第3話:正統派勇者
四百年前の「魔王大戦」では、大陸の半分が焦土と化した。
当時、人間を至上とする神聖メルディア王国と、亜人を崇める獣王国シルヴァリアは長年対立しており、魔王軍の侵攻を前にしても共闘を拒んでいた。
世界の危機に際し、各国は競って「勇者召喚」の儀式を行った。
神聖メルディア王国は異世界から四聖勇者を召喚した。獣王国シルヴァリアは「獣王の勇者」を、エルフの森林国は「精霊の勇者」を、ドワーフの地底王国は「鍛冶の勇者」を、竜族は「竜騎士の勇者」を呼び覚ました。
他にも、様々な勇者が召喚された。
【無限収納】【鑑定眼】【死に戻り】【スキル吸収】——まるでゲームのようなチートスキルを振るう勇者たち。
【異世界通販】で対戦車ロケットランチャーを持ち込んで大暴れしたが、弾切れで戦力外になった勇者。
【美食システム】で「Sランク料理を食べればSランクになれる!」と豪語したが、そもそもSランク料理を作れる料理人がいなくて、結局食堂を開いた勇者。その食堂は四百年経った今も営業している。孫の代まで。
【ガチャシステム】で毎日ガチャを回し続けたが、五百回連続でゴミアイテムを引いて精神を病んだ勇者。
「この世界は俺が読んだ小説の世界だ」と言い出したが、原作と微妙に違っていて「こんなの聞いてない!」と叫びながら魔物に追われていた転生者。
「破滅フラグを回避しなきゃ!」と奮闘していたが、そもそもこの世界に乙女ゲームの要素は一切なく、何と戦っていたのか最後まで謎だった悪役令嬢転生者。
まさに群雄割拠。百を超える勇者たちが大陸中で暴れ回った。
そんな中、シオンは異質だった。
チートスキルもなければ、前世の記憶もない。ステータス画面も見えなければ、【死に戻り】の能力もない。
あるのは剣の才能と、血の滲むような努力と、仲間を信じる心だけだった。
それでも彼は、全ての勇者たちの頂点に立った。
邪竜ヴォルザークを斬り、魔王を滅ぼし、世界を救った。
四百年経った今、当時の勇者で生き残っているのはシオンだけだ。
「賢者の雫」を飲んで不老の身となった彼は、大陸の平和を守り続けている。
そして今でも、時折「勇者召喚」は行われている。
ただし、召喚された勇者たちが最初に教わるのは——
「勇者王には絶対に逆らうな」
という鉄則だった。
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シオンはこの四百年間、実に様々な勇者と出会ってきた。
「俺は前世で魔王だった」と言い出す転生者。
「俺のスキル【弱点看破】で魔王の弱点が見える!」と豪語しながら、見えた弱点が「心臓を刺せば死ぬ」という当たり前すぎる情報だった勇者。
「この世界のヒロインは俺のものだ」と宣言して、各国の姫に片っ端から求婚して回った勇者。
「俺は【鑑定】スキルでお前のステータスを見抜いた!」と言いながら、シオンのレベル999を見た瞬間に気絶した勇者。
「俺は追放された元勇者だ! 復讐してやる!」と叫んでいたが、追放された理由が「三日間風呂に入らなかったから臭かった」という勇者。
——どいつもこいつも、変な奴ばかりだった。
しかし、それでいい。
チートスキル持ち、転生者、追放者、悪役令嬢——どんな勇者でも、この世界で生きている。
ただ——
「五頭身」の勇者だけは、久しく見ていなかった。
シオンがかつて夢見た、あの「正統派勇者」。
チートもない。転生でもない。復讐でもない。
ただ純粋に、誰かを守りたいという心だけで戦う——そんな勇者。
日本にいた頃、漫画やゲームで見た「勇者」の姿。
五頭身の少年が、仲間と共に魔王に立ち向かう。
必殺技を叫び、熱い友情を語り、どんな絶望の中でも諦めない。
——ああいう勇者は、もう絶滅したと思っていた。
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シオンは少年の足跡を追って森を進んだ。
足跡は洞窟から森を抜け、小さな川沿いに続いている。
そして——
「ギャアアアアア!」
咆哮が響いた。
シオンは足を止め、前方を見た。
川辺の開けた場所に、あの赤毛の少年がいた。
そして、その前には——
【キングトロール Lv.68】
先ほどのトロールより、遥かに巨大な魔物だ。
少年は刃こぼれした剣を構えていた。足は震えている。だが——逃げていない。
「オラは……オラは逃げねえぞ……!」
少年が叫んだ。
「ここで逃げたら、師匠に顔向けできねえ……!」
キングトロールが棍棒を振り上げる。
少年のレベルは12。相手は68。
勝てるはずがない。
——だが。
シオンは、その光景に見惚れていた。
五頭身。
逆立った赤毛。
震えながらも、一歩も退かない姿。
——ああ。
——いたんだな、まだ。
キングトロールの棍棒が振り下ろされる。
「うおおおおお!」
少年が剣を掲げた瞬間——
シオンが、少年の前に立っていた。
キングトロールの棍棒を、人差し指一本で止めていた。
「——は?」
少年が呆然と声を漏らす。
シオンはキングトロールを見上げた。
「悪いな」
右手を軽く振った。
キングトロールの体が、塵になって消えた。
【キングトロールを討伐しました】
【報酬:経験値6800(受取不可)、キングトロールの棍棒、頑丈な毛皮、銅貨680枚】
沈黙が落ちた。
少年は、口を開けたまま固まっていた。
「な……なんだ今の……」
シオンは少年に向き直った。
「怪我はないか?」
「お、オラは平気だけど……おっさん、お前何者だ!?」
——おっさん。
外見は二十代前半なのだが。
「……通りすがりの旅人だ。名前はシオン」
「シオン? どっかで聞いたような……まあいいや!」
少年は胸を張った。
「オラはリュート! ガルム村の勇者見習いだ!」
「勇者見習い?」
「おう! オラ、いつか絶対に勇者になるんだ!」
リュートの目には、純粋な光が宿っていた。
恐れも、疑いも、打算もない。
ただ真っ直ぐな——勇者の目。
「……なぜ、こんな場所にいる?」
「この先に【試練の洞窟】があるんだ!」
リュートは森の奥を指差した。
「その奥に【勇者の剣】が眠ってる! 試練を乗り越えた者だけが手にできる伝説の剣だ!」
「勇者の剣か」
「おう! オラ、その剣を手に入れて……師匠を助けに行くんだ!」
「師匠?」
リュートの表情が曇った。
「オラの師匠は……グラン先生っていうんだ。元Sランク冒険者で、オラに剣を教えてくれた人で……オラが勇者になりたいって言った時、笑わないで応援してくれた、たった一人の人だ」
リュートの拳が震えた。
「でも……グラン先生は、聖都ルクセリアの城主に捕まっちまった」
「城主に?」
「ヴァルガスって野郎だ! グラン先生は、ヴァルガスが裏で悪いことしてるのを知っちまったんだ。それで口封じに……!」
リュートは歯を食いしばった。
「オラ一人じゃ、聖都には乗り込めねえ。だから、まずは勇者の剣を手に入れて、強くなって……それから師匠を助けに行くんだ!」
シオンは、少年の話を黙って聞いていた。
そして——
心の中で、静かに呟いた。
——なんて典型的なストーリーだ。
師匠が悪い権力者に捕まる。
弟子が伝説の武器を求めて試練に挑む。
そして、成長した弟子が師匠を救い出す——
まるで、日本で読んだ漫画そのものだ。
ダイの大冒険で、アバン先生がハドラーに倒された時のように。
ドラゴンボールで、悟空が師匠の仇を討つために強くなったように。
——王道中の王道だ。
だが——
シオンの口元に、微かな笑みが浮かんだ。
——嫌いじゃない。
むしろ、懐かしい。
四百年間、複雑で面倒な政治や、ひねくれた勇者たちの相手ばかりしてきた。
こんな真っ直ぐな「王道」は、久しぶりだ。
「……なあ、リュート」
「なんだ、おっさん?」
「その試練の洞窟、一人で行くつもりか?」
「当たり前だ! オラ一人で乗り越えてこそ、真の勇者になれるんだ!」
「そうか」
シオンは少年を見下ろした。
レベル12。装備はボロボロ。スキルもたぶんろくにない。
普通に考えれば、試練の洞窟で死ぬだろう。
だが——
この少年の目を見ていると、そうはならない気がした。
「なら、俺も付き合おう」
「え?」
「暇だからな。見届けてやる」
リュートは目を丸くした。
「い、いいのか? おっさん、けっこう強そうだけど……」
「手は出さない。見てるだけだ」
「……変なおっさんだな」
「よく言われる」
『シオン、何を考えている?』
ルグナードの声が、精神リンクを通じて響いた。
『まさか、この少年に付き合うつもりか?』
シオンは心の中で答えた。
——ああ。
——久しぶりに、面白いものを見つけた。
リュートは首を傾げながらも、笑顔を見せた。
「よっしゃ! じゃあ行くぞ、おっさん! オラについてこい!」
「……お前、俺より弱いのに偉そうだな」
「勇者は常に先頭を行くもんだ! 師匠がそう言ってた!」
——良い師匠だな。
シオンは、そう思った。
グラン先生、だったか。
聖都ルクセリアの城主、ヴァルガス公爵。
確かに、厄介な男だ。
だが——それは後で考えればいい。
今は、この少年の「王道」に付き合ってやろう。
「行くぞ、おっさん!」
「ああ」
シオンは、四百年ぶりに——
「冒険」というものを、楽しみ始めていた。
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**——第四話へ続く**




