第二十九章 同一化
佐原義明の死亡後、三浦恒一は一つの作業を自分に課した。
過去の記録を、並べて読むことだった。
舟木隆と佐原義明。二人の入所記録、ケアプラン、介護記録、事故報告書、往診記録、死亡診断書。そのすべてを、日付順ではなく、項目ごとに重ねていく。
最初に気づいたのは、文体だった。
「全身状態安定」「摂取良好」「著変なし」
助詞の使い方、改行位置、句読点の打ち方まで、驚くほど似通っていた。意図的なコピーではない。誰かが真似たわけでもない。現場で使われる“正しい文章”が、自然と同じ形に収束しただけだった。
次に数値が重なった。
入所後三日目の体温、五日目の血圧、夜間帯のSpO2。完全一致ではないが、判断を変えるほどの差はなかった。いずれも「経過観察」で済まされる範囲内。
食形態の変化も同じだった。
当初は刻み、次に常食、トロミは「状況により」。その移行理由は、どちらも曖昧だ。「本人の希望」「摂取状況良好」。誰が決めたのかは書かれていない。
決定者がいないこと。それ自体が決定だった。
夜勤体制も一致していた。配置人数、巡視間隔、ナースコールの平均応答時間。これは偶然ではない。施設の仕様だからだ。
つまり、二人は同じ条件で、同じ環境に置かれ、同じ運用を受けた。
違ったのは、立場だけだった。
一人は、この施設を作った人間。 一人は、その後に入ってきた、ただの利用者。
だが、死に至る経路は、完全に同一だった。
三浦は、ここで初めて確信する。
佐原の死は、佐原固有の出来事ではない。 舟木の死を、なぞっただけだ。
そして同時に、逆も成り立つことに気づく。
舟木の死もまた、個別の出来事ではなかった。 あれは“最初の型”だった。
型ができれば、人はそれに合わせて動く。記録を書く。判断を省略する。疑問を抱かなくなる。
佐原の死亡診断書に記された時刻は、舟木のものと、ほぼ同じ幅の誤差を含んでいた。分単位のずれはあっても、構造は同じだった。
三浦は、書類を閉じる。
ここまで一致してしまえば、もはや偶然ではない。しかし、同時に、事件でもない。
誰も、二人を殺してはいない。
ただ、二人は、同じ手順で死んだ。
それだけだ。
三浦は、この比較結果を誰にも提出しなかった。提出先が存在しないからではない。提出しても、意味がないと分かっていたからだ。
二つの死は、すでに一つにまとめられていた。
行政にとっても、医療にとっても、翠松園にとっても。
違いは、もはやノイズでしかなかった。




