第八話 いくら覚悟のうえとはいえ
「ようこそ、僕の研究部屋へ!」
ルーク様に連れられて入った部屋は、どうみても古い小屋の内装ではない。貴族が住むような装飾や家具が置かれる、キラキラした部屋だ。広さも、外観とは全く異なっている。
「これは……」
「僕は魔法の研究をしていてね。この部屋はその副産物さ。まあその辺の話よりも、まずは君だ。ちょっと失礼するよ」
「きゃん」
私の顔に手を伸ばすと、そのまま頬をそっと触れてきた。驚きはしたが、暖かくて気持ちがいい。
「手が氷のように冷たかったから、そうだとは思っていたが……確か、あの裂け目の先は、雪山だったよね? ってことは、この程度の装備で、雪山に入ったのかい?」
「それしか持たせてもらえなくて。山を越えて、工芸品を買いに行くところでした」
「いやいやいや、可憐な女性一人に、こんな装備で行かせるだなんて、さすがに無謀すぎる! 不幸中の幸いにも、ここに来られたから良かったものを……すぐに風呂を沸かすから、暖まっておいで」
「お風呂……いいんですか?」
「良いに決まっているだろう!」
ルーク様に押し切られて、地下にあるお風呂まで連れて来てもらった。やはりこんな小屋にあるものにしては、広さも装飾も不釣り合いだ。
「外に着替えとタオルを置いておくから、好きに使ってくれ。着替えが大変なら、僕の友人が手伝ってくれるよ」
「ありがとうございます。着替えはずっと一人でしてきたので、大丈夫かと思いますわ」
「そ、そうなのかい? わかった、何かあったらすぐに呼んでね」
一瞬だけ表情を曇らせたけど、すぐに笑顔に戻ったルーク様は、私を置いて一階へと戻っていった。
「暖かいお風呂だなんて、いつぶりかしら……」
着ていた服を脱いで浴室に入ると、暖かくてほんのりとお花の香りがする湯気が、私を優しく出迎えてくれた。
「わぁ……あ、暖かいですわ……ふへぇ……」
ゆっくりとお湯に浸かると、冷え切った体中がビリビリとし始める。でも、それがとても心地よくて、思わず変な声が漏れ出てしまった。
「アポイントもなしに、突然やってきたというのに、こんなに良くしてくださるなんて……なにか、思惑でもあるのかしら?」
一国の王子様にそんなことを思うなんて、不敬もいいところではあるが、正直に言うと、怪しさがある。
そもそと、王子様がこんなよくわからないところで、一人でいるなんてありえない。それに、ほとんど交流がない私によくする理由もわからない。
しかし、彼からは全くと言っていいほど、悪意を感じられない。私は人の悪意には人一倍敏感だから、それが感じられない彼は、信用してもいい……のかしら?
「とりあえず、用心しておくに越したことはありませんわね」
もしかしたら、無防備なところを襲ってくるかもしれない。そう思いながら湯船につかっていたけど……特に何も起こらなかった。ある意味、拍子抜けって感じだ。
「私が警戒しすぎなだけだったのかしら……?」
さっきとは打って変わり、体がポカポカでさっぱりしたのを感じながら、用意してもらったタオルで拭き、服を確認する。用意されていたのは、可愛らしいエプロンドレスだ。
「とっても動きやすくそうで、素敵ですわ。それに、肌触りがとっても滑らか」
『ご主人、服、作る! 上手!』
「……??」
どこからか、子供みたいな可愛らしい声が聞こえてくる。しかし、その声の主と思われる姿はどこにもない。
「ど、どなたですか? まさか、覗き!?」
『ぼく、ここ! 君、下!』
「下……?」
言われた通りに視線を向けると、そこには小さなホウキが置かれていた。
「ま、まさか……ホウキが喋っておりますの?」
『そうだよ! そうだよ!』
「え、えぇぇぇ!?」
ホウキが喋っているだなんて、どういうこと!? それに、ただ動いて喋るだけじゃなくて、意思まで持っているだなんて! もしかして、精霊か何かの類!?
「なんだ、なにごとだ!?」
「あっ……」
「あっ……」
私の叫び声が聞こえたのだろう。ルーク様が血相を変えて飛んできた。そして、まだタオルで前を隠しているだけの私と目が合って……。
「きゃああああ!?!?」
「うわああああ!?!? ご、ごめんー!!」
恐らく、人生で一番の大声を上げながら、しゃがみ込む私から逃げるように、ルーク様は耳まで真っ赤にし、とても王族とは思えないような大声を上げながら、一階に逃げ帰った。
と、殿方にこんな姿を見られるだなんて……復讐を遂げるまで、どんな痛みも辱めも耐えると誓った身だけど……恥ずかしいものは恥ずかしい……!
「はあ……とにかく、服を着て上に上がりましょう……」
『人間、元気ない! 風邪?』
「いえ、大丈夫ですわ……」
この後、どんな顔をしてルーク様と話せばいいのか頭を悩ませながら、私は服を着始めた――
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