62 バージルの依頼
次の日の朝、マイルズとギルドハウスに向かって、依頼が貼ってあるボードを眺める。
里帰りで出費が嵩んだから、依頼を受けて稼がなければ。
「どれにする?」
「そうだな……」
素材採取か討伐依頼か。近場でできそうなものを探していると、ボードに影がかかった。
振り返るとバージルさんが立っていて、俺とマイルズの肩に腕を回す。丸太のような逞しい腕がズシリと重い。
「仕事を探しているなら、俺の仕事を手伝わないか? もちろん報酬は俺から出す」
バージルさんの依頼?
マイルズと顔を見合わせて頷く。
「どんなことをするんですか?」
「もうすぐギルド入団試験だから、アイメルの樹海に危険な魔物がいないか確認に行く」
半年に一回ギルド入団試験がある。俺とマイルズは前回アイメルの樹海で試験を受けた。
「事前に調べるんですね」
「当たり前だ。アイメルの樹海はそこそこの魔物しかいないから、試験にはうってつけなんだ。よそから強い魔物が入り込んでいて、試験を中断せざるを得なくなると面倒だからな」
「俺たちでよければお供します」
「ああ、助かる」
街を出てアイメルの樹海に向かう。
アイメルの樹海は木々に太陽が遮られ、昼間でも薄暗い。
「なにか気になることがあれば教えて欲しい。魔物が強くなっているだとか、前回の時には見なかった魔物がいるだとか」
「わかりました」
バージルさんの後ろを、俺とマイルズがついていく。
しばらく歩くけれど、魔物が襲ってこない。
いないのではなく、息を顰めて隠れているようだった。
「……おかしいな」
バージルさんも気になっているようで、顎に手を添えて眉間に皺を刻む。
「バージルさんがいるからとかではないですか?」
前回の試験で、ルーカスさんが威圧した時に似ている。
「いや、俺はプレッシャーなんてかけていない」
俺もバージルさんからは何も感じない。
「なにかヤバいのがいるってことですか?」
マイルズが視線を走らせて、硬い声を出した。
「わからないが、警戒は怠るな」
「「はい」」
さらに奥に進むと、ピリピリと肌に突き刺さるようなプレッシャーを感じた。
手のひらに汗が滲み、微かに震える。
「なにかいます」
マイルズは震える手で剣の柄を掴む。
「俺たちが近付いているのがわかって挑発してるのか? 行くぞ。俺から離れるな!」
バージルさんが走り出し、俺とマイルズは強張る体を叱咤して追いかける。
五分ほど走り、開けた場所に着いた。
黒いローブで全身を覆っている人間が二人いる。顔もフードを真深くかぶっていてわからない。
一人は俺より背が高く、もう一人はシーナより低そうだ。身長的には男と女だろう。
「魔物じゃなくて、人ですね」
俺が漏らすと、男が抜剣して斬りかかってきた。すんでのところで後ろに飛んで避ける。
男はすぐにバージルさんに追撃をした。俺たちには目もくれず、バージルさんを執拗に狙っている。
連撃をかわすバージルさんも、バージルさんを狙う男も強過ぎて、俺たちは割って入ることもできない。動いたら、バージルさんに迷惑がかかりそうで。
小柄な方に目を向ける。微動だにせず立っていた。動く気はないのか?
視線をバージルさん達に戻せば、男の鋭い突きでバージルさんが腹部を押さえて膝を付いた。そこから血液が溢れ出す。
「バージルさん!」
マイルズが男に殴りかかるが、空を飛んでかわされる。女の方が飛ばしたようだった。
俺はバージルさんに駆け寄る。
「逃げろ。お前たちじゃ無理だ。ルーカスを連れてこい」
ここからテアペルジまで全速力で走っても三十分はかかる。バージルさんがもたない。
ここには治癒術師がいない。どうすればいい。
「カイ、俺が食い止めるから、バージルさんを連れて逃げろ」
「バージルさんがやられた相手に、お前一人でどうにかなるもんじゃねーだろ」
「でも、やらなきゃ!」
マイルズは剣を引き抜いて地面に置いた。鞘を握って相手を見据える。マイルズは人に剣を向けられない。
バージルさんが敵わなかった相手だ。マイルズが体術では部が悪いと考えたのだろう。
俺にできることは?
……自分の手のひらを見てハッとする。
「バージルさん、傷口を見せてください。焼いて止血します」
俺の炎の魔術は弱くて戦闘ではまだ使えない。でも、バージルさんを助けられるかもしれない。
……いや、待てよ。肩にあるボンドの紋章で、俺の魔術はバージルさんには使えない。
なんでルーカスさんはリオの腕が切断された時、焼いて止血ができたんだ?
切断されたことで、身体から紋章が離れていたからか?
マイルズがルーラを助けるために、自分の肩を刺して紋章を傷付けたことを思い出す。
俺は矢を掴んで自分の肩に突き刺そうと振りかぶった。
突如矢尻になにかがぶつかり、弾き飛ばされた。
女が俺に手のひらを向けていた。
バージルさんの止血を邪魔しようとしているのか? 狙われているのはバージルさん?
「すぐに仕留めるので、もう少し待っていてください」
女に向かって弓を引く。
「マイルズ、そっちは任せた」
「わかった」
マイルズが男に向かって鞘を振りかぶった。マイルズの攻撃を難なく避けている。
なんで攻撃してこないんだ? 相手はマイルズより強い。バージルさんだけを狙う理由はなんだ? 俺とマイルズは邪魔なだけだろう。
首を振って思考をクリアにする。今は目の前の女を倒して、バージルさんを救うことだけを考えるんだ。
矢を放つと飛んで避けられた。飛ぶ方向を予測して立て続けに二本矢を撃てば、後に放った矢が身体に刺さる前に弾かれた。
「は?」
見間違いかと思い、もう一度放つ。当たったのにやはり弾かれる。
「マイルズ、こっちはボンドの人間だ」
ボンドに裏切り者がいるってことか?
マイルズが大きく鞘を振りかぶる。上からの攻撃を警戒している相手にローキックをぶち込んだ。
相手は大きく後ろに飛んで距離を取った。
「こっちもボンドだ」
「そんなはずはない。だってバージルさんがやられたんだぞ」
相手がボンドなら、バージルさんに攻撃が当たるはずがない。
理解できなくて、俺とマイルズは困惑する。
「あー、こんなに早くバレるとは思わなかった」
バージルさんが立ち上がる。平然としていて目を疑った。
「え? 怪我は?」
「怪我なんてしていない。これは偽物だ」
バージルさんが服を捲って、無傷の腹を見せる。
「バージルさんはこの二人のことわかってない」
「私の言った通り、強いでしょう」
聞き覚えのある声に、目を大きく見開く。
「チアちゃんとルーカスさん?」
マイルズが名前を呼ぶと、フードを取り、チアとルーカスさんが姿を現す。
「演技だったんだ。ルーカスがカイとマイルズをAランクにしてもいいんじゃないかと言ってきてな。俺はまだ早いと思ったから、普段はこんなことしないが試させてもらった」
脱力して座り込む。
「すげー心配したんですよ」
「悪かったな。俺がやられて、お前たちがどんな行動を取るかも見たくて。なんで俺の言うことを聞かずに、格上だとわかっている相手に挑もうとした?」
「バージルさんが助からないと思ったからです」
「バージルさんを見捨てることなんてできませんでした」
俺とマイルズが答えれば、バージルさんは「そうか」と小さく頷いた。
「こっちはヒヤヒヤしたよ。カイくんが自分の腕を刺そうとするから。止めないとって」
「ああ、まさか焼いて止血するなんて言われると思っていなかったから、俺も腹を見られちゃまずいって焦った」
チアとバージルさんが苦笑いを浮かべる。
「カイとマイルズはいかがでしたか?」
「ああ、実力は申し分ないな。カイとマイルズは今日からAランクな」
バージルさんが俺とマイルズの背中を叩く。
「俺たちバージルさんの命令を無視したのにですか?」
「理由を言えたからな。ボンドは仲間を大切にする。そういう理由で背いたのなら構わん。倒せそうだから、なんて理由だったら許さねーけど」
バージルさんは豪快に笑う。
「マイルズくんもカイくんもおめでとう」
「二人の活躍を期待しているよ」
チアとルーカスさんが目を細める。
バージルさんが無事だったという安堵が大きかったが、二人に祝われてやっとAランクという実感が湧く。
「俺たちAランクだって」
「やったな!」
マイルズとハイタッチを交わす。




