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ベッドメイクと憧れの男子

12月の中旬。すっかり白い雪の景色が定着した札幌。JR札幌駅と地下鉄札幌駅の間に位置するビジネスホテル『雪代(ゆきしろ)』。そこでみのりは今日も働くのである。

今日清掃する担当部屋11室が先程チーフからの電話で1部屋減り10部屋になってほっとしながらもバタバタしている。どちらかというとみのりは作業が遅いほうなので、いつも14時を過ぎてしまう。15時までには終わるのだが、油断は出来ない。チーフに手伝ってもらって作業を終える事もある。15時になるとお客様が入ってきてしまう。時間との戦いなのだ。

残り1部屋。部屋のデジタルの時計はPM1時40分になっていて何とか14時ちょっと過ぎには終わりそうだ、そう思いつつ、みのりは最後の清掃する部屋に入った。

既に使用済みのベッドのシーツ、カバー等は、部屋の階の中央のエレベーターの前の空間にあるリネン入れの袋に、はがして入れてある。替えのシーツ、カバー等も同じくそれらが積んであるワゴンから取り出して、はがしたベッドの上に置いてある。だからまずはそれらを使ってベッドを作るのだ。ベッドメイク

だ。働き始めて6年経った今では少しはマシになったが、ふわっと雪の降り積もるような、皺一つないベッドを作り上げるのは、なかなか年数が必要だ。時々仕事の先輩から作ったベッドのダメ出しもされつつ、日々精進している。

その後、洗面台の掃除、シャワー室の掃除、トイレの掃除、ゴミ箱のゴミを片付け、歯ブラシ、剃刀、シャンプー、リンス等の補充、アメニティー袋やシューポリッシャー(靴磨き用のシート)、使い捨てスリッパがなくなっていたら付け足す、窓の水滴があればふき取り、テーブル、棚等も拭く。最後に部屋の床に掃除機をかけて開けていた窓を閉めてドアも閉めて部屋の電気も消して出来上がり。チーフに清掃終了したという合図のワンコールをする。自分のスマートフォンからチーフの仕事用携帯電話に連絡をするのだった。

道具などを片付けて、1階でゴミをゴミ置き場まで捨てに行き、その後そのまま階段で地下1階まで降り、着替えをするロッカー室まで行く。みのりは4時間ひたすら動いていたため、汗びっしょりでクタクタだ。ロッカー室のすぐ隣の事務所へ行きタイムカードを押し、お客様の忘れ物等を忘れ物入れに入れ、自分の作業した部屋番号が書かれた紙がはさめてある木の板も、清掃終了時間を書き、戻す。

他の従業員もいる。皆ヨレヨレだ。「お疲れ様でーす」と声をかけ合い、ロッカー内でたわいないおしゃべりをして着替えて挨拶をして帰る。

ホテルの裏口から出て地下鉄の地下へ続く階段を下るためにその入り口の方へ歩いて行きながらみのりは「はー」とため息をつく。

今日の疲れを全身でかみしめながら歩いていると、「堀野さん!」と後ろから声がした。

振り向くと金髪に染めたみのりと同じ年頃位の男性が立っていた。

新川(あらかわ)君!?」

同じ高校の同学年だった新川時人(あらかわときと)だった。

「堀野さん、全然変わらないね」

新川がみのりを見てそう言うと、

「新川君も変わってないよ」

とすかさず、みのりも答えた。

みのりにそう言い返されるとは思っていなかったらしく、ちょっとびっくりした様子の新川。実際お互い歳などとってはいるが顔は全然変わらず見たらすぐわかる状態だった。

学生時代はしていなかった金髪にしていた新川だった。それでも、印象はまったく変わっていなかったのである。

なぜか新川に誘われ、近くの喫茶店に2人で入り話をすることにした。みのりはコーヒーを頼み、新川はフルーツパフェを注文した。

みのりにとって新川は陽キャの憧れの男子だった。高校2年と高校3年で新川と同じクラスになったことで内気であっても自分から話しかけたりもしていた。新川は、ちょっと不良っぽくって、でもちゃんと勉強もしていてスポーツも得意で格好良かった。しかし、まったく接点はなく、みのりが話しかけていたから新川がそれに答えてくれていただけで仲良くもなかった。お互いのこともまったく知らないのだ。それなのに、新川に誘われこうしてお茶をしている。

新川も自分のことを気になっていたのか?いや、特にそれはないと思う。新川から感じたのは無だった。今も昔もみのりに興味がないのだろう。そのことは確かだった。

みのりは158㎝55㎏。ベッドメイクを始めた頃は胸のところまで伸びた髪を1つにまとめてゴムでしばって仕事をしていたが、面倒なので今はバッサリ髪を切り、ショートヘアを維持している。

新川は175㎝65㎏。6年経った今でも変わらない中肉中背の男。髪はボブカットで金髪。学生時代は短髪だったが今は少し伸びてボブにしたのだろう。しかし顔は学生の頃と同じ、小さめの目に鼻と口。パッと見てすぐに彼とわかる感じ。みのりの顔もきっと同じ感じだろう。みのりの髪型が変わっても顔を見てすぐに声をかけられたのだから。

「新川君は今は仕事は何をしているの?」

新川は自分のスマホにかかってきた電話に対応したり、ラインなのかメールなのかの返信をしたりを、みのりをそっちのけで、ひっきりなしにしていた。

ごちゃごちゃしているなぁこの人…とみのりは思った。

「私はここの近くのビジネスホテルでベッドメイクをしているよ」

みのりは新川にそう言った。

新川はスマホから目を離し、みのりを見た。

やっと自分を見てくれて、ちょっとうれしくなるみのりである。新川に笑顔を向ける。

「俺、推薦で短大へ行って栄養士の資格をとったんだ。でも仕事が決まらなくてさ。今は食品工場でパートをしているよ」

「そうなのね」新川の言葉にそう答える。

そうだった。新川は推薦組だった。みのりは同じクラスだったが違う進路だった。

その当時みのりは漫画家を目指していたが絵が下手で才能がないとすぐに挫折をした。

放任主義の両親のため、うるさく言われることもなく高校を卒業。その後たまたま新聞のチラシで募集をしていたベッドメイクの仕事をするようになり、現在まで続けていけているのだ。

高校時代、みのりは帰宅部で新川は陸上部。陸上の明るい仲間とつるんでいる新川を横目に、みのりはアニメ、漫画好きの友人達と静かにつるんでいた。

コーヒーとフルーツパフェが店員により運ばれてきた。それぞれそれらを手にし、食べたり飲んだりした。

「堀野、金ある?」

「無いけど…」

今さ、良い仕事があるんだ。

…それから延々に新川のセールスが繰り広げられた。怪しい仕事だ。内容は覚えていない。なかなか離してくれなくて18時を過ぎて逃げられた。新川がトイレへ行ってる隙に自分のコーヒー代だけレジで済ませ、さっさと帰った。がっかりした。新川と2度と街中で会うこともなかった。












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