表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/18

第13話 システムの報酬

第一次審判が終わった夜。


シオンは宿の部屋に戻った。


「お疲れ様です、シオンのおっさん!」


リュートが元気よく駆け寄ってきた。五頭身の小柄な体格に、ツンツン立った金髪。大きな瞳が怒りで燃えている。


「あの執政官、絶対ずるいです! 時間稼ぎして、証拠を隠させるつもりですよね!」


グランも心配そうな顔をしていた。


「このまま日を改めれば、レイサス家は必ず証拠を隠滅するでしょう。オリーブの丘の地下墓地……あの骸骨たちを処分されてしまったら」


「心配するな」


シオンは椅子に座り、窓の外を眺めた。


夜の聖都エルデ。街灯の光が石畳の通りを照らしている。大聖堂の鐘楼が夜の鐘を鳴らし、遠くで犬が吠えている。


平和な夜景だ。


だが、その裏では——


「奴らが証拠を隠滅しようとするなら、その現場を押さえる。証拠隠滅の事実そのものが、新たな罪になる」


リュートが目を輝かせた。


「じゃあ、張り込みするんですか!?」


「ああ。今夜から、オリーブの丘を監視する」


シオンは立ち上がった。


「お前たちは休んでいろ。明日からが本番だ。体力を温存しておけ」


「でも——」


「俺一人で十分だ」


シオンはそう言って、窓を開けた。


夜風が部屋に吹き込む。


「おっさん、気をつけてください!」


リュートが叫んだ。


シオンは軽く手を振り、窓から飛び出した。


◇◆◇


夜の聖都は静かだった。


大通りの列柱廊に月光が差し込み、白亜の建物が青白く光っている。


シオンは気配を完全に消し、屋根から屋根へと跳んだ。


聖都の外れ、オリーブの丘。


地下墓地の入り口付近の大木に、シオンは身を潜めた。


——さて、いつ来るかな。


シオンは内心で呟いた。


——執政官が今日裁判を延期したのは、レイサス家に時間を与えるため。


——証拠を隠滅する時間を。


——ならば、今夜中に動くはずだ。


果たして——


二時間後。


十数人の人影が、松明を持ってオリーブの丘に現れた。


先頭にいるのは、レイサス家の現当主ヴィクトル。その後ろには、家の者たちと使用人が続いている。


「急げ。夜明けまでに全てを片付ける」


ヴィクトルの声が、夜の闇に響いた。


シオンは木の陰から、その様子を静かに見守った。


——やはり来たか。


——だが、ここで止めるのは早い。


——奴らがどこまで繋がっているか、確かめる必要がある。


レイサス家の者たちは、地下墓地に入っていった。


しばらくして、乳児の骸骨を袋に詰めて運び出し始めた。血で染まった祭壇の石版も、一つ一つ破壊している。


「骸骨は全て川に流せ。祭壇の破片は粉々に砕いて、別々の場所に埋めろ」


ヴィクトルが指示を出している。


「痕跡は一切残すな。あの黒髪の平民が再び調査に来ても、何も見つからないようにしろ」


全ての証拠を消し去るつもりだ。


シオンは動かなかった。


——まだだ。


——もっと大物が来るはずだ。


そして——


夜明け前。


馬車が一台、オリーブの丘に到着した。


馬車から降りてきたのは、紫の縁取りのトーガを纏った男。


アルベルト執政官だった。


「作業は順調か」


「はい。あと一時間で全て終わります」


ヴィクトルが恭しく頭を下げた。


アルベルトは地下墓地の入り口を覗き込んだ。


「良い。この件が片付けば、私は総督への昇進が約束されている。お前たちへの見返りも十分に用意しよう」


「ありがとうございます」


「ただし——」


アルベルトは声を低めた。


「あの黒髪の男には気をつけろ。ただの平民ではない。『生贄の儀式』の秘密を知っていた。聖光の浄化作用のことまで」


「……あの男、何者なのでしょう」


「分からん。だが、証拠がなければ奴も何もできない。急げ」


シオンは木の陰で、全てを見ていた。


——執政官が直接関与している。


——これで十分だ。


シオンは気配を消したまま、その場を後にした。


◇◆◇


朝が来た。


シオンは宿に戻ると、グランとリュートが心配そうに待っていた。


「おっさん、無事でしたか!?」


リュートが飛びついてきた。


「ああ。レイサス家は夜通し証拠を隠滅していた。執政官も直接現場に来ていた」


グランは息を呑んだ。


「執政官まで……では、どうするのですか?」


「二日ほど様子を見る。奴らが完全に証拠を消し去ったと安心したところで——」


シオンは薄く笑った。


「——控訴する」


◇◆◇


その夜。


グランとリュートは疲れて眠りについた。


シオンは窓辺に座り、夜空を見上げていた。


——さて。


シオンは心の中で呟いた。


——システム。


脳内に、機械的な声が響いた。


【宿主の呼びかけを検出】


【逆襲システム起動中】


——御先祖様を倒した報酬は?


【おめでとうございます! 宿主は艱難辛苦の末、強敵クロード・レイサス三世を打倒しました!】


【報酬を計算中……】


シオンは内心で苦笑した。


——艱難辛苦?


——片手で殴っただけだが。


【報酬が確定しました!】


【・経験値ポーション(Lv1-10推奨)×3】


【・鉄の剣(Lv10-20推奨)×1】


【・中級回復ポーション×5】


【・スキルブック『火球』×1】


シオンのこめかみがピクリと動いた。


——俺のレベルは?


【999です】


——この報酬は何レベル向けだ?


【Lv10-20向けです】


——……。


【申し訳ございません】


——いや、もう慣れた。まあいい。幼稚園児に大学の教科書を渡すようなものだが、気持ちだけ受け取っておく。


シオンは溜息をついた。


報酬など最初から期待していない。


収納魔法の中に、専用の区画を作った。


『逆襲システムからの役立たず報酬・二号』


新手ギフトパックが一号だ。


◇◆◇


【新しいクエストが発行されました】


——また何か面倒なことか。


【クエスト:聖光教団の大司教、ルシウス・ソラリスを打倒せよ】


【報酬:謎の地図の欠片×1】


シオンは眉を上げた。


——ルシウス・ソラリス?


その名前には、覚えがあった。


三百年前。


当時、この大陸には『太陽神教』という巨大な宗教があった。


『太陽は大地の周りを回っている』『太陽神こそが世界の中心である』——そう教え、民衆の信仰を集めていた。大陸最大の宗教勢力であり、政治にも大きな影響力を持っていた。


その太陽神教の大司教に、ソラリス家の当主がいた。


そして、その孫が——ルシウス・ソラリスだった。


◇◆◇


当時、シオンは『ノイン』という偽名を使い、平民に変装して各地を旅していた。


太陽神教の神殿に立ち寄った時、シオンは司祭たちと天文学について議論した。


そこで、うっかり『地動説』を口にしてしまった。


『大地が太陽の周りを回っている』『太陽は世界の中心ではない』——日本で学んだ知識を、つい喋ってしまったのだ。


最初、司祭たちは笑った。


『馬鹿なことを言うな』『太陽神の教えに背くつもりか』と。


だが、シオンは証拠を示した。


天体の運行を計算し、日食と月食の周期を予測し、星の動きを説明した。


全てが、地動説でなければ説明できない現象だった。


太陽神教は——崩壊した。


教義の根幹が否定されたのだ。信者は離れ、神殿は閉鎖され、司祭たちは路頭に迷った。


大司教——ルシウスの祖父——は、責任を取って自害した。


◇◆◇


その後、シオンは罪悪感を覚えた。


確かに教義は間違っていた。だが、そのせいで多くの人々が職を失い、路頭に迷った。大司教は自ら命を絶った。


そこで、シオンは残った司祭たちを集め、新しい教団の設立を手伝った。


『聖光教団』。


太陽神教の教義を修正し、『太陽神』ではなく『聖光』を信仰の対象とした。


『聖光は全てを照らす』『聖光は太陽にも、星にも、月にも、あらゆる光に宿る』——そう教えを変えることで、地動説と矛盾しない新しい宗教を作り上げた。


シオンは教義の修正案を提案し、組織の運営方法を教え、財政の立て直し方を指導した。


その過程で、ルシウスと出会った。


当時、ルシウスはまだ十代の少年だった。祖父を失い、家は没落し、路頭に迷っていた。


だが、頭が良く、行動力があった。


シオンはルシウスの才能を見出し、新教団の中枢に据えた。


『ノイン様のおかげで、私は新しい道を見つけられました』


ルシウスはそう言って、深々と頭を下げた。


『この御恩は、一生忘れません』


◇◆◇


——その後、聖光教団は大きく発展した。


——今では大陸有数の宗教勢力になっている。


——ルシウスは大司教にまで上り詰め、聖域級の魔導師になったと聞いている。


——三百年前に別れたきりだが、今も生きているはずだ。


シオンは首を傾げた。


——だが、なぜルシウスを『打倒』しなければならない?


——俺が知る限り、ルシウスは悪人ではなかった。


——むしろ、俺を恩人として慕っていた。


——『ノイン様のおかげで新しい道を見つけた』——あの少年が、今では打倒すべき敵になっているのか。


——何があった、ルシウス。


——まさか、三百年の間に何かあったのか?


——それとも、クロードの時と同じで、このシステムが何か勘違いしているのか。


シオンは少し考えた。


——まあいい。レイサス家の件が片付いたら、聖光教団に寄ってみるか。


——何か事情があるのかもしれない。


——それに——


シオンの目が、報酬に留まった。


——『謎の地図の欠片』か。


——何の地図だ?


【メインクエストを完了するごとに、地図の欠片が手に入ります】


【全ての欠片を集めると、地図の全貌が明らかになります】


——その地図は何を示している?


【不明です。全ての欠片を集めてください】


——……まあいい。


シオンは夜空を見上げた。


——気になるが、今はレイサス家が先だ。


◇◆◇


翌朝。


シオンはグランとリュートを起こした。


「今日と明日は、レイサス家が証拠隠滅を続けるはずだ。奴らが完全に安心するまで待つ」


「待つんですか?」


グランが不思議そうに尋ねた。


「ああ。奴らが『もう大丈夫だ』と思った瞬間——」


シオンは冷たく笑った。


「——控訴状を叩きつける」


リュートが拳を握った。


「おっさん、かっこいいです!」


◇◆◇


二日後。


シオンはオリーブの丘を再び訪れた。


地下墓地の入り口は、既に土で埋められていた。周囲の草木も整えられ、まるで何もなかったかのようだった。


シオンは地面を掘り返した。


——完璧に片付けている。


——骸骨も、祭壇も、血痕も、全て消えている。


——これで奴らは安心しているだろう。


シオンは立ち上がった。


——だが、俺には『時遡の術』がある。


——証拠を消しても無駄だ。


◇◆◇


その日の夕方。


シオンは控訴状を書き上げた。


羊皮紙に、几帳面な文字で訴因を列挙する。


グランとリュートが、隣で見守っていた。


「これを、聖光州総督グスタフに提出する」


「総督……ですか」


グランは緊張した面持ちだった。


「総督も、レイサス家と繋がっているのでは?」


「繋がっているだろうな」


シオンは淡々と答えた。


「だが、それでいい。総督まで巻き込めば、『アルディア大憲章』の出番だ」


「『アルディア大憲章』?」


「ああ。四百年前、勇者王陛下が制定した根本法典。全ての法律の頂点に立つ」


シオンは控訴状にインクを乾かしながら、薄く笑った。


「——そして、その法典には、『時遡の術』という切り札がある」


◇◆◇


翌日。


レイサス家は、アルベルト執政官に連絡を入れた。


「準備は整いました。再審をお願いします」


そして——


事態は当主ヴィクトルの予想通りに進んだ。


アルベルト執政官は堂々とレイサス家を庇い、証拠不足を理由に『御先祖様』クロード・レイサス三世の無罪を宣言した。


「クロード・レイサス三世を無罪とする。さらに、ノインとユアンの二名には傷害罪の嫌疑がある。後日、改めて審理を行う」


シオンは内心で苦笑した。


——まあ、想定内だ。


「この裁定に不服がある者は、十五日以内に聖光州総督に控訴することができる」


執政官がそう告げた瞬間、シオンは懐から羊皮紙を取り出した。


「控訴状です」


インクはとっくに乾いている。


執政官の顔が引きつった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ