53 ただいま
ライハルの出入り口で地に足が着く。
板に『ライハル』と村の名前が書いてあるが、古すぎてもう読めなくなっていた。
村は家がポツポツと建っていて、畑や農場が大半を占めている。
「カイ、マイルズ」
名前を呼ばれてそちらに目を向ける。
弓とウサギを持ったじいちゃんが目を潤ませていた。
「俺のじいちゃんだよ」
シーナとチアに紹介する。
「じいちゃん、シーナとチア」
「べっぴんさんを連れてきたな。若い頃のばあさんにそっくりだ」
「それはねーよ」
俺がばあちゃんと母さんと同じ顔だと言われているんだから。
「初めまして、シーナです」
「チアです。よろしくお願いします」
二人が頭を下げた。
「かしこまらなくていい。何もない村だけど、ゆっくりしていってね」
じいちゃんは眉尻を下げて笑う。
「どれくらいここにいるんだ?」
「四日目の昼まで」
「もっとゆっくりしていけばいいのに」
じいちゃんが残念そうに肩を落とす。
「今日の晩飯?」
ウサギを指せば、じいちゃんはハッとする。
「これじゃあ全然足りないな。カイとマイルズが狩ってきなさい。シーナさんとチアさんはうちで寛いでもらうから」
「俺たちがいないとシーナちゃんとチアちゃんが緊張しちゃうんじゃないの?」
「大丈夫大丈夫! カイに『可愛い彼女ができた』って手紙をもらってから、みんなずっと会いたくて仕方なかったんだから。シーナさんとチアさんのどちらがカイの彼女なのかな?」
「私です」
シーナが顔の横で手を上げる。
「チアさんはマイルズ?」
「はい、そうです」
「じゃあ家で待ってるからな」
チアに荷物を渡すように言われ、チアは全てを浮かせて運ぶ。
じいちゃんは目を大きく見開いた。
「ルルもチアちゃんについていきなよ」
マイルズがルルをチアの腕に預ける。
じいちゃんはシーナたちを家へ案内した。
狩場である村の奥にある森に向かい歩いていると、村人たちに帰ってきたことを歓迎される。畑で採れた野菜を家に持っていく、と言ってくれた。
村を抜けて、森に入る。
木漏れ日がキラキラと舞い降り、木々の間を吹き抜ける風が心地良い。足元に厚く積もった落ち葉を踏むと、乾いた音を立てた。
「懐かしいな」
辺りを見渡しながら声を出せば、マイルズが頷く。
「半年ぶりくらいだな」
ライハルにいた頃はマイルズと毎日森で狩りをしていた。娯楽施設なんてないから、遊ぶのもここだった。
川で釣りをすることが多かった。
道なりに進み、シカを見つけた。
静かに弓を引く。ヒュンッと空を切る音を鳴らしながら、矢がシカ目掛けて飛んでいく。
矢はシカの胸に刺さり、心臓を貫いた。シカはドサリと大きな音を立てて倒れて絶命する。
俺たちが駆け寄ると、血の匂いに誘われたのかクマがやってきた。クマが吠えて突進してくる。
マイルズに引っ張られて、間一髪よけられた。
クマは木にぶつかると、踵を返して再びこちらに向かってくる。俺はクマの頭部目掛けて矢を放った。矢は狙い通りのところに刺さり、クマがふらつく。
隙を見逃さず、マイルズが剣で首の付け根を正面から突いて仕留めた。
「でかいの狩れたな」
「運ぶのキツイな」
マイルズが肩にシカを担いだ。
ロープでクマを縛り、二人で力を合わせて引きずっていく。ずっしりとした重さに息が上がった。
村に戻ると、その場に座り込んで息を整える。
「しんどい」
「でも、家まで持って帰らねーと」
休憩を終えたらまたクマを引きずる。途中でマイルズの父親に会い、運ぶのを手伝ってもらえた。
「カイの家に持っていく。チアちゃんとシーナちゃんが待ってるから」
「二人のいい人か? こうしちゃいられない。先に行ってるから。シカは運んどいてやる」
マイルズの肩からシカを奪い、マイルズの父親はシカを担いで駆けていった。
「最後まで手伝ってくれよ」
「チアちゃんとシーナちゃんに会いたくて我慢できなかったんだろうな」
二人で乾いた笑みを浮かべ、重たいクマをまた引きずっていく。
家に着く頃には息も絶え絶え。
木造二階建ての赤い屋根が俺の家だ。
疲労困憊で家に入ると、両親と祖父母以外にマイルズの両親もいた。
リビングはテーブルを囲うようソファがあるだけ。
シーナとチアは俺とマイルズの母親と四人でキッチンに立っている。
チアはシーナやマイルズが料理をしている後ろで「味見をしたい」とルルと一緒に騒いでいるイメージしかなかった。料理できるのか。
マイルズにこっそりと話しかける。
「チアが料理なんて珍しいな」
「俺も作ってるのを見るのは初めて。でも十三歳で一人立ちするんだから、四年は一人で住んでるってことだろ? 料理はできるんじゃないか」
父親たちが寛いでいるソファに座る。
「ただいま」
「ああ、おかえり。カイとマイルズの好きになった子たちに会えて嬉しいよ」
ばあちゃんが目尻の皺を深めて笑う。
「クマはどうした?」
「外。家の中に持ってこれないし」
マイルズが父親に聞かれて答える。
「二人に会えたし、俺が捌いてくるか。マイルズとカイも疲れただろう。ゆっくりしておけ」
父親二人が家を出ていく。
料理をするシーナは楽しそうだし、チアは借りてきた猫のようにおとなしい。母親たちは「娘がいないから、一緒に料理できるの嬉しい」とはしゃいでいる。
「俺は料理するけど?」
マイルズがボソリと呟く。
チアの後ろをウロウロしていたルルがマイルズの足に乗って丸まった。
「なんでシーナとチアが働いてんの?」
「母親たちが料理をするって言ったら手伝いたいって言ってくれた。カイとマイルズの好みの味付けが知りたいそうだ。優しい子たちだな」
じいちゃんが腕を組んでうんうんと頷く。
「カイとマイルズの子供の頃の話もしといたから」
「え? どんな?」
マイルズが顔を引き攣らせる。変なことを言っていないか、俺も気になった。
「二人で落とし穴を掘って、自分たちで落ちたとか。肉とミルクを交換してきてってお使いを頼んだら、口の周りを真っ白にして帰ってきてミルクが半分になっていたこととか。タンスの中身を全部出して、自分が入っていたこととか」
ばあちゃんがさらに指折り、自分たちでも覚えていない子供の頃の話を上げていく。
「やめて。もっといい話してよ」
マイルズが口を尖らせた。
キッチンから四人が戻ってくる。
「あとは煮込むだけだから。自分の家だと思って寛いでね」
「ありがとうございます」
シーナとチアが母さんに頭を下げた。
「なぁ、変なこと聞いただろ? 忘れて欲しい」
「カイくんとマイルズくんの子供の頃の話を聞けて嬉しかった」
シーナが満面の笑みを向ける。可愛い。
話していると肉を捌き終わった父親たちが戻ってきた。
クマはばあちゃんが調理した。
夕方になり、西陽が部屋を赤く染める。
シカのシチューとウサギの唐揚げにクマを野菜と炒めて香辛料で味付けした料理が並ぶ。香ばしい肉の匂いが食欲をそそり、温かいシチューからは湯気が立ち上っていた。
テアペルジから持ってきた野菜で作ったサラダも配膳され、驚くほど豪華な夕食が出てきた。
全員で手を合わせて「いただきます」と声を揃える。
家族の中にシーナがいるのが不思議な感じがするが、胸の奥が灯って幸せに浸る。
最初こそ遠慮をしていたチアだが、料理を気に入ったのかいつも通りたくさん食べていた。マイルズが嬉しそうに自分の分をわけている。
シーナも美味しいと笑ってくれたし、苦労して運んできた甲斐があった。
シーナの笑顔で疲れなんて吹っ飛ぶ。
ルルはマイルズに食べさせてもらっていて、満足そうに「ニャー」と甘えた声で鳴いた。
久しぶりに故郷の味を堪能できて、腹が苦しくなるくらい食べた。
片付け終わると、陽が沈んで辺りは真っ暗。
ライハルは電気などないから、ランプを灯す。ぼうっと火が揺れた。
「チアちゃんとシーナちゃんはうちにいらっしゃい。部屋が余っているから」
マイルズの母親が二人を誘う。マイルズたち家族について家を出ようとするシーナを呼び止めた。
「明日さ、ライハルを出て北にある花畑に行かないか? いろんな花が咲いていて、結構綺麗なんだ」
「行きたい! 楽しみ」
シーナは顔の前でパチンと手を叩いて、顔を喜色に染める。
「明日の朝迎えに行くから」
「うん、待ってる。また明日ね」
「ああ、また明日」
シーナは手を振って家を出て行った。
デートの約束ができて胸が弾む。
階段を上がって一番奥の扉が俺の部屋だ。
自分の部屋に入ると、出て行った時のまんまだった。定期的に掃除をしてくれいるようで、部屋の隅に埃が溜まっているなんてこともない。
ベッドに寝転がる。布団は太陽の匂いがして、ふかふかだった。いい夢が見られそうだ、と瞼を下ろす。




