表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
指摘事項なし  作者: キロヒカ.オツマ―


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/31

第十五章 三浦の沈黙

三浦は、言葉を選ばなくなっていた。


 正確には、選ぶ必要がなくなっていた。必要な言葉は、すでに決まっている。現場で使われる語彙は限られており、その範囲から外れる言葉は、理解されないか、過剰だと受け取られる。


 新しい入所者の状態について、朝の申し送りで触れられることはあった。食事量、咳き込み、夜間の様子。だが、それは報告であって、提案ではない。


「注意して見ていきましょう」


 誰かがそう言うと、話題は次に移る。誰も反対しない。その必要がないからだ。


 三浦は、ある瞬間を待っている自分に気づいていた。


 ――もう少し悪くなれば。


 その考えが浮かんだとき、彼ははっきりと自覚した。自分はすでに、判断を先送りする側に回っている。止める人間ではなく、止まらない流れに合わせる人間になっている。


 声を上げることはできた。嘱託医に直接連絡することも、看護師に強く進言することも、不可能ではない。


 だが、その先が見えてしまっていた。


 医師は指示を出すだろう。刻みを細かく、トロミを強く。見守りを強化する。それで何かが変わる保証はない。変わらなかった場合、その判断は誰のものになるのか。


 三浦自身だ。


 舟木隆の件が、頭をよぎる。あのときも、同じように考えた。結果はどうだったか。誰も責任を取らなかった。ただ一つ、違ったのは、彼自身が自分を疑い続ける立場に置かれたことだった。


 沈黙は、安全だった。


 少なくとも、組織の中では。何も言わなければ、間違ったことを言ったことにはならない。言わなかったことは、評価の対象にならない。


 三浦は、その安全を選んだ。


 記録を書く手は、以前よりも速くなっていた。迷いがないからだ。適切な文言を、適切な位置に配置する。それだけで、一日が終わる。


〈経過観察〉 〈大きな変化なし〉


 その言葉が、盾になる。


 夜、帰宅しても、三浦は何も考えないようにした。考えれば、言葉が浮かぶ。言葉が浮かべば、行動に結びつく可能性がある。それを避けた。


 沈黙は、怠慢ではなかった。


 計算だった。


 自分が壊れないための、最低限の選択。


 その選択が、何を犠牲にするのかを、彼は考えないことにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ