表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギルド《ボンド》  作者: きたじまともみ
第一章 癒しの矢
6/65

6 初デート

 今日の依頼は倉庫整理。中のものを全部出して、埃まみれの倉庫をピカピカに磨き、必要なものだけ戻して終わり。パイプやコンクリートブロックなど重いものが多く、力仕事で疲労困憊した。

 それでもかかった時間のわりに、多くの報酬がもらえたのは嬉しい誤算だ。

 これならプレゼントも買えるし、少しいい食事もできる。


「俺のも貸してやるよ」


 マイルズが得た金を、全部俺に握らせる。


「いいのか?」

「貸すだけだから必ず返せよ」

「ああ、ありがとう」


 帰る途中で花屋に寄った。花は種類も色も多すぎて、詳しくないし迷ってしまう。

 どの花にしようか。


 悩みながら奥へ進むと、生花だけではなく、箱やガラスに入ったプリザードフラワーを見つけた。


 オレンジ系の花でまとめられた、手のひらサイズのガラスドームが目に留まる。

 シーナがいつも見せてくれる、あたたかい笑顔が脳裏をよぎった。この花はシーナのイメージにピッタリだった。


 枯れることもなく、小さいから置く場所に困るということもないだろう。プレゼント用にラッピングしてもらった。

 シーナが気に入ってくれると、いいのだけれど。


 一度帰って、倉庫整理でかいた汗や埃っぽさをシャワーで洗い流した。





 道具屋の閉店間際に、ドアベルを鳴らして入る。


「いらっしゃいませ」


 シーナとマナがこちらに笑いかける。この二人がいるというだけで、常連になりそうな男は多そうだ。


「カイくんちょっと待っててね。もうすぐ閉店するから」

「ああ、俺が早く来ただけだから気にしないでよ」


 俺とシーナのやり取りを見て、マナが気を利かせてくれる。


「お客さんいないから、お姉ちゃんはお出かけしてきていいよ。後は私に任せて!」

「そう? じゃあ行ってくるね」

「うん、いってらっしゃい」


 マナが手を振り見送ってくれた。シーナと店を出る。


「シーナは何が食べたい? 俺は店とか分からないから、教えてくれると助かる」

「パスタのお店はどうかな?」

「いいね、そこにしよう」


 空は暗くても、等間隔に並んでいる街灯のおかげで夜でも明るい。

 ライハルは陽が落ちれば闇に染まっていたから、こんなに明るい夜は慣れない。


 歩きながらシーナが街の案内をしてくれた。人懐っこい声と表情に、慣れない夜でも心が落ち着く。


 パスタ屋は繁盛しているようで、少しの待ち時間があった。待っている時間でも、シーナと一緒ならば何も苦ではない。


 店内は暖色系の明かりが灯り、優しくて温かい雰囲気だ。

 席に通されて、メニューを開いた。種類が豊富で迷う。


「私はトマトクリームのパスタにする」

「俺は……ジェノベーゼにするかな」

「うん、美味しいよ」


 注文をして、料理が出てくるのを待つ。


「そういえば武器はどうなったの? 素材を取りに行ったんだよね?」

「ああ、入団試験に間に合わせたいから早い方がいいと思って。武器屋の主人は入団試験には間に合わないから、息子が作ってくれるって」

「そうなんだね。名前はアレンって言うんだけど、私も作ってもらったりしてるよ。使いやすいもの作ってくれるから、カイくんに合う武器ができるはずだよ」

「シーナは治癒術師だろ? なんか武器を使ったりするの?」


 森で会った時は手ぶらだったはずだ。


「私は武器じゃなくて、包丁とか薬草を採取するナイフとか作ってもらってるよ。アレンが作ったものを使うと、他のものを使えないってくらい手に馴染むの」

「そんなに違うもんなの?」

「うん、カイくんも気にいると思うよ」


 信頼しているんだな、と思うと少し妬ける。マナの彼氏らしいから、恋愛関係に発展することはないだろうけど。

 お待たせしました、とパスタが運ばれてきた。


「美味しそうだね」


 俺に向かってシーナが顔を綻ばせるから、嫉妬心は霧散した。

 俺はこんなに単純だったのか、と驚く。


 一口食べる。バジルの爽やかな香りと、ニンニクの効いた濃厚ソースがクセになる美味しさだ。


「美味いな」

「こっちも食べてみて」


 シーナが取り皿にトマトクリームパスタをよそってくれた。俺もお礼に、ジェノベーゼを小皿に取り分けて差し出した。


 トマトの程よい酸味のクリームソースに、エビの旨みが詰まっていて、いくらでも食べられそうな味わいだった。


「こっちも美味い!」

「でしょ! お気に入りなんだ」


 得意気に屈託なく笑うシーナに目を奪われる。

 動かなくなった俺に、シーナは首を傾けた。


「どうしたの? 食べないの?」


 キョトンとした目で聞かれて我にかえる。


「いや、食べるよ」


 大きな口で頬張ると、シーナも嬉しそうにパスタを口に運んだ。





 会計をするときにシーナが財布を出すから止めた。


「俺が誘ったんだから、俺が出すよ」


 低価格の店だから、二人分払ってもマイルズに借りた金を使わなくても払える。


「ううん、自分の分は自分で払うよ」


 シーナは首を振る。

 きちんとしていて好感が持てるが、友達との食事ではなく、初デートと意識して欲しいから払わせてほしい。


 財布を握るシーナの手を握って下げさせた。笑いかけたらシーナはおずおずと財布をしまう。

 素早く二人分の料金を払い、店を出た。


「カイくん、ごちそうさま。ありがとう」

「気にしないで。シーナと二人でいられて俺は嬉しいんだから」

「ありがとう。次は私が払うから、またご飯に行こうね」


 シーナからの誘いに胸が躍る。次だって俺が払うし、ボンドに入ったらたくさん稼ぐ予定だし。


「次も楽しみにしてる」

「うん、私も」


 シーナを家の前まで送り、バッグに忍ばせていたプレゼントを渡す。シーナは戸惑いながらも両手で受け取ってくれた。


「私に?」

「ああ、シーナにもらって欲しい」

「開けてもいい?」

「どうぞ」


 手のひらを見せると、シーナが丁寧にリボンと包装紙を解き、そっと箱を開けた。


「わー! すっごく可愛いね」


 感嘆の声を上げ、シーナはガラスドームの中の花に目を輝かせる。

 この顔を見られただけで、心が満たされた。シーナが笑うと、俺も自然と口角が上がる。


「素敵な贈り物をありがとう。お部屋に飾るね」

「喜んでもらえてよかった。じゃあまた」

「うん、またね」


 シーナに手を振られる。俺も手を振り返す。


「見送りはいいから、先に家に入って」


 シーナは俺が見えなくなるまで手を振ってくれそうだ。ギルドが治める街だから、血の気は多いが治安はいいはず。それでも俺が見ている前で、家に入ってくれた方が安心できる。


「分かった、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 シーナが家に入り、施錠の音を聞いて俺も帰宅する。

 部屋に入るとマイルズに借りた金を返した。


「使わなかったのか?」

「シーナが行きたいって言った店が安かったから」

「デートどうだった?」

「どうって普通に飯食って帰ってきただけだ」

「顔は嬉しそうなのに。楽しかったんだろ? 素直になれよ」


 めちゃくちゃ楽しかった。でもシーナは終始穏やかで、デートだと思われていないんじゃないかと少し落ち込んだ。


 こちらが素直に口説くようなことを言っても、照れもせずにニコニコしながら流される。

 相当鈍感か相当慣れているかのどちらかだ。シーナは鈍感な方であって欲しい。


「羨ましい。俺もチアちゃんが帰ってきたら誘おうかな」

「いいんじゃないか。俺は次の約束もしたけど」


 得意気に話せば、マイルズにジト目を向けられた。





 チアが帰ってきたのは四日後だった。ルルを返し、マイルズはチアを誘って楽しく食事をしたらしい。


 チアの髪には、ルルによく似た猫のバレッタが付けられるようになった。マイルズがプレゼントしたものだ。


 シーナやチアと親交を深めつつ、依頼を受けて一ヶ月を過ごす。

 ギルド入団試験の三日前に、武器ができたと連絡が来た。


 受け取って街の外で矢を射る。今まで使っていた弓より、軽くて飛距離も伸びて打ちやすい。


 マイルズも今まで使っていた剣より、軽くて扱いやすくなったと驚いていた。剣の長さは変わらないから、今までの間合いで振れるらしい。


「入団試験楽しみだな」

「絶対に受かろうぜ!」


 この三日間は依頼を受けず、武器に慣れるように、街の外でひたすら弓を引き続けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ