第九十六話 出来る限りのことをやらさせて頂きます
安定の月羽視点オンリー
【main view 星野月羽】
青士さんと喧嘩していた相手、相田さんと鷲頭さんは病院での治療の後、すぐに学校へ訴えを申し出たらしい。
即ち、ミニテーマパークネメキに在ずる喫茶魔王にて店員の暴行を受けたとのこと。
責任者である魔王様は昨日の夜の内に本社から帰宅したらしく、夜間にも関わらず様々な対応に追われていたらしいです。
もちろんあの日の出来事は西高校にも南高校にも伝わっていることでしょう。
それが不味かった。
当校内での揉め事ならば処分はもっと軽かったかもしれない。しかし、別の学校との争いとなると事態はより深刻化してしまう。
他校との揉め事は双方避けたい所のはず。
我が高はその保身として当事者を『退学』にして和解を持ち込もうとしているらしかった。
「そんなの……!」
見逃せるわけ……ないじゃないですか。
手を出した青士さんに問題があるのは確かです。
だけど、もっと問題があったのは相田さんと鷲頭さんじゃないですか!
青士さんはただ仇を取ろうとしただけなのに!
池さんと……一郎君の屈辱を晴らしてくれただけなのに!
「…………」
悔しさで拳が震える。
後悔で肩が震える。
でも、私が震えて足を止めるわけにはいかない。
たぶんもっと震えているのは二人の方だと思うから。
だから迎えに行くんです。
二人とも。
「まずは……一郎君を……」
地図はこの位置のはず。
表札を確認し、『高橋』の文字を確認する。
ここに……一郎君が居る。
若干の躊躇と緊張の後、私はチャイムを押した。
ピンポーン、ピンポーン
「はーい」
ダブルチャイムが鳴り終えてすぐに女性の声が返ってくる。
やげて玄関が開き、見たことのない女性が出迎えてくれた。
「えっと……どなたかしら?」
「あっ、わ、私……は、えっと……」
恐らく一郎君のお母さんでしょう。
それが分かっていても初対面の人と話すとき、言葉が出なくなってしまう。
「一郎のクラスメートかしら?」
「え、えっと……クラスメートではないですけど、そ、その、一郎君に、会いにきました」
「あらあらあら! もしかして……!」
一郎君とはあまり似ていないお母様です。
大人しい一郎君とは違ってとても明るくて良くしゃべるお母様。
一郎君、恋人が出来たこととか黙っていそうですが、急に女子が訪ねてきたらさすがに関係がバレそうですね。
「もしかして! 一郎のお友達かしら!?」
バレそう、と思いましたが、ニアピンでした。
いえ、ある意味合ってはいるのですが。
「え、えっと、一郎君のお友達……でもあります」
「あらあらあらあら! もしかしてもしかして……!」
さすがにバレたでしょうか?
いえ、このパターンはまたニアピンの予感。
「もしかしてウチに緊急ホームステイに来た留学生さんかしら!?」
ニアピンどころか、OBへと飛び出していった。
この斜め上過ぎる発想はさすが一郎君のお母様です。
「留学生さん! お名前なんていうの!?」
留学生で決定してしまいました!
「ほ、星野……月羽です」
「ホシーノさんね。どこの国か分からないけど、とにかく上がりなさい。お茶出すから!」
和名が横文字になった!?
まさかのホシーノ・ツキーハ復活に私自身が一番動揺してしまった。
「お、お邪魔します」
しかし、こんなにも早く一郎君の――か、彼氏のお家にお邪魔できるとは思わなかった。
実は経験値稼ぎの一環として『互いの家に行く』というミッションも考えていたのだけど、経験値稼ぎを始める前にそれを達成してしまった。
私はお母様に案内され、リビングに通された。
「そこに座って待っててね」
綺麗なソファの片隅に腰を掛け、落ち着かない素振りを隠せないまま背筋を伸ばして座って待つ。
クリーム色のカーテンに飾り過ぎない程度のインテリア。その代わり観葉植物が広く敷かれ、とても落ち着けるスペースが完成されていた。
一郎君。会えるかな。会いたい。会いたくて仕方がない。
もし、あの時に私の知らない何らかの出来事があり、一郎君が傷ついてしまったのなら癒してあげたい。そしてまた学校に行ってほしい。一緒に経験値稼ぎがしたい。
一郎君と会ってやりたいことがたくさん在りすぎて頭の中で整理が落ち着かない。
でもまずは話すことです。今日の目的はそこであることを忘れてはいけない。
目的の再確認ができた所で、一郎君のお母様が再び姿を現した。
「ごめんなさいね。ホシーノさん。今、一郎は誰にも会いたくないって言って聞かないのよ。こんなに可愛い女の子が訪ねてきたって言うのに、あの愚息は!」
「そ、そうですか……」
やっぱりそう簡単にはいかないらしい。
でも会ってすらくれないというのはかなりショックでした。
しかし、それも想定内。
会ってくれないのなら、無理矢理にでも会えばいい。
多少乱暴な表現ですが、私は何が何でも会うつもりでここに来たのだから。
「それで、ホシーノさんはいつまでウチにホームステイする予定なの!?」
だけどその前に、お母様へ在らぬ誤解を晴らすことからやらないといけなさそうです。
「こい……びと……?」
「はい。い、一郎君とお付き合いをさせて頂いております」
「恋……人……」
「は、はい」
「変人じゃなくて恋人!? 誤字じゃなくて本当に!?」
「はい。変人でも濃い人でもなく、恋人です」
「…………」
「…………」
場に沈黙が流れる。
私とお母様は見つめあったまま硬直していた。
私から伝えるべきことは全て伝えたのでお母様の次の言葉を待つ。
「き、奇跡が……奇跡が起きたわ」
お母様が微かに震えている。
戸惑いか、驚きなのか、それがどんな感情を表しているのか私には分からなかった。
「あの一郎に! 暗くて、チビで、童顔で、ゲームオタクの一郎に恋人!? 本当に!? 貴方正気!?」
酷過ぎる言われようでした。
自分の息子をこんなにもボロクソに言えるのは母親の特権なのでしょうか。
でも少しくらいは一郎君を信じてあげてもいいかと思います。
「ええ。ですから……その……一郎君に会わせて頂きたいのですが……」
「もちろん! 会っていって! ただ……知っているとは思うけど、あの子今は反抗期というか、いじけているというか……全然部屋から出てきてくれないのよね」
沈痛な表情を浮かべながら大きくため息を吐くお母様。
事態は思った以上に深刻だったみたいです。
「でも、私では無理でも恋人の貴方なら出来るかもしれないわね。お願い! 星野さん。あの引きこもりを表に出して上げて!」
「……はい。出来る限りのことをやらさせて頂きます!」
一郎君がこんなことになった原因は未だに解明されていません。
あの時お店に来た男性客の責任かもしれませんし、深井さんの責任かもしれない。
だけど、なんとなく違う気がしている。
なぜだか……そんな気がして仕方ありませんでした。
それを確かめるためにもきちんとお話しをしたい。
「着いてきて。一郎の部屋に案内するわ」
「はい。お願いします」
綺麗なソファから腰を上げ、お母様の後ろをゆっくりと付いていく。
広い階段を上り、突き当りの部屋の前でお母様は道を開けた。
「ここよ。私が側にいると邪魔になるかもしれないから下に降りているわね」
「案内してくれてありがとうございました」
気を聞かせてくれたのかお母様は私と一郎君を二人きりにしてくれた。
さて……
コンコン
木製のドアを控えめにノックをし、反応を覗う。
「…………」
しかし、中からの返事はありませんでした。
「一郎君。私です。月羽です」
ガタッ!
ドアの前で名乗ると部屋の中から大きな物音がした。
私の名前に対するあからさまな反応。
反応はあるけど、ドアが開く気配はありませんでした。
「あの、ドア、開けて頂けますか?」
「…………」
「私は一郎君とお話がしたいです」
「…………」
「会って……お話しがしたいんです」
「…………」
まるで反応が無くなってしまった。
中に居ることは分かるはずなのに。
一郎君が、私を部屋に招いてはくれなかった。
「一郎君。私、屋上でずっと待っていたんですよ」
「…………」
「でも中々一郎君がきてくれないから私から迎えに来ちゃいました」
「…………」
「また学校の屋上で二人で過ごしましょう?」
「…………」
「一緒に……経験値稼ぎをしましょうよぅ……」
「…………」
反応が全くなかった。
「……私を……避けているのですか?」
「…………」
「私のせいで……一郎君は出てきてくれないのですか?」
「…………」
「私……馬鹿だから……どうして一郎君が傷ついたのか理解できていないんです。だから……教えてくださいよ……出てきて理由を聞かせてください……」
「…………」
「私が悪いのならば謝りたいです。それでも許してくれないのなら叩いてくれても構わないです。だから……だから……」
「…………」
「会って……くださいよぅ……」
「…………」
「……ぐすっ」
嗚咽混じりの言葉が一郎君に伝わったのかは分かりません。
だけど、私がどれだけドアの前で言葉を繰り出しても決して中から反応が帰ってくることはありませんでした。
一郎君には悪いですが、私は勝手にドアノブを回す
しかし、中から鍵が掛けられているようで、ドアを推すことも引くこともできませんでした。
完全に……私を拒絶していた。
「……また……来ます」
正直言えば何時間でもこの場に残って一郎君の反応を待ちたい所ですが、高橋家の方々にご迷惑をかけるわけにはいきません。
今日の所はこれで帰ろうと決意した。
「あら、星野さん。もういいの?」
階段を下り、リビングに顔を出すと、お母様が夕食の準備を始めていた。
「はい。その……また明日も来ていいでしょうか?」
「もちろんよ! いつでも来てくれて構わないわ。何だったら合鍵渡そうか?」
「い、いえ、そこまでして頂かなくても……また明日。今度はちょっと早めにくると思います」
「歓迎するわ……見ての通りあの子何かショックなことがあったみたいで今週に入ってからずっとあんななの。私やお父さんも手を尽くしてはいるのだけど全然立ち直らなくて……星野さんも手を貸してくれると助かるわ」
やはりご両親も心配なさっている。
早く一郎君が復帰できるように頑張らないと。
「それでは失礼します」
一礼の後に私は玄関へと歩みだす。
出ていく前にチラリと階段上の一郎君の部屋のドアを見る。
私に出来ることは本当に部屋の前で反応を待つのみなのでしょうか?
まだ何か……できることがある気がします。
私はそんな風に考えながら高橋家を出て行った。
見てくれてありがとうございました。
九十六話にしてようやく母親登場。
こういう学園物の作品って何故か親が海外に行っていたり、出張やらに出向いていたりと不在なパターンが多いですが、本作品では普通に登場させてみました。
まぁ、普通に考えて高校生の段階で実家で一人暮らしはないですよねぇw