6 初デート
今日の依頼は倉庫整理。中のものを全部出して、埃まみれの倉庫をピカピカに磨き、必要なものだけ戻して終わり。パイプやコンクリートブロックなど重いものが多く、力仕事で疲労困憊した。
それでもかかった時間のわりに、多くの報酬がもらえたのは嬉しい誤算だ。
これならプレゼントも買えるし、少しいい食事もできる。
「俺のも貸してやるよ」
マイルズが得た金を、全部俺に握らせる。
「いいのか?」
「貸すだけだから必ず返せよ」
「ああ、ありがとう」
帰る途中で花屋に寄った。花は種類も色も多すぎて、詳しくないし迷ってしまう。
どの花にしようか。
悩みながら奥へ進むと、生花だけではなく、箱やガラスに入ったプリザードフラワーを見つけた。
オレンジ系の花でまとめられた、手のひらサイズのガラスドームが目に留まる。
シーナがいつも見せてくれる、あたたかい笑顔が脳裏をよぎった。この花はシーナのイメージにピッタリだった。
枯れることもなく、小さいから置く場所に困るということもないだろう。プレゼント用にラッピングしてもらった。
シーナが気に入ってくれると、いいのだけれど。
一度帰って、倉庫整理でかいた汗や埃っぽさをシャワーで洗い流した。
道具屋の閉店間際に、ドアベルを鳴らして入る。
「いらっしゃいませ」
シーナとマナがこちらに笑いかける。この二人がいるというだけで、常連になりそうな男は多そうだ。
「カイくんちょっと待っててね。もうすぐ閉店するから」
「ああ、俺が早く来ただけだから気にしないでよ」
俺とシーナのやり取りを見て、マナが気を利かせてくれる。
「お客さんいないから、お姉ちゃんはお出かけしてきていいよ。後は私に任せて!」
「そう? じゃあ行ってくるね」
「うん、いってらっしゃい」
マナが手を振り見送ってくれた。シーナと店を出る。
「シーナは何が食べたい? 俺は店とか分からないから、教えてくれると助かる」
「パスタのお店はどうかな?」
「いいね、そこにしよう」
空は暗くても、等間隔に並んでいる街灯のおかげで夜でも明るい。
ライハルは陽が落ちれば闇に染まっていたから、こんなに明るい夜は慣れない。
歩きながらシーナが街の案内をしてくれた。人懐っこい声と表情に、慣れない夜でも心が落ち着く。
パスタ屋は繁盛しているようで、少しの待ち時間があった。待っている時間でも、シーナと一緒ならば何も苦ではない。
店内は暖色系の明かりが灯り、優しくて温かい雰囲気だ。
席に通されて、メニューを開いた。種類が豊富で迷う。
「私はトマトクリームのパスタにする」
「俺は……ジェノベーゼにするかな」
「うん、美味しいよ」
注文をして、料理が出てくるのを待つ。
「そういえば武器はどうなったの? 素材を取りに行ったんだよね?」
「ああ、入団試験に間に合わせたいから早い方がいいと思って。武器屋の主人は入団試験には間に合わないから、息子が作ってくれるって」
「そうなんだね。名前はアレンって言うんだけど、私も作ってもらったりしてるよ。使いやすいもの作ってくれるから、カイくんに合う武器ができるはずだよ」
「シーナは治癒術師だろ? なんか武器を使ったりするの?」
森で会った時は手ぶらだったはずだ。
「私は武器じゃなくて、包丁とか薬草を採取するナイフとか作ってもらってるよ。アレンが作ったものを使うと、他のものを使えないってくらい手に馴染むの」
「そんなに違うもんなの?」
「うん、カイくんも気にいると思うよ」
信頼しているんだな、と思うと少し妬ける。マナの彼氏らしいから、恋愛関係に発展することはないだろうけど。
お待たせしました、とパスタが運ばれてきた。
「美味しそうだね」
俺に向かってシーナが顔を綻ばせるから、嫉妬心は霧散した。
俺はこんなに単純だったのか、と驚く。
一口食べる。バジルの爽やかな香りと、ニンニクの効いた濃厚ソースがクセになる美味しさだ。
「美味いな」
「こっちも食べてみて」
シーナが取り皿にトマトクリームパスタをよそってくれた。俺もお礼に、ジェノベーゼを小皿に取り分けて差し出した。
トマトの程よい酸味のクリームソースに、エビの旨みが詰まっていて、いくらでも食べられそうな味わいだった。
「こっちも美味い!」
「でしょ! お気に入りなんだ」
得意気に屈託なく笑うシーナに目を奪われる。
動かなくなった俺に、シーナは首を傾けた。
「どうしたの? 食べないの?」
キョトンとした目で聞かれて我にかえる。
「いや、食べるよ」
大きな口で頬張ると、シーナも嬉しそうにパスタを口に運んだ。
会計をするときにシーナが財布を出すから止めた。
「俺が誘ったんだから、俺が出すよ」
低価格の店だから、二人分払ってもマイルズに借りた金を使わなくても払える。
「ううん、自分の分は自分で払うよ」
シーナは首を振る。
きちんとしていて好感が持てるが、友達との食事ではなく、初デートと意識して欲しいから払わせてほしい。
財布を握るシーナの手を握って下げさせた。笑いかけたらシーナはおずおずと財布をしまう。
素早く二人分の料金を払い、店を出た。
「カイくん、ごちそうさま。ありがとう」
「気にしないで。シーナと二人でいられて俺は嬉しいんだから」
「ありがとう。次は私が払うから、またご飯に行こうね」
シーナからの誘いに胸が躍る。次だって俺が払うし、ボンドに入ったらたくさん稼ぐ予定だし。
「次も楽しみにしてる」
「うん、私も」
シーナを家の前まで送り、バッグに忍ばせていたプレゼントを渡す。シーナは戸惑いながらも両手で受け取ってくれた。
「私に?」
「ああ、シーナにもらって欲しい」
「開けてもいい?」
「どうぞ」
手のひらを見せると、シーナが丁寧にリボンと包装紙を解き、そっと箱を開けた。
「わー! すっごく可愛いね」
感嘆の声を上げ、シーナはガラスドームの中の花に目を輝かせる。
この顔を見られただけで、心が満たされた。シーナが笑うと、俺も自然と口角が上がる。
「素敵な贈り物をありがとう。お部屋に飾るね」
「喜んでもらえてよかった。じゃあまた」
「うん、またね」
シーナに手を振られる。俺も手を振り返す。
「見送りはいいから、先に家に入って」
シーナは俺が見えなくなるまで手を振ってくれそうだ。ギルドが治める街だから、血の気は多いが治安はいいはず。それでも俺が見ている前で、家に入ってくれた方が安心できる。
「分かった、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
シーナが家に入り、施錠の音を聞いて俺も帰宅する。
部屋に入るとマイルズに借りた金を返した。
「使わなかったのか?」
「シーナが行きたいって言った店が安かったから」
「デートどうだった?」
「どうって普通に飯食って帰ってきただけだ」
「顔は嬉しそうなのに。楽しかったんだろ? 素直になれよ」
めちゃくちゃ楽しかった。でもシーナは終始穏やかで、デートだと思われていないんじゃないかと少し落ち込んだ。
こちらが素直に口説くようなことを言っても、照れもせずにニコニコしながら流される。
相当鈍感か相当慣れているかのどちらかだ。シーナは鈍感な方であって欲しい。
「羨ましい。俺もチアちゃんが帰ってきたら誘おうかな」
「いいんじゃないか。俺は次の約束もしたけど」
得意気に話せば、マイルズにジト目を向けられた。
チアが帰ってきたのは四日後だった。ルルを返し、マイルズはチアを誘って楽しく食事をしたらしい。
チアの髪には、ルルによく似た猫のバレッタが付けられるようになった。マイルズがプレゼントしたものだ。
シーナやチアと親交を深めつつ、依頼を受けて一ヶ月を過ごす。
ギルド入団試験の三日前に、武器ができたと連絡が来た。
受け取って街の外で矢を射る。今まで使っていた弓より、軽くて飛距離も伸びて打ちやすい。
マイルズも今まで使っていた剣より、軽くて扱いやすくなったと驚いていた。剣の長さは変わらないから、今までの間合いで振れるらしい。
「入団試験楽しみだな」
「絶対に受かろうぜ!」
この三日間は依頼を受けず、武器に慣れるように、街の外でひたすら弓を引き続けた。