第一話 虐げられる日々
「いつまでやってるの? 本当にお姉様ってばグズなんだから!」
北風が私の全身を震わせる真冬の早朝。手がかじかんで、感覚がなくなりながらも、一生懸命洗い物をしていると、一人の女性がやってきて、私に罵声を浴びせてきた。
「これでも急いでやっておりますわ、マーガレット」
「急いでそれなわけ? はぁ、グズもここまで極めると尊敬するわ~」
マーガレットは、短く揃えた金の髪を揺らしながら、十四歳とは思えないくらいの抜群のプロポーションを見せびらかすように、大きく肩をすくめて見せた。
「この後、お姉様にやってもらうことがあるから、さっさと洗い物を済ませてよね」
「……わかりました」
マーガレットの頼みごとなんて、ろくなものではない。だから、嫌で思わず溜息が出そうになったけど、グッと我慢をする。
そんな自分の感情を表に出したら、お父様やマーガレットに、どんな罰を与えられるか、わかったものじゃないもの。
「それじゃ、あたしは暖かい部屋の中で待ってるから。あ~寒い寒い」
わざわざそれだけを言いに来たのだろうか。いや、マーガレットのことだから、私が必死に洗い物をしているのを、嘲笑いに来たのだろう。頼みごとを伝えたのは、そのついででしかない。
「あ、そうだ!」
「……っ!?」
突然足を止めたマーガレットは、手元に小さな魔法陣を作ると、それを撫でるように指を動かす。すると、洗い物と冷水が入っている桶の下から、大きな岩の塊が出てきた。
その岩の塊に下から押された桶は、勢いよく私の方に飛んできて……冷水を全身で浴びてしまった。
おかげで、ボロボロの服も、長く伸びた金の髪もビショビショ。そこに北風が加わって、全身がビリビリと痛む。
「あ、ごめんなさ~いお姉様! 大変そうだから、休憩できるように、座り心地抜群の椅子を作ろうとしたら、失敗しちゃった~!」
言葉では謝罪しているが、チロっと出す舌と心底嬉しそうな笑顔からは、反省の色は全く見えない。
むしろ、冷水をかけられたことによる寒さを感じないくらい、強烈な不快感を覚える。
「うわぁ、ビショビショになったせいで、余計にみすぼらしくなったね! 魔法が使えない、無能でグズなお姉様にはピッタリだわ~」
「…………」
こんな酷いことをされても、私は何も言い返さずに耐える。ここで言い返したところで、なにも状況は好転しないもの。
「なんだ、騒がしい」
「お父様! お姉様のお手伝いをしようと思ったら、失敗しちゃって~」
「ほう、こんな女のために手伝うだなんて、マーガレットは本当に良い子だな」
騒ぎを聞いてやってきた父エドモンは、マーガレットの頭を優しく撫でた後、同じ人間とは思えないくらい冷たい目で、私のことを見下すように見てきた。
「シャーロット! この出来損ないめ! 貴様、屋敷の皿がそこら中に散乱しているじゃないか! 貴様の価値など、その皿一枚にも満たないのがわからんのか!?」
私が皿を落としたわけではない。原因はマーガレットにある。こんな理不尽なことを言われても、私には言い返すことは許されない。
仮に言い返したところで、理不尽な罰を与えられる。それに抗う術も、立場も、力も、私は持ち合わせていない。
「まったく、母親が無能なら、娘の貴様も無能だな。貴様など、生まれてこなければよかったものを!」
「……私への罵詈雑言なら構いませんが、お母様を侮辱するような言葉は、聞き捨てなりませんわ」
言い返しても仕方ないのはわかってるけど、大切なお母様を侮辱された怒りで、思わず言い返してしまった。
「侮辱? 何を言っている。私は事実を述べているまでだ。それを侮辱と感じるのは、貴様が心のどこかで、自分達が無能だと感じているからであろう?」
「ち、違う! お母様は……お母様は……! くっ!!」
これ以上何を言っても無駄なうえに、これ以上反論すれば、酷い罰が待っている。なによりも、一秒でも長くこの人達と一緒にいたくない。
そう思った私は、急いで洗い物を桶の中に戻し、それを持って逃げだした。
「お母様が無能? 冗談じゃありませんわ。お母様は、私の世界一のお母様ですわ……!」
周りに誰もいなくなったのを見計らって、悔しさを言葉にして発散する。それと同時に、私は両手を胸の前で、軽く握り合わせる。
すると、私の手がぼんやりと光り始め……その光は、とても大きくて立派な杖となった。
「お母様は悪くない……お姉様は無能なんかじゃない……いつか必ず、お母様の形見のこの杖と一緒に、あの人達を見返して、敵を取りますわ……絶対……絶対に……!」
私の身長と、ほとんど変わらない大きさの杖を、優しくギュッと抱き抱えながら、天国にいるお母様に語り掛ける。
今は耐えることしか出来ないけど、いつか必ず私も魔法が使えるようになって……憎き家族に復讐をする。それが私……シャーロット・ベルナールの生きる目的なのだから。
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