59 愛されて育った
「チア!」
四つあるベッドのうちの一つが、こんもりと盛り上がっている。シーナが覆いかぶさるように抱きしめた。
しばらくするとチアが顔を出す。目が潤み、赤い顔で鼻を啜った。
「……ねぇ、シーナはマナちゃんを可愛いと思っているでしょ?」
チアは俯きながら微かな声を漏らした。
「うん、そうだよ。どうしたの?」
シーナは子供に話しかけるように、優しくチアの背をさする。
「私はシャーロットを全然可愛いと思えない。シャーロットは悪くないってわかっているんだけど、両親に愛情深く育てられたシャーロットを見ていると、心の中が真っ黒に染まるの。……でも、そんな嫌な感情を持つ私のことが一番嫌!」
チアはシーナの胸に顔を埋めて、声を荒げて泣いた。
「私はマナとはずっと一緒だから……」
シーナとチアは違う。
幼い時に魔物に故郷が襲われて、シーナとマナの姉妹だけが生き残り、二人で支え合ってきた。
チアは今まで妹がいることすら知らなかった。自分とシャーロットを比べて深く傷ついている。
「チアの感情はおかしいことじゃない。嫌なら嫌だって吐き出せばいい。仲間なんだから」
俺の言葉に、チアが顔を上げて下唇を噛みながら頷いた。
「ライハルでマイルズくんとカイくんの家族や、村の人たちの温かさが嬉しかった。二人が愛されて育ったんだなって。でも私はそうじゃない。必要とされなかった」
チアは肩を震わせた。マイルズがそっと手を乗せる。
「チアちゃん、お母さんのところに帰ろう」
チアは赤くなった目でマイルズを睨みつける。
「さっきの見てたでしょ! 帰れるわけないじゃない!」
「チアちゃんのお母さんはヴィクトリアさんでしょ。産んだのはさっきの人たちだ。でも、たくさんの愛情をくれたヴィクトリアさんがお母さんでしょ」
チアは「ヴィクトリアさん」と呆然と呟いた。口元に手を添えて瞼を下ろす。
ヴィクトリアさんとの思い出が頭の中で再生されているのだろう。身体が小刻みに震える。
ルルがチアの手をぺろりと舐めた。チアはルルを抱きしめて、その背中に顔を埋める。
ルルが誕生したのもヴィクトリアさんの影響が強い。
チアは子供の頃に魔力の制御ができず、街の外に結界を張ってヴィクトリアさんと生活していた。
友達がおらず、一人で絵を描いて遊んでいた。「チアは上手だね」とヴィクトリアさんに褒められるのが嬉しくて、たくさんの絵を描いた。
ルルはチアが描いた絵を実体化した使い魔だ。
チアは大きく深呼吸をして顔を上げる。
「私のお母さんはヴィクトリアさん。私も愛されて育った!」
チアがハッキリと口にして、俺たちはホッと息を吐く。
張り詰めていた空気が一気に緩んだ。
「シーナごめんね。買い物したかったのに。もう大丈夫だから行ってきていいよ」
チアがシーナの身体に頭を寄せる。行っていいと言いながら甘えているように見えた。
「俺が買ってくるから、シーナとマイルズはここにいなよ。マナとアレンのお土産は、さっきの焼き菓子店でいいんだよな?」
「うん、カイくんありがとう。お願いするね」
シーナもチアの方に頭を傾けた。
俺は宿を出て、洋菓子店に戻る。
もういないだろうと思っていたのに、チアの両親とシャーロットがいた。俺に気付くとシャーロットが駆け寄ってくる。
両親の表情は険しくて、俺は身構えた。
「お兄ちゃん、チアは私のお姉ちゃんなんでしょ?」
両親に聞いたのだろうか? 俺は「そうだよ」と答える。
「お姉ちゃんがいるなんて夢みたい。一人っ子だと思っていたから、ずっと憧れていたの」
無邪気に喜ぶシャーロットに、俺の心はモヤモヤと重くなる。
シャーロットはなにも知らなかった。チアがヴィクトリアさんに預けられた時には生まれていなかったのだから当然だ。なにも悪くない。
でも俺はチアが吐き出した気持ちを知っているから、チアと同じ顔で明るく笑うシャーロットに戸惑ってしまう。
「お姉ちゃんはどこにいるの? 会いたくて待っていたの」
「ダメよ! チアと一緒にいたら危ないの!」
母親が叫び、シャーロットは驚いて肩を跳ねさせる。悲しそうに眉を下げた。
「俺はチアが原因で危ない目に遭ったことはない。むしろ助けてもらってる。チアは七歳の時に魔力を完全に制御できるようになったと言っていた。その時に会ったはずだ。危ないことなんて起きなかっただろ? なんでチアを拒絶したんだ」
「制御できたっていっても、またいつ暴走するかわからないじゃない。お腹の中にシャーロットがいたのよ。この子になにかあったらどうするのよ」
ヒステリックに叫ぶ母親になにをいっても無駄なんだと悟る。
「悪い、シャーロットをチアのところには連れていけない」
チアも割り切れない気持ちを抱えているし、子供のシャーロットを両親の許可なく勝手に連れ出せない。
シャーロットは残念そうに俯いた。
「でも伝言があれば伝えとくよ」
「『私はお姉ちゃんと仲良くしたい』って伝えて」
顔を上げたシャーロットは無垢な瞳で俺を見上げる。
「わかった。伝えとく」
「お願いね」
シャーロットは両親に手を引かれて帰っていく。
俺はお土産用に焼き菓子を選び、宿で食べる用にも追加で買った。
宿に戻ってみんなに渡せば、チアとルルが嬉しそうにかぶりつく。
チアのいい食べっぷりを見ると安心した。
「あのさ、シャーロットたちに会ったんだ」
チアが食べるのをやめて俺を無表情で見つめる。シーナとマイルズが両側からチアを支えた。
チアの気持ちを考えると言いにくいが、シャーロットの気持ちは伝えないと。
「シャーロットがチアと仲良くしたいって」
チアは眉間に深く皺を刻んで渋い顔を見せる。
「私は無理」
「うん、伝えてって言われただけだから」
「今は無理だけど、何年か先。……何十年か先かもしれないけど、会ってもいいと思う日がくるかもしれない。ないかもしれないけど」
不機嫌な声でそう言って、チアは焼き菓子を齧る。
ヴィクトリアさんに愛されて育ったことを思い返して、チアにも心の変化があったのだろうか。
シャーロットに歩み寄ろうとする気があるのかないのか微妙な答えだったけど。
「早くヴィクトリアさんに会いたいな」
「明日になったら会えるよ」
マイルズが優しく笑う。




