7 ギルド入団試験
ギルドの入団試験で連れてこられたのは、アイメルの樹海という場所だ。
木々に遮られ、光が差さず薄暗い。絨毯のように苔が敷き詰められている。
試験を受けるのは十人ほど。
目の前に立つのは二十代半ばくらいの、容姿が整った男。腰まである銀の髪を一つに束ねていた。
俺の隣に立っている女の子なんか、目にハートを浮かべている。
その後ろに十人程の男女が控えていた。その中にチアを見つける。
「ボンドに入団希望してくれて嬉しく思う。私は今回の試験を担当するルーカス。試験の内容は、この樹海で発見された遺跡周りの魔物を倒すこと。魔物が多くて、学者たちが調査に入れないとギルドに依頼があった」
どんな魔物かは分からないが、多く倒して受かってやる。拳を握って気合いを入れた。
「ギルド員と二人一組で動いてもらう。全員Aランクだから、腕は保証する。近接攻撃のものには、遠距離攻撃ができるものを。遠距離攻撃のものには、近距離攻撃ができるものをつける」
ということは、俺はチアとは絶対に一緒にならないということか。知っている相手の方がやりやすいと思ったが、仕方がない。
「自分より、仲間を優先するものしかうちにはいらない。信頼し合える関係を築ける仲間は歓迎する。ギルド員には通信機を持たせているから、何かあったらすぐに連絡をしてほしい」
ギルド員と組んでお互いを守れということか。
くじを引いて同じ数字同士で組む。
「初めまして、リオと申します。よろしくお願いします」
俺の相方は、二刀流の小柄な少年剣士。吸い込まれそうなほど綺麗な、薄緑色の瞳が目を引く。
リオは人懐っこそうな顔で笑った。
「カイです。よろしくお願いします」
年下だろうが、Aランクのギルド員。普段のように話すわけにはいかない。
「カイさんですね。敬語じゃなくていいですよ。これから一緒に行動するんです。仲良くしてください」
「ああ、分かった。リオも普通でいいよ」
「僕はこれが普通です」
リオは敬語で話すようだが、許可が降りたから俺は砕けた言葉で話すことにする。
「リオはいくつだ? すごく若いのにAランクってすごいよな」
「ありがとうございます。僕は十五歳です。いつももう少し下に見られてしまいますが」
俺も十三歳くらいかと思っていた。十五歳ということは、マナと同じ年齢か。
リオと並んで遺跡を目指して進む。
あちこちから魔物の鳴き声が聞こえてきて、周囲を警戒する。
目の前に飛び出してきた魔物に向けて弓を引くより速く、魔物はつんざくような呻き声を上げて倒れ込んだ。リオは剣に付着した血液を布で拭って、鞘に収める。
「すごいな。あんなに速く六回も斬ったのか」
リオは目を瞬かせた。なにかおかしなことを言っただろうか。
「すごいですね。見えたんですか」
「ああ、俺は狩りをして生活していたんだけど、一緒に狩りをしていたやつが剣士なんだ。リオの方が速いけど、見慣れているから目では追える」
同じことをやれと言われたら無理だけど。
「僕は力がないから手数で攻めるしかないんです。今だって六回斬らなければ倒せませんでした」
「Aランクはみんなこんなに強いのか?」
「そうですね。みなさん強いですよ」
俺が矢を放つ前にリオは倒してしまった。こんなやつがたくさんいるのか。
「そういえば俺の試験なのに、リオが倒していいのか?」
「ルーカスさんには『手を抜くな』と言われていますから。元々はギルドの依頼を試験にしているので、僕たちも戦いますよ」
「ちなみにこの依頼のランクは?」
「Bランクですね」
ここの魔物を倒せる腕なら、Bランクのギルド員くらいの腕があるということだろう。リオに倒される前に、俺も仕留めなければ! 何もできずに試験が終わってしまうことは避けたい。
進むに連れて魔物の数が多くなっている気がする。リオが斬っている魔物とは別の魔物を射る。急所を確実に狙って、一撃で倒さなければ。
リオが目の前の魔物に集中できるよう、リオの死角になっている魔物を優先的に矢で貫いた。
襲ってきた魔物を全て倒し、ふぅと息を吐き出す。
「カイさんとはすごく戦いやすいです」
「ありがとう。俺はリオについていくのに必死だよ」
「カイさんができる人だから、任せてしまっています」
リオの言葉で救われる。俺は足手纏いにはなっていない、と。
「少し休憩しませんか?」
リオについて行くと、小さな川が流れていた。
「この樹海に入ったことあるの?」
「何度かあります。素材採取や魔物討伐で」
「この水って飲めるのか?」
「飲んだことがないので分かりません。水が支給されているから、そちらを飲んでください。なくなったらお腹を壊す覚悟で飲みましょう」
リオは川で剣に付いた汚れを丁寧に落としている。その間に俺は残りの矢を数える。使えるものは回収したが、矢を節約するためには、一撃で仕留めなければならない。矢がなくなったら俺は戦えなくなる。弓以外の戦い方も、考えた方がいいのだろうか。
「なあ、ちょっと聞きたいんだけど」
「なんでしょうか? まだカイさんはギルド員ではないので、ボンドのことは話せないこともありますが」
「ボンドのことじゃなくて、魔術について知りたい」
「魔術ですか。僕は全く使えないので、分かる範囲でしか答えられませんがいいでしょうか?」
「ああ。全く使えないって、どうして分かるんだ?」
「魔術は生まれ持った素質なので、僕にはそれがなかったってことです」
「どうやったら素質があるか分かるんだ?」
「手のひらに葉を乗せてください。葉に力を送り込むよう集中してください。何らかの変化があれば、素質ありです」
やってみると葉の周りが焦げて目を見張る。リオも目をまん丸にしていた。
「カイさんには炎の魔術の素質がありますね」
「マジ? 今まで使えたことないけど」
「それは使い方を知らないからですよ」
自分に魔術が使えるなんて夢にも思っていなかった。炎は便利だよな。野営で火起こしもしなくていいだろうし。
炎を纏った矢を打つこともできるかも知れない。可能性に心が躍る。
「じゃあ俺も使い魔を持てるのか?」
「使い魔はどうでしょう? ボンドでも使い魔がいる魔術師は数人です。高度な術らしいので、魔術の素質があるから持てるというわけでもないようです」
「そうか……」
高度な術なのか。そうだよな。ルルなんてチアの描いた絵なのに、自我があるし大きさも自在だ。
「そろそろ進みますか?」
「ああ、そうだな」
少し進むと「ちょっと待ってください」とリオが言うから足を止めた。通信機が震えている。リオがそれを耳に当てた。
俺は辺りの警戒を怠らない。リオが無防備な状態なのだから、俺が気付いて倒さなければ。
何度か相槌を打って、リオが通信機をしまった。
「カイさん、試験は中止になりました」
「は? 何で?」
試験を中止にされたら、次まで待たなきゃいけないのか?
「遺跡の近くに、大型のドラゴンが現れたそうです」
「ドラゴン?」
近くにある木に二人で登って「あれがドラゴンです」とリオが指す。
炎を纏ったドラゴンが木の上から顔を覗かせていた。
赤く輝き、ギョロリとした目をゆっくり動かして、獲物を探しているのかもしれない。ものすごく大きなドラゴンだということが分かる。
俺とリオが着地すると同時に、大地を震わせるような咆哮が轟いた。木々が揺れ、辺りの魔物が息を潜めて気配を消す。
ドラゴンなんて、空想上の生き物だと思っていた。
全身から冷や汗が吹き出し、突き刺さるようなプレッシャーに身体の震えが止まらない。
ルルに踏まれた時以上の恐怖を感じた。足がすくんでいるのに、今すぐに逃げ出したい。