第十三章 新しい入所者
舟木隆が亡くなってから、ちょうど一か月が経った頃だった。
翠松園に、新しい入所者がやって来た。八十二歳の男性。要介護四。脳血管障害の後遺症があり、右半身に軽度の麻痺、構音障害。嚥下機能の低下が指摘されている。
フェイスシートを見た三浦は、一瞬、視線を止めた。
独居。身寄りなし。成年後見人は市の社会福祉協議会。生活保護受給者。医療依存度は高くないが、誤嚥リスクあり。嘱託医の指示は「刻み食、必要時トロミ」。
条件が、あまりにも似ていた。
名前だけが違う。背景も、履歴も、社会的な立場も違う。だが、施設が扱う「利用者」としての輪郭は、舟木隆とほとんど重なって見えた。
入所当日のカンファレンスは簡潔だった。人手が足りない。時間も限られている。重要事項はすでに書類に落とし込まれている。
「誤嚥に注意ですね」
誰かが言い、誰も異議を唱えなかった。それで十分だった。
三浦は、新しい入所者の居室に案内した。個室の窓からは、同じ中庭が見える。舟木が過ごした部屋とは、廊下を挟んで反対側だが、造りは同じだ。
ベッド、ナースコール、吸引器の位置。すべてが同一の配置だった。
初日の夕食は、刻み食で提供された。トロミは付いていない。むせ込みは軽度。見守り対応で済まされた。
〈摂取状況良好。大きな問題なし〉
記録は、そう残った。
三浦は、その文言を見ながら、ある感覚に襲われた。既視感ではない。予測に近い感覚だった。
――この先、何が起きるかを、知ってしまっている。
だが、その知識は役に立たない。なぜなら、これから起きることは、すべて「起きてもおかしくないこと」だからだ。
新しい入所者は、静かな人だった。要求は少なく、ナースコールもほとんど押さない。夜もよく眠る。職員にとっては、手のかからない利用者だ。
その評価が、危険であることを、三浦は理解していた。
だが、理解しているだけだった。
舟木隆のときと同じように、日常は何事もなく流れていく。省略は合理的に行われ、判断は先送りされ、記録は整えられる。
新しい名前が、介護記録に定着していく。
それは、次の物語が始まったことを意味していた。




