第二十三章 死亡診断
死亡診断は、静かな作業だった。
担当医は、時計を一度だけ確認し、瞳孔反射を確認し、心音を聴いた。形式は決まっている。確認事項を終えた後、ペンを取り、用紙に向かう。そこから先は、医学ではなく、文書の仕事になる。
死亡診断書の様式は簡潔だ。氏名、生年月日、死亡日時、死亡場所。死因。直接死因、その原因、その原因の原因。時間経過を示す欄。医師は空欄と向き合いながら、最も整合的な線を引く。
直接死因:誤嚥性肺炎。
原因:高齢による嚥下機能低下。
発症から死亡までの期間:不明。
その三行で、経過は確定する。不明という言葉は、嘘ではない。ただ、書けないことをまとめて引き受ける便利な言葉だ。
医師は、施設からの情報を参照しない。参照する義務がない。目の前の患者の状態と、医学的に妥当な説明が一致していれば、それで足りる。
診断書は、家族に手渡される。姪は書類を受け取り、しばらく動かなかった。そこに書かれている文字は、すべて理解できる。だが、理解できることと、納得できることは違った。
「……自然、ということですか」
問いは、医師に向けられたものではなかった。確認だった。医師は頷く。 「医学的には」
その言葉で、線が引かれた。医学的、という限定は、他のすべてを評価対象外にする。
三浦恒一は、診断書を横から見ていた。自分の名前はどこにもない。施設名も、死因の説明の中にしか現れない。そこに責任を読み取る余地はない。
死亡診断書は、役所に提出される。提出され、受理される。受理されることで、死は社会的事実になる。
その後に行われること――葬儀、清算、部屋の片付け――は、すべて診断書を前提に進む。診断書が正しければ、すべては滞りなく進む。
三浦は、自分が何も書かれていないことに安堵し、同時に息苦しさを覚えた。書かれていない、という事実が、何も問われないことを意味している。
死亡診断は終わった。
それは、問いの終わりではなかった。
問いが、正式に発生しないことが、確定した瞬間だった。




