8 ボンド
「樹海の外まで送ります」
「送るって、リオはどうするんだ?」
「僕はドラゴンの討伐に向かいます。ギルドへの依頼なので。ですが、依頼のランクが跳ね上がりました。これは試験の範疇を超えています。他の方も、責任をもってギルド員が外にお連れしているはずです」
俺はあんなドラゴンとなんて戦えない。逃げられると聞いてホッとするはずなのに、こんなにも不安で押しつぶされそうなのは、リオがドラゴンと戦うと言うからだ。
「リオも逃げろよ」
「できません。僕はボンドの一員なので。僕が行かなければ、それだけ仲間に負担がかかります」
ルーカスさんの言葉を思い出す。
『自分より仲間を優先するものしかうちにはいらない』
リオは自分よりも仲間が大切なんだ。そんなリオを俺は一人で行かせられない。
恐怖で震える手をキツく握る。爪が皮膚に食い込んで、痛みで無理矢理震えを止めた。
「俺も行く」
力強く告げる。
「どうしてですか?」
「今は俺がリオの相棒だ。そいつを一人で行かせたら、ギルドの信条に反するだろ」
「……決意は固いですか? 命を落とすかも知れないんですよ?」
「リオが守ってくれるんだろ? リオのことは俺が守る」
リオは目を瞬かせた後、口を横に広げて頬骨を上げた。
「そうですね、それがボンドのギルド員です。カイさんにボンドの理念をお教えします。『他人に厳しく、身内に甘く』です」
「なんだそれ」
自分に厳しく、なら聞いたことはあるが。
「仲間が第一で、その仲間に危害を加えるのなら容赦はしないってことです」
「物騒な理念だな」
「ギルドなので。ではいきましょうか。戦えますか?」
「ああ」
恐怖で固まっていた身体からも、力が抜けている。一人ではない、というのはとても心強い。
ドラゴンへ向かって駆けるが、魔物はいっさい襲いかかってこなかった。ドラゴンに怯えて、隠れているのだろう。
最短でドラゴンの元に着くと、数人のギルド員がドラゴンの前で談笑をしていた。
ドラゴンと戦闘を繰り広げていると思ったから、和やかムードに戸惑ってしまう。
「遅くなりました」
リオが声をかけると、その場にいた全員がこちらを向く。
「今のところ、リオの担当だけだよ」
「そうみたいですね」
ん? どういうこと?
なんで目の前にドラゴンがいるのに、楽しそうに笑えるんだ? ドラゴンもいっさい襲ってこないし、戸惑うことしかできない。
ぞくぞくとギルド員だけが集まってきた。
最後にチアとマイルズが現れる。
「今回は二人も残ったな」
そんな声が聞こえ、状況を理解できていない俺とマイルズは、顔を見合わせて眉間に皺を刻む。
ルーカスさんが手を一度叩くと、全員が口をつぐんだ。
「リオ、お前の担当はどうだ?」
ルーカスさんに声をかけられ、リオが明るい表情で口を開く。
「カイさんは素早く確実に急所を射る、集中力とコントロールを合わせ持っています。それに『僕がカイさんを守って、カイさんが僕を守る』と言ってくれました。僕はカイさんはボンドに必要な方だと思います」
「そうか、チアはどうだ?」
「マイルズくんは高い身体能力とパワーを兼ね備えており、一振りで魔物を斬り伏せていました。私のことも常に気遣ってくれて、仲間を大切にしてくれる人だと思います」
マイルズはチアだから常に気にかけていたってのもあるだろう。
「そうか。カイ、マイルズ。ボンドへようこそ」
ギルド員は歓迎ムードで騒ぎ出すが、目の前で動かないドラゴンが気になって仕方がない。
「あの、このドラゴンは? さっきまですごいプレッシャーだったのに、今は全く感じないですし」
「これは私の魔術だ」
ルーカスさんが手を上げれば、ドラゴンは跡形もなく消えた。炎をドラゴンの形に変えていたようだ。
あんなに大きな魔術を顔色ひとつ変えずに出せることから、ルーカスさんの魔力は果てしないほど大きなものだと想像できる。
「いや、でも動けなくなるほどの威圧は?」
ただの魔法でそんなことできるのだろうか? 魔物だって姿を隠すほどだったんだ。
「ああ、それも私だ」
ルーカスさんが笑う。すぐに表情を固くした。ルーカスさんの纏う空気に冷や汗が止まらなくなる。
先ほどドラゴンから感じたプレッシャーが、ルーカスさんのものであるとヒシヒシと感じた。
すぐにルーカスさんは空気を和らげる。
俺は息も止めていたようで、喘ぐように空気を吸い込んだ。
「騙すみたいですみません。これが本当の試験だったんです」
「自分より仲間を優先するかを見たかった。君たちはリオとチアを助けようとした。それだけで私たちは、カイとマイルズにボンドへ入ってほしいと思っている」
リオとルーカスさんがネタバラシをしてくれた。
俺はここでやっと気を抜けた。大きく息を吐き出す。
「カイくん、マイルズくんよろしくね」
チアが俺たちと握手をする。結局全員とした。
「帰って歓迎会をしよう。ギルドハウスの食堂でご馳走を用意してくれているから」
盛り上がっている中、俺とマイルズは拳を握って、手の甲を当てて喜びを分かち合った。
心を弾ませながら、ボンドのギルドハウスに足を踏み入れる。大勢が集まっていて、俺とマイルズを歓迎してくれた。
食堂に行くと、肉の焼ける香ばしい匂いが漂っていて、胸いっぱい吸い込むと腹が鳴る。
乾杯をして料理を頬張っていると、背中を思いっきり叩かれて喉に詰まらせるかと思った。急いで水をあおる。
振り返ると、五十代くらいで二メートルはあるのではないかというほど大きな男がいた。大木のような腕が、遠慮なしにまた背を叩く。
「カイとマイルズだな。俺がギルドマスターのバージルだ」
ギルドマスター? 立ち上がって姿勢を正す。
「カイといいます。よろしくお願いします」
「マイルズです。よろしくお願いします」
マイルズと同時に頭を下げる。
楽にしろとバージルさんが豪快に笑った。
「チアとリオの話を聞いて、カイとマイルズはBランクにすることに決めた。ボンドはあんまり厳しくないが、仲間を裏切ることだけはするなよ」
はい、とマイルズと声を揃える。
「腹が膨れて一通り楽しんだら声をかけてくれ。ボンドの紋章を刻むから」
「すぐにお願いします!」
ボンドの一員の証に目を輝かせる。
「分かった、ついてこい」
一際重厚な扉の先は、ギルドマスターの執務室。大きな窓から陽の光が差し、部屋の中は明るい。革張りのソファが、日焼けをして色が薄くなっている。
バージルさんは引き出しの鍵を開け、ギルドマークのついた石のようなものを取り出す。
それを肩に押し付けられた。小さな針を当てられたようなわずかな痛みに顔を歪める。離すせば、二重丸の中に歪な星型のマークがくっきりとついていた。
俺の次はマイルズの肩に押し当てる。マイルズの肩にも同じマークが刻まれた。
「楽しくやろうぜ!」
歯を見せて笑うバージルさんに、今後のことを相談することにした。
「あの、俺たちはホテルに住んでいます。ギルドに入ったら出なければいけないと聞いたのですが」
「ああ、そうだな。寮に入ってもいいし、住みたいところを自分で探してもいい。自分の家は大事だからな。とりあえず寮に入って、じっくり探してもいいぞ」
「そうするか?」
「そうだな」
マイルズと頷き合い、寮に入ることに決めた。
荷物をまとめてギルドハウスに戻ると、寮に連れて行ってくれる。
寮といってもボンドが管理している集合住宅。一人一部屋で、トイレも風呂もついていた。家具も揃っており、すぐにでも快適に過ごせるようになっている。
「マイルズはどんな部屋を探すんだ?」
「俺は金が貯まったら、チアちゃんの住んでる集合住宅に住みたい」
「チアの住んでるところは高そうだったもんな。俺は道具屋の近くで探してみようかな」
「いいところが見つかるといいな」
「そうだな」
ギルドの入団試験もあり、今日は疲れた。早くベッドに入り、泥のように眠った。