第一章 様子観察
三浦恒一が翠松園に転職してきたのは、令和五年の梅雨が明けきらない頃だった。空気は湿り、朝の送迎車のフロントガラスには、夜露とも汗ともつかぬ水滴が残っていた。
四十九歳。介護福祉士。福祉科の大学を卒業してから二十五年、彼は一度もこの仕事を離れたことがなかった。他県の特別養護老人ホームで主任を務めていたが、理念の食い違いと慢性的な人手不足に疲弊し、地元へ戻る決断をした。その受け皿が、開設からまだ一年も経っていない翠松園だった。
白を基調とした建物は新しく、廊下には木材の匂いが残っていた。全室ユニット型個室。ナースステーションのモニターは整然と並び、記録端末も最新式だった。見学の際、理事長の舟木隆は誇らしげに言った。
「うちは断らん主義です。どんな人でも、最後まで面倒を見る」
その言葉は、三浦の胸に真っ直ぐ刺さった。介護とはそうあるべきだと、彼は信じて疑わなかったからだ。
だが、違和感は早くも夜勤初日から始まった。
担当は十名。夜勤は一人。決して違法ではない配置だが、巡視、排泄介助、体位変換、ナースコール対応を一人で回すには、時間は常に足りなかった。コールランプは消しても消しても点灯し、記録端末はいつまでも未入力のまま残る。
午前二時。認知症の女性入所者が廊下に座り込んでいた。転倒歴があり、歩行は不安定だ。三浦は声をかけ、居室へ誘導した。SpO₂を測ろうとしたが、隣室からナースコールが鳴った。
「あとで測りますからね」
それは嘘ではなかった。ただ、その「あと」は来なかった。
朝の申し送りで、夜間の出来事は「異常なし」とまとめられる。記録欄には、決まってこの言葉が入力されていた。
〈夜間帯、大きな変化なく経過。様子観察〉
様子観察――便利な言葉だと、三浦は思った。何もしていなくても、何かをしたように見える。あるいは、何も起きていないように見せることができる。
数日後、一人の男性入所者が朝のラウンドで亡くなっているのが見つかった。重度の認知症、要介護五。前夜の記録には「安眠されている様子」とあった。嘱託医の診断は誤嚥性肺炎。よくあることだ、と誰もが言った。
事故報告書は簡潔だった。
〈突発的事象により発生。不可抗力〉
三浦はその紙を見つめながら、胸の奥に沈むものを感じていた。確かに、誰かが殴ったわけでも、毒を盛ったわけでもない。だが、本当に「不可抗力」だったのか。測られなかった数値、与えられなかった水分、呼ばれなかった名前――それらは、どこに消えたのか。
数週間後、県の指導監査が入るという知らせが届いた。事前通知。書類確認中心。現場は慌ただしくなり、記録は一斉に整えられていく。
監査当日、調査官は淡々と頷き、最後にこう告げた。
「指摘事項はありません」
その言葉を聞いた瞬間、三浦はなぜか背筋に冷たいものが走るのを感じていた。




