第18話 時間遡行
「さて」
アウローラは部屋の中を見回した。
「座る場所がないのう」
そう言って、彼女は右手を軽く振った。
虚空から光が溢れ出る。
光が凝縮し、形を成していく。
数秒後——そこには、豪華絢爛な玉座が出現していた。
純白の大理石を基調とし、肘掛けと背もたれには黄金の装飾が施されている。座面には深紅のベルベットが張られ、背もたれの頂点には帝国の紋章を象った宝石が輝いていた。
『創造』。
女帝のチート能力の一つだ。
アウローラは優雅にその玉座に腰を下ろした。
「うむ、やはり座り心地が違うのう」
◇◆◇
「……そこまでする必要があるか?」
シオンは溜息をついた。
「普通の椅子でいいだろう」
「何を言う。わらわは帝国の女帝じゃぞ。どこに座ろうと、玉座でなければ格好がつかん」
「飛空艇の大艦隊を引き連れてくるのも、格好のためか」
「当然じゃ」
「……相変わらず、無駄に派手だな」
「派手ではない。威厳じゃ」
シオンは再び溜息をついた。
「それと、いつから『わらわ』なんて自称を使い始めた。前に会った時は普通に『私』だっただろう」
「ふん、百年ほど前から変えたのじゃ。女帝らしくて良いじゃろう」
「キャラ作りか」
「キャラ作りではない。これがわらわの本来の姿じゃ」
「嘘つけ。前世はOLだっただろう。『私、今日も残業だよ〜』とか言ってたくせに」
「な——!」
アウローラの顔が真っ赤になった。
「そ、それを言うな! あれは前世の話じゃ! 今のわらわとは関係ない!」
「関係大ありだろう。過労死したOLが女帝になって『わらわ』とか言い出すの、ギャップが激しすぎる」
「う、うるさい! お主だって元サラリーマンのくせに『勇者王』とか名乗っておるじゃろう!」
「俺は名乗ってない。周りが勝手に呼び始めただけだ」
「言い訳するな!」
◇◆◇
アウローラの手に、魔力が集まり始めた。
「シオン、少し黙れ」
「おい、待て」
「『創造』——氷の槍」
虚空から、巨大な氷の槍が出現した。
それがシオンに向かって飛んでいく——
●━━━━━━→
↘
● スッ
シオンの体が、水のように流れた。最小限の動きで、氷の槍を躱す。槍はシオンの髪を一本だけ掠めて、壁に突き刺さった。
壁に大きな穴が開く。
「……外した」
アウローラは眉をひそめた。
「相変わらず、その『受動回避』は厄介じゃのう」
「四百年間、毎日修行してるからな」
シオンは涼しい顔で言った。
「お前の『創造』も、まだまだだな」
「何じゃと? ならばこれはどうじゃ!」
「『創造』——炎の矢」
三本の炎の矢がシオンに向かって飛ぶ。
↘
●→ ● → ○
↗
シオンは最小限の動きで、全ての矢を躱した。
「遅い」
「くっ……! 『創造』——雷の鎖!」
四方から雷の鎖がシオンを縛ろうとする。
↓
← ● →
↑
↓
← →
↑
● ススッ
シオンは鎖の隙間を縫うように移動し、全てを回避した。
「だから遅いって」
「このっ……!」
◇◆◇
「あ、あの……」
グランが恐る恐る声を上げた。
「お二人とも、宿屋が壊れますので……」
壁には氷の槍が突き刺さり、天井には焦げ跡がついている。床には雷の魔法で焼けた跡が残っていた。
「……」
「……」
シオンとアウローラは、同時にグランを見た。
そして、同時に溜息をついた。
「……まあ、本題に入るか」
「そうじゃな。遊んでおる場合ではない」
二人は、何事もなかったかのように姿勢を正した。
◇◆◇
翌日。
聖都郊外。空間節点の近く。
朝から人々が集まっていた。
時間遡行——時間を遡り、過去の出来事を映像として再現する魔法。帝国の皇族だけが使える、極めて稀な秘術だ。
十年に一度あるかないかの大事件でしか使われない。
聖都の住民だけでなく、周辺の都市からも見物人が押し寄せていた。
子供を失った親たちも、各地から駆けつけていた。自分の子供が、本当にレイサス家に殺されたのかを確かめるために。
◇◆◇
空の上。
二人の皇子が並んで浮かんでいた。
紫の長髪を持つ第六皇子アレクシウス。
青い髪の第四皇子カエルス。
二人は目を閉じ、腕を組んで、黄金の衣をなびかせていた。
◇◆◇
地上では、ヴィクトルとアルベルト城主が並んで立っていた。
二人の顔には、全く緊張感がなかった。
むしろ、薄ら笑いすら浮かべている。
——二人の皇子殿下は、既に我々の味方。
——女帝陛下か勇者王陛下が直接いらっしゃって、結果に異議を唱えない限り、我々の勝ちだ。
——だが、そんなことが起こるはずがない。
ヴィクトルは、シオンたちの方を見た。
シオンとグランとリュートの三人。そして、その隣には——黒いローブを纏った人物が立っていた。
フードを深く被り、顔は見えない。
——あれは誰だ?
——まあ、どうでもいい。コソコソと顔を隠しているような小物が、何の役に立つ。
ヴィクトルは鼻で笑った。
◇◆◇
「時刻が来た。時間遡行を開始する」
第六皇子が宣言した。
群衆が一斉に顔を上げた。
二人の皇子が、魔法陣を展開し始めた。
空中に光の紋章が浮かび上がる。古代文字が刻まれた魔法陣が、二重、三重と重なっていく。その動きは目にも留まらぬ速さで、残像が幾重にも重なって見えた。
口の中で詠唱を紡ぎながら、二人は空中で複雑な術式を描いていく。
すると——不思議な感覚が、群衆を包み込んだ。
二人の皇子との距離が、どんどん遠くなっていくような感覚。
空間ではなく、時間の隔たり。
皇子たちの姿が、徐々に薄れていく。
そして——完全に消えた。
この時空から離脱し、過去へと遡ったのだ。
◇◆◇
群衆の中で、一人の修行者が目を輝かせた。
「これは……! 時間の道を垣間見る好機……!」
彼は集中し、皇子たちの術式を解析しようとした。
「おい、やめろ!」
隣にいた仲間が、彼の肩を揺さぶった。
「正気に戻れ! 時間の心魔に囚われるぞ!」
修行者は、はっと我に返った。
「俺は……何を……」
「危なかったぞ。あのまま放っておいたら、お前の意識は時間の狭間に閉じ込められていた。目覚めるのは百年後になっていたかもしれん」
帝国の皇族が時間魔法を使う時、必ず護衛がつくのはそのためだ。時間の道は、素人が覗き込むには危険すぎる。
◇◆◇
「二人の息子の手際は、まあまあじゃな」
シオンの隣で、黒いローブの人物——アウローラが呟いた。
「魔法陣の展開速度は、この修為にしては悪くない」
「ふん」
シオンは鼻を鳴らした。
「見栄えを重視しすぎだ。あの派手な魔法陣、実戦では全く役に立たん。戦闘中にあんなに手順を踏んでいたら、敵に三回は殺されている」
「全くじゃ」
アウローラは溜息をついた。
「息子たちは本当に手がかかるのう。いっそのこと、全員殺して、インキュベーターでもう一度最初から育て直した方が早いかもしれん」
「おい」
シオンは眉をひそめた。
「それは人道的にどうなんだ」
「何を言う。また作ればよいだけじゃ」
「いや、どうやって作ろうが、生まれてきた以上は人間だろう」
「むう……」
「お前は源頼朝か。平家の子供を皆殺しにして、安徳天皇まで死なせた男と同じことをするつもりか」
「源頼朝とは誰じゃ」
「前世の日本の武将だ。お前も知ってるだろう」
「……ああ、あの冷酷な男か」
「そうだ。お前も同じことをするのか」
シオンは腕を組んだ。
「三百年も生きてると、感情が磨り減ってくるのは分かる。俺も四百年生きてるからな。——だが、それでも命を軽く見るな」
「……」
「お前の息子たちは、確かに未熟だ。だが、殺す理由にはならない。教育すればいい」
アウローラは黙り込んだ。
しばらくして、小さく溜息をついた。
「……分かっておる。冗談じゃ」
「冗談に聞こえなかったが」
「半分は本気じゃったかもしれん。——お主の言う通り、長く生きすぎると、色々と鈍くなるのう」
「自覚があるならいい」
シオンは前を向いた。
「さて、そろそろ映像が出てくるはずだ」
◇◆◇
グランは、二人の会話を聞きながら、震えていた。
——女帝陛下、息子を殺してやり直すとか言ってた……
——勇者王陛下が止めてくれて良かった……
——この二人、本当に人間離れしている……
リュートは、相変わらず状況を理解していなかった。
「なあ、先輩。あの皇子たち、消えちゃったけど、大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。過去を見に行っただけだ」
「過去を見に行く……? すげえな、魔法って」
「お前も、いずれ使えるようになるかもしれん」
「マジで!?」
◇◆◇
数分後。
空中に、光の幕が現れ始めた。
巨大なスクリーンのように、空の一角が白く輝いている。
二人の皇子の姿が、そこに浮かび上がった。
「時間遡行、完了。——これより、過去の映像を映し出す」
第六皇子の声が、空から響いた。
群衆が、固唾を飲んで見守った。
光の幕に、映像が浮かび始める——




