第7話:闇と囚われた男
大広間では宴会が続いている。
豪華なシャンデリアの下で、貴族たちが高級ワインを片手に談笑し、踊り子たちが優雅に舞っている。吟遊詩人が「英雄クロードの伝説」を朗々と歌い上げていた。
——若きクロードは、幼馴染の勇者と共に剣を交わし——
——魔王軍の侵攻に立ち向かい、勇敢に戦った——
——その志は勇者王に受け継がれ、今も大陸を照らしている——
全て嘘だ。
シオンは宴会場を素通りした。
◇◆◇
城の東棟、最上階の小さな部屋。
そこだけが、記憶に八割ほど近かった。
質素な木のベッド、小さな窓、壁に掛けられた木剣——村に召喚された直後に住んでいた、あの狭い部屋を再現したものだろう。
「勇者王陛下の生家」として観光客に見せるために、わざわざ再現したのだ。
シオンは首を振り、城の地下へと向かった。
◇◆◇
地下への階段を見つけたのは、城の北棟だった。
石造りの螺旋階段が、地下深くへと続いている。魔法の灯火が等間隔に灯され、冷たい空気が漂っていた。
階段を降りていくと、やがて広い空間に出た。
——レイサス家の地下納骨堂。
白い大理石の壁に、無数の石棺が並んでいる。それぞれに名前と生没年が刻まれ、魔法の灯火が静かに揺れていた。
レイサス家の歴代当主たち。
四百年分の死者が、ここに眠っている。
シオンは石棺を一つ一つ確認しながら、奥へと進んだ。
◇◆◇
納骨堂の最奥。
一際大きな石棺が安置されていた。
石棺の上には、等身大のクロードの石像が横たわっている。両手を胸の前で組み、まるで眠っているかのような穏やかな表情。
石棺の側面には、黄金の文字で刻まれている。
『英雄クロード・レイサス ここに眠る』
『勇者王シオンの盟友にして、魔王討伐の功労者』
『その勇気と友情は、永遠に語り継がれる』
壁には「クロードの英雄的な生涯」を描いた壁画が並んでいる。
幼いクロードとシオンが仲良く剣を交える姿。
魔王軍に立ち向かう勇敢なクロード。
倒れゆくクロードをシオンが涙ながらに抱きしめる場面。
全て嘘だ。
【メインクエスト:クロード・レイサスを打倒せよ】
【対象の状態:死亡(418年前)】
「対象が死んでいるんだが」
【クエストを完了してください】
「どうやって」
【クエストを完了してください】
◇◆◇
シオンは石棺を見下ろした。
正直、この石棺を蹴り飛ばしてやりたい気持ちはある。
四百年前の屈辱を、今でも覚えている。
「農民の分際で剣を握るな」
「お前みたいな奴が勇者になれるわけないだろ」
「身の程を知れ、この泥臭い田舎者が」
——だが。
シオンは首を振った。
死者を辱めるつもりはない。
クロードがどんな人間だったとしても、彼はもう四百年前に死んでいる。
墓を荒らしたところで、何も変わらない。
俺は勇者王だ。
死者の墓を蹴り飛ばすような真似は、俺の矜持が許さない。
「……まあ、お前の子孫がお前の名前で好き勝手やっているのは、お前の責任じゃないしな」
石棺は何も答えない。
当然だ。死者は語らない。
◇◆◇
シオンは踵を返し、納骨堂を後にしようとした。
その時——
違和感を覚えた。
納骨堂の空気が、どこかおかしい。
冷たいのは当然だ。地下だから。
だが、この冷たさは——
シオンはスキル【魔力探知】を発動した。
納骨堂の壁の向こうに、隠し部屋がある。
そこに、三つの気配。
一人は縛られている。一人は見張り。そしてもう一人は——
人間ではない。
——魔族だ。
◇◆◇
「さあ、グラン。もう一度聞く。お前が調べていたことを、全て話せ」
「……断る」
老人の声。掠れているが、芯がある。
——グラン。リュートの師匠か。
「強情な老人だ。お前の弟子——リュートとか言ったか。あの小僧も、そのうちここに連れてくる」
「リュートに手を出してみろ。オラが絶対に許さん」
「縛られた老いぼれに何ができる」
——「オラ」か。リュートの言い方、師匠譲りだったのか。
「もういい。口で言っても分からないなら——」
魔族の声に苛立ちが混じった。
「——体で教えてやる」
◇◆◇
魔族は拳を振り上げた。
この老いぼれ、何度殴っても口を割らない。
だが、弟子の話になると目の色が変わる。
——明日、あのガキを連れてこよう。
——目の前で痛めつければ、さすがに喋るだろう。
魔族は嗤いながら、拳を振り下ろそうとした。
その瞬間——
——手が、ない。
魔族は目を見開いた。
振り下ろそうとした右腕が、肘から先がなくなっていた。
痛みすら感じなかった。
あまりにも速すぎて、神経が追いついていない。
「——は?」
血が噴き出す。
ようやく痛みが襲ってきた。
「あ、ああああああっ!?」
魔族は絶叫した。
「オラの手がっ——オラの手がああああっ!?」
◇◆◇
護衛が剣を抜こうとした。
だが、その手が柄に届く前に——首筋に衝撃が走った。
声を上げる暇もなく、護衛は崩れ落ちた。
魔族は噴き出す血を押さえながら、周囲を見回した。
「誰だっ!? 誰がっ——」
そこに、男が立っていた。
いつの間に現れたのか、全く分からなかった。
黒髪の中年男性。平凡な顔立ち。
だが——その目だけが、違った。
深淵のような、底知れぬ闘を湛えた目。
「き、貴様……何者——」
魔族は問いかけようとした。
だが、声が出なかった。
喉に、何かが刺さっている。
見下ろすと——空気の刃が、首を貫いていた。
「あ——」
それが、魔族の最後の言葉だった。
体が崩れ落ち、塵となって消えていく。
◇◆◇
静寂が落ちた。
椅子に縛られた老人——グランは、目を見開いて男を見つめていた。
「……お前さん、何者だ」
男は老人の縄を解きながら、軽く笑った。
「弟子が師匠を助けに来た。それだけだ」
「弟子……? オラの弟子はリュートだけだ」
「リュートの代わりに来てやった。あいつは今、宿屋で待っている」
男は最後の縄を解いた。
「歩けるか」
「……ああ、なんとか」
グランは立ち上がろうとして、よろめいた。
男が肩を貸す。
「無理するな」
「……すまんな」
「礼はリュートに言え」




