第二十二話 なにかが頬に……?
「…………」
なにかが頬に触れた感触に反応をして、私は勢いよく体を起こした。
最近はないのだが、昔は私が寝ているところにマーガレットが来て、イタズラと称して酷いことをされてきたから、眠っているところに何かされると、過剰に反応してしまう。
「あ、あれ……ルーク様?」
「や、やあおはよう。突然起きるからビックリしちゃったよ」
どうしてルーク様が私の家に……そうだ、ルーク様が戻ってくるまで、小屋のベッドで休ませてもらっていたのだった。寝ぼけていて、すっかり忘れていた。
「驚かせてしまい、申し訳ございません。あの、ルーク様……私に何かしましたか? なんだか、頬に何かが当たった気がするのですが」
「い、いや? 特に何もしていないよ。近くで寝顔を堪能していただけさ」
「わ、私の寝顔を見ても、面白くないと思いますわよ?」
「そんなことは無いと思うけどなぁ」
ルーク様にしては、珍しく動揺している気がする。やっぱり、なにか私にしていたのだろうか……あっ……もしかして……!
「わかりましたわ。私の頬を突っついて遊んでいたのですね」
「えっ? えーっと……その通りさ! 君のほっぺが、マシュマロの様に柔らかそうだったから、ついイタズラしたくなってね!」
「もう、私の頬で遊ばないでくださいませ」
マーガレットのイタズラと比べれば、あまりにも可愛げがあるイタズラだ。
でも、寝顔を見られるのは恥ずかしいから、出来れば控えてもらいたい。
「ごめんよ。それにしても、ぐっすり眠っていたね。よほど疲れていたのかい?」
「それもありますが、とても寝心地が良かったので、つい」
……ルーク様の香り云々のことは、さすがに言うのはやめておこう。こんなことで嫌われてしまったら、後悔することになる。
「それで、書面はどうなりましたか?」
「無事に書いてもらえたよ。ちゃんと結婚できなければ、この書類の書かれていることは無効にするって、釘を刺されてしまったけどね。そうそう、結婚しても、王家はベルナール家と、今まで以上に懇意にすることはないってことを書いてもらった。疑問に思われたから、少しベルナール家と君について話してしまったのだけど……大丈夫だったかな?」
「はい。別に隠しておく必要はありませんから」
私がベルナール家について悪く言っているのを知られたら、お父様に激昂されて罰を与えられるかもしれないが、そんなの日常だから、今更怯えることはない。
それに、きっとお父様のことだから、王家と深い繋がりが出来ると喜ぶだろう。そこに、この書面のことを知ったら、絶対に悔しがる。それを思うと、楽しみでもある。
……我ながら、さすがに性格が悪すぎるかしら?
「確かに受け取りました。では、今日のところは失礼しますわ」
「ああ。また明日」
「ええ、また明日」
ルーク様に小さく手を振りながら小屋を出た私は、自分で空間の裂け目を開いて家に帰ってきた。
さてと、お父様にこの書面を渡してこないと。
「もう遅いし、私室にいるかしら」
どうにも、まだ向こうとに慣れていないせいで、一瞬にして時間が飛んでしまっているような感覚が拭えない。
「シャーロット様、屋敷に何かご用ですか?」
屋敷に到着すると、見張りをしている男性に止められた。
彼は、不審者や私が不用意に屋敷に入れないようにするための見張りだ。
「お父様に大切なお話がございまして。そこを通してくださいませ」
「要件をお聞かせ願います」
「ルーク王子様から、書面を預かっておりますの」
預かっていた書類が入っている筒を手渡すと、彼はギョッとした表情でそれを見つめていた。
「こ、この筒にある紋章は……確かに王家のもの。かしこまりました、どうぞお通りください」
「ありがとうございます」
無事に屋敷の中に入れた私は、お父様がいるであろう私室に向かうと、中から話し声が聞こえてきた。
「ねえお父様、あたし欲しい宝石があるのだけど」
「ああ。構わんよ。何が欲しいのだ?」
「いいの!? ありがとうお父様、大好き~!」
どうやら、マーガレットが部屋の中にいるようだ。
相変わらずマーガレットには甘々だこと……私が同じことを言ったら、きっと三日間は食事抜きにされるだろう。
「お父様、シャーロットです。いらっしゃいますか?」
「シャーロット? なぜ勝手に屋敷にいる!?」
「大切なご用があって、見張りのお方に通していただきました」
「……ふん、入れ」
不服そうではあったが、見張りの人が通したなら信用できると思ったのだろう。私は無事にお父様の私室に通してもらえた。
「お姉様、何の用? あたし達、お姉様に構ってる暇はないんだけど?」
「お父様、これを」
「これは……王家からの書筒?」
お父様は、受け取ったものが信じられないと言わんばかりに、急いで中身を確認すると、ぽとりと書類と書筒を落とした。
「お父様、どうしたの? 凄い顔だけど……あっ、本当に処刑になったとか!?」
「シャーロット、貴様……ルーク王子と婚約とは、どういうことだ!?」
「どうと言われましても、言葉通りですわ。ルーク様に婚約を申し込まれたので、快く受けたのです。ヨルダン様との婚約が無くなったので、ちょうど良いかと」
「うっそでしょ……あのルーク王子に気に入られたの!? そもそも、いつからそんなに仲良くなってたわけ!?」
「私にも何がなんだか……以前、マーガレットにお使いを頼まれた時にお話しして、そのままトントン拍子で進みましたの」
さすがに、雪山で遭難しかけた時に、たまたま空間の裂け目を見つけて、たまたまルーク様に会ったなんて話しても、信じてもらえないだろうから、黙っておくことにした。
「帰ってくるのが遅いと思ってたら、そんなことを隠していたなんて! ていうか、信じられないんだけど! こんな根暗で仕事一つも素早く出来ないグズで、魔法も使えないで、汚い杖に執着している女の、どこが言い訳!?」
「マーガレット、お前の気持ちもわからなくはない。しかし、これは我々にとってこれ以上ないほどのチャンスだ!」
「チャンス? あ、そっか! ヨルダン様の時みたいに、今回もお飾りの婚約者になってもらって、そのまま結婚までいっちゃえば、うちが王家と繋がりが持てるもんね!」
互いの利益のため、そして互いの思い描いていることを聞いて支えたいと思ったから、こうして婚約をしたというのに、勝手にまたお飾りとか言われるのは、良い気分はしない。
「その通りだ。シャーロット、貴様をこの世に誕生させたことをずっと後悔していたが、やっとそれが解消される。よくやったぞ、シャーロット! 貴様は私の自慢の娘だ!」
……ちょっと自分達の思い通りになったからって、急に父親しないでもらいたい。反吐が出そうだ。
「王家と仲良くなったら、どうなるのかな? もっと良い服やアクセサリーがもらえるかしら!」
「それもいいが、軍事力を借りて領土を拡大するのも良いな!」
揃いも揃って、自分の事ばかりしか考えていない。ここで領地のための慈善事業の手伝いをしてもらえるかも……みたいな内容だったら、平和だったというのに。
「どうしてそんなに喜んでいるのですか? ちゃんと最後まで読んでください」
「最後だと? ちっ……めんど……う……」
さっきまでは、興奮で耳まで真っ赤にさせて喜んでいたお父様は、今度はみるみると青ざめさせていく。変化が大きくて、見ていると少しだけ面白い。
「シャーロット、貴様ぁ……! この最後の一文はどういうことだ!?」
「どう、とは? 私は中身を一切知りませんわ」
「とぼけるな! 王家は結婚を機に、ベルナール家と懇意にすることは無い、シャーロットに対する全ての権限を貰うと記載されている! ふざけるな、これでは何の意味が無いじゃないか!! それに、この権限が奪われるということは、杖も奴らのものになるのか!?」
「杖に関しては変わらず私のものですが、おおむねその通りかと。そもそも、家のための婚約ではございません。私とルーク様、互いに利があり、互いを共感したからこそ、婚約という形になった次第ですわ。そこに、どうしてあなた方に有利になるようなことを用意しなければならないのでしょう?」
「ぐぬぬぬぬぬ……!! この親不孝者が!!」
堪忍袋の緒が切れたお父様は、魔法で私を浮かせ、三階の窓から外に放りだした。
幸いにも、近くに木があって、それがクッションになってくれたおかげで、大きな怪我をすることはなかったけど……一歩間違えれば死んでいただろう。
「ようやく私の役に立つと思っていたのに、少しでも認めたのが間違いだった! ええい、顔も見たくない!」
「珍しく意見が合いましたね、お父様。とても良い表情ですわ。では、失礼します」
こっちも見たくないから、ちょうど良かったわ。さっさと帰って、休むとしよう。
それにしても、あんなに狼狽えて顔色を変えるお父様は、あまりにも滑稽だった。少しだけ気分がスッとしたが、あくまでこれはルーク様の助力があっただけのこと……やはり、ちゃんと自分の手で復讐してこそ意味がある。
「あの小娘が……ええい、忌々しい! あんなのに私の血が流れていると思うと、吐き気がする!」
「気持ちはわかるけど、王家が相手だからね……断ったら、どうなるかわかったものじゃないよ」
「ぐぬぬ……人をコケにしおって……許せん! それに、もしあの杖が王家に奪われ、研究をされたらどうする! 以前の精霊の暴走を、この杖を理由に、ありもしない理由をでっち上げて、全て我々に押し付けられたら!?」
「それは……無いとは言えないかも? あの精霊の暴走は、王家としても汚点だろうし、他の家もうちを蹴落とすのに丁度いいだろうし……」
「やはり、王家にあの杖を渡すのは危険すぎる。こうなったら……マーガレット、すぐに奴らを集めろ。ここであの女の人生に、幕を下ろしてやる!!」
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