第5話:BOSS RUSH
——BOSS RUSH。
この言葉の起源は、約二千年前の古代魔導文明時代にまで遡る。
当時、勇者を育成するための「試練」として考案されたシステムだ。伝説の武器や秘宝を守護するために、複数の精鋭魔物を配置し、それを連続で突破した者だけが報酬を得られる——そういう仕組みである。
その後、各地のダンジョンや遺跡に広まり、今では「BOSS RUSH」という言葉自体が一つの概念として定着している。
冒険者ギルドでは、BOSS RUSHを突破した者には特別な称号が与えられる。
王立騎士団では、BOSS RUSHの突破を昇進試験に採用している国もある。
魔法学院では、BOSS RUSHの攻略法が必修科目になっているところもある。
つまり——この世界において、BOSS RUSHは「強者の証明」として広く認知されているのだ。
四百年前の魔王討伐の旅でも、シオンは幾度となくBOSS RUSHに遭遇した。魔王城の四天王連戦、竜の墓場の屍竜五体同時討伐、神々の試練場の十二神獣——全て、一人で突破した。
そして今。
五体の魔物が、祭壇を取り囲んでいた。
【デスナイト Lv.30】
【キメラ Lv.29】
【ミノタウロス Lv.30】
【ダークエルフ Lv.29】
【ワイバーン Lv.30】
シオンは、その数字を見て——
溜息をついた。
◇◆◇
「な、なんで溜息ついてんだ!? 五体もいるんだぞ!」
リュートが叫んだ。
無理もない。レベル12の少年からすれば、レベル30前後の魔物が五体というのは絶望的な状況だ。
だが——
シオンにとっては、違った。
——レベル30か。
——俺のレベルは999だ。
——つまり、俺とこいつらのレベル差は969。
——魔王より弱い。四天王より弱い。邪竜ヴォルザークの足元にも及ばない。
正直、拍子抜けだった。
「BOSS RUSH」と聞いて、少しだけ期待していたのだ。四百年ぶりに、本気を出せる相手かもしれないと。
だが、現実は——レベル30の雑魚が五体。
「……まあいい」
シオンは神剣ラグナロクの柄に手をかけた。
せっかくだから、少し遊んでやろう。
——縛りプレイ。
——一撃も食らわずに、全員を倒す。
日本でゲームをやっていた頃の癖だ。ただクリアするだけでは物足りない。自分で制限を設けて、その中で最善を尽くす。
四百年間、その感覚を忘れていた。
「リュート、そこで見てろ」
「え、でも——」
「三十秒で終わる」
◇◆◇
五体の魔物が、一斉に動いた。
デスナイトの大剣が振り下ろされる。
キメラの三つの口から炎・冷気・毒が吐き出される。
ミノタウロスが地響きを立てて突進してくる。
ダークエルフが闇の呪文を詠唱する。
ワイバーンが空から急降下してくる。
五方向からの同時攻撃。
レベル12の冒険者なら、一瞬で肉片になる。
レベル30の冒険者でも、対処は難しい。
だが——
シオンは目を閉じた。
——遅い。
全ての攻撃が、スローモーションのように見える。
シオンは一歩踏み出した。
◇◆◇
デスナイトの大剣が空を切った。
シオンはその刃の下を潜り抜け、すれ違いざまに首を落とした。剣を抜いた動作すら、リュートには見えなかった。
【デスナイトを討伐しました】
【報酬:経験値3000(受取不可)、デスナイトの大剣、黒鉄の鎧、銅貨300枚】
◇◆◇
キメラの三重ブレスが迫る。
炎と冷気と毒が、三方向から襲いかかる。
シオンは炎と冷気の隙間——ちょうど毒のブレスが薄くなる一点を見切り、その隙間を駆け抜けた。空中でキメラの三つの首を同時に斬り飛ばす。
着地。髪一本、焦げていない。
【キメラを討伐しました】
【報酬:経験値2900(受取不可)、キメラの牙×3、キメラの翼、銅貨290枚】
◇◆◇
ミノタウロスの突進。
地響きを立てて、巨体が迫る。
シオンは真正面から向かい合った。最後の瞬間——身を翻す。巨体が通り過ぎる刹那、その心臓を一突き。
角がシオンの髪を掠めた——ように見えたが、実際には数ミリの余裕があった。
【ミノタウロスを討伐しました】
【報酬:経験値3000(受取不可)、ミノタウロスの角、ミノタウロスの毛皮、銅貨300枚】
◇◆◇
ダークエルフの闇呪文が完成する。
「——深淵よ、我が敵を——」
詠唱が終わる前に、シオンは術者の背後に立っていた。
「遅い」
振り向く間もなく、一閃。
【ダークエルフを討伐しました】
【報酬:経験値2900(受取不可)、闇の魔導書、エルフの耳飾り、銅貨290枚】
◇◆◇
最後の一体。
ワイバーンが空から急降下してくる。
鋭い爪が、シオンの頭上に迫る。
シオンは跳躍した。
ワイバーンの背に乗り、その首を掴み——
「ご苦労だったな」
そのまま、首をへし折った。
【ワイバーンを討伐しました】
【報酬:経験値3000(受取不可)、ワイバーンの翼、ワイバーンの鱗×5、銅貨300枚】
◇◆◇
着地。
五体の魔物が、全て地に伏していた。
経過時間——二十三秒。
被弾——ゼロ。
「……終わりか」
シオンは剣を鞘に納めた。
物足りない。
全く物足りない。
「縛りプレイ」をしても、欠伸が出るほど余裕だった。
『シオン、相変わらず人間離れしているな』
ルグナードの声が、精神リンクを通じて響いた。呆れたような、感心したような口調だ。
『レベル30が五体同時でも、お前には散歩程度か』
「散歩以下だ。準備運動にもならない」
「……………………」
リュートは、口を開けたまま固まっていた。
「お、おっさん……今、何が起きた……?」
「倒しただけだ」
「五体を……二十秒で……?」
「二十三秒だ。少し遊びすぎた」
「遊び……?」
リュートの目が、点になっていた。
◇◆◇
【チュートリアルクエスト・最終章 完了】
【報酬:経験値10000(受取不可)、銅貨1000枚、鉄の剣、鉄の鎧、初心者卒業の証】
【おめでとうございます! チュートリアルを完了しました!】
シオンは報酬の一覧を見て、表情を失った。
——鉄の剣。鉄の鎧。初心者卒業の証。
——俺は四百年前に魔王を倒した男だぞ。
——今さら「初心者卒業」とは何だ。
だが、文句を言っても仕方がない。
重要なのは、この先だ。
【メインクエストの詳細を解放します】
シオンは、期待を込めてメインクエストの詳細を開いた。
【メインクエスト:クロード・レイサスを打倒せよ】
【対象情報】
【名前:クロード・レイサス】
【享年:34歳】
【死亡時期:約430年前】
【死因:魔王軍の襲撃により死亡】
【現在の状態:死亡(確定)】
シオンは、三度その文字を読み返した。
——享年34歳。
——死亡時期:約430年前。
——現在の状態:死亡(確定)。
「…………」
シオンは深呼吸した。
「システム」
【はい】
「今は何年だ?」
【勇歴1427年です】
「クロード・レイサスが死んだのは?」
【勇歴997年です】
「つまり430年前だな?」
【はい】
「430年前に死んだ人間を、どうやって打倒しろと?」
【クエストを完了してください】
「死んでいるんだぞ?」
【クエストを完了してください】
「墓を暴いて骨を殴ればいいのか?」
【クエストを完了してください】
「それとも霊界に行って幽霊を斬ればいいのか?」
【クエストを完了してください】
シオンは、こめかみを押さえた。
——このシステム、起動が400年遅れた上に、死人を打倒しろと言っている。
——どう考えても、このクエストは400年前の俺に向けて発行されたものだ。
——当時の俺なら、村にいるクロードを殴り倒して終わりだった。
——だが今は430年後。
——クロードはとっくに死んでいる。
「クエストを変更しろ」
【できません】
「クエストを削除しろ」
【できません】
「システムを初期化しろ」
【クエストを完了してください】
「お前、壊れているんじゃないか?」
【システムは正常に稼働しています】
「どこが正常だ。死人を打倒しろというクエストのどこが正常だ」
【クエストを完了してください】
シオンは、長い長い溜息をついた。
『シオン、また独り言か?』
ルグナードの声が響いた。
「……このポンコツシステム、死んだ人間を打倒しろと言っている」
『は?』
「430年前に死んだクロードを打倒しろ、だそうだ」
『……どうやって?』
「分からん。システムに聞いても『クエストを完了してください』としか言わない」
『壁に話しかけているようだな』
「全くだ」
シオンは頭を抱えた。
——とりあえず、故郷の村に行くしかない。
——クロードが本当に死んでいるか確認する。
——万が一、何らかの方法で生き延びている可能性もある。
——この世界には不老の秘薬もあるし、アンデッドとして蘇っている可能性もある。
——いや、それはそれで厄介だが……。
「おっさん、大丈夫か? なんか顔色悪いぞ」
リュートが心配そうに覗き込んできた。
「……大丈夫だ。少し、面倒なことになっただけだ」
「面倒なこと?」
「気にするな。それより——」
シオンはリュートを見た。
「お前の師匠を助けに行くんだろう?」
「あ、そうだ! グラン先生!」
リュートは勇者の剣を掲げた。
「これで師匠を助けに行ける!」
「なら、行くぞ。聖都ルクセリアへ」
「おう!」
シオンは歩き出した。
——死人を打倒するクエスト。
——どうやって完了すればいいのか、見当もつかない。
——だが、とりあえず故郷に行けば何か分かるかもしれない。
——それまでは、この少年の「王道」に付き合ってやろう。
「行くぞ、おっさん!」
「ああ」




