表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
指摘事項なし  作者: キロヒカ.オツマ―


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/31

第十三章 新しい入所者

舟木隆が亡くなってから、ちょうど一か月が経った頃だった。


 翠松園に、新しい入所者がやって来た。八十二歳の男性。要介護四。脳血管障害の後遺症があり、右半身に軽度の麻痺、構音障害。嚥下機能の低下が指摘されている。


 フェイスシートを見た三浦は、一瞬、視線を止めた。


 独居。身寄りなし。成年後見人は市の社会福祉協議会。生活保護受給者。医療依存度は高くないが、誤嚥リスクあり。嘱託医の指示は「刻み食、必要時トロミ」。


 条件が、あまりにも似ていた。


 名前だけが違う。背景も、履歴も、社会的な立場も違う。だが、施設が扱う「利用者」としての輪郭は、舟木隆とほとんど重なって見えた。


 入所当日のカンファレンスは簡潔だった。人手が足りない。時間も限られている。重要事項はすでに書類に落とし込まれている。


「誤嚥に注意ですね」


 誰かが言い、誰も異議を唱えなかった。それで十分だった。


 三浦は、新しい入所者の居室に案内した。個室の窓からは、同じ中庭が見える。舟木が過ごした部屋とは、廊下を挟んで反対側だが、造りは同じだ。


 ベッド、ナースコール、吸引器の位置。すべてが同一の配置だった。


 初日の夕食は、刻み食で提供された。トロミは付いていない。むせ込みは軽度。見守り対応で済まされた。


〈摂取状況良好。大きな問題なし〉


 記録は、そう残った。


 三浦は、その文言を見ながら、ある感覚に襲われた。既視感ではない。予測に近い感覚だった。


 ――この先、何が起きるかを、知ってしまっている。


 だが、その知識は役に立たない。なぜなら、これから起きることは、すべて「起きてもおかしくないこと」だからだ。


 新しい入所者は、静かな人だった。要求は少なく、ナースコールもほとんど押さない。夜もよく眠る。職員にとっては、手のかからない利用者だ。


 その評価が、危険であることを、三浦は理解していた。


 だが、理解しているだけだった。


 舟木隆のときと同じように、日常は何事もなく流れていく。省略は合理的に行われ、判断は先送りされ、記録は整えられる。


 新しい名前が、介護記録に定着していく。


 それは、次の物語が始まったことを意味していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ