第九話 暖かい食事と気持ち
着替えが終わり、一階に戻ってくると、とても香ばしい匂いが私の鼻をくすぐった。
「や、やあ……おかえり。体は暖まったかな?」
「はい、おかげさまで……」
「その、さっきは大変失礼した! なにかあったのかと思って、確認もせずに脱衣所に入ってしまった!」
一体何を話せばいいか悩んでいると、ルーク様は、本当に申し訳なさそうに眉尻を下げながら、勢いよく頭を下げた。
「そんな、私が大声をあげたのが悪いのですから……頭を上げてくださいませ」
「そういうわけにはいかない! 女性の肌を見てしまうだなんて、最低な行為だ!」
「本当に気にしておりませんから」
確かに、肌を見られたことは恥ずかしいけど、それは私を心配した故の事故だ。
それに……お母様以外の人にこんなに心配されたことは無いから、ちょっとだけ心配してもらえたことが、嬉しかったりする。
……うん、やっぱりこの人は悪い人じゃなさそうだ。信用しても大丈夫そう。
「そ、そうか……君の寛大な心に、感謝と敬意を」
「大げさでございますわ。それよりも、私なんかのために色々と用意してくださって、ありがとうございます」
「即席で作った服だけど、気に入ってもらえたならなによりだよ」
そ、即席? 服ってそんなに簡単に作れるものじゃないと思うのだけど……私が知らないだけで、ルーク様はとても裁縫がお上手なのかもしれない。
「お、そろそろ僕の友人が、準備を終わらせるみたいだ」
ルーク様がそう言うのとほぼ同時に、先程見たホウキがたくさんいて、魚の丸焼きを運び入れてくれた。
「あ、さっきのホウキ!」
「僕が魔法で作った使用人兼友人だよ。色々と僕の手伝いをしてくれるんだ」
『人間、魚、食べる! 元気、出る!』
さ、魚をそのまま丸焼き……とても豪快な食べ方だわ。少なくとも、貴族に出される料理では、絶対に出てこないだろう。
「これが一番おいしい食べ方なんだよ。あ、毒なんて入ってないから、心配しないでいいよ。ほら、毒味してあげる。もぐもぐ……」
「そ、そんなに食べたら……」
毒味なんて、一口すれば十分だというのに、気づいたら魚を全部平らげてしまった。
「あ……! いやぁ、失敗失敗! 君に安心してもらいたくて、気合いが入りすぎちゃったよ!」
照れくさそうに頬を赤らめながら笑うルーク様の姿は、とても王子様とは思えない。
私の裸を見て照れたり、温和な喋り方をしたりするのもあって、どこかの平民の出身と言われても、疑問は持たないと思う。
そんなルーク様といると、不思議と心が安らいで……自然と口角が上がった。
「……くすっ……あっ」
「どうかしたのかい?」
「いえ……」
私は、幼い頃から感情を表に出さないように強制されていた。
喜んだり楽しんだりするとうるさいと叩かれ、泣いていると馬鹿にされ、嘲笑される。怒ると、生意気だと一方的に叩き潰される。
だから、笑ったことに対して、咄嗟にためらいが出てしまったの。
「全部食べちゃってごめんよ。ほら、改めてこちらをどうぞ。もちろん毒味済みだよ」
「は、はい。いただきます」
別のお魚を出されて食べると、柔らかくてホクホクの白身に、適量の塩がマッチしていて、本当に……本当に……!
「おいしい……!」
言うのが当たり前で育ったとか抜きにして、本当に心の底から思ったことを口にした。そして、それに付き従うように、きらりと光る涙が頬を撫でた。
こんなおいしいものを食べたのって、いつ以来だろう。下手したら、初めてかもしれない。おいしいものを食べると、自然と涙が出るものなのね。
「おいしい、本当に……おいし、い……」
泣いてたら笑われるかもしれない。馬鹿にされるかもしれない。でも、おいしくて、暖かくて……涙が止まらなかった。
「誰も取らないから、ゆっくりお食べ。おかわりもたくさんあるからね」
「うん……」
相手は王子様なのに、うんだなんて返事をしたら、不敬に当たるのは明白だ。
しかし、ルーク様は何も気にすることなく、終始ニコニコしながら、私の食べてるところを眺めていた。
「あの、なにか……?」
「とても嬉しそうに食べてるからさ。とても魅力的だと思って、ジッと見てしまったよ」
「みりょ……!?」
そんなこと、婚約してから間もない頃のヨルダン様にすら、言われたことがない。どう返事をすればいいか、わからない……。
こ、こういう時は……そうだ! なんとか気にしないように、食べることに集中すればいいんだ! そうと決まれば……もぐもぐ……はぁ、おいしい……おいしいよぉ……。
「おや、もう食べ終わってしまいそうだね。よほどお腹がすいていたようだ。ホウキ達、次の準備はできてるかい?」
『出来てる! 出来てる!』
『もう焼ける! 加減、完璧!』
「さすが僕の自慢のホウキ達だ! シャーロット殿、誰も取らないから落ち着いて食べるといいよ」
「は、はい……!」
落ち着けと言われても、こんなおいしいものを目の前に置かれて、落ち着ける程の強要は持ち合わせていない。だから、またしてもガツガツと食べてしまう。
ああ、本当においしい……こんな幸せを味わってしまって、本当にいいのかしら……?
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