久しぶり
来る日も、来る日も真也は訓練区画にいた。
伸ばすべきは生存本能
何度言われても、五感にばかり頼ってしまう
――
「もっと僕を追うんだ目じゃなく、心で」
暴論過ぎる
でも、千恵をまもるには真也自身が力をつけなければならない。
そんなこと、彼が一番理解していた
それなのに、日に日に身体は重くなり
繊細な動きが出来なくなっていく。
あと少しあと少しが届かない
一度避けるだけなのに、一瞬目視することが限界だった
――
毎日、決まった時間になるとツバキは訓練の様子を見にきた
「また、えらく汚してるね」
純白だった訓練区画は
日々の成果というべきか、赤黒く塗り替えられていた。
「ほら、立ってまだ動けるでしょ」
小宮は一滴の血も浴びることなく
何時間もの間一定の速さで動き続けた
「準備できた?続けるよ」
真也は自分の血で視界が塞がれるまえにゴーグルを拭いた
「君も大変だね。」
ツバキはリオのすぐそばまで歩み寄った
「そんなことないですよ」
リオはツバキの気遣いにも動じることなく、微笑む
「彼、あの少年面白い子だよね」
真也を指さすツバキに
リオはきょとんと首を傾げてみせる
「そうですか?ボクは彼女に真剣な子で良い子だと思いますけど」
「そこだよ」
ツバキはコートのポケットから
まだ温かい缶コーヒーを取り出す
「私には、理解できないね」
コーヒーの蓋を指先でいじりながら話す
「今まで持ってたもの全部手放して”愛”を取るんだよ」
「いいじゃないですか、ボクもあんな彼氏欲しいな」
「私的には若すぎるのが気になるんだよね」
「まぁ、決断するには若いのかも…」
二人は小宮の方に視線を移す
「彼も彼で、新米感ないんだよね」
小宮が走りだすと
まばたきする間に真也が倒れる
リオは駆け足で向かい蘇生と傷の治療をする
その様子を横目のツバキはやっとコーヒーを口にする
「まっず…」
突拍子もない言葉に一同が視線を向ける
「隊長、それブラックですよ」
ついさっきまで険しかった小宮の表情が
一気に穏やかになる
「だからだよ」
目覚めたばかりの真也は
ツバキと小宮の顔を交互に見る
「甘いのは、判断力が鈍くなるんだよ」
小宮は苦笑いした
「それ科学的根拠あるんですか?」
「ないよ、全然私の気分の問題だね」
リオが静かに口を開く
「でも隊長、甘党でしたよね」
「黙秘権を行使させてもらおう」
そう言うとツバキは一気にコーヒーを飲み干した
しばらくの沈黙がつづくと、小宮と真也は訓練の続きを始めようと準備した
「ちょっと待ちなさいよ」
空き缶が小宮の頭を直撃する
「痛った!なにするんですか」
「本日の訓練はここまでだ」
「なんで、まだやれますよ」
前に出たのは真也だった。首元まで赤くなった服はG.I.C.M.が支給したものだった
「少年、彼女に会いに行くよ」
”会いに行く”その言葉に真也は心を躍らせたが、
小宮やリオが付き合ってくれている訓練を抜けるわけには、
「「これは、行くべき」だよ」
二人は同時に話した。
「ありがとうございます」
真也はゴーグルを首に掛け二人に会釈して
意気揚々とツバキについていった
「彼女が目を覚ましたら何が起こるかわからない
だから、直接触ったりとかはできないけど。君も心配だろう?」
医療区画に繋がるまっすぐな廊下でツバキが告げた
それでも、真也にとって千恵に会える事はなによりも嬉しかった
でも、そんな気持ちとは裏腹に心配もあった
「やっぱり、危ないんですか」
真也の問いかけに、ツバキは少しだけ歩調を落とした
長い廊下の白い床に、二人の足音だけが反響する
「う~ん。まぁ多分?」
曖昧な言い方だった。
けれど、決して誤魔化している訳ではないと真也にはわかった
「”力”ってのは地球人には制御が難しい」
ツバキは前を向いたまま続ける
「それは”力”が記憶、恐怖、執着…その他様々な感情に影響されやすいから、
特に、誰かを想う気持ちってのは強いトリガーになりやすい」
真也は言葉に詰まる
「それって…」
「君のことだね」
ツバキは一度だけ横目で真也を見る
「彼女が目を覚ます時、君が側にいるのが良いことか、悪いことか」
ツバキは小さく息をついた
「正直わからない、だから、触れさせない。会話も比較的控えてね」
「それでも、会って良いんですか」
「遮断したほうがよっぽど危ないだろうからね」
廊下の突き当りに、厚い隔壁が見えてきた
ツバキはキーカードを取り出す
ロックが解除され、低い音と共に扉が開いた
中は訓練区画とはまた違う静けさだった
ガラス越しに眠っている千恵の姿が見えた
変わってない。
そんな千恵の様子に真也はしばし安堵の涙を流しそうになる
「五分だけだよ」
ツバキが釘を刺す
「近づき過ぎない、呼ぶなら短く」
真也はゆっくりと一歩踏み出した
胸が痛いほど鳴っている
(…起きてほしい)
(でも…)
もし、目を覚まして。
もし、あの”力”が再び溢れたら
守れるのか。
今の自分で。
そう思っていると、
ガラスの向こうで、千恵の指がほんの僅かに動いた気がした
真也は息を呑む
ツバキが小さく呟いた
「ほらね……」
その声は警告とも、期待ともとれた。
最初にしばらく更新が止まってしまい申し訳ありませんでした
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今回はツバキ・小宮・リオそれぞれの距離感や価値観が、
少しずつ輪郭として見えてきた回になりました。
そして、ついに千恵のもとへ。
再会は希望であり、同時に危うさも孕んでいます。
「守りたい」という感情が、必ずしも正解とは限らない世界で、
真也が何を選ぶのか――その入口が、今回の話です。
どうか、引き続きお付き合いいただければ幸いです。
感想・評価などいただけると、作者がとても元気になります。
それでは、また次話で。




