第4話:試練の洞窟
【深緑の洞窟】——最深部。
「ギィィィィ!」
【ゴブリンキング Lv.18】
玉座に座っていた緑色の怪物が、侵入者を見て立ち上がった。
普通のゴブリンより二回りほど大きく、頭には歪んだ王冠を被っている。手には錆びた大剣。
「お、おっさん! あいつがボスだ! オラが——」
「待ってろ」
シオンは腰の神剣ラグナロクに手をかけた。
スライムもゴブリンも、指先で弾いて倒してきた。だが、せっかくの「ボス」だ。久しぶりに剣を抜いてやる。
蒼白い刀身が、洞窟の闇を切り裂くように輝いた。
ゴブリンキングが咆哮を上げ、大剣を振り上げる——
シオンは、一歩踏み込んだ。
斬撃は見えなかった。
音すら聞こえなかった。
気づいた時には——ゴブリンキングの体が、縦に真っ二つになっていた。
ズシャァァァ……
【ゴブリンキングを討伐しました】
【経験値+1800を獲得……できませんでした(レベル上限)】
【報酬:ゴブリンキングの王冠、錆びた大剣、銅貨180枚、ゴブリンの牙×5】
「……は?」
リュートは、口を開けたまま固まっていた。
「い、今……何が……?」
「斬っただけだ」
シオンは剣を鞘に納めた。
その時——
脳内に、機械的な声が響いた。
【チュートリアルクエスト・最終章を発行します】
【勇者の剣を入手せよ】
【これがチュートリアルの最後のクエストです】
【報酬:経験値10000(受取不可)、銅貨1000枚、鉄の剣、鉄の鎧、初心者卒業の証】
シオンの目が死んだ。
——鉄の剣。鉄の鎧。初心者卒業の証。
「……俺はレベル999だぞ」
【おめでとうございます!】
「鉄の剣で何をしろと?」
【チュートリアル完了後、メインクエストの詳細が解放されます!】
「メインクエストの対象は死んでいる」
【頑張ってください!】
会話が成立しない。いつも通りだ。
「おっさん、どうした? また独り言?」
「……気にするな」
シオンは溜息をついた。
報酬はゴミだが、チュートリアルを完了すればメインクエストの詳細が解放される。死んだはずのクロードをどう「打倒」するのか——その手がかりが得られるかもしれない。
「リュート、お前が言っていた【試練の洞窟】はどこだ?」
「え? ここから東に少し行ったところだけど……」
「案内しろ」
「お、おう!」
◇◆◇
【試練の洞窟】——
森の奥深くに、その入り口はあった。
古代の石柱が両脇に並び、入り口には風化した古代文字が刻まれている。アルヴァレス大陸がまだ「七王国時代」と呼ばれていた頃の遺跡だ。
「ここだ! この奥に、勇者の剣が眠ってるんだ!」
リュートは目を輝かせた。
シオンは石柱の文字を眺めた。古代ルーン語——四百年前の魔王討伐の旅で、嫌というほど読まされた文字だ。
『勇気なき者、進むべからず。知恵なき者、惑うべし。心なき者、朽ち果てるべし』
「何か書いてあんのか? オラ、字は読めねえ」
「簡単に言えば、『馬鹿は死ぬ』と書いてある」
「なんだと!? オラは馬鹿じゃねえぞ!」
「そうか。なら証明してみろ」
◇◆◇
洞窟の内部は、予想以上に広大だった。
壁に埋め込まれた魔石が淡い青白い光を放ち、苔むした石畳の通路が奥へと続いている。冷たい空気が頬を撫で、どこからか水の滴る音が響いていた。
シオンは周囲を観察しながら歩いた。この手の古代遺跡は、四百年前に何十箇所も踏破している。罠のパターン、謎解きの傾向、隠し通路の位置——全て頭に入っていた。
「よーし、行くぞ!」
リュートは意気揚々と走り出した——そして三歩目で床のタイルを踏み抜いた。
シオンが襟首を掴んで引き上げる。
「……お前、罠くらい確認しろ」
「だって見えなかったんだ!」
「床の色が微妙に違う。それが罠の起点だ」
リュートは床をじっと見つめた。
「……あ、本当だ。ちょっとだけ色が違う」
「それを避けて歩け」
◇◆◇
それから先、リュートは何度も罠を踏み、何度もシオンに助けられた。
床から飛び出す槍——シオンが「歩幅を変えろ」と一言告げ、リュートは不規則な歩幅で進むことを覚えた。
壁から発射される矢——シオンが「壁の穴を見ろ」と指差し、リュートは穴の位置を避けて歩くようになった。
天井から落ちてくる岩——シオンが「上の亀裂」と呟き、リュートは天井を警戒しながら進んだ。
最初は全て踏み抜いていた罠が、徐々に避けられるようになっていく。
シオンは黙ってそれを見守っていた。
◇◆◇
洞窟の中層。
通路の先に、水路が行く手を阻んでいた。激しい水流が轟音を立てて流れている。
「くそ、渡れねえ!」
リュートが頭を抱えた。
シオンは壁にもたれかかり、何も言わなかった。
「……おっさん、ヒント」
「上流を見ろ」
リュートは水路の上流に目を向けた。岩陰に、石のレバーが見える。
「あれか!」
リュートがレバーを引くと、水流が止まった。水底に隠された通路が現れる。
「よっしゃ! オラ、自分で見つけたぞ!」
「ヒントを出したのは俺だがな」
「細けえことは気にすんな!」
◇◆◇
洞窟の深層。
巨大な広間に出た。東西南北に四体の石像が立ち、中央には封印された扉がある。
リュートは迷わず扉に突進した。当然、開かない。
「くそ、開かねえ!」
「仕掛けを解かないと開かない」
「仕掛け?」
シオンは床を指差した。
「矢印がある。像から扉に向かって」
リュートは床を見た。確かに、薄れかけた矢印の模様がある。
「……つまり、像を全部扉の方に向ければいいのか?」
「自分で考えたな」
「へへ、だんだん分かってきた!」
リュートは石像を一体ずつ回し始めた。重い像を押すのに苦労しながらも、やがて四体全てが中央を向いた。
ゴゴゴゴゴ……
封印された扉が、ゆっくりと開いた。
◇◆◇
さらに奥へ進むと、次々と仕掛けが現れた。
壁に刻まれた古代文字を読み解き、正しい順番で炎を灯す謎——シオンが文字を読み上げ、リュートが試行錯誤しながら炎を灯した。三回火だるまになったが、四回目で正解した。
床のタイルを踏む順番で道が開く仕掛け——シオンが「壁の模様を辿れ」とだけ言い、リュートが模様通りに歩いた。二回落とし穴に落ちたが、三回目で成功した。
色の異なる宝玉を正しい台座に置く仕掛け——壁画に描かれた太陽と月と星がヒントだった。リュートは「太陽は赤、月は青、星は黄色」と推理したが、シオンは「壁画をもう一度見ろ」と言った。リュートは太陽が「沈んでいる」ことに気づき、配置を逆にして正解した。
一つ一つの謎を、リュートは解いていった。
何度も間違え、何度も失敗し、何度もシオンに助けられながら。
だが——確実に、成長していた。
◇◆◇
洞窟の最深部——
巨大な空洞が広がっていた。
天井から差し込む光が、中央の祭壇を神々しく照らしている。
祭壇の上には——
一振りの剣が突き刺さっていた。
白銀の刀身。黄金の柄。淡い光を纏った、まさに「伝説の武器」。
「あれが……勇者の剣……!」
リュートは息を呑んだ。
祭壇の前には、巨大な石像が立ちはだかっていた。
【ガーディアンゴーレム Lv.50】
「リュート」
シオンは一歩下がった。
「これはお前が戦え」
「……分かってる」
リュートは剣を抜いた。レベル12対レベル50。圧倒的な格差。
だが、リュートの目に怯えはなかった。
「オラ、ここまで来たんだ!」
ゴーレムの拳が振り下ろされる。リュートは横に転がって避けた。
正面から斬りつける——刃が弾かれる。石の体には傷一つつかない。
「くそ、硬え!」
だが、リュートは諦めなかった。
——弱点がある。必ずある。
洞窟の仕掛けで学んだことを、思い出していた。
リュートはゴーレムの周囲を走り回り、その体を観察した。
そして——背中に光る赤い石を見つけた。
「あれだ!」
懐に飛び込み、背後に回り込む。
「おらあああああ!」
全力の一撃。
刃こぼれした剣が、赤い石を貫いた。
パキィン!
ゴーレムが崩れ落ちる。
「やった……!」
◇◆◇
リュートは祭壇に駆け寄った。
白銀の剣の柄を握り——力を込めて——
引き抜いた。
シュウウウウ……
眩い光がリュートを包み込んだ。
【勇者の剣を獲得しました】
【称号『勇者見習い』が『勇者候補』に昇格しました】
同時に、シオンの脳内にも通知が響いた。
【チュートリアルクエスト・最終章 完了】
【報酬:経験値10000(受取不可)、銅貨1000枚、鉄の剣、鉄の鎧、初心者卒業の証】
【おめでとうございます! チュートリアルを完了しました!】
【メインクエストの詳細を解放します——】
シオンはメインクエストの詳細に目を向けた。
だが、その瞬間——
ゴゴゴゴゴゴゴ……
洞窟全体が震え始めた。
「な、なんだ!?」
リュートが叫んだ。
壁が崩れる。天井が軋む。
そして——洞窟の四方から、巨大な影が現れた。
【デスナイト Lv.65】
【キメラ Lv.58】
【ミノタウロス Lv.72】
【ダークエルフ Lv.61】
【ワイバーン Lv.69】
五体の精鋭魔物が、祭壇を取り囲んでいた。
「な……なんで急に……!」
リュートの顔が青ざめた。
一体でも厳しい相手が、五体。
シオンは冷静に状況を分析した。
——勇者の剣を抜いたことで、封印が解けたか。
——いや、違う。
——この魔物たち、明らかに「配置」されている。
——誰かが、意図的に——
『シオン、これは……』
ルグナードの声が、精神リンクを通じて響いた。
『罠だ。勇者の剣を抜いた者を殺すための』
「ああ、分かっている」
シオンは一歩前に出た。
リュートを背に庇うように。
「リュート、下がっていろ」
「で、でも——」
「お前じゃ死ぬ」
五体の魔物が、一斉に動き出した。
デスナイトの大剣が振り下ろされる。キメラの炎が吐き出される。ミノタウロスが突進してくる。ダークエルフが呪文を唱える。ワイバーンが空から急降下してくる。
五方向からの同時攻撃。
普通の冒険者なら、一瞬で肉片になる。
だが——
シオンは、欠伸をした。
「……久しぶりに、少しだけ本気を出すか」
神剣ラグナロクの柄に、手をかけた。
◇◆◇
**——第五章へ続く**




