池さんも大変のようです。


「だが、南校へ行ってわかったことが一つある。それは元南中出身の者は皆セカンドイケメンに関する『噂』を知っていたということだ」


「そう……ですか……」


 ありえない話なのに、それが真実のように噂として出回っている。

 だから池さんは一郎君の噂話に関して調べているわけですね。

 そうです。あんな噂話、何かの間違い。間違いに決まって――


 ……ふと……


 ……気付いた

 気付いてしまった瞬間、私は機能停止したロボットみたいに固まった。


 私は――


 あの時何て言った?




 ――『大丈夫です! 何を聞いても私の一郎君への想いは消えたりしませんので!』




 これじゃない。

 今問題視すべきなのはこの次に言った言葉。




 ――『だから一郎君が過去に何をしていたとしても、私は気にしません!』




 私は……何てことを言ってしまったのだろう。

 今更ながら、拭いきれぬ後悔が蝕むように私の全身に染みわたる。


 一郎君に関する噂は全てデタラメ。何かの間違い。そう……思っていたはずなのに。

 なのに私はそれを疑う発言をしてしまった。




 ――『何をしていたとしても』




 どうしてあの時、あんな言葉が出てきたのだろう。

 これじゃあ『過去に一郎君が何か悪いことをしていた』と認めてしまっているようなもの。

 そう……思われてしまったんだ。

 だから一郎君は学校に来なくなってしまった。

 だから一郎君は私が呼びかけても部屋から出てきてくれなかったんだ。




 私のせいで……一郎君が傷ついてしまったんだっ!




 今更ながら痛感した。

 あの時来た店に深井さんも、一郎君の知り合いというあの男性客も、不登校になる直接の原因じゃなかったんだ。



 私のせい。


 

 私のせい……私のせい……私の……せい……



「つ、月ちゃん!?」


「どうしたのだ!? 星野クン!?」


「…………えっ?」


 小野口さんと池さんに呼ばれて気付く。

 自分の瞳から熱い滴が零れ落ちていることを。


「な、何でもありませんっ」


 慌てて涙を拭って平静を装う。

 しかし、もう遅かった。

 クラスの方々も怪訝そうに私の方を眺めていた。


「す、すみませんっ!」


 心配して近寄ってくる池さんと小野口さんを掻き分けるように私は飛び出していった。

 後で二人には謝らないと。

 でもその前に私は一人になりたかった。

 一人になって、考える必要があった。


「月ちゃん!」


 ……えっ?


 私が教室から逃げ出すよりも先に小野口さんに腕を掴まれていた。

 そのまま小野口さんは自分の胸に引き寄せるように私の顔を埋まらせた。


「一人にはさせない。私も一緒だから。一緒だから!」


「……小野口……さん」


 暖かい。

 人の温もりに包まれて、凍えていた心が暖かな陽だまりに溶かされているみたいだった。


「しかし、人目に触れすぎているな。小野口クン、星野クンを連れて落ち着ける場所へ移動するのだ」


「わかった。月ちゃん、こっち」


 小野口さんに手を惹かれ、私達はゆっくりと廊下へ歩み出す。


「だ、大丈夫です小野口さん。もうすぐ授業も始まりますし……その……」


「月ちゃんは授業と月ちゃんのどっちが大事なの!?」


 その質問を私自身に向けられてもすごく回答に困るのですが。


「私と月ちゃん、体調不良で授業抜けるから。誰か伝えておいてねー」


「心得た」


「いや、池君は違うクラスでしょーが!」


 久しぶりに小野口さんの勢いあるツッコミを聞いた気がしました。

 そのまま負傷者が退場するかのような体制で私と小野口さんは教室を後にした。







 小野口さんに引っ張られるようにやってきたのは私達にとって見覚えのある教室、旧多目的室でした。

 皆さんと一緒に期末テストの勉強をした場所、それと沙織先生の授業特訓をした所。

 そして一郎君とも密かに経験値を獲得した大事な場所でもありました。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


 小野口さんは何も聞きだしたりはせず、黙って私の顔を胸に埋めてくれました。

 先ほど流れ出た涙はとっくに収まっているのですが、この体制が気持ち良くて、ついつい甘えさせてもらっています。

 包容力あるなぁ。小野口さん。そう、この包容力はアレです――


「小野口さん、お母さんみたいですぅ……」


「やっと出た第一声がそれ!?」


 驚き混じりのキレのあるツッコミ。

 ずっと気持ちが沈んでいたせいか、この元気な声がえらく久しぶりに思えました。


「月ちゃん。もう大丈夫なの? 気分は落ち着いた?」


「はい。お母さんのおかげですっかり平気です」


「謎の母親設定まだ続いてた!?」


 もう少し胸に顔を埋めていたい気持ちはありますが、私はゆっくりと上体を起こします。

 小野口さんの心配そうな顔がまず視界に入りました。


「さっきはすみませんでした。突然泣き出したりしてしまって……」


「いいんだよ全然。迷惑とも思ってないし、少しでも月ちゃんの力になれたのなら嬉しいよ」


 知ってはいたけど、なんて良い人なのでしょう。

 この天使のような性格だけで惚れてしまう人もいるのではないでしょうか。

 少なくとも私が男子だったら絶対に放っておきません。

 ……告白する度胸があるか否かは別として。


「でもビックリしたよ。突然だったし、月ちゃんが泣いている所初めてみたし」


「その……ご迷惑をおかけしました」


 恥ずかしさと申し訳なさが混同して、引きつった笑いが混じる謝罪となってしまった。

 

「一体どうしたの? 良かったらでいいけど教えてくれないかな?」


「…………」


 少し悩みましたが、迷惑かけてしまったお詫びも兼ねて私の胸の内を吐き出してみることにした。


「実は――」


 一郎君が休んでいる理由が私の不本意な言葉で苦しめてしまったこと。

 それを痛感した途端、胸が締め付けられるような感覚を憶え、ついつい涙が零れ落ちてしまったこと。

 一郎君を苦しめてしまった事実が私の中でかなりショックだったということ。

 涙をこぼしている最中も、どうやって謝ればいいのか、会ってもらえないほど嫌われてしまった現状を打開できるのか、他に一郎君の為にできることがないのか等々、色々な思考が飛び交ってしまい、軽い混乱状態に陥っていました。

 だけど小野口さんが私を抱きしめてくれたおかげで徐々に落ち着きを取り戻していき、今に至るというわけでした。


「月ちゃんは悪くないよ」


 黙って聞いてくれていた小野口さんが、私の話が終わると共に開口一番そう言ってきた。


「いえ、私の些細な一言のせいで一郎君が傷ついたことには――」


「月ちゃんは悪くない」


 再度同じことを言ってくる小野口さん。


「で、ですが……」


「月ちゃんは悪くない。勿論、高橋君も悪くない」


「そ、それじゃあ……」


 誰が悪いと言うのだろう?


「誰が悪い、とかじゃないんだよ、今回の一件は。たまたま些細な偶然が重なってしまった結果、だと思うんだ」


「些細な……偶然?」


「偶然高橋君の過去を知ってしまった。月ちゃんの言葉が偶然高橋君のトラウマを刺激する結果になってしまった。そう考えるべきだと思う」


「で、でも……」


「月ちゃん。悪気が無かった場合は無理して悪者を作る必要ないと思うんだ。知らぬ間に傷つける言葉を言ってしまったかもしれないけど、月ちゃんはそれに気づいて胸を痛めた。それを謝る意志もある。だから『悪者』は必要ないの」


「必要……ない?」


「今、月ちゃんは私に胸の内を全て曝け出してくれた。それと同じことを高橋君にもしてあげるの。たぶん……それだけで何とかなるキッカケになるはずだよ」


 胸の内を曝け出す……だけ?

 でも会ってさえくれない一郎君が私の言葉を聞いてくれるかどうか……


「昨日失敗しちゃったかもしれない、今日も失敗するかもしれない、だけどそれが何? 明日再チャレンジすればいいだけの話じゃん! 前向きに行ってみようよ!」


「小野口さん……」


「って、今まで些細なことで悩みまくっていた私が言えたことじゃないんだけどね」


 この人は凄い。

 話を聞いてくれただけじゃなくて、今後の打開策も提示してくれた。

 頭の中でグチャグチャしていた思考が一気に整理された気分でした。


「ありがとうございます。やっぱり小野口さんに話してよかったです」


「……うん。私も月ちゃんと話せてよかった。私自身も勇気が出たよ」


 先ほど小野口さんは『青士さんの件は自分に任せて欲しい』と言った。

 そのことに関して言っているのだと思うのですが、何か秘策はあるのでしょうか?


「ねぇ、月ちゃん。さっき、さ。悪者は必要ないって言ったじゃない?」


「え? はい」


「だけど、どうしても悪者が居なければいけないとすれば……それは全ての原因を生み出した人じゃないかなと思うんだ」


「全ての原因を生み出した人?」


 記憶を辿ってみる。

 一郎君が不登校になった原因。

 青士さんが退学になりそうになった原因。

 考えてみる。


「そもそも高橋君の過去をあの人が話さなければ何も起きなかった。相田くんと鷲頭くん……だっけ? あの二人も高橋君の話題が出るまで忘れていたといった素振りだったり、余計な煽りもいれなかったはず。それならば青士さんの逆鱗にも振れずに喧嘩沙汰にもならなかった」


 言われてハッとする。

 多少強引な考え方ではありますが、それならば彼女が全ての原因を生み出した人と言えなくもない。


「私も池君と一緒に探りを入れてみようと思う。深井玲於奈さんについて」


 なぜ彼女は私達に一郎君の過去を話したのか。

 そもそもなぜ彼女は一郎君に会おうとしていたのか。


「でも、そんなことしている間にも青士さんの退学処分が決まってしまうかも……」


 処分を決める職員会議は来週と話されていました。

 タイムリミットはそう長くない。

 しかし、小野口さんは静かに首を横に振った。


「たぶん……深井さんを探ることが青士さんの退学を覆す切り札になるような気がするんだ」


見てくれてありがとうございます。

池君、小野口さんも仲間に加わり、次回からメイン視点が他にも移ります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ