第五話 欲しいものはその杖のみ
屋敷に戻ってきて、いつもの汚いエプロンドレスに着替えさせられてから数時間後、お父様とマーガレットは、無事にパーティーをおえて帰ってきた。
帰ってきて早々、二人は私の住む小屋にやってくるや否や、暴力を振るったり、魔法で傷つける――なんてことはせず、とても良い笑顔を向けるだけだった。
「いやぁ、婚約破棄をされた時はどうなることかと思っていたが、一番素晴らしいところに落ち着けたではないか。気分が良くて、こんな汚いところに来ても、そこまで苦ではないな」
「ほんとほんと! お姉様ってば、お飾りの婚約者の仕事を、完璧に全うしたね!」
私にわざわざ嫌味を言うために来たのだろうか。もしそうなら、どれだけ暇なのだろう。他にするべきことがあると思う。
「あっ、ヨルダン様のお飾りの婚約者としての仕事も終わったし、もうお姉様がここにいる意味って、あれだけしかないんじゃない? 使用人の仕事をさせてるけど、いなくちゃいけないわけじゃないし」
確かに、お飾りの婚約者としての価値が無くなってしまえば、私を置いておく理由なんて……一つしかない。
「そういうわけだ。シャーロット、痛い思いをしたくなければ、貴様の杖を我々に渡せ。そうすれば、これ以上傷つけることなく、外の世界に行かせてやろう。当然、無一文の丸裸でだ。ああ、名前も捨ててもらう。我が家と関係があったと知られて、家の品格に泥を塗られたくないのでな」
品格ですって? おかしくて笑っちゃうわね。品格がある人間は、こんな非人道的なことをしたりしないのよ。
「早く杖を置いてここを出て行ってよ、お姉様。あたし、それ欲しいんだよね」
「……それだけは、お許しくださいませんか」
この人達と過ごしたくはないが、近くにいれば復讐の機会が訪れるかもしれない。それに、この杖だけは絶対に渡したくない。だから、心底嫌っている人達が相手でも、頭は下げられる。
「私はここにしか居場所はございません。今まで通り、皿洗いでも洗濯でも、なんでもやります。だから、これからもここに置いてください」
「ふん、それならもっと誠意のあるやり方を見せてもらわねばな」
「あはは、ねえお父様! ここで裸になって、土下座してもらうとかどう?」
「土下座は構わんが、こんな汚らしくて貧相な女の裸など、金を積まれても見たくないのだが?」
私の意見も聞かずに、勝手に話を進めないでほしい。
それと、一応血の繋がった娘に、その発言はあまりにも酷いと思わないの? 慣れている私じゃなければ、泣き崩れてもおかしくないだろう。
「それが嫌なら、私に杖を差し出すのだな」
「お断りします」
なんとしてでも私から杖を取り上げようとするのには、理由がある。
私にとって、これはお母様の形見の杖だけど、どうやらこの杖はとても特殊なものらしく、私以外の人間には使いこなせない代物だそうだ。
そんな珍しい杖を、欲に忠実なお父様やマーガレットが欲しがらないわけもなく、こうして常日頃から渡すように言ってくる。
「なら、早く土下座してよ。どーげーざっ! どーげーざっ!」
「…………」
二人に悟られないように、奥歯でギュッと口の中を噛んで、悔しさと怒りを紛らわせながら、ゆっくりと床に額を擦りつけた。
屈辱すぎて、脳が沸騰しそうだ。でも、これもお母様の敵討ちのため……敵を討って、復讐が出来るのなら、私はどんなことだってしてみせる。
「あはははははっ! いい姿だね、お姉様! あたし、土下座ってしたことがないんだけど、どんな気持ちなの~? ねぇねぇ、あたしに教えてよ~」
「っ……!」
頭はあげずに、代わりに唇も噛んで更に紛らわす。強く噛みすぎて血が出てきたけど、そんなの関係ない。
今に見てなさい……絶対に、絶対に復讐してやるんだから……いい気になっていられるのも、今のうちだけなのだから……!
「ああ面白い。ねえお父様、お姉様の惨めな姿も見れたし、そろそろ夕食にしない? あたし、おなかペコペコだよ」
「そうだな。既に準備は出来ているだろうから、食堂に向かうとしよう」
私を虐げて満足したのか、二人は和気あいあいとした雰囲気で、屋敷に戻っていった。
……本当に、本当に最低な人達だ。出来ることなら、お母様から受け継いだ以外の
ものを、根こそぎこの体から捨て去りたい。
「夕食……私もお腹がすきましたわね」
悔しくても、悲しくても、お腹はすく。だから、いつも通り食堂に行き、食事を分けてもらった。
今日も、いつも通りカチカチになったパンと、僅かに具が入ったスープだけ。こんな食事でお腹が膨れるはずもないが、文句を言って食事を抜きにされるよりかはいい。
「……いただきます」
小屋に置かれた、ガタガタな椅子に座って、食事を始める。固くなったパンは、普通に噛んだら歯を痛めてしまうから、スープに浸して、無理やり柔らかくしないと食べられない。
「おいしい……」
嘘だ。こんなカチカチのパンも、味も具もほとんどないスープも、おいしいはずがない。
でも、おいしいと思えば栄養になるし、作ってくれた人や食材への感謝の気持ちを伝えられると、お母様に教えてもらったから、おいしいと言いながら食べるようにしている。
「ごちそうさまでした」
思ったよりお腹がすいていたのか、ペロッと平らげてしまった。まだまだ食べられるとは思うけど、もうくれないだろうから、グッと我慢するしかない。
「明日も早いし、今日は寝ましょう」
私は寝間着に着替えると、ギシギシと音を立てるベッドに寝転がる。相変わらず汚いし、そこら中に穴が開いているが、ベッドがあるだけでも幸せだと思わないと、やっていられない。
「おやすみなさい、お母様……」
毎晩している挨拶を呟きながら、私は目を閉じる。睡魔は、すぐにやって来てくれた――
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