本当に愛しい人と添い遂げる? でしたら二人とも婚約破棄ですわね
「おいイザベル、父上から偶には婚約者のお前と遠乗りでもしてきたらどうだと言われた。明日の朝、準備を整えて城に来い」
「……申し訳ございません、殿下。明日はどうしても外せない用事がございまして……。3日後でしたら時間を作れますので、その日ではダメでしょうか……?」
そう言いながら私は、不満で不満で仕方ないという顔で椅子に踏ん反り返って座っている婚約者に頭を下げました。
すると彼――この国の第一王子であらせられるアレク殿下は聞こえよがしに「チッ!」と舌打ちを鳴らしてきます。
「どうして俺が貴様の都合に合わせなければならん。俺が明日と言えば明日だ。その用事とやらはキャンセルしろ」
「本当に大事な用なのです。当主である父ダミヤンや、他の親族も関わっておりますので、私一人不参加というわけには参りません」
「侯爵も関わっている話なのか……」
侯爵家の当主である父の名を出すと、殿下の面白くなさそうな声が聞こえてきました。
私は殿下から3歩ほど離れた位置に起立して頭を下げていますのでその表情は見えませんが、きっと眉間に皺を寄せているのでしょう。何度も見てきたから容易に想像がつきます。
「ならばお前との遠乗りは無理だな……さてどうするか……」
悩んでいないで早く頭を上げる許しがほしいです。
自分一人座って、女性しかも婚約者を立たせて頭を下げさせたままなのは紳士としてどうなのでしょう?
殿下も私ももう18歳。立派な成人です。子供でもしないような振る舞いをしないでいただきたいものです。
しかもこの姿勢だと、殿下の落ち着きのない踵がしきりに上下しているのがどうしても視界の端に入って鬱陶しいことこの上ありません。
こちらは急とはいえ殿下のお誘いをお断りして申し訳ないと思っているから謝罪しているというのに……。
(そのおみ足を踏んづけて止めてさしあげようかしら?)
そんな不敬な考えが頭をよぎりました。
……昼過ぎに我がマーティン侯爵家の邸宅へと殿下の使いが来て、急に城に呼び出されたかと思えば、このような無作法な扱いを受けているのです。心の中で悪態をつくくらいは神様もお許しになられるでしょう。
「もう護衛の騎士団は手配してしまった。料理人も食材の準備をしているだろう。中止は簡単だがいささか勿体ないな……」
……殿下がぶつぶつと呟いていらっしゃいます。なんでもいいから私に一言ないのでしょうか?
普通は「無理を言ったな」とか「了解した」とかあるでしょう。……本当に私のことなど眼中にありませんのね。
殿下がこの態度なら頭を上げても何も言われないと思い姿勢を正しましたが、殿下は顎に手を当て考え事をしており、まったくこちらを見ていませんでした。
……帰ってもよろしくて?
「――よしっ、これで決まりだ! おい、イザベル」
「はい」
ようやく考えがまとまったのか、こちらへと声をかけてきました。
自分の思い通りに事が進まなかったのだからさぞかし渋い顔をされるのだろうと予想していましたが、殿下はなにやらニマニマと意地の悪い笑顔を浮かべています。きっと碌な思いつきではないでしょう。確信できます。
「お前は明日来なくていい。遠乗りにはルルカと行く」
案の定、殿下の口から出たのは頭が痛くなるような内容の発言でした。
ルルカとは殿下がご執心なされている女性です。
とある男爵家の庶子で、貴族の常識や礼儀作法に疎いですが、天真爛漫な可愛らしい方だったと記憶しております。
本来であれば王族である殿下とは住む世界が違うのですが、偶然の出会いから親交を深めることになったとか。
ルルカさんも殿下に首ったけになっていると“お友達”から報告を受けていますので、馬が合うのかもしれないですね。やはり身分違いの恋というのは燃え上がるものなのでしょうか?
「はぁ……ルルカさんとですか……」
「貴様のような愛想のない女と出かけても楽しくないからな。悔しかったら彼女を見習って笑顔の一つでも振りまいてみろ」
「……心に留めておきます」
ルルカさんの名前を口にした私の表情に何を勘違いしたのか、殿下が偉そうに……いえ、ありがたいアドバイスをしてくださいます。
……殿下、私に悔しいとかそんな感情はこれっぽっちもないのです。殿下が将来の愛妾候補と何処へ行こうが「どうぞご自由に」ですよ?
ですが陛下から私と行けと言われたのですよね?
それをお忘れになって別の女性を誘うのは、後で陛下にバレた時になんと言い訳をされるつもりでしょうか?
……私が気にすることではありませんね。家に大事な来客を待たせています。話を切り上げて早く帰りましょう。
「では殿下、明日はどうかお楽しみください」
「貴様に言われるまでもない。話は終わりだ。俺は忙しい。早く去れ」
「はい、失礼いたします」
殿下は虫を払うような仕草で私に退室を促してきました。
人をなんだとお思いなのでしょう?
そして結局最後まで明日の私の用事には聞かれませんでしたね。
陛下もご存知のはずですから、よりによって“明日”私を遠乗りに誘えなどと言うはずもございませんのに。きっと日程を相談するように言われたのに、ご自身の都合で日にちを決めたのだわ。
私の予定なんて最初から気にするつもりは無いのですね。
本来なら怒りが込み上げるところですが、悲しいことに殿下とはこれまで長い付き合いになります。そんな雑な扱いにも慣れてしまいました。
(……はぁ、お家とあの子のためじゃなきゃ、こんな婚約など死んでも御免なんですが……)
◇◇◇◇◇
「お帰りなさい、イザベル。大変だったわね」
「ただいま。ごめんなさい、待たせちゃったわね、イザベラ」
城から戻った私を同い年の親戚であるイザベラが出迎えてくれました。
「いいのよ。アレク王子から呼び出されたのなら仕方ないわ。それよりほら、ワガママなお坊ちゃんの相手で疲れたでしょう? 一緒にお茶を飲みましょう」
「はいはい、そんな手を引っ張らないで。転けちゃうわ」
彼女は私の手を取り屋敷の中へと引っ張っていきます。昔から私の手を掴んだら離さないけど、それは今も変わらない。
いつも溌剌としていて明るく、殿下とは別の意味で子供っぽい子だけど、これで他所行きの振る舞いはちゃんとしているらしいから殿下とは大違いですね。
イザベラに手を引かれる形で廊下を進み、客間の扉を開けて中に入ると、そこにはもう一人お客様がいらっしゃいました。
「やあ、お帰りイザベル。悪いけど先に一服していたよ」
「お待たせしました、カール様」
ソファーに腰掛けて私に軽く手を振ってくださったのは、イザベラの2歳上の兄であるカール様です。
とても麗しい顔立ちをされており、所作も洗練された方で、殿下を見た後だと尚のことその大人びた物腰が際立ちます。
「さあ、疲れただろう? イザベルもお茶にしよう」
カール様はソファーから立ち上がるとイザベラとは逆の手を取って私を対面のソファーに案内してくださいました。
二人に手を引かれて、これはちょっと恥ずかしいです。
「私はここ!」
イザベラは私の隣に元気よく座ります。カール様も元の位置にお座りになりました。
当家のメイドが私とイザベラの前に紅茶を出してくれます。
「それで、アレク王子のご用は何だったんだい?」
紅茶を一口飲むと、カール様がこちらを気遣うような眼差しを向け、そのようなことを尋ねてこられました。
殿下から呼び出されたのは昼食後に3人で団欒していたタイミングでしたので、今まで私がどこに行っていたのか二人は知っております。
また、殿下の困った性格については度々イザベラに手紙で愚痴をこぼしておりましたので、おそらくカール様もよくご存知でしょう。
自国の恥になるかもしれない話ですが、このお二人にも関係ない話ではございません。私はお城に呼び出されてからのことを包み隠さずお話ししました。
するとイザベラもカール様も口を揃えて、
「「それは酷い……」」
と同情してくださいました。
理解が得られて嬉しいです。さっきまでのトゲトゲした気持ちが少し安らいだ気がしました。
「アレク王子め、私のイザベルになんてことを。しかもよりによって“明日”だなんて! お兄様、許せませんよね!」
「ああ、まったくだ! こちらの王家にはきっちりと予定を伝えているというのに……伝達ミスだとしても許せん!」
私の話を聞き、お二人は殿下に腹を立てておられます。
明日の用事には、隣国からいらしたこのお二人も参加します。お二人が我が家に泊まることや、その他諸々はきちんと国に報告していたはずですが、どうやら殿下のお耳には入らなかったご様子。
……きっと大切な女性との逢瀬の予定を立てるのに忙しくて報告を聞き流していたのでしょう。もしくは本当に王城の人間の伝達ミスか。……どちらにせよ問題ですね。
ともかく、お二人は殿下のこの失態にいたくご立腹のご様子。
特にカール様は強く拳を握りしめて、
「仮に知らなかったとしても、婚約者をこのように呼びつけるなど非常識極まりない。なんて自分勝手な男なんだっ! イザベル、アレク王子と結婚したらキミは不幸になる。今からでも遅くない、婚約を見直そう。ダミヤン侯爵殿には私からも口添えする。頼むから考え直してくれっ!」
とまでおっしゃってくださいます。
その真剣な瞳からは私のことを心の底から案じておられるのが伝わってきました。
(ああ……まるで我がことのように私を心配してくださってる。なんて優しい方なのでしょう。もし望む相手と結婚できるなら私は……)
……しかしそれは叶わぬ夢。私は静かに首を横に振りました。
「ありがとうございます、カール様。ですがこの結婚は私一人の問題ではありません。国の、ひいては国民全員の行く末にも関わっているのです。私のワガママでどうして破談にできましょうか」
「だが、彼はキミを愛してなど……」
「政略結婚であることは私も殿下も元より承知済みですわ。愛の無い結婚などよくある話ではありませんか。大切なのは、それでも貴族の義務としてやり遂げることにあるのだと思います」
「イザベル……」
悲しそうにカール様は目を伏せられました。
そう、私と殿下の結婚は、お父様や国王陛下を始めとした多くの方々が王国の未来を考えた上での結論です。
もはやそこに愛が有るか無いかなど瑣末な問題でしかありません。
きっと殿下もそこはご理解されているはず。例えそりの合わない仮面夫婦になることが半ば確定しているとも、私と同様に割り切って妃として迎え入れてくださるでしょう。
それに、
「カール様、仮に私が婚約を解消してしまったら今度は……」
私はチラリと視線をイザベラの方へと向けます。
カール様はそれで「ああ……」と辛そうなお顔をされます。
しかし当のイザベラは、先程と同じように私の手を取り、歯を見せて笑いかけてきました。
「イザベル、私のことは気にしないで。アナタが幸せなら私は恨み言なんて一切言わないわ。だから本当に無理な時は自分の心に正直になってね。そしたらきっとダミヤンおじ様やお兄様もイザベルの味方になってくれるわ」
「ありがとう、イザベラ。……でもやっぱり私にはそんな無責任なことはできないわ」
「……まったく、昔からイザベルは強情なんだから……」
そう言うとイザベラは私を抱きしめて頭を撫でてきました。彼女の首筋からふわりと、異国風の香水の香りがします。
「覚えておいて、大好きなイザベル。私は本当の姉妹のように……いいえ、本当の姉妹以上に私はアナタを大切に想っているわ」
同い年ですが、生まれたのはイザベラの方が少しだけ先。彼女にとって私は親友であり、双子の妹のようなものです。
実際、両家もそういう私たちがそういう関係になることを祈って音の近い名前をつけたと聞いています。
その優しいお姉ちゃんを、私はギュッと抱きしめ返しました。
「私もよ、イザベラ。アナタは私の大切な半身。だから幸せも不幸も一緒に背負わせて?」
「イザベル……」
やはり殿下との婚約は破棄できません。
こんな素敵な家族がいてくれるなら、これ以上を望むのは贅沢というものです。
私の意思を尊重してくれたのか、カール様はもう何もおっしゃいませんでした。
◇◇◇◇◇
――とまあ、国のため家族のためと心を押し殺して貴族としての義務に殉じる覚悟を決めていたのですが、それは私だけだったみたいです。
私の決心は10日後、最悪の形で殿下に裏切られました。
「イザベル、俺は真実の愛というものに触れ、貴様がいかに冷たい女であるかを知った。貴様のように血の通わない人間は我が妃に相応しくない。よって俺は今ここに貴様へと婚約破棄を言い渡す!」
「殿下!? いったい何をおっしゃっておられるのですか!?」
アレク殿下が突如私へと婚約破棄を突きつけてきました!
しかも事もあろうに大勢の貴族を招いたパーティーの会場でです!
本日は我が国の建国記念日に当たる日。王城では毎年盛大なパーティーが開かれます。殿下はそのパーティーが始まる直前、私に話があると言って婚約破棄を切り出してきたのです。
主催者である国王陛下と正妃様や、私の父のような最高位の貴族はまだ来られていませんが、ここには既に大勢の出席者(貴族)がいらっしゃっております。
殿下のバカみた……遠慮のない大声は間違いなく会場全体に届いたでしょう。その証拠に私たちへと一斉に視線が集まるのを感じます。
これではいい晒し者ではありませんか!
正直、言われた内容にショックを受けるより先に「時と場所を考えて!」という考えが頭を過りました。
「これは……何かの余興か……?」
「いえ、それにしてはイザベル嬢の様子が……」
「殿下も冗談を言っておられる雰囲気ではなさそうですぞ」
名だたる貴族家の当主様たちが困惑されています。
当然でしょう。祝いの席でいきなりこんな問題発言が飛び出したのですから。
「皆のもの、聞いてくれ!」
ざわつく会場は、殿下が手を上げて静めました。
気がつけば、出席者の皆様が私と殿下を遠巻きに囲むように円陣をつくっております。
心の準備もないまま上げられた舞台の中央で、殿下が私を指差しました。
「ここにいるイザベルは表向きは従順だが、心の中は冷え切った人形のような女だ! 妃となっても国や民のことなど考えず、ひたすら侯爵家の利益のためだけに動くのは明白である!」
「な、何を言って……」
「ほう、さすがの貴様も衆目の前で本性を暴露されれば顔を青ざめさせるようだな」
殿下は意地の悪い笑みを浮かべて私を見据えます。
どうしましょう……こんな侮辱は始めてです。顔を青ざめさせた? あまりの怒りに血の気が引いているのです!
私が人形? 血の通わない?
何度私が殿下の身勝手な振る舞いを我慢したと思っているのでしょうか?
少なくともあなたより国や民のことを考えていたというのに。
ああ、感情が高ぶって考えがまとまりません。自分で手を押さえていないと殿下のお顔を引っ叩きそうになります。
怒鳴りつけてもやりたいのに口もうまく動きません。パクパクさせるも言葉が出ないのです。こんな事は初めてです。
そんな私を見て反論できないと勘違いしたのか、殿下はさらに調子に乗って言葉を重ねます。
「貴様のような冷血女は王家に不要である。真に俺に必要なのは、民を思いやり寄り添える温かい心を持った女性だ。そう、そこにいるルルカのような!」
殿下が会場にいたルルカさんを手で示したことにより会場中の視線が彼女に集中しました。
彼女も殿下に招待されていらしていたみたいです。
……あら、半泣きになって混乱しておられますね。話の流れ的に自分のせいで私が婚約破棄されたようなものですもの。
何も考えずに殿下と交際していた彼女には、どうしてこんな状況になったかは理解できないでしょう。
……私も理解できてはいませんが。
と言いますか、殿下は愛する彼女が困っているのに平気なのでしょうか?
「俺は彼女と交流し、真実の愛を育むことでその大事さに気がつけた。彼女こそ俺にとって一番必要な存在だったのだ!」
あっ、ルルカさんの方を見てませんね。本命にもこの扱いですか。……本当にこの男はっ!
心の中で殿下への殺意が一段と強まったのを感じます。
ルルカさんは「お前のせいか! 殿下に何を吹き込んだ!」という敵意が込められた視線を大勢の貴族から向けられ今にもひっくり返りそうになっています。
ですが殿下はそんな彼女など気にもせず、これまで以上に自分勝手なことを言い出してきました。
「俺は貴様を婚約者から排除し、ルルカを、本当に愛しい人を我が妃として迎え入れ、生涯を添い遂げる! これが俺の決定だ!」
憎々しいほど曇りなき瞳で殿下は妄言を垂れられました。
これ以上は私も我慢の限界です。例え我が家に迷惑がかかろうとも、私の名誉にかけてこの色ボケ王子の頬を一発引っ叩かなければなりません。
そう思い定めて一歩踏み出そうとした時、凛とした声が会場に響きました。
「ならば私との婚約も破棄するということですね、アレク王子」
声がした方を向くと、円陣の一部がサッと割れて、そこから煌びやかなドレス姿の女性がこちらへと歩みを進めてくるのが見えました。
その子は私を守るように殿下との間に立つとキッと殿下を睨みつけます。
殿下は思いもよらぬ乱入者に目を丸くされておりました。
「イ、イザベラ王女、それはどういう意味ですか? 彼女との婚約を破棄することが何故あなたとの婚約をも破棄することに繋がるのです?」
そう、私を助けるために来てくれたのはイザベラです。
彼女は隣国の姫であり、彼女もまたアレク殿下の婚約者であります。
イザベラは殿下の疑問に対し、わかり切ったことを聞くなとばかりに、
「私が貴国へ輿入れする条件の一つに親類である彼女が“側妃”として貴国の王家や貴族との橋渡しをするとあったのをお忘れですか?」
隣国の王女であるイザベラは両国の橋渡し役としてこちらの王家に“正妃”として嫁ぐ予定でした。
その際、文化等で齟齬や摩擦がなるべく起きないよう親交の深い親戚である私が“側妃”として彼女をサポートする段取りだったのです。
我が家と隣国の王家とは3代前の侯爵家当主の妹が嫁いだ頃からの付き合いで、今日に至るまで親密な交際を続けており、今回の役割にピッタリだったのです。
因みに9日前はその3代前の御当主様のご命日に当たり、一同で墓所にお参りをしてイザベラが我が国に輿入れする件を報告しておりました。
「そ、それは代わりにルルカが……」
「いえ、それ以前の問題です」
言い訳をしようとなされた殿下をイザベラはピシャリと断じました。
……いや遮られましたが、何をルルカさんに丸投げしようとしているのですか殿下は。
「彼女――イザベルは私の双子の妹も同然の存在。そんな彼女の人格を貶めるような発言を繰り返し、公然の場で辱めたことは到底許せるものではありません。これは我が父である王も同様の意見でしょう。……違いますか、兄上?」
「妹の言う通りだ」
イザベラの呼びかけに応じるようカール様も人垣の中から前に出て来られました。
そもそもこのパーティーには殿下とイザベラの正式な婚約を発表するという側面もあり、お二人も王城に来ておられたのです。……そんな大事な場で婚約破棄を宣言し、本命への愛を叫ぶなど、殿下もどうかしてますね。
「すまない。私たちが来たときには既に騒ぎが始まっていて助けに入るのが遅れてしまった。怖かっただろう、イザベル。もう安心していい」
カール様は私の一歩前の位置に立ち止まり、その広くて安心感のある背中でアレク殿下の視線から私を庇ってくださいました。
そして強い眼差しをアレク殿下へと向けます。
「イザベル嬢は私にとっても家族のようなもの。もちろん父王にとってもだ。彼女の名誉を著しく傷つける此度のアレク王子の暴言は看過できない。妹の婚約解消は当然として、さらに我が国から貴国へ正式な抗議文を送らせてもらう。今後は友好国としての立場も見直すことになるだろうな」
「なっ……!」
カール様は有無を言わさぬ口調で殿下を非難しました。
話が外交上の問題にまで膨らみ、殿下のみならず会場の皆様の顔をも青ざめております。
……正直、胸が少しスカッとしました。
「お待ちくださいカール王子……俺はそんなつもりで言ったわけでは……」
「黙れ、悪意を持って我らが妹を傷つけるような者と結ぶ手などない!」
「そ、そんな……」
そうカール様が宣言し、殿下が項垂れたところで会場に駆け足で国王陛下とお父様が入ってこられました。
「報告を受けて準備を切り上げて急いで来てみれば……アレクこれはいったいどういうつもりだっ! 貴様は隣国との友好関係をぶち壊す気かっ!」
国王陛下は会場に到着するなり殿下を怒鳴りつけました。その隣りではお父様も顔を真っ赤にされてお怒りです。
「アレク殿下、殿下が我が娘に対して人格を否定するような発言を何度もなされたと聞いております。もしそれに間違いがないのであれば、私は娘の名誉を守るためにこの場で決闘を申し込ませていただきます」
「け、決闘だと!?」
お父様の発言を証明するように城へ連れてきた我が家の侍従が二振りの剣を持ってきました。
それを見た殿下は「ひぃ」と情け無い声を上げ、腰を抜かしてその場にへたり込みました。
「アレク、貴様……王子ともあろう者がみっともない姿を見せおって。余は今日ほど貴様に失望した日はないぞ」
そのお姿に陛下を始め、居並ぶ貴族の皆様に失望の色が浮かびます。
将来一国を率いる身としてあまりにもあんまりな醜態ですものね。
この時、殿下は完全に見限られたのでしょう。陛下は深いため息をつき、
「侯爵、このような愚か者と決闘などする必要などない。イザベル嬢への無礼は余が謝罪しよう。アレクは廃嫡し、隣国へも謝罪の使者を送る。その他の賠償については後日話し合いの席を設けることを約束しよう。どうかこの場はこれで収めてほしい」
とおっしゃいました。
お父様もひとまずは納得したのか頷いております。
「廃嫡!? 俺を廃嫡すると!?」
しかし殿下……いえアレク元王子は納得されていないようで一人喚いておられます。
あっ、陛下の命令で衛兵に拘束されました。
そのまま別室に連れて行かれそうですが、ちょっと待っていただきたいです。
私にはまだしなければならないことがあるのです。
「衛兵の皆さん少しお待ちを。――陛下、アレク様へのご無礼をお許しいただけますでしょうか?」
私のお伺いに陛下はこくりと頷いてくださいました。
「よい、その者はもはや王子でも我が息子でもない。何をしようとそなたに罪を問う者などこの場には誰もいないだろう」
「ありがとうございます」
私は陛下に一礼すると、衛兵に両腕を拘束されたただのアレクさんの前に立ちます。
彼の怯えた瞳には、彼が罵ったように冷え切った表情をした私が映っておりました。
「な、何をする気だイザベル?」
「おそらくもう二度とお会いすることはないので、お別れに際し、今日受けた数々の侮辱の返礼をいたしたく存じます。お覚悟くださいませ」
「へっ?」
バッチーーーンッ!!
「ふべえっ!?」
私は右手を振り上げ、思いっきり目の前の間抜け顔をビンタいたしました。
我ながら会心の一発。いい音が鳴りました。
しかし普段暴力的なことはしないので、手がジンジンと痛みます。残念ですがもう一発は無理ですね。
「これまでの日々の分はご勘弁して差し上げますわ」
こうして波乱のパーティーと私の婚約者生活は幕を下ろしたのでした。
◇◇◇◇◇
あれから数日、アレク元王子と、図らずとも騒動の原因の一端にされてしまったルルカさんの今後の処遇は未だ王宮で審議中です。
……おそらくですが、アレク元王子はどこかのお屋敷に生涯幽閉され、ルルカさんはそれに付き従うかどうか選ぶという形になりそうな予感がします。
アレク元王子はルルカさんとの生活を望んでいるのでしょうがそれも、
(あの騒動で愛想を尽かされていなければ、ですね)
私なら100年の恋も冷めますが、こればかりはルルカさんのお気持ち次第ですし、そもそもどうなるかはまだ決まっておりません。私が考えても仕方のないことですね。
あと、イザベラとカール様は我が家にまだ滞在されております。
今回の件については母国へ報告が行っており、現在はその返答待ちだそうです。
ここまでお二人が長く滞在されたのは初めてでしたので、お帰りになられる日を思うと寂しくなりますが、また会える時を楽しみにしましょう。
そんなことを考えておりましたら突然カール様が私の前で片膝をつきました。
これはまさか!!
「イザベル、ずっとキミを想っていた。どうか私と結婚して我が国に来てほしい」
プ、プロポーズです!
しかも幼い頃から憧れだったカール様から!
どうしましょう、顔の火照りが止められません。ああ、こんな真っ赤な顔はずかしい。カール様、どうか今だけは私を見ないでくださいまし。
「ダミヤン侯爵殿からは許可をいただいている。あとはイザベルからの返答がほしい」
「は、はいっ!」
そ、そうですよね。返答しなければ!
動悸が激しいです、落ち着いて私!
カール様は手を差し伸べて待ってくださっております。ゆっくりしっかりとお返事をしましょう。
私はカール様のお手を取り、
「よ、喜んでお受け――」
「ちょぉっと待ったぁーーーっ!」
「イザベラ!?」
お返事の途中でイザベラが扉を開けて部屋に入ってきました。
普通ここで邪魔します?
「そのプロポーズ待った!」
「きゃあ!」
「イザベラ、何をする!?」
イザベラは私とカール様の手を引き剥がし、代わりとばかりに自分と手を繋がせます。
「イザベラ、どうして邪魔するのよ!?」
「だって私はこの国に嫁ぐんだよ! イザベルがお兄様と結婚したらまた離れ離れになっちゃうじゃない! 私はずっとイザベルと一緒にいたいのに! だからこの結婚には物申させていただきます!」
「へっ!?」
ちょっとそれってどういう意味――
「イザベラ、兄の幸せを邪魔しようというのか! 私はこの日が来ることを長年祈っていたのだぞ!」
「カ、カール様!?」
カール様が空いている私の左手を握りしめて引き寄せようとしてきます。
しかしイザベラも負けずに私の右手を引っ張り返しました。
「お兄様といえどこればかりは譲れません! 私だってイザベルを愛してるんだから!」
「ちょっ、イザベラ!?」
「ええい、お前は第二王子だかに嫁げ! イザベルは私が幸せにするから安心しろ!」
「ダメですぅー! イザベルは私と幸せな家庭を築くんですぅー! モテモテなお兄様は故郷でお嫁さん探しをしてください!」
「もう、お二人とも話を聞いてぇーーーっ!」
お二人に引っ張られ私の身体は右へ左へ。どちらも離してくれる気配はありません。
この後の私の人生はいったいどうなるのでしょうか?
「イザベル、私と結婚してくれるだろう?」
「イザベル、私と一緒に暮らしてくれるよね?」
……とりあえずしばらくは賑やかな日々が続きそうなのは間違いなさそうです。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
少しでも面白いと思っていただけましたら、リアクションや⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎で応援していただけると励みになります!




